あなたの二番でも

やなぎ怜

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秋瑠→春夫編

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「信じられないかもだけど」

 高校二年生の夏。秋瑠あきるは長袖の白いワイシャツを着ていた。周囲はみな健康的な腕を晒していたので、少しだけ浮いていた。目の前にいる秋瑠とまったく同じ顔をした彼も、少しだけ日に焼けた腕を晒している。

「お知り合いですか?」

 この辺りでは聞かない、西のほうのイントネーションで、彼の隣にいた少年が戸惑いがちに問う。

 秋瑠の心臓はドキリと跳ねた。

 しかし彼は困惑した目線を向けてくる少年を見もせず、秋瑠を見つめて――静かに頷いた。

 それだけで、秋瑠はなにもかも報われた気になった。自分が再びこの世に生まれついた意味を知れた。

 それがなんだかむずがゆくうれしくて、長袖の生地越しに腕を爪で引っかく。袖の下にはカッターナイフでつけた無数の傷があった。

「おれと君は兄弟んだ……信じられないかもだけど」

 いつかの、少なくとも今よりずっと昔の時代。蒙昧な言い伝えが半ば真実として受け止められていた時代。秋瑠と彼は一卵性の双子として、同じ日の夜に生まれた。

 そこでは双子は不吉なものとして扱われ、ともすれば片方が捨てられ、間引かれることもあり得たのだが、秋瑠と彼はその点では幸運だった。

 それなりの地位と権力を持つ家に生まれたので、秋瑠は彼が死んだときの代わりとして、彼もまた秋瑠が死んだときの代わりとして育てられた。

 話し方から所作から書き文字に至るまで、秋瑠は彼と同じであることを求められた。なので、ときどき入れ替わったとしても仔細を知る者ですら秋瑠と彼の区別はつかなかった。

 否、つける必要などなかったのだろう。秋瑠と彼と、どちらが死んで、どちらが生き延びようと、片方が生きてさえすればこの家にとっては万事つつがないのだから。

 そして実際に、秋瑠と彼はひとりの人間の名前しか与えられず、それを共有していた。

 秋瑠は別にそれでもよかった。本当の始めから、秋瑠はひとりではなく彼と共に生きていたから、不満はなかった。

 ふたりでひとりの人間であるということは、ときに不便をもたらしたが、同時に心強さを秋瑠に与えた。

 秋瑠の悩みは彼の悩みであり、彼の喜びは秋瑠の喜びであった。

 けれどもなにごとにも終わりというものはある。人間は永遠を生きられない。平等に死は訪れる。

 不安定な情勢という波に揺られていた秋瑠たちの家は、あるときあっという間にいくさという津波に飲み込まれた。

 なにがなんだかわからないまま、秋瑠は家臣のひとりに連れられて落ち延びたが、彼は燃え盛る家の中で死んでしまった。そもそも、秋瑠を連れて逃げるように命じたのが彼だった。

 彼は自ら死を選んだ。秋瑠と彼はふたりでひとりの人間だった。地位も名誉も名前も、ふたりでひとつのものしか持たなかった。だから彼が死ねば、秋瑠も死んだことになる。

 よもやひとりだと思っていた人間がふたりだったなんて、そんな突飛なことは普通、だれも考えない。けれどもその、普通じゃないことが、秋瑠と彼には普通だったので、秋瑠は生き延びた。

