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語り伝える

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 瀬皓の村は暫くの間大きく揺れていた。
 その騒動はあまり交流の無かった近隣の村々にも大きく広まったらしい。

 一体の大地主であった瀬皓の村長が銀山を隠しており、密かに採掘して私腹を肥やしていたこと。それに伴う数々の余罪が白日の下にさらされた。
 一つ、また一つと連鎖するように地主の余罪は明らかになり、地主は捕らえられ、一族や縁者は揃って村を追われた。
 瀬皓の長の罪を中央の役人に告発したのは、地主の家に仕えていた下男の山根だった。
 山根は、私刑に走ろうとした者達を抑えながら、帝都時代の伝手を頼り事の次第を政府に訴えたらしい。
 中央からは役人が派遣され、ひとだけではなく様々な物や技術、思想が流れ込むこととなった。
 人々は瀬皓の外に本当に世界が広がっていたことにひどく動揺したようだ。
 新しく入って来たものに驚き戸惑い、そして時間こそかかったものの、次第に受け入れていった。

 そんなある日、瀬皓の村を望める、切り立った岩の高台に一人の男の姿があった。
 男――山根は瀬皓の村を見回すと、肩を竦めて大きく息を吐いた。

「やれやれ。これで芝居を終える事ができる」

 一連の出来事を収拾するための采配は全て終わった。後は、村人たちがどう対応し、変わっていくかだ。
 新しい村の代表も選出され、新しい体制も整った。
 瀬皓の大蛇が害のない存在であったことは確かめた。本来の目的も既に果たした以上、彼がもうこの村に居続ける理由はない。
 かなり理不尽に殴られていた分、手当に色を付けてもらわないと、と呟きながら彼は山へと視線を向けた。

「まあ、この村にも。あの二人にも。幸あれ、ってところだな」

 あの日、寄り添い消えた二人の姿を思い出しながら、山根は笑う。
 人とあやかし。二人の間にはまだ解決されていない問題も、越えなければいけない問題もある。
 だが、あの二人ならば。
 素直に見せかけて本当はひねくれていた無茶な娘と、獰猛と言われていながら本当は臆病だった大蛇。
 なかなかいい組み合わせじゃないか、と苦笑いしながら山根は踵を返した。
 少しばかり、思案するような表情を見せながら。

「それにしても、あの呪いの短刀……。あんな性質の悪い物、何処のどいつが……」

 男が消える間際の言葉は、風に攫われて溶けた。


 山根は、一連の騒ぎがおさまる頃には姿を消していた。
 誰もその行方を知らず、何も残されていなかった。
 親類と言われる者達も何も聞いておらず、連れ帰った老いた母はそもそも既に亡くなっている。
 行方を真剣に気にする者は特に要らず、帝都に戻ったのだろうと人々は囁きあい、何時しか話題にする事もなくなっていった。


 新たな世界に触れて賑わう人々は、一方で目にしたはずの大蛇についてはあまり口にしようとしなかった。
 言い伝えは確かに本当であったと、声を潜めるように囁くに留めていたらしい。
 いつしか、人々は山に入ろうとしても、いつの間にか元の場所に戻ってきてしまうようになった。
 これは山の大蛇の意向なのだ、と皆は口にせずとも思ったという。
 それ以上を知ろうとしなかったのは大蛇の怒りを恐れたのかもしれない。触れてはならない人を越えた存在に畏れを抱いた故かもしれない。

 だが、人々は代を重ねても密かに語り伝えていった。
 綺麗な花嫁を迎えた優しい山の大蛇は、今でも幸せに暮らしているのだ、と……。
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