ポケットの中の追憶

SA

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待ち合わせ場所のバーはホテルの最上階にあり、窓から夜景が展望できた。
祐希はカウンターに座り、腕時計を見る。約束の時間の五分前。
声をかけてきたバーテンダーにジントニックを頼んだ。
三島が来たのは、それから二十分くらい経ってからで、祐希は二杯目のジントニックを飲んでいた。

「悪いな。遅れて」
片手を上げ、白い歯を見せる。
スーツを着ていたがネクタイはしておらず、シャツは二番目のボタンまで外している。
少し気崩した格好がより大人の色気を醸し出していた。
隣に座った彼に「いらっしゃいませ。三島様。いつものでよろしいですね」とバーテンダーが声をかけ、さっそく作り始めている。このバーをよく利用しているのだろう。
「今日はデートだったのに無理言ってごめんな。明日以降も予定が入ってて、今夜くらいしか時間を作れなくてね」
「いえ、誘ってくれて嬉しかったです。休日も忙しくて大変ですね」
「まあ、プライベートな付き合いも仕事のうちだからな」
お互いの仕事のことや近況を報告し合い、会話がひと段落したところで「なんだか不思議だな」と三島が言った。
「え?」
「山尾とバーでお酒を飲むことになるなんて」
「そうですね。十三年ぶりですからね」
彼が顔をこっちに向けたのが分かった。
視線を感じ、身体が熱くなる。祐希はまともに彼の顔を見ることもできない。
「そうだな。俺たちはもうあの頃のガキじゃない」
祐希を見つめたまま彼が言う。
意味深な言い方にドキドキする一方で、やっぱりと祐希は確信する。
お互い想いを寄せていたことに、彼も気付いている。
「お待たせしました。バーボンのロックでございます」
グラスが彼の前に置かれた。飴色の液体に浸された氷がライトを反射させ、煌めいている。

「第二ボタンを俺のポケットに入れましたか」

この質問が喉元までせり上がってきた。
落ち着けと自分に言い聞かせ、祐希はまず、何気なくあの日に触れてみることにする。
「覚えてますか。最後に話したのは卒業式の日の放課後でしたね」
「ああ。覚えてるよ」
三島はそう答え、バーボンを飲んだ。
祐希もジントニックを飲む。
こうなったら思い切って訊いてみるか。
アルコールのせいか、夜景が見えるバーの雰囲気に飲まれているせいか、大胆になっている自分を自覚する。
もちろん確認することに怖さはある。否定される可能性はゼロではない。
でも、それ以上に期待が勝っているのも事実。
ポケットに入っていた名刺。その場で手渡さず、わざわざポケットに忍ばせた。
あの時と同じように。
それは彼が確信犯的にやったことだ。

「あの、先輩」
祐希が覚悟を決めた時だった。
「気付いてたんだろ」
三島がそう言った。そして、グラスに落としていた視線を祐希に向けてくる。
「え...」
「第二ボタンのこと」
心臓が大きく跳ねる。
「や、やっぱり、あの時、俺のポケットに」
「ガキだったんだ。あの頃は...」
少し間を置き、彼はこう続けた。

「第二ボタンをお前のポケットに入れることが精一杯だったからな」

今、はっきりと口にしたのだ。
ずっと聞きたかった真実をー。

期待していた。ほとんど確信していた。にもかかわらず、夢を見ているように現実感を伴わない。
祐希は確認するようにゆっくりと言葉にする。
「ポケットに入っていたあのボタンは、先輩の第二ボタンだったんですね」
「ああ、そうだ」
「本当なんですよね。本当に」
「だからそうだって。しつこいぞ」
三島が苦笑する。
彼は分かっていない。ある意味、解決しない問題を十三年も抱えていたようなものなのだ。こっちは聞きたいことが山ほどある。
「あの、どうやって、いつボタンをポケットに入れたんですか?もしかして肩を叩いた時ですか」
「ああ、そうだ」
彼はニっと口角を上げる。
「やっぱりそうか。でも、そもそもなんでポケットに、直接渡してくれれば...だって」
「まあまあそう急かすな。夜は長い」
三島は前のめりになった祐希を諌め、「全部話すから、あの日のことを」と続けた。
確かに、事細かに訊くより、あの日の真相を話してもらった方がいいようだ。
「全部話してください」
「ああ」
三島はグラスに視線を戻し、語り始めた。

「部活を引退してからはお前との接点がほとんどなくなったし、卒業までにちゃんとさよならを告げたいと思ってたけど、なかなかそんな機会は作れなかった。卒業式のあの日も朝から焦ってた。学校で会えるのも今日で最後だなって」
僕もです。
祐希は思わず、そう言いそうになる。あの日、同じように彼もさよならさえも言えないもどかしさを抱えていたのだ。
「卒業式が終わっても学ランのボタンをくれって言う女子たちに囲まれて、俺は身動きが取れない状態になっていた。でも、その時思い出したんだ。
中学の卒業式の日、俺の下駄箱に学ランのボタンが置いてあって、友人に話したら、気持ちを伝えたくても伝えられない誰かが第二ボタンを置いたんじゃないかって、からかい半分でそう言ったんだ。今思えば、その友人が犯人じゃないかって思えてくるけどな」
なにか思い出したのか、彼は肩を揺らして笑う。
「まあ、あの頃の俺も純粋だったからな。その友人が語ったロマンチックな空想に魅力を感じた。そういう伝え方もあるんだって、そう思い至った途端、勝手に足が動いてた。俺は周りを囲んでいる女子たちを押しのけて、お前のクラスに走ってたんだ。走りながら、第二ボタンを外して、手に持って、ちょうど教室から出てきたお前に声をかけた。
でも、すぐに第二ボタンが付いてないって気付かれたんだよな。お前が誰かに渡したのかって勘違いしてたから焦ってさ、思わず持ってるって答えちゃったんだ。もう面倒くさくなって、手に持ってた第二ボタンをそのまま渡そうかと思ったよ。でも、しつこく追いかけてきた女子に見つかって、俺は冷静になった」
そこで話を止め、三島はバーボンを飲んだ。
傾いたグラスの中で氷が鳴った。
「まあでも、第二ボタンをこっそりポケットに入れるなんて、告白というより自己満足でしかないし、自分の幼稚さに笑っちゃうけど、でも、それがあの頃の俺の精一杯の気持ちの伝え方だったんだ」
三島が見つめてくる。

「好きだったんだよ。お前のことが」

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