時戻りのカノン

臣桜

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美女

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(俺は顔だって悪くないし、仕事だってできる。なのにどうしてパッとしない同僚が先に結婚して、可愛い奥さんの写真を見せてくるんだ!)

 それは明らかな嫉妬なのだが、自分に実力があり、魅力があると信じて疑わない金田は「あんな奴が結婚できたのにどうして……」と日々イライラしていた。

 おまけに勤めている会社の副社長は、経営者一族のボンボンでイケメンだ。

 女性社員からも人気が高く、同僚が副社長の話をしているのを聞くだけで胸くそ悪い。

(いい家に生まれた奴はいいよな。人生ガチャの勝者だ)

 自分の親が聞けば嘆くような事を考えていると、荒みきった金田は気付いていない。

 そんなある日、金田は目も眩むような美女と出会ったのだ。

 たまには気分を変えてバーで水割りを飲んでいた時、隣のスツールに美女が座ってきた。

 座り姿から、横顔から、金田の知っているすべての女性と一線を画した存在だった。

 ストレートのロングヘアはサラサラと肩を滑り、睫毛は長くクルンと天を向いている。

 彼女を呆けて見ていたからか、目が合い会釈をされた。

 その微笑みは女神のようで、大きな瞳の細め方も、唇の間から見えた歯列の白さも、何もかも完璧だった。

(この女を手に入れたい)

 今まで感じた事のない欲望が沸き起こり、金田は必死になって女性に話し掛けた。

「あの、僕はこういう者です」

「あら、ご親切にありがとうございます」

 女性は金田の名刺を受け取り、「凄い企業にお勤めですね」と微笑んだ。

(掴みはいい。話し掛けまくって、もっと好感度を上げなければ)

 そのあと金田はがっつかず、けれど持つ限りのモテテクを発揮して女性に話題を振り、興味を引く話を掴んだ。

 会話の途中で冗談を交えると、女性は聞いていて心地いい声で笑ってくれる。

「本当に面白い方ですね」

 涙を拭う仕草すら見せる女性は、金田に完全に心を開いているように見えた。

 話をするのに夢中になり、気が付けば時刻は深夜になろうとし、バーの客も帰り始めている。

「私、そろそろ帰らないと」

 女性がスツールから下りたので、金田も慌ててそのあとを追った。

「僕が支払いますよ」

 会計の時に格好付けて彼女の分もカードで支払うと、女性は「ありがとうございます。ご馳走様でした」と丁寧に頭を下げた。

 店の外に出たあと、九月も終わろうとする涼しい外気が頬をかする。

「僕はもっとあなたと一緒にいたいんです」

 彼女の手を握ると、女性ははにかんで頷いてくれた。

 金田はすぐにタクシーを拾い、近くにあるホテルに向かう。

(万事上手くいくぞ! こんな上玉とヤれるなら、これからの運気は上がってくに決まってる!)

 酔っ払ってか、訳の分からない理屈で金田は奮い立ち、彼女を伴ってホテルの一室に入った。

 彼女は清楚で品のある印象とは裏腹に、金田が思っていた以上の反応を見せてくれた。

 忘れられない夜を過ごしたが、女性は一泊する事なく「帰らなきゃ」と言う。

(……なんだ、やっぱりワンナイトラブなのか)

 そう思っていたのだが、女性は思わぬ提案をしてきた。

「これ、私の連絡先です。もし良かったらまたお会いできませんか?」

「喜んで!」

 かくして、金田は麗しい女性との付き合いを始めた。

 付き合いをと言っても、彼女から好きだと言われた訳ではない。

 だが仕事が終わったあとに時々会って飲み、週末はホテルに行くデートを繰り返す。

 美しくて、自分の話に絶妙な相槌を打ってくれ、欲しい反応をくれる彼女に、金田はどんどんのめり込んでいった。

 金田は大企業に勤めているので、貯金はそこそこある。

 将来のためにと思っていたそれを切り崩し、金田は彼女にジュエリーなどを貢ぎ始めた。

「嬉しい、どうもありがとう」

 華奢な首元で輝く宝石は、彼女のために売られていたと言っても過言ではないと金田は想った。

 彼女とは、沢山の話をした。

 金田の仕事の愚痴を聞いてくれ、ときたまアドバイスまでしてくれる。

 女性の言う通りにすれば、万事上手くいった。

 彼女とデートしていた時に、「あのご老人、困ってそうですね」と言われ、格好付けようと思って老人を助けたら、あとから数万円の謝礼をもらった事もあった。

 身も心も女性に満たされ、金田は彼女に心酔していた。

 ――あぁ、彼女は俺の運命の女神なんだ。

 ――彼女の言う通りにすれば、何でも上手くいく。

 ――ここから俺の人生は、大きく変わっていくぞ。




 そう信じ込んだ金田は、彼女に〝ある頼み事〟をされても、疑いもせず実行してしまった。
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