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「それで――レンはどうしてここにいるんですか? 学長。青寮に入るとか?」
レンの言葉であるていど元の調子を取り戻したらしいアレックスが、不思議そうな顔をして学長に問う。
「……ええ。レンには当面のあいだ当校に通ってもらうことになったから、寮に案内しようとしていたところなのよ」
「じゃあ、オレと同じ寮に?」
「いいえ。レンは女性ですから、男子寮には入れられないわ」
「……え?」
アレックスの目が再び丸く見開かれる。そんな反応を見て、レンはいたたまれない気持ちになった。しかしアレックスは「ありえない」とか叫びだしたりはせず、またバツの悪そうな顔をして「なら青寮には入れられないですね」と学長に告げる。
レンは口を挟む隙がなかったので大人しく黙っておくことにした。心の中ではオーバーなリアクションをしなかったアレックスに少しだけ感謝する。それでもちらちらとこちらの容姿を見定めるような、まだ疑っているような視線を向けてくるのはどうかと思ったが。彼にとってはレンが女であることは、よほど信じがたいことなのだろう。
そんなアレックスに当然のように気づいていた学長は、咳払いをひとつして彼をたしなめる。アレックスは怯えるように背筋をまたピンと伸ばして学長を見た。
「アレックス」
「はい!」
「あなたにはレンを喚び出した責任があります」
「はい。もちろん……責任は取ります」
「よろしい。それではレンのことを頼みましたよ」
「はい!」
学長とアレックスのやり取りを横で手持ち無沙汰に見届けたレンは、ふと疑問を抱く。
「あのー……私の籍は普通科だとお聞きしたんですけれども……彼は魔法科ではないんですか?」
そう、先ほどの学長の話ではレンは普通科に在籍する手はずに落ち着いた。そのはずだ。一方のアレックスはレンを召喚してしまったという背景からして、魔法が使えるのは確定だろう。となれば在籍しているのは普通科ではなく魔法科ではないのだろうか? そう当然の疑問を抱いたレンに対し、学長は補足する。
「もちろん、すべての授業に付き添うことはできませんし、学業面でもサポートは難しいでしょうね。わたくしが言いたいのは生活面でサポートをしてあげなさいということです。たとえば休憩時間や昼食の際には出来る限り付き添ってあげて欲しいの。それから登校する際には寮まで迎えに行ってあげなさい。もちろん、帰寮するときには送り届けてあげて」
「い、いや、そこまでしてもらうわけには……」
レンは二〇歳である。世間じゃまだひよっこの扱いだろうが、成人していることにはしている。だからこそハイスクールの一年生である四つは年下だろうアレックス少年の世話になる――それも、登下校に付き添い、校内でも出来る限りそばにいてやれ、だなんて……と思ってしまったのだった。
しかし学長もアレックスもそうは思わなかったようだ。学長の大きな瞳がキラリと鋭く輝いてこちらに向けられたので、レンは腰が引けそうになる。
「そういうわけにはいきません。あなたは――言ってしまえば貴重なメス」
「メ、メス……」
「そうです。未成熟なメスではなく、成熟した立派なメス。しかもこちらの世界の事情に疎い異世界人。そうと知られればそこに付け込む不埒な輩が現れないとは限りません」
「レンは異世界人ってことはこっちにハーレムがないんだろ? そりゃ危なすぎるって」
「ソ、ソウ、デスカ……」
学長とアレックスの異世界の常識に基づく怒涛の説得に、レンは普通に折れた。生まれたときからこの世界で暮らす住人が危険を忠告しているのだ。年下に世話を焼かれるなんて気恥ずかしいとか、成人としてのプライドがとか言っていられるわけもなかった。レンは、そこまで意固地な性格ではないので普通に折れたわけである。
そんな風にがっくりときたレンの様子を不安に思っていると解釈したのか、アレックスは力強く断言する。
「責任は取るって言っただろ。レンが『この男に守られたい』って思うような相手が見つかるまでは、オレがきちんと守るから」
レンはアレックスの言葉に感激すればいいのか、あるいはまた別の感情を抱けばいいのかわからなかった。わかるのはこんな女性が少ない上に危険に晒されまくっているらしい世界で、己は果たして無事に生きていけるのだろうか……という、楽観的な彼女にしては珍しい感想であった。
しかし、まあ。レンは先ほどアレックスからかけられた言葉を心の中で反芻する。「責任を取る」だの「お前を守る」だの……まるで突然お姫様にでもなったかのような気分だ。お姫様扱いなんぞされたことのないレンの胸に、新鮮な気持ちが去来する。
レンはオタクなので恋愛漫画も乙女ゲームも、なんだったら夢小説もたしなんでいる。だから、イケメンなアレックスの力強い言葉にときめかなかったと言えば嘘になる。……しかし、アレックスの言葉は義務感から出たものだろう。そう考えると少々複雑な思いを抱いてしまうのが乙女というものだ。
「今はアレックスの言葉に甘えておくほうがいいわ」
