10 / 45
10. お互いの前でだけ
しおりを挟む朝起きて、早速帽子に赤い花を飾る。
縫い物に関しては破れた服を繕うくらいならできたので、外れないように赤い花をなんとかアゲートは縫い付けた。何故かその作業をひたすら見つめられたので彼女は帽子をベリルへ返しつつ、照れる。
「じっと見つめられて恥ずかしかった」
「器用だーね。おいらには出来そうにないーよ」
そう驚きながらベリルはツバの長い帽子を被る。いつの間にか色のついたメガネも付けていた。
着替えも終えていたので、ギルドへ行って用事を済ませてくると言い残し彼は出ていったので手を振り見送る。
「~~っ」
なにこれ、ちょっと同棲とか新婚みたいじゃない?
一人室内でそう考え、しばらく身悶えていたが何度か深呼吸をして気を落ち着かせる。
違う、分かってる。宿を借りるくらいなら、気兼ねなく帰ることのできる場所を作りたいだけ。
彼はそれだけだ。他意はない。
分かってるつもりだが、それでも顔がにやけてしまうのは、その気兼ねなく帰る場所に自分もいていいという許可を得たことだ。
「……やっぱり照れる!」
何度目かの身悶えを経て、彼女はようやく今日の仕事へ行くための準備に取り掛かった。
日付が変わって帰宅しても、今夜は彼が居る。
それだけで浮かれてしまうほどに仕事も苦ではなかった。
普段自分だけであれば買わないが、酒場の店主に幾つか一品料理を持ち帰りで頼む。ベリルは甘辛い豆の煮物が好きだった、とそれを真っ先に思い出したためだ。
ウキウキと飛んでしまえそうな気持ちで自宅に帰るなんて、今まであっただろうか。
気が緩めばニヤけてしまう顔をアゲートは必死に取り繕う練習をしながら帰宅すると、部屋から明かり。
どうしよう、嬉しすぎる。
玄関前で顔を覆って深呼吸してから戸を開けた。
「ただいま」
「おかえりーよ」
返事を聞いただけでたまらなくなって、玄関入ってすぐのところで顔を覆ってしゃがみこむのでベリルが怪訝そうに尋ねる。
「…具合悪いーね?」
「大丈夫…」
同棲感あって、たまらないだけです。
そんなことを考えながら差し出された彼の手に掴まって立ち上がると、買ってきたツマミを食べようとしてテーブルすら買っていなかったことに今更気がついた。
「ごめん…食べるところもないね」
「仕事してるとき、テーブルないのは普通ーね」
気がつけば、またメガネを外しているベリルが好物を前にどこかご機嫌な様子で食べだす。
床に二人で向かい合って座って、テーブル代わりに大きめのタオルを敷いて。
そこで世間話をするかのようにベリル自身の予定を話しだした。
「実は今日、ジャスパの妹と会って来たーよ」
「あの、激重愛情を一心に受けてる…噂の妹さん!」
「そう」
相槌を打ってベリルが鋭い眼差しを柔らかくさせて細める。おかしそうに。
表情がこんなにも変わるのは心臓に悪い、と彼女は内心叫ぶ。
「妹はアデュリリアというんだが、彼女が珍しい卵を拾って孵化させたらしくて。その卵から孵った鳥の様子を観察するために明日から仕事へ同行することになった」
「そっかぁ…」
卵から孵った鳥と聞いて、アゲートの脳内では見たことのある鳥の姿が描き出される。
海沿いの故郷には海鳥が鳴いていた。この町で見かけるより白くて大きな鳥。
とはいえ、さすがにあれではないだろう。冒険者として動き回る人たちが珍しい卵と言うのだから。
仕事も仕方ない。
けれど、ジャスパが聞くほどに詳しいのだろうかとアゲートが疑問に思ったところで、本人から説明が入った。
「おいらはこれでも五十年は生きてるから、色々と詳しいーよ」
「えー五十過ぎには見えないよ?」
彼女が笑うと、ベリルも無言で笑顔を浮かべて。
話しを続ける。
「十日ほど不在だから、その間にアゲートに家を探してもらいたいって考えてるけどいい?」
「う、うん。ベリルよりはこの町に詳しいもんね。良いよ。家賃は幾らくらいまでに抑えたい?」
「別に幾らでも。上限ないーね」
「えっ」
「こう見えてお金持ちーよ」
またベリルがおかしそうに笑う。
嬉しいことでもあったのだろうか、普段より機嫌がいい。
なかなか見れない明るい笑顔にドキドキとしつつ、自分とは違う理由で笑顔なのだろうと分かっていても、アゲートもまたくすぐったい心地で嬉しくなる。
そうやってテーブルさえない中、買ってきた幾つかのツマミを食べながら探す家の条件をまとめた。
寝室とダイニング、風呂場、トイレがベリルの条件。
アゲートはお風呂があればありがたかった。飲食店で仕事をしている以上、汗臭いのは少々問題がある。
しかもお風呂を貸してくれていたコスモとは修復不可な状況。
ルサミナに紹介されて薬草屋のルチルに何度かお風呂を借りさせてもらっているが、そこまで親しい訳では無いために申し訳なさがどうしても付き纏ってしまう。
家を見つけて引っ越すまでの辛抱と思えば、例えもうしばらくは借りたとしても精神的に随分と楽になる。
「じゃあ戻るまでに探しとくね、帰ったらベリルが内覧して決めてもらえたらいいかな」
「アゲートが決めたら良いと思う」
「ダメだよ、家賃はベリルが払ってくれるんでしょ? 払う人が納得してくれなきゃ!」
きっぱり言い返してから、少し申し訳なさそうに付け加える。
「家賃高いときは、その、言ってね? 多くは無理だけど、払える範囲で渡すから」
「りょーかい。まあ、俺は払える……おっと」
どこか慌てたようにベリルが口を自分の手で抑えた。
いつもと違う自称に驚いて彼を見たアゲートの視線から逃げるように目を逸らしたが、一息ついてから少し照れくさそうに白状する。
「家族の前でだけ、俺呼び。この前まで戻ってたから、間違えた」
その言葉に、ジャスパから言われたことを思い出した。
『昔はさぁ、そんな言い方してなくね? いつから、ウチ、になった?』
実家でどう自分を呼んでた?
