ポケットの中の追憶

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彼はそう言った後、照れくさそうに笑う。
「あの時言えなくて、ごめんな」
「あ...いえ、あの...俺も」
祐希もあの時言えなかった言葉を彼に伝える。
「俺も...好きだったんです」
三島は柔らかい笑みを浮かべたままだ。
「...やっぱり気付いてたんですね」
彼はゆっくり頷いた。
「そりゃ気付くよ。だっていつもお前の熱い視線を感じてたから。鬱陶しいくらいに」
「鬱陶しかったですか」
「それは冗談だよ。でも俺もよくちょっかい出してたし、一度、告白っぽいこと言っちゃったしな。山尾も気付いてたんだろ。俺の気持ちに」
彼の言う「告白っぽいこと」とはこのことだろう。
「いつか好きだと言えたら...」
祐希が口にすると、「やっぱり、あんなこと言ったらバレるよな」と彼は苦笑する。
「もしかして...て期待はありました。だから、先輩が第二ボタンをポケットに入れたんだって思ったんです。でも結局、確証はなかったから、その期待はずっと胸の奥にしまってました。実は、あのボタンもまだ持ってるんですよ。先輩の第二ボタンだって信じてたから。それで、先輩と再会して、あの時と同じように去り際に肩を叩かれて、もしかしてって思って」
喋っているうちに、十三年分の想いが溢れてきて、声が大きくなってしまう。
「ジャケットのポケットを確認したら名刺が入ってて、あの時と同じだって、やっぱりそうだったんだって確信して、それで、それで電話したんです」
「とりあえず、うまくいってよかったよ」
祐希とは対照的に三島は静かに言った。
「再会した時、お前が卒業式の放課後のことを口にしたから、第二ボタンのこと気付いてくれたのかなと思ってね。それで、あの時と同じようにして、名刺をポケットに入れてみたんだけどさ、その意図に気付いてくれるかは賭けみたいなものだったからな」
「......」
うまくいけば連絡してくるかもしれない。
ゲームを楽しんでいるような軽々しさが、今の発言にあるような気がして、微かに心が騒ついた。
でも、ドラマチックな再会の演出だと思えば悪くはない。
なにより二人にとって、この演出こそ重要な意味があるのだ。
それを咄嗟にやってのける大胆さと遊び心は、モテる男の余裕の証だろう。
そう思い直し、祐希はあえて軽い口調でこう訊いた。
「俺が名刺に気付かず、連絡してこなかったらどうしてました?」
「それも運命だと思ってたさ」
端正な横顔を向けたまま三島は答える。
「でもお前は第二ボタンにも名刺にも気付いてくれた。だから今ここにいるんだ」
これが運命だった。
三島は言葉にはしなかったが、祐希を舞い上がらせるには十分だった。
高揚した気持ちを落ち着かせるつもりでジントニックを飲んだが、より熱くなっていく。
もっと早く気持ちを伝え合えてたら...。
「俺の気持ちに気付いていたのなら、なんではっきりと告白してくれなかったんですか。恋人同士になれたのに」
感情が昂り、思わず彼を責めるように言ってしまう。
「そんな簡単じゃなかったんだ」
三島は苦笑する。
「まだあの頃の俺には、正直どうしていいのか分からなかった。周りに理解してくれる人はいなかったし、相談もできない。なんというか、大きな壁に囲まれている状態だったからな」
彼が言っているのは、簡単に恋人同士になれない同性間の複雑な事情、ということだろう。
そうだ。分かっていたことだ。
「そもそも卒業式のあの行動も突発的に考えついたことだったからな」
そうだ。そうだったんだと、祐希は気付く。
さよならを告げる機会を作りたかったと、彼は初めにそう言っていた。
「先輩はあの時にはもう気持ちに区切りを付けてたんですね」
「区切りというか、最初から諦めてたんだ。結局は、告白する勇気も恋人になる覚悟もなかったということさ。お前の気持ちに気付いてたけど、俺は逃げたんだ。第二ボタンをポケットにこっそり入れて、気持ちを伝えたつもりになって、自己満足だけしてな。悪かったな」
「いえ、俺の方こそすみません。気持ちが昂って勝手なことを言いました。簡単じゃないですよね。分かります。俺だって...いえ、俺とは比較にならないくらい先輩は難しい立場だったんでしょうから」
三島の言った「大きな壁」を別の言い方にすれば、世間体だろうか。
大企業を背負う後継者として育てられた三島には、一般人が想像もできないようなプレッシャーや周りの目が常にあったのだろう。
「まあ、ガキだったんだ。とはいっても大人になっても難しいけどな。いろいろと」
「世間体というやつですね」
祐希がそう返すと、三島が視線を合わせてきた。
「お前も結婚を考えてるんだよな。世間との折り合いってやつか」
「...それもあります」
「別の理由もあるのか」
これは隠す必要はないと判断し、答える。
「子供です。自分の血を受け継いだ子供が欲しいんです」
「そうか、子供か。まあ、分かるよ。俺も跡継ぎは欲しいからな」
「先輩もあの女性と結婚するんですよね」
「ああ。もちろん子供や世間体もあるけど、俺はもっとシビアに結婚のことを考えてる。彼女は政財界の重鎮の孫娘でね。結婚も仕事の一部だと割り切ってるんだ」
淡々と放たれたこの発言に少し戸惑った。
ただ、その冷淡さを非難できるような立場ではない。
お互いにそれぞれの事情を抱えている。

