地の果てまでも何処までも

薄荷ニキ

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地の果てまで追ってくる男 4

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「あははは。アイツらやりやがった! ついに 甕かめを開けやがったぜ! 『希望未来』だけは底に残ったようだが、りんご酒を飲み干しやがった。知恵に怯え、苦痛に満ちた厄災が世界に解き放たれる。ざまぁーみろっ!」

 そんな悪態を叫んだ途端、俺は怒った父に天界を追い出された。

 蔑んでいた人の世界だが、それでも俺は別に困らなかった。俺が少し言葉巧みに煽てれば、人間は面白いように騙されてくれる。この世にさらなる渾沌を。
 俺は悪行を重ね、人が悪に染まるのを楽しんだ。

 何故か俺を追ってアゼルまで人の世界に堕ちて来たが、どこに行っても俺達は上手くやっていた。人を騙して金品を手に入れ、破滅する人間を見て悦に至る。
 気分がいいとセックスするのも気持ちが良かった。アゼルと肌を重ねるごとに女の体に近づいていくのが気に入らなかったが、狭かった俺の膣にアイツのブツが収まるようになった頃には、諦めにも似た気分で楽しむようになった。

 だってアイツ、セックス上手いんだもん。



 あまりに悪行を重ねすぎたのか、見かねた父が俺達を罰するために兄弟天使達を送り込んでくるのは早かった。多勢に無勢。ヤツらに追い詰められた俺を庇ってアデルが死んだ時は少しショックだったけれど、「馬鹿なやつ」と思って深くは考えないように努めた。それからも逃げて逃げて。でも結局そのすぐ後、兄弟に掃討されたのか理由は忘れたけど、俺も死んじゃったからおあいこだよね。

 そういえば俺たち不死だったなーと思い出したのは、2回目の転生の時。肉体は死んでも俺達の魂は死なないので、時が満ちれば復活する。その時もいつの間にか俺の隣にはアゼルがいたから、俺達えらく腐れ縁だなーと呑気に構えていた。

 そんなことを何度か繰り返し、「流石にアゼル、俺に執着しすぎじゃね?」とようやく疑問に思った俺は、身を隠すようになった。まあ、どれだけ頑張っても結局は見つかってしまうんだけども。

 今回もやっぱり追って来たかぁと思いながら、俺は寝心地のいいベットで惰眠を貪っていた。アゼルは朝、起き抜けにまだ寝ている俺に無遠慮に背後から突っ込んで、一発やってスッキリとした顔で出かけて行ったままだ。

「これからどうすっかな……」

 またアゼルと組むか、一人で気ままにやっていくか。正直、一人暮らしに未練がある。

 こんな風に、腰が痛くなることないしな……

 俺は怠い体を起こしてようやくシャワーを浴びた。股間を中心にカピカピになっていた色んな体液を洗い流し、少し気分が浮上する。
 もちろん替えの服などここにはないので、悔しいがアゼルのTシャツを拝借した。首周りが大きくて片肩が露出したり、長さが十分なので下を履かなくてもOKなのは、この際、目を瞑ろう。

「うっまー」

 腹が減っては戦はできぬとばかりに、俺はハイエンドなキッチンに鎮座する大型冷蔵庫からサンドイッチを取り出して食った。「食え」と言わんばかりに入れられていたから、おそらく文句はないだろう。

 あらかた腹が膨れたところで玄関に向かってみたが、俺はすぐさまリビングに引き返すことになった。

 なんだ、あれ…… 昨夜は気付かなかった。

 外から家に帰ってきた時に、玄関ドアが顔認証なりパスワードで開錠出来るセキュリティは多々あるだろう。だがのに、施錠されているガラスドアが玄関前の廊下にあるってどういうことよ? おそらく顔認証なのかな? 上部にカメラがついてあった。しかも防犯ガラスらしく、ぶっといドア……椅子を投げつけても破れるような気が全くしない。

 もちろん俺の顔が登録されているはずもなく、うんともすんとも動かないドアを前に、俺はすごすごと戻ったリビングのソファで膝を抱えた。

 こっえー。あいつ、とことん俺を囲う気だ!

 ヤツの執念が怖い。死んでも死んでも、蘇っては執拗に俺を追ってくる。どちらが死ぬかはさておき、死別する度に今度こそ出会わないようにと身を潜めてみても、いつの間にか見つかってしまう。どんな情報網を持っているんだと、感心するばかりだ。

 あー今回も同じパターンかぁ。

 俺はうんざりとした気持ちになって、気分転換に大型テレビのスイッチを入れた。どうやってチャンネルを変えるのかな……と、多機能なリモコンと格闘している間にも、画面には夕方のニュースが流れている。

『本日、午後2時ごろ、東京都XXXXのマンションで火事がありました。マンションは全焼しましたが、幸いにも住人の人的被害はなく、消防庁は引き続き出火の原因を調べています……』

「………」

 4Kの高画質な画面にはっきりと映し出されていたのは、メラメラと赤く燃える炎と、黒煙に包まれる俺のマンションだった……



「あのさぁ」

 俺は帰宅したアゼルに当たり散らした。

「俺! あの家に! 苦労して集めたコレクションがいっぱいあったんだけど!」

「……ほら、飯。お前、鰻好きだっただろ」

「聞けよ!」

 俺は怒りに燃えながらもアゼルが持ち帰った箱折に手を伸ばした。炭焼きの香ばしい匂いが食欲をそそる。

「お前、弁償しろよな」

 ふっくらと柔らかい鰻に噛み付くと、絶妙な甘辛さと、程よく脂の落ちた身が舌の上で踊った。わー、特上だ、これ。お米も一粒一粒に艶があり、しっかりとタレが絡んでいて美味しい。

 アゼルは俺の前にお茶を差し出しながら、自分も箱折の蓋を開いた。

「で、お前のコレクションって何だ? ガチャガチャで集めたサメの皮を被った猫か? それとも巨乳シリーズのAVか?」

「……」

 ちくしょう……こいつ、燃やす前に俺の部屋を荒らしやがった。相変わらず自分の悪事を一切誤魔化さないその潔さは、見ていて清々しい。

「お前、巨乳好きだったのか?」

 アゼルの憐れむような視線に腹が立つ。
 えーえー、どうせ俺は貧乳ですよ。いつ生まれ変わってもひょろっとした体型のまま、どこも成長しない。変わったのは完全に女の体になっただけ。けれど胸にボリュームがあまりないので、一見、初対面の人間は俺が男か女か悩むようだった。

「いいじゃんよ。俺は男になりたかった。でもダメならダメで、でかいおっぱいが欲しかった。そしたら、自分で揉んで楽しめたのにぃ」

「お前……。それ、巨乳で肩凝りに苦しんでいる女の前で言ったら殺されるぞ」

 呆れたように言われる。自分で言っていても「俺って馬鹿だなー」と思うけど。いや、ちょっと情けないかな?
 何だか虚しくなってきた。

 ああ、もういいや。

「とにかく。お前が俺の全財産を燃やしたんだから、責任もって俺に服買えよ」

「……ああ、もちろん。まずはスケベ下着、買ってやるぜ」

「あははは、馬鹿でー」

 やっぱりアゼルと一緒にいるのは気が楽だ。しょうがない。今回もコイツと少しの間、添い遂げてやるか。

 俺は美味い鰻をペロリと完食して、目の前で最後の一切れを口に運んだアゼルの唇に噛みついた。ほら、今食った鰻をさっさと寄越せ。
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