ビター・スイート・ダーク Bitter Sweet Dark

やなぎ怜

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 台風が接近する期末考査の最終日、アキラは冨由馬の告白を受けて晴れて彼と恋人同士になった。そしておどろくべきことにつばきと夏生も付き合うことにあったのだと言う。

「でもこのことはみんなには秘密にしていてね」

 いたずらっぽく笑ってつばきはそう言う。理由を聞けば変に茶化されたくないからだと言う。特につばきの相手は生真面目な夏生である。それに正直に言えば美少女で通っているつばきと彼が釣り合うかと問われれば、疑問を呈す人間も少なくないだろう。アキラが少々失礼にもそんなことを考えてしまったのは、それが自分と冨由馬にも当てはまる話だったからである。

 言うまでもなく、冨由馬は女子生徒から人気がある。すっきりと整った顔立ちに、なよなよしくなく、見苦しくもない体格。好感の持てる性格に加えてスポーツも勉強もできる――とおおよそ非の打ち所がない。そんな彼と付き合うことになったなどとは、アキラは今も夢を見ている気分だった。

「つばきと江ノ木くんは……どっちから告白したの?」
「えー? やっぱり気になる? 私からだよー」

 言われてみれば納得である。夏生から告白する姿は想像しにくい。それは普段からあまり彼が話している姿をアキラが見ていないからかもしれなかった。

 あの日、教室に忘れ物を取りに行ったとき、ちょうど夏生が教室の扉の施錠をしているところだったと言う。その日は夏生が日直だった。夏生に頼んで教室を開けてもらったつばきは、ふたりきりになれるチャンスは今しかないと思い、そのままの勢いで告白し――見事色よい返事をもらったとのことだった。

 そうして夏生とともに昇降口へとやって来たつばきは、持ち前の勘の鋭さでアキラと冨由馬の関係が変わったことを見破ったのである。

「ねえ、付き合うことになったの?」

 単刀直入なその言葉におどろいて、アキラは思わずつばきを凝視した。彼女のうしろにいる夏生もちょっとぎょっとしてつばきを見る。平然としているのは冨由馬くらいで、彼はいともあっさりと、そして淡々とことの次第を説明してしまう。

 実は話は簡単で、アキラや夏生は知らなかったのだが、つばきと冨由馬は互いに恋愛相談をしている仲であったのだ。そうであるからつばきもすぐにピンと来たのだろう。

「これもなにかの縁だし、これからも四人で仲良くしようね!」

 つばきの笑顔に冨由馬も同じく微笑で返し、「これからもよろしく」と言った。

 そしてこの二組の恋人は付き合いを始めたのだが、表面的には以前とほとんど変わりはなかった。というのも冒頭のようにつばきは付き合いを公表しようとはしなかったし、無口な夏生は言わずもがな。

 他方、アキラも冨由馬と付き合っていると公言したりはしなかった。冨由馬もそうしなかったのは、アキラから頼んだのである。アキラは隠し立てすることなく、ありのままの気持ちを彼に告げた。――つまり、自分に冨由馬の恋人としての自信がないということを。

 冨由馬はそれに呆れたり、笑い飛ばしたりすることはなく、真摯にアキラの気持ちを受け入れてくれた。

「久木さんの気持ちが固まるまで待つよ」

 寛容にもそう言ってアキラの気持ちを尊重してくれたのである。

 そういうわけであるから、四人は傍目にはあの台風の日の前とはなにも変わりは見えない。そのことにアキラは少しの落胆と、大いなる安堵を覚える。

 恋人らしくしたいという思いはあるものの、実際にやろうとすればどう考えたって自分の心臓は持ちそうにない。そう考えると以前と変わらず四人で過ごすという形は、今のアキラにとってはベストの状況と言えた。

