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11.生死の起点
しおりを挟む「…………」
屋敷から出て綾菜のいる団子屋へ歩き出しながら、はたと彼は足を止めた。
勢いとはいえ、昨日はっきり告白したことに今更ながらようやく気がついたからだ。顔が熱くなってきてその場で頭を抱えて座り込む。
周囲を歩いていた人たちが、突然の行動に驚いた様子で距離を開けながら通り過ぎていくが朝陽は気が付かない。
よく考えれば…いや考えなくても、ずっと一緒にいたい、なんてもう求婚とほぼ同意じゃないか。
頭の中でたどり着いた事実に顔の熱が増すばかり。
告白と同時に求婚みたいなことまで言うなんて相手が驚きのあまり言葉を失うに決まっている。……と頭の中でぐるぐる思考が堂々巡りだ。
会いたいのは山々で、言葉を交わしたりもしたい。
笑顔に癒されたい。
……が、恥ずかしさが勝って足が動かない。
「うぁぁ……!」
「…前にも見たことあるなぁ」
聞き覚えのある声に朝陽は目に涙をうっすらと溜めて、抱えていた頭から手を離さないままで声の主へ顔を向ける。
そこには思った通りの人物が呆れた顔で佇んでいた。
相変わらず少しばかり草臥れた深緑の着流しを着ている将吉がその場にしゃがんで膝に肘を乗せて覗ってくる。
「なんかあったん? って真っ赤じゃん! 熱?」
「熱ないし……いやでも心配ありがと」
頭を抱えていた手を離して、今度は口元を抑えると熱い頬を改めて自覚させてきた将吉から目を逸らした。
ひとまずは熱すぎる顔をどうにかしないといけないとその場に立ち上がり、尋ねる。
「団子屋へ行くところ?」
「そうそう。ちょっとだけお金足りなくても後払いさせてくれる、ありがた~いお店だからさ」
へらっと笑って言う将吉と並んで団子屋へ向けて歩き出す。
ひやりと冷たい風に吹かれるおかげで随分と熱かった顔が落ち着きつつある朝陽の隣を歩く将吉は、少しばかり声を潜ませて切り出した。
「お父上には話せた?」
「まあ一応。……これからどうなるか分からないし、結局来週は顔見せしなきゃいけないらしいけどね」
「ふうん大変だあね、名のある家柄ってのも」
遠い目を浮かべてため息を吐き出した朝陽を見て、将吉は袖の中に手を差し入れながら苦笑して。
その袖の中に入れていた紙を取り出した。
「応援ってわけじゃないけど、約束してたやつ」
「約束?」
差し出された紙を不思議そうにしつつも朝陽は受け取り、折りたたまれた紙を開いた。
畳まれていた紙には一人の女性の、笑顔を浮かべている似顔絵。
肩から上を描いてあるのだが。
「あーちゃんの人相書き。そこそこ似てると思う~」
「うん、うん。似てると思うけど、………なんで少し着物はだけてんのか聞いても…?」
「期待してたかなと」
「してない。描いてくれるにしても普通で良かったんだよ、どこに置けばいいんだよ…」
墨で上手に描かれた似顔絵を丁寧に畳んで自分の袖に仕舞いながら、朝陽が何度目かのため息をつく。
将吉が手渡してきた綾菜の似顔絵は確かによく似ていたし、可愛らしい。
だが、微笑みながらも肩を出しているそれを気軽に部屋の机へ置くわけにもいかない。戸は簡単に開けられて自室とはいえ誰でも入ることができるためだ。もし誰かに見つかったら、何を言われるか。
苦情を言いながらも自分の袖へ無意識のうちに仕舞った様子を見て将吉は声を押し殺して笑った。
しばらくしてたどり着いた団子屋にはいつものように、彼女が普段通り明るい笑顔で働いている。
多くはないが少なくもない客たちの間を縫って、空いている長椅子に二人並んで腰掛けたところで綾菜がやって来た。
「こ、こんちは」
戸惑いを僅かに漂わせて挨拶をする朝陽に綾菜もまたその戸惑いが伝染したらしく、ほんのりはにかんだ。
「い、いらっしゃいませ」
そんな二人を間近で見て何かに勘づいた将吉がニヤリと口元を緩ませたが、それに二人は気付かずに気恥ずかしそうな様子で会話が続く。
「えっと、オススメとかある、かなぁ」
「そ、そうですね。今日はみたらし団子を少しだけお安くしてます」
「じゃあ、みたらしを二本ください」
「はい」
にこりと微笑んで綾菜が長椅子から離れていったが、すぐ慌てて戻ってくると将吉へ尋ねた。
「ご、ごめんなさい! まーくんの注文聞き忘れてた」
「いいよ。あ、おれも、みたらし一本よろしく~」
焦りまくる綾菜に将吉が手を振り伝えると、何度も頷いて彼女は奥にある調理場へと早足で向かっていった。
その後ろ姿を朝陽がつい目で追って見ていると、左隣から脇を肘で突かれた。
振り向くと、何故か目を輝かせた将吉が朝陽を見ていて気圧され気味に眉を顰める。
「……なに」
「二人に何かあったんでしょ? 何? 何があったの? 告白でもした? それとも思わず襲っ」
「してないから!」
将吉の最後の言葉を慌てて否定し、真っ赤になった顔で頭を左右に大きく振り詰め寄る。
「人が大勢いるところでそういう発言をするのは禁止!」
「ふむ」
「……俺はともかく! 綾菜さんに迷惑かかるでしょ!」
小声だが、かなり珍しく威圧的な怒りの表情を浮かべていたため将吉もさすがに無言で頷いた、が。将吉も折れない。
「迷惑かけたときには嫁に貰っちまえばいいんじゃねぇ?」
「……!」
こっそりと耳打ちされて、唖然としつつも赤く染まった顔で朝陽は隣に座る男を見る。
そういうことを言っているんじゃなくて! …と叫びたくなったが、叫んでしまえば、せっかく小声で話していることを周囲に知らせてしまうのも事実で強めに言い返せず将吉を呆れ返った顔でただ見つめていると。
「お待たせしました」
照れ顔で綾菜が注文したものを運んでくると、二人の間に運んできたお盆をそのまま置いた。
湯気の上がるお茶の入った湯呑みが二つと、注文したみたらし団子が二本、一本とそれぞれ乗った皿がお盆の上に分かれて並んでいる。
お盆の両側にいる二人を交互に見てから、ふんわりとした穏やかな笑顔を浮かべた。
「お二人は仲が良いですよね」
「えっ…」
「え?」
「あ、あれ? 違うのですか?」
微笑んで口にした言葉に、朝陽が嫌そうに怪訝な顔を浮かべ、それを見た将吉が驚いたため、話を振った綾菜が珍しく焦る。
「朝陽さん、何でそんな嫌そうな訳?」
「嫌というか…、気軽に話しかけてくれるのは嬉しいよ? でも将吉は軽口どころか踏み込み過ぎなんだよ……変なことばっかり言…」
しまった、この言い方では話を振ったようなものだ。朝陽がハッと言い切る前に口元を押さえたが、聞いていた綾菜が不思議そうに首を傾げた。
「変なこと?」
「え、変なことかなぁ?」
そこまで言うと湯呑みのお茶を流し込む。
話を理解できていない綾菜だけが首を捻っていたが、他の客から呼ばれたためにその場から離れていって朝陽が今日何度目かの深いため息をついた。
「……心臓に悪い」
「別に知られても良くない? 好きな相手としたいことなんて、そりゃ色々あ」
「ほんともう勘弁して」
「もぐ」
無理やりみたらし団子を口に突っ込んで言葉を中断させた朝陽はまたため息。今日は何回ため息をつけばいいのだろうかと、頭を抱えて。
「はい、以上でよろしいですか?」
少しばかり離れたところから聞こえた綾菜の声に僅かだが顔を上げた。
見える穏やかな横顔も周囲を気遣った立ち振る舞いも好意的な印象を持たれるだろうことは接客を眺めていて伝わる。
そばにいると、ホッとさせられる。
抱え込んだ多くの負の感情が溶けていくかのような錯覚さえ覚えるほど、落ち着く。
やっぱり好きだなと胸が切なくなり、苦しくなった。
自分の立場を考えれば無理やり話を進めようと思えばたぶん出来てしまうだろう。
それだけはしたくなかった、のに。
「……やらかした」
結局同じ場所に思考が戻った。
抱えたままの頭の中は、反省ばかりだ。
告白はまだ良いが、求婚は早すぎるだろ。脳内で一人自分にダメ出しをする。
ああぁぁ…と一人でまた頭を抱えている朝陽を横目に、指先に付いてしまったみたらしのタレを舌先で舐めていた将吉が長椅子に手をおいて空を見上げた。
「何をやらかしたのかは知らないけどさ。あーちゃんの態度で、その答えは出てんじゃない? 嫌だったら、さすがにあんな普通の態度で接しないと思うけど」
「…そ、そうかなあ?」
少なくとも綾菜は嫌そうにはしていない。
であれば、悪い風に受け止めなくてもいいのか?
いやでもやっぱり求婚は早すぎだ。何事にも手順や段取りというものがある。
将吉の言葉に一旦は浮上しかけた朝陽だったが、脳内で行き着いた思考からはなかなか抜け出せず、ため息を吐き出しかけたところで隣から再び話しかけられた。
「ため息吐くたんびに幸福が消えるって聞いたことあるなあ」
ぐっとため息を耐えて「そうなの?」と力なく尋ねたため、将吉は眉を下げて笑う。
「幸福が消えても、もいっかい掴まえればいいんでない? 生きてりゃ何でも出来るでしょ」
そう言いながらまた湯呑みのお茶を口に運んだ将吉を見て、雪の日のことを思い出して目を閉じる。
あの雪の日から、今も死なずに生きている。
将吉が言うようにあの日死んでいたら、大事なもののために行動を起こそうと思うどころか、出来もしない。
好きな相手にも巡り会えていなかったし、こんな軽口を言い合える友人にも会わなかった。
死のうと考えたあの日の出来事が、生きようと思える起点となっているのかもしれない。
「…生きてるってすごいことだね」
「それだけで奇跡ってもんだ。悩みは尽きないんだけどさ」
大事な人を失ったらしい彼の言葉は重みがあって、朝陽は力なく笑って頷く。
「まずは明後日、兄上と頑張って話すよ」
「がんばれ~」
「何、その何もこもっていない言い方」
適当で軽口な応援の言葉が今は少しありがたくて、今度は可笑しそうに笑った。
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