時戻りのカノン

臣桜

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またピアノを弾いた?

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 ハッ……、と目が覚めると、周囲は暗い。

 花音は仰向けになって寝ている。自分の部屋ではなく、窓の外からは遠く喧噪が聞こえた。

 すぐ近くに人の気配がしてそちらを向くと、秀真が静かに眠っていた。

「っ……秀真さん……!」

 ――生きてる!

 花音は思わず彼に抱きつき、静かに嗚咽した。

「……ん……。花音……?」

 目を覚ました秀真は、手を伸ばして枕元の電気をつけ、花音を抱き締めてくる。

「……どうした? 悪い夢でもみた?」

「秀真さん……っ」

 花音はベッドの上に座り、彼に力の限り抱きついた。

 そのうち涙はどんどん流れて止まらなくなり、体も酷く震えてくる。

 子供のように泣く花音を、秀真は何も言わず抱き締めてくれていた。




 落ち着いた頃になって、花音はすべて打ち明ける事にした。

「気持ちいい話じゃないけど、聞いてください。とても重要な事なんです」

 まだ目を涙で潤ませた花音を見て、秀真は穏やかに尋ねる。

「またピアノを弾いた?」

「はい」

 しっかり頷いた花音の返事に、秀真は「分かった」と真剣な顔で応じてくれた。

 その日は花音が東京に来てデートをした、一日目の夜だと知り、まだ愛那と会う前だと分かって一安心した。

 花音は翌日の夕食時に愛那と遭い、そこから彼女の嫉妬心が暴走する事を話した。

 金田という男が愛那に唆され、顧客情報を流出し、秀真はその対応に追われる事、愛那と結婚するよう彼女の父からも圧力を受け、瀬ノ尾グループが風評被害を受ける流れ。

 その果てに秀真は過労で倒れ、花音と不和が生まれたあと、愛那と決着をつけるために彼女のマンションに向かい――殺害されてしまった事も包み隠さず話した。

 話し終わったあと、秀真は黙り込み、重い溜め息をつく。

「明日、出掛けなくてもいいです。このまま家でゆっくりしていましょう」

 花音の提案に、秀真は頷いた。

「分かった、そうしよう。……でも、せっかく来てくれたのにな?」

「いえ。私は過去に素敵なデートを経験させてもらいましたから、それより、レストランとか予約してくれていたのにすみません。キャンセル料は私が払います」

「いや、それはいいんだ。気にしないでくれ」

 秀真は花音を抱き締め、ベッドのヘッドボードにもたれ掛かる。

「明日の夕方に愛那さんに、私と一緒にいるところを見られなければ、まず何も起こらないと思います。……でも、彼女の秀真さんへの執着心は残ったままです」

「そうだな。……それについては、俺の方で考えて手段を講じたいと思っている。花音は心配しなくていい」

「でも……」

「花音はまだ、この世界では愛那さんと関わってない。だから、花音が関わるのは避けたほうがいいと思う」

「そう……ですね」

 もっともな事を言われ、頷くしかない。

「俺は花音の前では〝理想の彼氏〟でいたいと思っているけど、それ以外の場面では割と冷徹な部分があるんだ」

 言われて「想像できません」としか言えない。

「だから、必要なら人を騙し打ちする事も厭わない。そういう汚い部分はなるべく花音に見せたくないから、〝知らないうちに解決してた〟という体にしたい」

 あくまで自分を思いやってくれる秀真に、引っ込んだはずの涙がまたこみ上げてくる。

「……絶対に無理をしないでくださいね?」

「約束する。俺だってまだ死にたくないし」

 秀真は優しく笑い、花音の頬に音をたててキスをした。

 不安は残るが、話せる事はすべて話したので、もう花音にできる事はない。

 そのあとは秀真に「寝よう」と言われ、彼のぬくもりに包まれて目を閉じた。




 東京滞在の残る時間は、途中で予定変更した通り秀真の家でのんびり寛ぐ事にした。

 マンション付近の外出なら大丈夫だろうと、夕食は近くにある小洒落た洋食店に入り、アットホームな雰囲気のなか花音はとろとろのオムライス、秀真はハンバーグプレートを食べた。

 秀真の家にある映画コレクションの中から、花音が見ておらず、好みの作品を一緒に見て、予定通り午後の便に乗るために空港まで送ってもらった。

「秀真さん、本当に気を付けてね」

「分かってる。花音がつらい思いをしたのを、絶対に無駄にしない」

 保安検査場の前で、秀真は人目を憚らず抱き締めてきた。

「必ず、欠かさず花音に連絡する。心配かけたくないから、忙しい時でもスタンプぐらいは送る」

「ありがとうございます。でも、無理はしないで」

「ああ」

 最後にもう一度抱き締められて、花音は彼に別れを告げた。
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