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9. 彼の手のひら
しおりを挟むジャスパから勧められて訪れる機会の増えたギルドのルサミナという受付をしている人は、見た目はとてもおっとりとした女性にしか見えなかった。
サイドに垂らした三つ編みも、常に浮かべている優しい雰囲気の笑顔も、引く手あまたの冒険者となっているジャスパが「師匠」と呼ぶような人にはどうしても見えない。
しかも話してみると予想以上に気さくな人で、酒場の飲み物や食べ物を持参して、三十分程度話して帰る。そうやって数日おきに仕事後ギルドヘ足を運ぶことが増えていた。
「今日のこの飲み物美味しいわねぇ!」
「最近仕入れたんですが、まだ人気出てないので今のうちですよー」
「じゃあ明日のお昼にでも行こうかしら!」
二人でそんなどうでもいい世間話をして、アゲートは帰宅する。
ただの世間話だが、その時間が最近の楽しみだった。
同性との他愛ないおしゃべりは楽しい。
だが毎日訪れるわけには行かない。ギルドにいるということは彼女は仕事中なのだ。
邪魔するわけにはいかないので、数日おきにその時間を楽しんでいて、今日は昨日行ったから帰らないと……とアゲートはすっかり暗い空を見上げて。
まだ明るい光が室内から漏れるギルドへ目を向けて。
家路を進もうと人の少ない通りを歩き出した……が、数歩で足を止めた。
視界の端に黒いものが映ったためだ。
怖々と黒いものを見るために体をゆっくり動かすと、暗闇の中の黒いものは人の形をしていて。
しゃがんで俯いているように見えたが、向こうが先に顔を上げて驚いた。
「ベリル!」
駆け寄ると、見上げてくる彼がへらっと笑ったように見える。
「お疲れーよ」
「い、……か、…………ど」
いつ帰ってきて、どうしてここにいるの。
そう聞こうとしたが、上手く言葉にならない。
立ち上がらないベリルは普段と変わらない様子で、だがどこか困ったように続けた。
「さっき町へ着いたから宿取れなかったーよ」
「そ、それは困ったね……」
目の前にアゲートもしゃがんで、暗い中でも相変わらず色の付いたメガネをしている彼に小声で尋ねた。
「じゃあ……ウチ泊まる?」
「そう言ってくれるんじゃないかと思って待ってたーね。よろしく頼むーよ」
「うん」
彼女が立ち上がると、それに合わせてベリルも立ち上がったので二人で並んで歩き出す。
「少し前にジャスパが帰ってきてて、近々ベリルが帰るって話しは聞いてたよ」
「呼び出し食らったーよ」
「大変だね」
「まあアイツの頼みは断れないからしょーがない」
そう笑って言うのが聞こえてきて、アゲートは隣にいる彼を見上げる。
断れないほどの借りがあるとか? それともなにか理由でもあるのだろうか。
一緒にパーティを組んでいる様子もないのに、二人はなんでも言い合える仲だ。
そんな友人がいることを、少しだけ羨ましく思えた。
しばらく無言で歩いたあと、アゲートは思い出したことを忘れないうちに伝える。
「あの、ね? 可愛い花籠、ありがとう」
「ああ、お詫びだから気にすることないーよ」
「そのお詫びって何? ずっと気になってた」
「急に泊まらせてもらった、お詫び。今日は何をお詫びにしようか悩むーね」
明るい口調でそう説明してくれたので、一応は納得する。
寧ろどんどん来てくれて構わないのに、…なんて言葉はさすがに飲み込んだ。
家に帰り着いて室内に入り、明かりはつけないまま窓からカーテン越しに差し込む月明かりだけが室内をほのかに照らしている。
化粧を落として着替えていると、多くはない荷物をベリルが壁際に置きながら、不思議な形をしたタンスの上にある花の入ったガラス瓶に目を向けていた。
「これは?」
「ベリルからもらった花を、花屋のジルに相談して、できるだけ長く見て楽しめるようにって作ったよ」
「器用だーね」
「ものすごく集中して作ったから疲れたけど、でも、いいでしょ?」
「……うん」
あの日もらった生花に近い色合いの花びらが、ガラス瓶のオイルの中で僅かに揺れている。
触れることはなく、一心に眺めていたベリルはただ頷いた。
「あと、えーっと。お礼にはならないかもしれないけど!」
タンスの引き出しに入れていた、布で作られた赤い花をベリルに差し出す。