 それにつばきがいるのは、アキラにとって心強い。社交的な彼女がいるおかげで場が静まり返ることがないというのも、アキラにとっては安心感があった。

 そうして季節は夏休みへと移る。いよいよ日差しと照り返しがつらくなってきた中、アキラはつばきと並んでとあるマンションを目指していた。

「えーっとここの郵便局を右だから……もうすぐかな?」
「マンションは見えてるのになかなかつかないねー」

 そう言ってつばきは空を仰ぎ見る。雲ひとつない見事な青空へ向かって伸びるマンションは、いわゆるタワーマンションと呼ばれるものである。つばきはいつも電車通学のときに遠くから見ていたらしい。そして抱く感想はひとつ。

「お金持ちだよねー。ブルジョアー」
「柊くんのお父さんって病院の院長なんだっけ」
「お母さんも別の病院を経営してるらしいよー。住んでる世界が違うよね……」

 ふたりは冨由馬がひとり暮らしをしているマンションへと向かっているのであった。お家デート……と言えたら良かったのだが、実際は課題の消化を目的とした勉強会であった。

 もとはアキラの期末考査の結果があまりよろしくなかったことに端を発する。そこでつばきが「柊くんに勉強を教えてもらったら?」と昼の席で提案し、冨由馬はそれを受け入れたのだが、ふたりきりという状況に耐えられそうにないアキラがつばきと夏生を引き込んだ――といった経緯がある。

 そして最初は図書館でやろうかという話になっていたのだが、冨由馬の好意で彼の部屋で勉強会をすることになったのだ。

 そういうわけでアキラはすっかり緊張しきっていた。つばきの存在のおかげでそれは多少マシとは言えたが……あくまで「多少」である。

 よくよく考えれば冨由馬が勉強できるのは言わずもがな。その幼馴染である夏生も成績は良い。そしてつばきもふわふわとしているがいつも考査では高得点を取っている。

 ――頭の出来が少々悪いのはどうやら自分だけらしい。

 そのことに途中で気がついてしまったアキラは、恋人の家に初めて訪れるという緊張以外に、この勉強ができる集団に入り込んでしまった事実にも身を縮こまらせていたのであった。

 しかしそんな詮ないことを考えているうちに、目的のタワーマンションへとたどり着いてしまう。ふたりがまず驚いたのはエントランスに受付がある点である。この時点でよりいっそう「住む世界が違う」という認識をふたりは深めたのであった。

「――でさー、マンションに受付があるところなんて初めてだったから緊張しちゃったよ~」

 冨由馬の部屋で教科書とノートを広げた四人は、それぞれ冨由馬とアキラが、夏生とつばきが対面になって座っている。勉強の合間に出たのは冨由馬が暮らしているタワーマンションの別世界ぶりのことであった。あまりこういったことに突っ込むのは品が良くないとは思いつつも、やはり驚かずにはいられないのが庶民である。

 ちなみに地下には食料品店があると知ってふたりはさらにおどろくことになった。

 しかし夏生は、さすがに幼馴染というだけあって慣れているらしく、冨由馬のやたらに広い部屋でもまったくもっていつも通りであった。相変わらず表情が固いことに変わりはないのだが……。

 それでも話題は次第に夏期講習や模試の話へと移って行く。今年で高校二年になるアキラたちは、来年には受験生だ。全員が大学への進学を希望しているとなると、話題は自然、そういう方向に収束して行く。

「大学はやっぱりバラバラだねー」
「まあ仕方ないよね」

 アキラは少しだけそれを寂しく思った。特につばきと離れてしまうのは惜しい。

 つばきとは高校に入ってから知り合った仲だ。一年のときに同じクラスになり、「『に』いはる」と「『ひ』さぎ」でちょうど席が前後することになった。入学式でも隣の席となったが、そのときは別段会話を交わしたりはしなかった。ただアキラは「すごい美少女がいるな」と思ったのは鮮明に覚えている。

 やがて席が近いこともあって言葉を交わすようになったが、それでもアキラはつばきの周りにいる大多数の人間のひとりに過ぎなかった。美しく可憐なつばきから人が絶えて途切れることはなく、その中にあって平凡なアキラが目立つことはなかったのである。

