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従姉の瑠璃子が死んだ。榮の好きな瑠璃子が死んだ。五年前の話だ。
珊瑚と違って太陽のようだった瑠璃子は、暴走車とビルの壁の間に挟まれて、潰されて、死んだ。珊瑚の目の前で無惨に死んだのだ。
ともすればあのとき死んでいたのは己ではなかったか、と珊瑚は思う。
けれども珊瑚は死ななかった。瑠璃子は死んだ。それが現実だ。
瑠璃子の死はだれにも嘆かれた。美しく聡明で太陽のように周りを照らす――そんな少女だった瑠璃子。
そんな瑠璃子は珊瑚の自慢の従姉であり――なによりも憎々しい存在だった。
従姉妹という関係性であったが、珊瑚と瑠璃子は一卵性の双子のようによく似ていた。
けれどもそっくりであったのは顔のパーツの配置だけだ。
珊瑚は瑠璃子のように利発な子ではなく、どちらかと言えばどんくさい。なにをやらせても瑠璃子に劣っていた。
珊瑚は瑠璃子より速く走れないし、ものの覚えも悪く、愛想もなかった。
珊瑚は瑠璃子がうらやましかった。瑠璃子のようになろうとしても失敗ばかりで、そんな自分が嫌いだった。
瑠璃子が嫌な人間であればいくらかマシだった。けれども瑠璃子はだれにでも平等にやさしく、珊瑚が相手であってもそれは一瞬たりとて揺らぐことはなかった。
そんな瑠璃子だから、たくさんの人間に好かれていた。思春期に入れば異性から恋愛感情を向けられることも珍しくはなくなった。榮もそうだ。
榮は――珊瑚が密かに恋い慕っていた榮は――瑠璃子に気があった。少なくとも珊瑚はそう確信している。
そして瑠璃子のほうも榮に気があったように思う。
榮は絶世の美男子と言うには少し目元がキツイ印象をもたらすが、大人びていてなにごともスマートにこなすので、「同年代の男子なんてお子様だ」と言ってのけるような女の子たちからも人気があった。
そんな榮は瑠璃子に気があり、瑠璃子もそれをまんざらではないという態度で好意を示していた。ふたりはすでに付き合っているか、あるいはそうなるまで秒読みだろうとだれもが思っていた。
でも、瑠璃子は死んだ。珊瑚の目の前で暴走車に圧し潰されて死んだ。
瑠璃子から服を買いに行くから一緒についてきて欲しいと言われた休日のことだった。
その日買った服は、瑠璃子が榮と出かけるときに着て行くはずのものだった。
「榮くん、褒めてくれるかなあ」
恋する乙女の顔をしてそう言う瑠璃子に、珊瑚はなんと返したか覚えていない。きっと、感情を押し殺して、いつもの仏頂面であいまいにうなずいただけだろう。
その直後、瑠璃子は暴走車に圧し潰されて、死んだ。
あと一歩、歩みが早ければそうなっていたのは己だったに違いない、と珊瑚は今でも思っている。
暴走車の運転手は今でも行方不明ということになっているが、恐らくは瑠璃子の父親が人を使って始末させたのだろうと珊瑚は思っている。
珊瑚も瑠璃子もカタギの人間ということになっているが、親はヤクザだ。榮もそうだったから、三人のあいだには見えないながらに共感や絆というものができたのだ。
けれども瑠璃子と榮が思い合っているのだと気づいてから、珊瑚はその関係を息苦しく思うようになった。
かと言って、逃げ場もない。ヤクザの子供だということを差し引いても、根暗な珊瑚に友人は皆無で、結局気がつけば瑠璃子と一緒にいる。そして榮とも。
けれどもそんな息苦しい日々は、瑠璃子の死によって唐突に終わりを迎えた。
瑠璃子が死んだと聞かされても、通夜の日も葬儀の日も、榮は泣かなかった。珊瑚も泣けなかった。感情の持って行き場がわからなかったのだ。
瑠璃子のことは嫌いではなかった。けれどもどこかで憎く思っていた。かと言ってその死までもを願ったことはない。
だから、珊瑚はどういう態度を取ればいいのか皆目見当がつかなかった。
「瑠璃子、死んだな」
榮は嘆息するようにそう言ったあと、隣に立つ珊瑚の手を握った。それがどういう感情に動かされての行動か珊瑚にはわからなかった。
「瑠璃子、死んだんだな」
榮は瑠璃子の死を再度確認するように同じような言葉を繰り返す。珊瑚は、それにあいまいなうなずきで返しただけだった。
それが境目だったと珊瑚は思う。
瑠璃子が死んで以来、榮の興味は珊瑚に移ったようだった。瑠璃子と瓜二つの、珊瑚に。
