イッシンジョウノツゴウニヨリ ~逆ハーレムを築いていますが身を守るためであって本意ではありません!~

やなぎ怜

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 当然と言えば当然だ。女が少なく男が多い。それが不思議と長く続いている。となれば行き着く先は――。

「当校に在籍している女子生徒はもちろん勉学やスポーツの腕を磨いているわ。けれども同時に将来の夫を見つけるためにも在籍しているの」

 一妻多夫。複数婚。俗な言い方をすれば、逆ハーレム。女が男よりも極端に少ないとなれば、そういったものにたどり着くのは当然の帰結だろう。けれどももちろん、ごくごく平凡な一般的日本人女性であるレンにはすぐには理解しづらい。知識としてはあるが、一夫一妻、単婚が当たり前の国で育ったレンからすれば、学長の話は正しく異国――より正確には異世界――の話だった。

 学長は続けてフリートウッド校の女子生徒は、常時男子生徒に囲まれているのが当たり前なのだと言う。

「そうやって女子生徒は乱暴な輩から守ってもらっているのよ。だから、同性同士ではあまり一緒には行動しないし、守ってもらっている以上、ハーレム外からの危険に晒される機会も少ないの」
「そ、そうなんですか」
「そうなのよ。女性である以上、腕力や体格では男性には敵わないもの。よりよい生活を送り、より優れた子孫を残せる環境を構築する――つまり、将来のためという名目も大きいけれど、それとは別に自らの身を守るためにハーレムを築いている、という面もあるのよ」

 単婚がマジョリティーである国で育ったレンにとって、いわゆる逆ハーレムとはふわふわしたものだった。異性に囲まれて、愛されて、ちやほやされる……。そういう「癒し」を求めて逆ハーレムものの作品に手を出すことは、レンにとって珍しいことではなかった。

 けれどもこの異世界における逆ハーレムは、もっとシビアな印象が強い。男性の脅威から身を守るためのハーレム。優秀な子孫を得るためのハーレム。そしてハイスクールは学問を身につける場であると同時に、女の子にとっては有望な夫候補を見つくろう主戦場であるのだ。

 レンは将来のことなど考えたことはない。なんとなく普通の企業――もうここからしてふわふわしている――に就職できればいいなあなどと考えたことしかない。それに対してこの世界の女の子の意識の高さたるや。あまりに己と違いすぎるため、畏敬の念を抱くよりも突き抜けて無関心。完全に他人事として捉えてしまっていた。

 繰り返しになるが、レンは女扱いされた経験がほとんどない。圧倒的に男と勘違いされた経験のほうが多い。それでもあまり己の性別について頓着したことはなく――というか、できるだけ気にしないように生きてきた。だから、このときのレンはまだ己が女であるということの深刻さに気づいてはいなかった。

 聞けば学長もこことは別の、また有名な魔法学校に通って夫を見つけたのだと言う。学生時代からの付き合いで最終的に婚姻を結んだ人間は五人。卒業後に出会って婚姻を結んだ人間は三人。学長には現在八人の夫がいるのだそうだ。そしてもちろん、子供はもっとたくさんいる。

「若い頃は子供を産むのが仕事みたいなものだったわ。この歳になってようやく好きなことができるようになったの」

 レンはただただ「異世界だ」と思うことしかできなかった。学長の話ぶりに同情心を覚えるよりも先に、おどろきが来るのである。同時にいけないとは思いつつも、野次馬根性も刺激された。己がいた世界とはまた違った秩序を保つ異世界というものを、もっと知りたいという気持ちになったのだ。

 それならばやはりこのフリートウッド校に通い、勉学に励むのが良いだろう。この規模の学校であれば、図書室の豪勢さにも期待できる。新たな知識を得られる機会というのは、いつだってわくわくするものだ。レンは元の世界へ帰れるのかという不安を上回る、好奇心に胸を躍らせた。


「あ、学長――と……さっきの」

 この世界の婚姻制度について学長と話し込んでいたところに、声をかける者がひとり。声のした方向へ視線をやれば、学長の背後にある寮内へと続く両開きの扉の片側が開いている。そこから気まずげな顔を見せているのは、赤い髪をした少年だ。黒いブレザーにグレーのチェックが上品な制服は今は着ておらず、カジュアルな服装に変わっていた。

 たしか、実践室で「ハートネット」と呼ばれていた少年だ。背はレンよりも低いが、それでも一七〇センチメートルは余裕であるだろう。健康そうな日に焼けた肌に、レンよりも分厚い胸板がラフなシャツの下にあるのがわかった。切れ長の瞳が印象的な、なかなかのイケメン。レンは彼を見て特に感慨深くもなくそう機械的に思った。

 ハートネットという名前らしい少年の声に気づいた学長が、そちらを振り返る。

「アレックス・ハートネット」

 凛とした学長の声に、やや猫背気味にこちらを見ていたアレックス・ハートネットは背筋を伸ばして「はい!」と声を張った。レンは学長が一生徒のフルネームをしっかりと覚えていることにおどろいた。

 学長はレンの横でくりくりとした大きな瞳をキラリと輝かせ、隙のない視線でアレックス・ハートネットを射抜く。

「その様子ですとアラン先生にこってりと絞られたようね」
「ハハ……うちの寮監は容赦がないんで……。けど仕方ないです。はい。――学長もオレになにか……?」
「わたくしからあなたを叱責することはありません。罰則はアラン先生から与えられているでしょう。それに、己のしでかしたことについては、あなたはよくわかっているでしょう?」
「はい。反省しています」

 レンの、アレックス・ハートネットの第一印象ならぬ第二印象は「しょぼくれた大型犬」だった。彼は見た目は軽薄そうな――チャラ男と言えそうな雰囲気を持っているが、存外とそういった先入観はあてにはならないのかもしれない。あるいは、学長を前にして猫を被っているのか。レンは当然のように彼のことをよく知らないので、判断はつけられない。

 そんなことをぐだぐだと考えていると、学長の大きなまなこがレンの横顔を見た。

「レン。この子はアレックス・ハートネット。青寮の一年生。……そしてアレックス、改めて紹介するわ。こちらがあなたが召喚してしまった――そう、異世界から召喚してしまったレンよ」
「い――異世界?!」
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