考えて、この町へ来てコスモと会ってからだったことにここで初めて気づいた。
『アタシと被りそうだから、自分の呼び方変えてよ!』
笑いながら言われ、ああそうだなと何故か納得して「ウチ」と呼び出した記憶が蘇った。
無言となったアゲートの顔を覗き込もうとしたベリルに彼女は苦笑して返す。
「今の話を聞いて、以前はウチじゃなくてあたし呼びだったと思い出したよ。外ではもう今のままでいいけど、…ベリルの前ではあたし呼びに戻ろうかな」
「ふーん、…じゃあ俺もそうする」
相槌を打ちながらベリルが鋭い目を細めて優しく笑うから、彼女も釣られて笑う。
少ない量を食べ終えて彼女は部屋着に着替えると、タオルなどを片付ける手を動かしつつ、明日からまた一人だなあと寂しくなる。
だが、少なくとも十日経てば帰って来る。
以前のように、戻って来るかどうかすらわからない訳ではない。
不在時の管理人のようなものだとしても、次も会えるのは確実だ。しかもひと月ふた月と大きく開かない。
たった十日。
その期間を耐えればいい。
それが本当に嬉しかった。
「……ねむーい」
片付けを終えたあと欠伸をしながら、先にベリルが入っていたベッドへ彼女も潜り込んで目の前にあった彼の手のひらを見つめる。
ベリルが右側を下にして横向きとなっていて右手が上を向いてそこにあったので、その手のひらに自分の右手を重ねて指を絡ませ、握りしめたあと目を閉じる。
自分のために大きめのベッドを買って良かったなぁとしみじみ思いながら、目を閉じたままで隣にいる彼に聞く。
「明日…朝早い?」
「早いーよ」
「そっかぁ、……見送れなかったら、ごめんね」
「いいよ別に」
話しながらまどろみ、そして寝落ちたアゲートを彼は少しばかり困ったような表情を浮かべて無言で見つめる。
完全に寝入ったのか彼女自身から絡ませた指が浮いて僅かに離れたため、戸惑いつつベリルは静かにその手が離れないように握りしめて彼もまた目を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる
西野歌夏
恋愛
ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー
私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
戦姫のトロイメライ~断罪される未来が視えたので先に死んだことにしました
志熊みゅう
恋愛
十三歳の誕生日、侯爵令嬢エディット・ユングリングは、自分が死ぬ瞬間を"夢"に視た。
卒業舞踏会で、婚約者であるフィーラ帝国・第一皇子マティアス殿下から、身に覚えのない罪で断罪され、捕らえられる。傍らでは見知らぬピンクブロンドの令嬢が不敵に微笑む。貴族牢のある北の古城に連行される途中、馬車ごと“死の谷”へと落ちていった――そんな妙に生々しい夢。
マティアス殿下は聡明で優しく、エディットを大切にしているように見えた。だから誰もその"夢"のことを気に留めなかった。しかし、兄の怪我、愛猫の死、そして大干ばつ――エディットの"夢"は次々と現実になっていく。ある日、エディットは気づく。この"夢"が、母の祖国・トヴォー王国の建国の軍師と同じ異能――"未来視"であることに。
その頃、一年早く貴族学院に入学したマティアス殿下は、皇宮から解放され、つかの間の自由を知った。そして、子爵令嬢ライラに懸想するようになる。彼女は、"夢"の中で冷酷に微笑むあの令嬢に瓜二つ。エディットは自分が視た"夢"が少しずつ現実になっていくことに恐怖した。そんな時に視た、黒髪の令息が「愛しているよ」と優しくはにかむ、もう一つの『未来』。エディットは決心する。
――断罪される未来を変えたい。もう一つの未来を自分で選び取る。
彼女は断罪される前に、家族と共に自らの死を偽装し、トヴォー王国へと身を隠す。選び取った未来の先で、エディットは『戦姫』として新たな運命の渦に飲まれていく――。
断罪の未来を捨て、愛する者のために戦う令嬢の恋愛ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる