地の果てまでも何処までも

薄荷ニキ

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地の果てまで追ってくる男 3

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 昔の夢を見た。はるか昔の、まだ俺達の背中に翼が生えていた頃の。



「こんなところにいたのか、ベリアル!」

 父の子供の中でも屈指の光り輝く美丈夫が、俺を見つけて近寄ってくる。俺は口を尖らせてそっぽを向いた。

 俺は不完全な体で生まれてきた。そんな体に作った父が憎くて、俺は事あるごとに悪さばかりした。人を騙してものを奪ったり、人の懐疑心を刺激して仲を引っ掻き回したり。言葉巧みに人を誘導して思い通りにするのは楽しかった。

 清麗な場所みずに滴り落ちる一雫の黒い混沌は、俺にとって蜜の味なのだ。

「また人の世界に降りて余計なことをしたんだって?」

「……」

 ルシファーはいいよな。俺と生まれた時期はそんなに違わないのに、完璧な男として作ってもらえたんだから。
 皆に『全能の』と賛辞される父のことだ。俺をこんな体に作ったのは、きっと嫌がらせに違いない。そっちがその気ならいいさ。父の作った世界なんか、片っ端からぶっ潰してやるから。

「ベリアル? 聞いているのか? お父様が今日のこと、お怒りになっていたぞ」

「……何のこと? イヴにりんごの木の洞を調べろって言ったこと?」

「そうだ。あの木にアダムとイヴを近づけさせてはならないと、お父様に言われていただろう。お前も聞いていたはずだ」

 ルシファーは怒りも露わに俺にお説教するけれど。俺は肩を竦めて言い返した。

「……俺には分からない。何をそんなに恐れているんだ? アイツらが真になら、俺の言葉なんかにはずだ。ルシファーはアイツらのことを信じていないのか?」

「……」

「俺はただ、近くで囁いただけだ。りんごの木の洞には、旨い『りんご酒』の詰まった 甕かめがあるらしい……とね。なっ、アゼル?」

 俺はちょうど待ち合わせをしていた男が来たので、ルシファーとの話を切った。光を掲げる天使と一緒にいると、劣等感をひしひしと刺激されるから嫌いだ。

「何がぁ?」

 のんびりと腹を掻きながら歩いてくるアゼルも立派な男だが、コイツはまあ、とにかく荒野の岩山みたいにデカいから、別種の生き物と考えてもいいだろう。俺はアゼルに近寄って、さっさとその逞しい腕に縋りついた。

「何でもない。さあ、行こうぜアゼル。今日は東の方に、変わった岩が連なった場所を見つけたんだ」

「へえ、どんな? いや、とにかく行ってみるか。じゃあなぁ、ルシファー」

 言うなり、アゼルは美しく力強い6対の翼をバサッと広げた。 熾天使セラフィムの階級の中でも、6対の翼、12枚の羽を持っているのは、ルシファーを含めコイツと、もう一人誰だっけか、変な赤い帽子を被った博識のおっさんだけだった。

 力強い腕に抱えられ、俺もアゼルの首にギュッとしがみつく。俺の翼は小さ過ぎて、コイツと同じ速度で飛ぶことが出来ない。なら、抱いて連れて行ってもらう方が楽で早かった。

「ベリアル!」

「じゃあねー」

 形のいい眉を釣り上げて怒るルシファーに手を振って、俺達は東の地へと飛び立った。



「はあぁん」

 あれ、おかしいな。俺は単に、東の方に遊びに行こうと誘っただけなのに。
 何で俺は今、アンアン嬌声を上げてんの?

「ちょぉっと、待てー」

 俺は渾身の力を込めて、俺の下半身に手を突っ込んで悪さをする男の腕を上から押さえつけた。だが体勢がよろしくない。後ろからがっちり拘束されているので逃げることも叶わず、コイツの暴挙を止めることが出来なかった。

 二人してやって来た先、広大な荒野に点在する雄大で平らな岩山は、なかなか見応えがあった。折しも地平線に沈む赤い夕陽に照らされて、思わず見入ってしまう。だがあまりずっと立っているのも疲れる。
 ゴツゴツの岩場が多くてこんな所に座りたくないと言ったら、アゼルに「しょうがないなぁ」と笑われて後ろ向きに抱き込まれてしまった。

 胡坐をかいた男の太腿の上にすっぽりと収まり、分厚い筋肉の胸に背中を預ける。まるで王座みたいだなと、赤く染まる荒野をぼんやりと見ていると、アゼルの手が俺の胸に伸びてきて揉み始めたのだ。

「アゼル? 何この手?」

「いや、ちょっと手持ち無沙汰だから」

「……だからって、人の乳首、引っ張らないでくれる?」

「じゃあ、こっちで遊ぼうか?」

「いや、だから──」

 人の体で遊ぶな! ああ、そんなとこ触っちゃ駄目だって!

 不完全に作られた股間の穴を長い指で弄られて、俺は仰け反った。最近アゼルはこんなことばかりする。

「まだまだ狭いなぁ。ベルはどこもかしこも小さい」

 お前~、それは俺の男の部分のことも言ってんのかっ!

「うっせえよ」

 俺だってこんな体で生まれてきたくなかった。お前や、ルシファーみたいに雄々しくなりたかったのに。

 父は俺を完璧だと言う。「お前こそが世の全て。世の映せ身」と。何が完璧だ。腐る俺に近づいてきたのがアゼルだった。

「知っているか。オヤジが一番嫌うことは、姦淫なんだぜ」

 アゼルは魅力的な男だった。長い髪や6対の翼からも分かるように強大な力を持ち、知識も豊富だった。武具の作り方から装飾品に関する雑学まで、アゼルが知らないことはないんじゃないかと思うほどだ。

 俺との会話に不自由しない男、つるむのに足る男は初めてだった。頭が良くて、俺の企む悪事にも笑って付き合ってくれるのだから仲良くならないはずがない。
 俺達は似たもの同士だったこともあり、父が命じた、「初めての人間であるアダムに仕えよ」に反発して、悪戯をすることにした。

 アイツらが住む園にある大きなりんごの木の洞に、この世の善悪、不幸、知恵など、ありったけの『世のことわり』を詰め込んだ『りんご酒』で満たした 甕かめを置いたのだ。そしてアゼルと俺、二人して蛇の姿に化けて、ヤツらにわざと会話を聞かせた。「りんごの木の洞には、旨いりんご酒の詰まった 甕かめがあって、極上の味がするらしい」と。
 父にりんごの木の実を食べることを禁止されているアダムとイヴだが、さて、甕《かめ》を開けることは、父の命令に背くことにはならないはずだと解釈して、乗ってくるかどうか……。

「ふふ」

 その時の興味津々だったアイツらの顔を思い出して、俺は笑った。ああ、こんなくだらない世界なんて、早くぐちゃぐちゃになって仕舞えばいいのに。

 俺は急に気分が良くなって、片腕を持ち上げ、アゼルの後頭部を抱き寄せた。上半身だけ捩って振り仰ぎ、俺の意図を読んで背後から首を伸ばしてくる男の唇を奪う。舌を絡め合うキスが気持ちいい。

「ふぅんん……前も、前も触って」

「ヤダね。ほら、ここだけで気持ち良くなること覚えような。ようやく上手く濡れるようになったけど、まだ指2本しか入らない。こんなに狭くちゃ、俺の挿れられないだろ」

「いあぁ、い、挿れなくてもいいじゃん。触りっこだけでぇ……ん」

「ダーメ。お前は俺のオンナになるんだ。オヤジが言った、『完璧』なままなんて嫌だろう」

ら、そこ、触んらいでぇ……!」

「ほら、ここ、覚えておけよ。お前のいいところだ。そのうち指だけじゃなく、俺のちんこでいっぱい突いてやるからな」

「んーーーー」

 中で指を広げられ、縦横無尽にこねくり回されて、俺は陥落した。足の爪先つまさきに力が入ったまま、頂点に達した快楽から心が戻ってこない。それからは何が何だかもう……

 ノリに負けてアイツのちんこを口に突っ込まれたけれど、あまり思い出したくない。ああ、顎が痛い。こんちくしょー。
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