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四次試験

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 そして第四次試験が行われる十月一日が来た。

 今までの試験同様に夜花は芍薬に髪を結われ、自分が持っている最高の衣装で臨む。髪には店で使っている蕾挿頭花の中で一番気に入っている物を挿し、それに加えて棘千代が華やかな簪を貸してくれた。

 四次試験は面接で、宮廷に入ってから挑戦してみたい事、桜姫についてどう思うなどについての質問があるらしい。

 朱雀門を通る時に先日の門番と目が合ったが、受験票を見せるとあっさりと通してくれた。

 案内されるがままに面接会場へ向かうと、第三次試験の時よりもずっと豪奢な内装の、皇族が歩き回る宮殿の奥の方の建物へ入る事となる。

 紅を引かれた唇を真一文字に引き結んで座っていると、夜花を入れて最終試験まで進んだ花女はたったの四人。どの花女も花序一位や二位のような雰囲気があり、緊張しつつも自信たっぷりという表情で悠然と座っていた。

 皆それぞれ自分を一番よく見せるように着飾り、着物に香を香らせているその様子は、百花繚乱という言葉が似合う気がする。

「時間です。これから一人ずつ名前を呼びますので、呼ばれた人は奥へ入って質問に答えて下さい」

 時間になると試験官がそう告げ、最初の一人が重厚な扉の奥へ消えて行った。

 夜花は最後の四番目。

 試験番号の通りなのか、花序が一番低いからそうなったのかは分からないが、最後というのもその分待ち時間で緊張しなければならない。また、胃が痛くなる時間との戦いだ。



**



 最初の一人が扉から出て来たのは約十分後。
 それから二人目、三人目の面接が終わり、夜花の番が来た。

「次、『吉野』花序四位夜花」
「はい!」

 背筋を伸ばした姿勢で腹から声を出し、スッと立ち上がった夜花は一つ深呼吸をしてから奥へ進む。

 扉が開いた向こうの空間に向かって頭を下げ、夜花は大きな声で「失礼致します。『吉野』の花序四位夜花と申します」と名乗ってから、頭を上げて真っ直ぐ前を見た。

「――!?」

 そして、凍り付く。

 目の前には面接官が四人並んで座っており、その中に穂積がいた。

 役人が着る服の中でも上位の紫の官服を身に纏い、いつもと変わらない穏やかな眼差しでこちらを真っ直ぐに見て微笑していた。

「……」

 二の句を告げずに夜花が棒立ちになっていると、不審に思った他の面接官が「どうぞお座りください」と言い、夜花はギクシャクと用意された椅子に腰かける。

 頭の中に「なぜ」「どうして」が飛び交い、「やっぱり」という安心感と混じりながら夜花をどんどん混乱の渦に叩き込んでゆく。

「今回、桜姫試験にはどのような動機で受験しようと思いましたか?」

 面接官がそう尋ね、夜花はカラカラに乾いてしまった喉を何とか唾で湿らせて、必死になって言葉を紡ぐ。

「わ……、私の母は花女をしていました。牡丹で手技のみで二位になったのですが、その後結婚して田舎で暮らしています。私はそんな母に憧れて……」

 口から出て来た言葉は、考えて来た言葉をそのまま沿っているようにも思えたが、穂積を目の前にするとそれは本当の事なのに、嘘を言っている気になって来た。

 言葉が途切れ、しばしの沈黙の後に面接官が「どうしましたか?」と先を促す。

 本心を言おう。そう思った夜花は視線を穂積に向け、真っ直ぐな言葉で続きを口にする。

「私はそんな母に憧れて花女になりました。人を癒したい。幸せそうな笑顔を見たい。ただその思いで仕事をしていたら、素敵なお客様に出会ったんです。彼はそんな私に惹かれたと仰って下さり、私に桜姫試験を勧めてくれました」

「人に言われたから、桜姫試験を目指したのですか?」

 面接官の声はあくまで冷静で、夜花がこの試験を目指した本心を探っている。

「きっかけはそうだったのかもしれません。ですが、その後に私自身が心の底に桜姫に憧れているという夢に気付き、自分ができる所まで頑張ってみたいと思ったという理由もあります。勉強をした意志も私のものです」

 そこにあるしっかりとした答えに面接官たちは顔を見合わせてから、手元の資料に文字を書き込み、その間に穂積が質問をしてくる。

「あなたがこの最終試験に受かったら、どうしたいですか?」

 穂積の黒い目が真っ直ぐに夜花を見つめ、夜花もそれに素直に答えた。

「この宮廷で私の存在を一番喜んで下さる方の側で働きたいです。もしその方が皇帝陛下なら、桜姫として支えて癒して差し上げたい。それぐらいの気持ちで宮廷に仕えたいと思っています」

「頼もしい答えをありがとうございます」

 穂積が緩く微笑み、その笑みが夜花の緊張を和らげてくれる。
 それから他の面接官にも色々な事を尋ねられたが、夜花は程よい緊張を保ったまま落ち着いて答える事ができた。

「では、これで第四次試験の面接を終わります」
「どうもありがとうございました」

 礼をした夜花が立ち上がろうとすると、「あぁ、待って」と穂積が口を挟んでくる。

「どうかしましたか? 滝皇子」
「試験は以上ですが、この受験生と少し個人的に話がしたいです。席を外してくれますか?」
「はい。では我々は失礼します」

 穂積という役人だと思っていた人物が、面接官に滝皇子と呼ばれているのを耳にし、夜花はポカンとしたまま固まっていた。

 その間に穂積以外の面接官は部屋から出てゆき、後には夜花と穂積だけが残される。

「……おう、じ、……さま?」

 面接官の席から立ち上がってゆっくりとこちらに近づいてくる長身を見上げ、夜花の口から漏れた声は震えていた。

 ガタッと大きな音を立てて夜花が椅子から転げ落ち、こちらへ歩み寄る穂積――滝から逃れるように立ち上がって部屋から逃げ出そうとした。

「夜花、待って」

 それまで扉の前には歩哨が立っていたのだが、滝が人払いをした時には扉の前にいた歩哨すらも姿を消していた。
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