そんなレンの複雑な感情を見透かしたように学長が背を押す。レンはなんとなく気恥ずかしい思いを抱えながらも、「……それじゃあよろしくおねがいします」と告げる。アレックスは「任せておけ」と己の胸を叩いた。
レンの言葉であるていど元の調子を取り戻したらしいアレックスが、不思議そうな顔をして学長に問う。
「……ええ。レンには当面のあいだ当校に通ってもらうことになったから、寮に案内しようとしていたところなのよ」
「じゃあ、オレと同じ寮に?」
「いいえ。レンは女性ですから、男子寮には入れられないわ」
「……え?」
アレックスの目が再び丸く見開かれる。そんな反応を見て、レンはいたたまれない気持ちになった。しかしアレックスは「ありえない」とか叫びだしたりはせず、またバツの悪そうな顔をして「なら青寮には入れられないですね」と学長に告げる。
レンは口を挟む隙がなかったので大人しく黙っておくことにした。心の中ではオーバーなリアクションをしなかったアレックスに少しだけ感謝する。それでもちらちらとこちらの容姿を見定めるような、まだ疑っているような視線を向けてくるのはどうかと思ったが。彼にとってはレンが女であることは、よほど信じがたいことなのだろう。
そんなアレックスに当然のように気づいていた学長は、咳払いをひとつして彼をたしなめる。アレックスは怯えるように背筋をまたピンと伸ばして学長を見た。
「アレックス」
「はい!」
「あなたにはレンを喚び出した責任があります」
「はい。もちろん……責任は取ります」
「よろしい。それではレンのことを頼みましたよ」
「はい!」
学長とアレックスのやり取りを横で手持ち無沙汰に見届けたレンは、ふと疑問を抱く。
「あのー……私の籍は普通科だとお聞きしたんですけれども……彼は魔法科ではないんですか?」
そう、先ほどの学長の話ではレンは普通科に在籍する手はずに落ち着いた。そのはずだ。一方のアレックスはレンを召喚してしまったという背景からして、魔法が使えるのは確定だろう。となれば在籍しているのは普通科ではなく魔法科ではないのだろうか? そう当然の疑問を抱いたレンに対し、学長は補足する。
「もちろん、すべての授業に付き添うことはできませんし、学業面でもサポートは難しいでしょうね。わたくしが言いたいのは生活面でサポートをしてあげなさいということです。たとえば休憩時間や昼食の際には出来る限り付き添ってあげて欲しいの。それから登校する際には寮まで迎えに行ってあげなさい。もちろん、帰寮するときには送り届けてあげて」
「い、いや、そこまでしてもらうわけには……」
レンは二〇歳である。世間じゃまだひよっこの扱いだろうが、成人していることにはしている。だからこそハイスクールの一年生である四つは年下だろうアレックス少年の世話になる――それも、登下校に付き添い、校内でも出来る限りそばにいてやれ、だなんて……と思ってしまったのだった。
しかし学長もアレックスもそうは思わなかったようだ。学長の大きな瞳がキラリと鋭く輝いてこちらに向けられたので、レンは腰が引けそうになる。
「そういうわけにはいきません。あなたは――言ってしまえば貴重なメス」
「メ、メス……」
「そうです。未成熟なメスではなく、成熟した立派なメス。しかもこちらの世界の事情に疎い異世界人。そうと知られればそこに付け込む不埒な輩が現れないとは限りません」
「レンは異世界人ってことはこっちにハーレムがないんだろ? そりゃ危なすぎるって」
「ソ、ソウ、デスカ……」
学長とアレックスの異世界の常識に基づく怒涛の説得に、レンは普通に折れた。生まれたときからこの世界で暮らす住人が危険を忠告しているのだ。年下に世話を焼かれるなんて気恥ずかしいとか、成人としてのプライドがとか言っていられるわけもなかった。レンは、そこまで意固地な性格ではないので普通に折れたわけである。
そんな風にがっくりときたレンの様子を不安に思っていると解釈したのか、アレックスは力強く断言する。
「責任は取るって言っただろ。レンが『この男に守られたい』って思うような相手が見つかるまでは、オレがきちんと守るから」
レンはアレックスの言葉に感激すればいいのか、あるいはまた別の感情を抱けばいいのかわからなかった。わかるのはこんな女性が少ない上に危険に晒されまくっているらしい世界で、己は果たして無事に生きていけるのだろうか……という、楽観的な彼女にしては珍しい感想であった。
しかし、まあ。レンは先ほどアレックスからかけられた言葉を心の中で反芻する。「責任を取る」だの「お前を守る」だの……まるで突然お姫様にでもなったかのような気分だ。お姫様扱いなんぞされたことのないレンの胸に、新鮮な気持ちが去来する。
レンはオタクなので恋愛漫画も乙女ゲームも、なんだったら夢小説もたしなんでいる。だから、イケメンなアレックスの力強い言葉にときめかなかったと言えば嘘になる。……しかし、アレックスの言葉は義務感から出たものだろう。そう考えると少々複雑な思いを抱いてしまうのが乙女というものだ。
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