 それが変わったのは二学期に入ってからだ。雨のせいでいつもより早く部活動が終わったときのことである。

「いい加減、うざいんだよね」

 始め、アキラはそれがだれの声かわからなかった。それでも穏やかならざる声音に加えてこのセリフ。なにかしら揉めていることは明白だ。注意深く曲がり角の先にある階段の踊り場を見れば、そこにはつばきと見知らぬ男子生徒が立っていた。そこで初めて先ほどの声がつばきのものなのだとアキラは気づいたのである。

「私がアンタの相手なんかすると思ってるわけ?」

 普段のやや間延びしたしゃべり方からは想像もつかない鋭い声に、アキラは混乱した。しかし話を聞いているうちにどうも彼女の前にいる男子生徒がしつこくつばきに言い寄っていることがわかる。どうも彼を追い返したいらしくてつばきはこんな態度を取っているようだった。

「あーっ、新治さんじゃーん!」

 そこへアキラは能天気さを前面に押し出した声を上げ、さっと曲がり角から姿を現す。アキラの姿を見た男子生徒がどう思ったかは知れないが、少なくとも気まずいとは考えたらしくそそくさとその場から足早に去って行く。

「……いたんだ」

 つばきはそう言ってじっとアキラの目を見た。その姿は緊張に身を強張らせているようで、そんな彼女をアキラは不憫に思った。

「うん……」
「びっくりしたでしょ?」
「……うん。あのさ、新治さん。困ったことがあったら言いなよ」

 アキラの言葉につばきはゆっくりと何度か瞬きをした。アキラの言葉を吟味しているようであった。

「あのさー……その、恋バナとかそういうのわたしは疎いけど……でもさ、困ってることがあったら言って欲しい。さっきの新治さん、困ってたでしょ?」
「……うん」
「いつもと違う言葉を使わなくちゃいけないくらいに。――だからさ、なにかあったらわたしに言って! 鍛えてるからそこらのひょろい男子よかわたしのほうが強いし!」

 ややあって、つばきは吹き出した。そうしておかしくて仕方がないといった風に顔を伏せてくすくす笑いを続ける。そんなつばきの様子にアキラは少しだけ肩の力を抜いた。

「うん、そうする。ありがとね、久木さん」

 それからふたりが互いに下の名前で呼び合うようになるのに、時間はかからなかった。

 つばきはアキラにとってかけがえのない相手だ。一年と少しの付き合いしかなくても、時間は問題ではなかった。

 互いに信頼しあっているからこそ、つばきがそばにいるとアキラは心強い。そしてその恩を返すようにアキラはつばきの恋路も応援してやりたいと思っていた。一番は自分の恋だろうけれども、けれどもそれと同じくらい、つばきの恋も上手く行って欲しいと思っているのも事実である。

 ――と言ってもわたしにできることなんてたかが知れてるけど。

「ねえねえ、今月末にお祭りあるの知ってる? 学校近くの公園でやってるんだけど」
「ああ、そんなのもあったな。行ったことないけど」

 つばきに話を振られ、夏生がぎこちなく答える。その姿になんとなくアキラは親近感を持った。

「でさー、せっかくの夏休みだしいっしょに行かない? あ、アキラちゃんたちもね!」
「えっ?! わたしも?」

 急に話の矢先が飛んで来て不意を突かれたアキラは、やや上ずった声で答える。そんなアキラを見てつばきはにやにやと笑っていた。

「いいね、それ」

 しかし先に同意したのは冨由馬であった。ちらりと夏生を見やれば、彼も特に異論はないらしい。

「アキラちゃんは~?」
「久木さんは嫌?」
「そーいう聞き方はずるい……」

 そうしてすぐにアキラも夏祭りへ行くと決めたのである。

 この夏の楽しみがまた増えたとアキラは浮き上がる気持ちを抑えながら、日暮れを前に冨由馬と夏生につばきと共に駅まで送られ帰路に就いたのであった。
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