 彼の首はどこにも晒されなかった。燃え盛る家と共に焼け落ちて、灰の中にいくばくかの骨が残っているだけなのだろう。

 その家の大将が落ち延びたという噂は津々浦々を駆け巡ったが、秋瑠たちに追手は及ばなかった。

 秋瑠は生かされた。そのことをじゅうぶんに理解していた。けれども、頭で理解していただけだった。

 秋瑠を連れて落ち延びた家臣は歳が歳であったので、まもなく病を得て亡くなった。落城の際にはまだ元服したばかりだったその息子は、縁あって商家の家付き娘に婿入りした。

 なら、もういいかなと秋瑠は思った。

 その日まで生きていたのは献身的な家臣への義理のためだった。だから、家臣を見送ったあとで、もういいかなと思ったのだ。

「人間はね、半身を引き裂かれては生きていられないんだよ」

 そうやって秋瑠は死んだはずだったのに、どういうわけかまた生を受けた。前世の秋瑠が生きていた時代より、ずっとずっとあとの世界に生まれ落ちた。

 そこにはもう双子は不吉だとかいう迷信はなくなっていた。

 けれどもそこには彼はいなかった。

 秋瑠はひとりで生まれた。

 ごく普通の会社員をしていた父親と母親のあいだに生まれた秋瑠は、ごく普通に愛情を受けて育てられた。

 けれどもその隣に彼はいない。どこを探しても彼はいない。この世界にいるのかどうかさえ、わからない。

 秋瑠の心は絶えず絶望に晒され、その心は摩耗して行った。

 自傷行為を繰り返して何度も母親には泣かれた。メンタルクリニックに通わせられて、入院したりもしたが、治るわけがなかった。秋瑠のそばに彼がいないのだから。

 秋瑠は本来、あるべきはずのものが欠けたままで生まれてきたも同然だった。だから自分はどこかおかしいのだと秋瑠は言い訳する。

 母親を泣かせたいわけでも、父親を困らせたいわけでもなかった。けれども彼がいない絶望は、どうやったって消せなくて。

 秋瑠は「二〇歳までには死ぬ」と公言して、自殺未遂を繰り返していたので、近所や学校では悪い意味で有名だった。もちろん、友人なんてものは生まれてこの方いたことなどなかった。

 秋瑠にとって必要なのは友人ではない。医者でもない。兄弟の彼ただひとりを、秋瑠は必要としていた。

 秋瑠にとって世界は灰色で、人生に意味はなかった。

「信じられないかもだけど」

 けれども秋瑠は再び彼に出会った。

 今世では秋瑠と血縁関係などないのに、秋瑠とまったく同じ顔をした彼と――春夫はるおと出会った。

 春夫と出会って――再会して――秋瑠の世界は鮮やかに色づき、再び人生に意味が生まれた。

 春夫は秋瑠のことを覚えていた。双子であったこと、唯一無二の兄弟であったこと、ふたりでひとりの人間であったこと――春夫が先に死んでしまったこと。

「知ってる」

 春夫のそのたったひとことだけで、秋瑠の中から絶望は消えた。


 自傷行為を繰り返していたために、今でも秋瑠は年中長袖の服を着ているが、そんなことを気にするのは秋瑠にとってどうでもいい人間だけだ。春夫は気にしない。ただ、自殺未遂を繰り返していたことは知られたので、春夫は少し秋瑠に対して過保護になった。

「二〇歳までに死ぬ」が口癖だったが、それももうたまにしか思い出さないほどに、秋瑠の人生は喜びであふれていた。

 春夫と再会したあと、それこそ秋瑠は人が変わった。自傷行為はぴたりとやめ、学生らしく真面目に勉学に励んだ。手離せなかった睡眠導入剤も、今は処方されていない。

 すべては春夫が現れたから。そして春夫のそばにいるために秋瑠は変わった。

 名前を書けばだれでも入学出来るような高校に秋瑠は通っていたが、春夫は進学校に通う優等生。進学先もだれでも知っているような大学で、秋瑠はこのままの成績では春夫と一緒にいられないと悟った。

 そして秋瑠は猛勉強の末に春夫と同じ大学へ通えることになったのだった。

 大学デビューを意図したわけではなかったものの、周囲にそれまでの秋瑠を知っている者はほとんどいなかったので、秋瑠にもそれなりに友人ができた。

「双子?」

 それでも秋瑠はたいてい春夫といっしょにいるので、そうやってよく聞かれる。

 すると秋瑠は「そうだよ」と肯定する。隣にいる春夫も、特に否定はしない。

 当然のように苗字は違ったが、周囲は自然と親が離婚したのだろうと考えたので、わざわざ秋瑠がなにか取り繕う必要はなかった。

「ねえ春夫、どうしておれと双子じゃないって否定しないの?」
「……面倒だろ」

 春夫はそっけなくそう言った。本心かどうかはわからない。でも、「双子か」という問いに否定しないってことはきっと同じ気持ちなんだろう。秋瑠は都合よくそう思うことにした。

 春夫は、なにごとも秋瑠を優先してくれる。自殺未遂を繰り返していた秋瑠のことを心配しているのもあるだろうし、自分だけ先に逝ってしまったという負い目がそうさせている面もあるだろう。

 でも、秋瑠はそれでもよかった。春夫の行動が同情や罪悪感によるものだとしても、どうでもよかった。

 今、そばに春夫がいる。春夫の一番は自分だと感じられる。それだけで、秋瑠にとってはじゅうぶんだった。

 春夫がいる限り、秋瑠の見るものすべては鮮やかに色づき、道の見えない人生に意味をもたらしてくれる。それだけで、じゅうぶんだった。

「春夫……ずっとそばにいてね」
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