たくさんのキスをして

白井はやて

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10. お互いの前でだけ

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 朝起きて、早速帽子に赤い花を飾る。
 縫い物に関しては破れた服を繕うくらいならできたので、外れないように赤い花をなんとかアゲートは縫い付けた。何故かその作業をひたすら見つめられたので彼女は帽子をベリルへ返しつつ、照れる。

「じっと見つめられて恥ずかしかった」
「器用だーね。おいらには出来そうにないーよ」

 そう驚きながらベリルはツバの長い帽子を被る。いつの間にか色のついたメガネも付けていた。
 着替えも終えていたので、ギルドへ行って用事を済ませてくると言い残し彼は出ていったので手を振り見送る。

「~~っ」

 なにこれ、ちょっと同棲とか新婚みたいじゃない?
 一人室内でそう考え、しばらく身悶えていたが何度か深呼吸をして気を落ち着かせる。
 違う、分かってる。宿を借りるくらいなら、気兼ねなく帰ることのできる場所を作りたいだけ。
 彼はそれだけだ。他意はない。
 分かってるつもりだが、それでも顔がにやけてしまうのは、その気兼ねなく帰る場所に自分もいていいという許可を得たことだ。

「……やっぱり照れる!」
 
 何度目かの身悶えを経て、彼女はようやく今日の仕事へ行くための準備に取り掛かった。
 日付が変わって帰宅しても、今夜は彼が居る。
 それだけで浮かれてしまうほどに仕事も苦ではなかった。
 普段自分だけであれば買わないが、酒場の店主に幾つか一品料理を持ち帰りで頼む。ベリルは甘辛い豆の煮物が好きだった、とそれを真っ先に思い出したためだ。
 ウキウキと飛んでしまえそうな気持ちで自宅に帰るなんて、今まであっただろうか。
 気が緩めばニヤけてしまう顔をアゲートは必死に取り繕う練習をしながら帰宅すると、部屋から明かり。
 どうしよう、嬉しすぎる。
 玄関前で顔を覆って深呼吸してから戸を開けた。

「ただいま」
「おかえりーよ」

 返事を聞いただけでたまらなくなって、玄関入ってすぐのところで顔を覆ってしゃがみこむのでベリルが怪訝そうに尋ねる。

「…具合悪いーね?」
「大丈夫…」

 同棲感あって、たまらないだけです。
 そんなことを考えながら差し出された彼の手に掴まって立ち上がると、買ってきたツマミを食べようとしてテーブルすら買っていなかったことに今更気がついた。
 
「ごめん…食べるところもないね」
「仕事してるとき、テーブルないのは普通ーね」

 気がつけば、またメガネを外しているベリルが好物を前にどこかご機嫌な様子で食べだす。
 床に二人で向かい合って座って、テーブル代わりに大きめのタオルを敷いて。
 そこで世間話をするかのようにベリル自身の予定を話しだした。

「実は今日、ジャスパの妹と会って来たーよ」
「あの、激重愛情を一心に受けてる…噂の妹さん!」
「そう」

 相槌を打ってベリルが鋭い眼差しを柔らかくさせて細める。おかしそうに。
 表情がこんなにも変わるのは心臓に悪い、と彼女は内心叫ぶ。

「妹はアデュリリアというんだが、彼女が珍しい卵を拾って孵化させたらしくて。その卵から孵った鳥の様子を観察するために明日から仕事へ同行することになった」
「そっかぁ…」

 卵から孵った鳥と聞いて、アゲートの脳内では見たことのある鳥の姿が描き出される。
 海沿いの故郷には海鳥が鳴いていた。この町で見かけるより白くて大きな鳥。
 とはいえ、さすがにあれではないだろう。冒険者として動き回る人たちが珍しい卵と言うのだから。
 仕事も仕方ない。
 けれど、ジャスパが聞くほどに詳しいのだろうかとアゲートが疑問に思ったところで、本人から説明が入った。

「おいらはこれでも五十年は生きてるから、色々と詳しいーよ」
「えー五十過ぎには見えないよ?」

 彼女が笑うと、ベリルも無言で笑顔を浮かべて。
 話しを続ける。

「十日ほど不在だから、その間にアゲートに家を探してもらいたいって考えてるけどいい?」
「う、うん。ベリルよりはこの町に詳しいもんね。良いよ。家賃は幾らくらいまでに抑えたい?」
「別に幾らでも。上限ないーね」
「えっ」
「こう見えてお金持ちーよ」

