たくさんのキスをして

白井はやて

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5. 恋をする

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「一緒でもいいーよ」

 祭りの少し前。
 久しぶりに酒場へ彼が顔を出したときに了承を得られる可能性に賭けた結果、ベリルは予想よりもあっさりとアゲートの提案を受け入れてくれた。
 祭りが終わった数日後からしばらく仕事で町から不在になるということを付け加えられたが、それでもアゲートからすれば一緒に祭りに参加できることがとにかく嬉しかった。
 この町には一年に四回、祭りが三日間連続で開催され、その期間は参加者が思い思いにドレスアップする。
 持っていない者には貸出もされていて、気に入れば買い取りもできる。
 今の領主になってから人の賑わう政策が多く実施されるようになって、町も一気に活性化していったとアゲートは酒場の店主から教えてもらった。
 この町を訪れた最初の年はよくわからないまま参加していた祭りも、今ではそれなりに楽しめる。
 時期限定のものも多く店先に並ぶので、この町の住人の多くは祭りを楽しむための貯金をしているほどだ。
 アゲートもまたその一人で、自分へ投資する以外に祭りのための貯金も少なからずしていたので、ベリルと一緒に回れることは何にも代えがたかった。

「……」
 
 準備で賑わいだしたと感じてからあっという間に祭り当日を迎え、町の服屋より貸出される中から、じっと見つめて悩んだのは袖にもスカートにも可愛らしいフリルがふんだんに付いた淡いピンク色のワンピース。
 普段着ているものとは系統が全然違う。
 美人と呼ばれることはあるものの、それは化粧も含めて見た目をかなり変えているからだ。
 化粧をしているために目立たないが、故郷である海沿いの町の潮風が含まれる風と強い日差しを浴びていたせいで鼻周りにそばかすもある。肌だって日焼けして白くもない。
 可愛い服を着たいが、きっと似合わない。ジロジロ見られて惨めな気分になるだけだ。
 ベリルは着替えないと言っていたから、自分も普段とそんな変わらないものにしようとアゲートは貸出されている中から胸を目立たせるドレスを選んだ。
 胸元から幾重にもスカートを重ねただけだが、動くごとに重ねたスカートの隙間から足が見え隠れする。
 彼の普段の服装が黒っぽいので、彼女もまた深い青にして色を寄せてみた。
 着替えて化粧をして外へ出る。
 賑わう人混みの中でもすぐ見つけられるのは特技なのではないだろうか、なんてアゲートは内心苦笑しつつ、しゃがんでぼんやりと通りを眺めているベリルに声をかけた。

「着替え終わったから回ろ」
「そうするーよ」
「どう? おかしくない?」
「似合ってると思うーね」

 色の付いたメガネを掛けているためにあの綺麗な目は見えないが、立ち上がりながらへらっとした口元をしたのでたぶん笑っているはずだ。
 尋ねないと褒めてはくれなかったが、似合っているという言葉だけでも充分嬉しくてアゲートは勝手に腕を組む。

「祭りのときくらい、いいよね!」
 
 腕を組んですぐ、ベリルが驚いたように慌てて彼女を見た。
 そのまま組んだ腕へと目線を動かしたため、アゲートは戸惑いながら腕を緩めて確認する。

「あ、ダメだったら外すけど」
「好きにどうぞーね」
「ありがとう!」

 くすぐったい気持ちのまま笑顔を向けて、組んだ腕にほんの少しだけ身を寄せた。
 春祭りは他の季節の祭りとすると、文字通り、秋冬の褪せたような色合いが一気に町が華やかに変わる。
 どこを見ても様々な花が視界に入り、南北を繋ぐ大きな街道は花で作られたアーチが町を彩っている。
 東西を結ぶ狭めの町道沿いにある花屋ラリッサの店長はこの春祭り期間中がとにかく楽しそうで、花を売ったり、通りがかる女性をナンパしたり大忙し。
 あんなナンパな言葉は要らないから、またベリルとしたいな。
 あの一夜が幸せ過ぎて、声を掛けられても断ることが増えた。稼ぎたいけど、昼からの仕事だけでいいや。少し前から辞めようかと考えていたからちょうどいいきっかけだ。
 そんなことをふと考えてから、通りを飾る花に目を移す。