珊瑚と違って太陽のようだった瑠璃子は、暴走車とビルの壁の間に挟まれて、潰されて、死んだ。珊瑚の目の前で無惨に死んだのだ。
ともすればあのとき死んでいたのは己ではなかったか、と珊瑚は思う。
けれども珊瑚は死ななかった。瑠璃子は死んだ。それが現実だ。
瑠璃子の死はだれにも嘆かれた。美しく聡明で太陽のように周りを照らす――そんな少女だった瑠璃子。
そんな瑠璃子は珊瑚の自慢の従姉であり――なによりも憎々しい存在だった。
従姉妹という関係性であったが、珊瑚と瑠璃子は一卵性の双子のようによく似ていた。
けれどもそっくりであったのは顔のパーツの配置だけだ。
珊瑚は瑠璃子のように利発な子ではなく、どちらかと言えばどんくさい。なにをやらせても瑠璃子に劣っていた。
珊瑚は瑠璃子より速く走れないし、ものの覚えも悪く、愛想もなかった。
珊瑚は瑠璃子がうらやましかった。瑠璃子のようになろうとしても失敗ばかりで、そんな自分が嫌いだった。
瑠璃子が嫌な人間であればいくらかマシだった。けれども瑠璃子はだれにでも平等にやさしく、珊瑚が相手であってもそれは一瞬たりとて揺らぐことはなかった。
そんな瑠璃子だから、たくさんの人間に好かれていた。思春期に入れば異性から恋愛感情を向けられることも珍しくはなくなった。榮もそうだ。
榮は――珊瑚が密かに恋い慕っていた榮は――瑠璃子に気があった。少なくとも珊瑚はそう確信している。
そして瑠璃子のほうも榮に気があったように思う。
榮は絶世の美男子と言うには少し目元がキツイ印象をもたらすが、大人びていてなにごともスマートにこなすので、「同年代の男子なんてお子様だ」と言ってのけるような女の子たちからも人気があった。
そんな榮は瑠璃子に気があり、瑠璃子もそれをまんざらではないという態度で好意を示していた。ふたりはすでに付き合っているか、あるいはそうなるまで秒読みだろうとだれもが思っていた。
でも、瑠璃子は死んだ。珊瑚の目の前で暴走車に圧し潰されて死んだ。
瑠璃子から服を買いに行くから一緒についてきて欲しいと言われた休日のことだった。
その日買った服は、瑠璃子が榮と出かけるときに着て行くはずのものだった。
「榮くん、褒めてくれるかなあ」
恋する乙女の顔をしてそう言う瑠璃子に、珊瑚はなんと返したか覚えていない。きっと、感情を押し殺して、いつもの仏頂面であいまいにうなずいただけだろう。
その直後、瑠璃子は暴走車に圧し潰されて、死んだ。
あと一歩、歩みが早ければそうなっていたのは己だったに違いない、と珊瑚は今でも思っている。
暴走車の運転手は今でも行方不明ということになっているが、恐らくは瑠璃子の父親が人を使って始末させたのだろうと珊瑚は思っている。
珊瑚も瑠璃子もカタギの人間ということになっているが、親はヤクザだ。榮もそうだったから、三人のあいだには見えないながらに共感や絆というものができたのだ。
けれども瑠璃子と榮が思い合っているのだと気づいてから、珊瑚はその関係を息苦しく思うようになった。
かと言って、逃げ場もない。ヤクザの子供だということを差し引いても、根暗な珊瑚に友人は皆無で、結局気がつけば瑠璃子と一緒にいる。そして榮とも。
けれどもそんな息苦しい日々は、瑠璃子の死によって唐突に終わりを迎えた。
瑠璃子が死んだと聞かされても、通夜の日も葬儀の日も、榮は泣かなかった。珊瑚も泣けなかった。感情の持って行き場がわからなかったのだ。
瑠璃子のことは嫌いではなかった。けれどもどこかで憎く思っていた。かと言ってその死までもを願ったことはない。
だから、珊瑚はどういう態度を取ればいいのか皆目見当がつかなかった。
「瑠璃子、死んだな」
榮は嘆息するようにそう言ったあと、隣に立つ珊瑚の手を握った。それがどういう感情に動かされての行動か珊瑚にはわからなかった。
「瑠璃子、死んだんだな」
榮は瑠璃子の死を再度確認するように同じような言葉を繰り返す。珊瑚は、それにあいまいなうなずきで返しただけだった。
それが境目だったと珊瑚は思う。
瑠璃子が死んで以来、榮の興味は珊瑚に移ったようだった。瑠璃子と瓜二つの、珊瑚に。
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