 またベリルがおかしそうに笑う。
 嬉しいことでもあったのだろうか、普段より機嫌がいい。
 なかなか見れない明るい笑顔にドキドキとしつつ、自分とは違う理由で笑顔なのだろうと分かっていても、アゲートもまたくすぐったい心地で嬉しくなる。
 そうやってテーブルさえない中、買ってきた幾つかのツマミを食べながら探す家の条件をまとめた。
 寝室とダイニング、風呂場、トイレがベリルの条件。
 アゲートはお風呂があればありがたかった。飲食店で仕事をしている以上、汗臭いのは少々問題がある。
 しかもお風呂を貸してくれていたコスモとは修復不可な状況。
 ルサミナに紹介されて薬草屋のルチルに何度かお風呂を借りさせてもらっているが、そこまで親しい訳では無いために申し訳なさがどうしても付き纏ってしまう。
 家を見つけて引っ越すまでの辛抱と思えば、例えもうしばらくは借りたとしても精神的に随分と楽になる。

「じゃあ戻るまでに探しとくね、帰ったらベリルが内覧して決めてもらえたらいいかな」
「アゲートが決めたら良いと思う」
「ダメだよ、家賃はベリルが払ってくれるんでしょ? 払う人が納得してくれなきゃ!」

 きっぱり言い返してから、少し申し訳なさそうに付け加える。

「家賃高いときは、その、言ってね? 多くは無理だけど、払える範囲で渡すから」
「りょーかい。まあ、俺は払える……おっと」

 どこか慌てたようにベリルが口を自分の手で抑えた。
 いつもと違う自称に驚いて彼を見たアゲートの視線から逃げるように目を逸らしたが、一息ついてから少し照れくさそうに白状する。

「家族の前でだけ、俺呼び。この前まで戻ってたから、間違えた」

 その言葉に、ジャスパから言われたことを思い出した。

『昔はさぁ、そんな言い方してなくね? いつから、ウチ、になった?』
 
 実家でどう自分を呼んでた?
 考えて、この町へ来てコスモと会ってからだったことにここで初めて気づいた。

『アタシと被りそうだから、自分の呼び方変えてよ!』

 笑いながら言われ、ああそうだなと何故か納得して「ウチ」と呼び出した記憶が蘇った。
 無言となったアゲートの顔を覗き込もうとしたベリルに彼女は苦笑して返す。

「今の話を聞いて、以前はウチじゃなくてあたし呼びだったと思い出したよ。外ではもう今のままでいいけど、…ベリルの前ではあたし呼びに戻ろうかな」
「ふーん、…じゃあ俺もそうする」

 相槌を打ちながらベリルが鋭い目を細めて優しく笑うから、彼女も釣られて笑う。
 少ない量を食べ終えて彼女は部屋着に着替えると、タオルなどを片付ける手を動かしつつ、明日からまた一人だなあと寂しくなる。
 だが、少なくとも十日経てば帰って来る。
 以前のように、戻って来るかどうかすらわからない訳ではない。
 不在時の管理人のようなものだとしても、次も会えるのは確実だ。しかもひと月ふた月と大きく開かない。
 たった十日。
 その期間を耐えればいい。
 それが本当に嬉しかった。

「……ねむーい」

 片付けを終えたあと欠伸をしながら、先にベリルが入っていたベッドへ彼女も潜り込んで目の前にあった彼の手のひらを見つめる。
 ベリルが右側を下にして横向きとなっていて右手が上を向いてそこにあったので、その手のひらに自分の右手を重ねて指を絡ませ、握りしめたあと目を閉じる。
 自分のために大きめのベッドを買って良かったなぁとしみじみ思いながら、目を閉じたままで隣にいる彼に聞く。

「明日…朝早い?」
「早いーよ」
「そっかぁ、……見送れなかったら、ごめんね」
「いいよ別に」

 話しながらまどろみ、そして寝落ちたアゲートを彼は少しばかり困ったような表情を浮かべて無言で見つめる。
 完全に寝入ったのか彼女自身から絡ませた指が浮いて僅かに離れたため、戸惑いつつベリルは静かにその手が離れないように握りしめて彼もまた目を閉じた。

 
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