現実的な話になり、高揚していた気持ちが盛り下がってしまった。
祐希は話題を変える。
「でも、肩を叩いた隙に気付かれないようにポケットにボタンとか名刺を入れるなんて、手品みたいですね」
「手品じゃなくて、ただの子供騙しだよ」
三島が肩を揺らして笑う。
「子供の頃、この手を使って、親父によく驚かされてたんだ。気付かないうちにポケットにおもちゃの虫が入ってたりしてな。それで俺も真似して、弟たちにやるようになってさ」
「面白いお父さんですね」
「人を驚かせることが趣味のただのエスだよ。でも進学祝いで、欲しかったウインブルドンの決勝チケットが入っててさ、あれで全部許したけどな」
「ウインブルドンか。すごい」
「まだテニスやってる?」
「時々、ダイエット目的で。先輩は?」
「趣味程度に楽しんでるよ。今度、一緒にやるか」
「はい」
テニスの話題になり、しばらく思い出話に花を咲かせ、その間に彼も二杯目のバーボンを頼んだ。それらを飲み終える頃にはやっと緊張も解け、二人の時間を楽しむ余裕も出てきた。
このまま帰りたくないな。
そんな大胆なことまで考えている自分を意識した時、彼が腕時計に目をやった。
帰る頃合いを見計らっているのかもしれない。
予想通り、三島はバーボンを飲み干すと「俺はもう出るよ」と祐希に告げ、カードで二人分の支払いを済ませた。
これでお開きになるのは残念だが、沈んだ気持ちを切り替える。
祐希の胸中には別の期待が大きく膨らんでいた。

十三年前の恋の続きが始まるかもしれない。

祐希は期待を込めて、三島に言う。
「...今度、いつ会ってくれますか」
三島は顔を近付けて、耳元で囁いた
「部屋を取ってある。あとで2107号室に来て」


「遅かったな。来てくれないかと思ったよ」
祐希を部屋に招き入れた三島はそう言って、笑う。
「...ちょっと戸惑ってしまって」
遅くなった理由を正直に答える。

部屋を取ってある。

突然のこの発言は、地に足が着いてないような夢心地だった祐希を冷静にさせた。
会う前から部屋を用意していたことになる。
待ち合わせ場所をホテルのバーにしたのもそのためだったのだ。
最初から...。
三島の指先が頬に触れた。その冷たい指が祐希の顔を上に向かせる。
下げていた視線が三島の瞳に捕えられた。
「でも、部屋まで来てくれたってことは、そういうつもりだってことだろ」
三島は白い歯を見せた。
いつもの爽やかな笑顔もこの時ばかりは欲望の色を隠せていない。酒の匂いもする。待っている間、部屋でも飲んでいたのだろう。
ただ、酔っているとはいえ、あの頃の彼からは想像もできないセリフだった。
居心地の悪い違和感が胸中に渦巻く。
この根幹にあるのは、気持ちを伝えることさえできなかった十三年前の初心な自分達とのギャップだろう。
だが、そんなノスタルジックな感傷とは裏腹に、肉体の奥に灯された欲望の火は祐希を急かしていた。
この展開を期待してなかったわけじゃない。
三島の言う通り、部屋に来てしまった時点で答えは出ている。
「...そういうつもりで来ました」
祐希は言った。一緒に熱い息も漏れる。
「大人になったな」
笑顔が歪んだ。いや、揺れている。
目の前にいる三島がかげろうのように揺れている。

これは幻想なのだろうか。
夢を見ているのだろうか。
いつから?
部屋に入ってきた時から?
再会した時から?
それとも...最初から?

一瞬ですべてが消え去りそうな、足元から崩れるような得体の知れない不安が襲う。
「あ...やっぱり...俺...」
その声は三島の口唇に塞がれ、止められた。
口内に挿入された熱い舌が祐希の感情を掻き回す。
「んっ...」

もうなにも考えられなくなり、目を閉じた。

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