「華やかでしょ! どの時期の祭りもいいけど、春は本当に色鮮やかで好きなんだ~」
「美しいのは良いーね。花はそこに咲くだけで愛されるーよ」
「ね!」

 大きく相槌を打ったところで、いい香りを漂わせる露店から刺激を受けてお腹がぐうと鳴った。

「何か食べるでしょ?」
「アゲートは好きなもの食べるといいーよ、おいらはツマミ食べたいーね」
「ツマミならやっぱり酒場が出店してるとこかなぁ、確かあっち」

 現在地から左を指差して、二人で並んで歩く。
 町の中心にある大きな噴水を通り抜けて町の東側へと進めば、この町で飲食店をしている人たちが中心の露店通りになる。個人も酒場のような大きな店もずらりと並んでいて、美味しそうな香りが通りに漂うそこにちょうどたどり着いたときだった。

「いた! ベリル!」

 背後から声がかかって名を呼ばれた彼が声のしたほうへと振り向いた。声の主が誰かなどアゲートでも分かった。
 知り合いのジャスパだ。
 振り返り見るジャスパは珍しくどこか焦ったような表情を浮かべていて、駆け寄ってくるなりアゲートへ先に声をかける。

「悪いが、ちょっと話しするから借りる」
「はーい」

 仕事の話だろうとは理解したが、焦るような内容なのだろうか。
 だが男の仕事の話しに口出しをしないのは良い女の条件、…のはず。少なくとも彼女はベリルが嫌がる素振りを見せるだろうことはしたくないので、頷いて少しだけ離れた二人をぼんやりと見つめる。
 ほんの一分ほどだろうか、アゲートが二人から目を逸らして露店を見たところで先にジャスパが戻って来た。

「いつから二人はこんな関係になったんだ?」

 尋ねられ、頼み込んだという話しをしていいものか一瞬だけアゲートは悩んだのだが、遅れて戻って来たベリルが彼女より先に答える。
 
「変な男に絡まれるから牽制したいらしいーね」
「へぇ」

 相槌一つ。
 何か含まれているような、いないような絶妙な口調で。

「まあいいや、とりあえず明朝北口で」

 無言でベリルが手を上げて返事として、ジャスパはギルド方面へと走って戻っていく。
 その後ろ姿を見送っているとベリルからため息混じりで切り出された。

「繰り上げて、明朝出発になったーよ」
「……そっかぁ」

 期間中は一緒にいれると思ったけど、仕事なら仕方ない。
 引き止めることも立場的にはできないので苦笑して頷くと、

「ススリへ荷物取りに行ってもいいーね?」

 明日出発なのに、今荷物を宿から引き取るんだ。不思議に思いつつ見たベリルは普段よりも口元が歪んで力が入っているかのように見える。
 食いしばっているのだとしたら何かあったのだろうかと気になるが、聞いたところで答えてくれるとは限らないし、そんな立ち入ることを聞ける関係でもないことは彼女本人が一番理解しているから彼の腕にまた自分の腕を組んで見上げて笑いかけた。

「行こ!」

 宿へ向けて歩き出して、ちょうど噴水付近まで進んだところでベリルよりどこか躊躇いがちに尋ねられる。

「……今夜は一人になりたくないんだ、アゲートの家に泊まっていい?」

 何もしないから。そう付け加える彼の声が思っているより暗いし、表情は見えないのに泣きそうにも感じられて。
 何かあったんだろうことは分かっても、内容が分からない以上何か話しかけたところでこれ以上落ち込ませるかもしれない。
 だからアゲートは笑顔で、何も分かってない風を装ってただ頷く。

「いいよ!」

 ベリルだったら何かしても全然いいんだけどね。寧ろして欲しいくらいなんだけどね!
 …と、頭の中でそんな言葉が浮かんだが、さすがに落ち込んでいるだろう人には言えず、脳内だけに留めた。

 
 
 ――……その翌日の明け方。
 まだ薄暗い空をカーテン越しに見ながら、彼は脱いでいた服を静かに着る。
 ベッドではまだアゲートが眠っていて小さな寝息が聞こえてくるので、着替え終えた手で白い頬にそっと指で触れてから小声で尋ねた。

「…………俺へのその好意は友情? 愛情? 何よりこの赤目、怖くない?」
「…んー………」
「…抱きしめてくれてありがとな」

 触れた違和感からかアゲートが僅かに眉を寄せて小さく唸った声に手を離すと、口角を僅かに上げる。
 最後にメガネを掛けてしまうとベリルはそのまま静かに彼女の部屋を出た。

 
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