袋にでも入れておけばよかったと取り出してから気がついたが、もう遅い。
さっきガラス瓶へと向いていた視線がアゲートの手のひらに乗る赤い花に移っていて、彼は首を傾げた。
「なにーね?」
「助けてくれたお礼、の、つもり」
無言で反応がない。
おかげでどんどん恥ずかしくなってきて、アゲートは赤い顔で言い訳開始。
「で、でも要らなかったら捨てていいから! は、初めて作ったから不格好だし! 帽子へ飾るのにいいかなって思ったけど、でも、こういうの好みじゃないかもしれないもんね……!」
言い訳をしている間に、彼女の手のひらから赤い花が移動して、ベリルの手のひらへ。
メガネ越しに見つめていたが、口元が笑った。
「ありがとーね。気持ちのこもったものは嫌いじゃないーよ」
「よ、良かった…!」
全身の力が抜けて安堵のため息。
「けど帽子に付けるにはどうしたらいいーね?」
「ウチがしてもいいなら、縫い付ける、よ?」
「じゃあよろしくーね」
帽子をチラ見してから、アゲートは手元に戻ってきた赤い花をタンス上のガラス瓶の横へ。
暗いから明日の朝にしておこう。頼まれてくすぐったい心地がする。
一人で照れ笑いを浮かべてからベッドへ潜り込むと、ベリルも上着を脱いだので思わず目を自分の両手で塞いだ。
久しぶりに見る好きな人の裸ってこうも刺激的なのかと脳内でひたすら悶えつつ油断するとにやけてしまいそうな唇に力を入れていると「どうしたーよ」という問い掛けが耳に届く。
頭を振って「なんでもない」とだけ小声で伝えた。
隣へごそごそと入り込んできた動きとベッドが軋む音で、ドキドキと鼓動が早い。
その早い鼓動が聞こえないように、彼女はいつもより早口でベリルへ話しかける。
「そ、そうそう。また仕事ですぐ移動するなら、宿借りるより、今日みたいにウチに泊まったら?」
「それはありがたいけど、それならおいらが気兼ねなく泊まれるように引っ越して」
「……ええ?」
言葉の意味が理解できず、アゲートは逸らし気味だった視線をベリルへ向けた。
隣で、以前のようにベッドへ肘を付いて頭を乗せた状態で横向きになっていた彼はいつの間にかメガネを取って彼女を見ていたので、その滅多に見ることのできない温かな炎にも似た鋭い赤目に鼓動が一層早くなる。
「ど、どういう……?」
「広めの部屋借りるから、そこにアゲートが引っ越しておいらが不在の間管理して」
「え、借り……???」
思わず起き上がったアゲートに彼が笑った。
「不在が長いと部屋が駄目になるからーね、おいらの不在時はアゲートが住んで」
「…ベリルが戻ってきたとき、あたしはどうすれば?」
「おいらが戻ったからってアゲートが出てったら広い部屋を借りる意味ない」
頭が意味を理解できるまでの数秒間、アゲートは微動だにできず。
それってまるで同棲では? と頭が認識して。
理解した瞬間、「ふぇ!?」と変な声を発してしまって、熱くなった自分の頬と口を手で塞いだ。
「おいらが家賃払えば、今日みたいな日に宿を考えずにすむのはかなりありがたいーよ」
にこにこと笑顔なので、どうやら深い意味はなさそうだ。そう気づいて、一緒に住むとは言っても不在が多いなら広い部屋に一人暮らしをするようなものかと考え直す。
同棲するのかと期待してしまった。そんな関係ではないと分かっているくせに。
我ながら暴走する脳内はいかがなものかとアゲートは恥ずかしく思いながら、改めてベッドに潜り込む。
熱い頬を自覚しつつ、ベリルのほうへ体を横に向けたところで、目の前に彼の手が投げだされて置かれていることに気づいた。
大きなこの手のひらが、あの日助けてくれたなあと思い、つい口を噤み指先で触れる。
ひたすらに優しくて気持ちよかった夜を思い出して、幸せだったなあなんて思いながら大きな手に触れていると、少しばかり戸惑う声が聞こえてきた。
「……そんなつもりなかったけど無理そうーよ」
その言葉の真意が読み取れず、アゲートが寝たままでベリルへ顔を向けたのと。
体勢を変えて彼女の上にベリルが移動したのは同時で、体を寄せて囁く。
「お礼、もらっていい?」
「……どうぞ」
今度は理解できたのでぎゅうと抱きついて、首に腕を回して彼には見えないように満面の笑みを浮かべた。
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