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「冨由馬ってさ……久木さんのどこが好きなの?」
つばきとアキラを駅まで送って行ったあと、夏生は冨由馬に彼の部屋まで連れ戻された。本当はこのまま帰ってしまうつもりだったが、冨由馬が「来い」と言えば夏生は行かざるを得ないのだ。
別に弱みを握られているわけではない。けれども昔からふたりの関係はそうだった。それに夏生は冨由馬の本性を知っている。決して優しくはなく、一度決めたことに対しては異常にしつこいその本性を。
冨由馬はいつだって周囲の人間を見下している。だからこそ、彼はだれかと付き合ったりしようとはしなかった。彼のプライドを満たすだけの女がいなかったというだけの話だが、それのなんと傲慢なことだろうか。
そんな冨由馬が久木アキラを恋人にした、というのは夏生にはにわかに信じがたい出来ごとであった。一瞬、心を入れ替えたのかとも思ったが、すぐにそんなことはないということは明白にわかった。
久木アキラという恋人ができたとて、冨由馬は相変わらず、最低な人間のままだ。
「別に。どうでもいいだろ」
「遊びだったら、久木さんが可哀想だろ」
冨由馬の顔を見ることなく夏生は言う。その言葉に冨由馬は鼻で笑うことで答えた。
「そんなことより自分のことを気にしとけよ」
「僕?」
「……新治はもてるだろ」
「そうだな」
夏生はつばきのことを明確に好きだと意識しているわけではなかった。かといって嫌っているわけでもないから、付き合ってはいる。ひとえにつばきから「お試しに」付き合って欲しいと懇願されたせいでもあった。
平素の夏生ならばそんなことは時間の無駄だと切り捨てていたかもしれない。けれどもつばきの必死な様子にほだされた部分もあったし、もうひとつ、ものは試しに女の子と付き合ってみようかという心境になったこともあって、夏生は彼女の提案を受け入れたのである。
だから夏生は未だにつばきに対する自身の感情を図りかねていた。
その証左とでも言うように、中間考査から夏休みに入るまで一ヶ月近く間があったが、ふたりは一度としてデートの類いはしていない。夏生が塾に通っていることもあったが、積極的にそういうことをしてやろうという気にならなかったことも、また事実である。
つばきは可愛いと思う。それはだれもが認めるところだろう。見た目だけではなく、中身も可愛らしいと思う。主観的にも客観的にもそう言えた。
けれども夏生はそれをどこか他人ごとのように感じているのである。
理由は薄々気づいていた。けれども、どうしても認めたくない。だから、夏生はつばきと付き合うことを決めたのだし、彼女を愛せるかもという期待を抱き続けているのである。
「お前こそ新治のどこが好きになったわけ」
「どこって……まあ、可愛いところとか」
「抽象的だな」
「ほっとけ」
「まあそんなんじゃすぐ捨てられるな。夏生だし」
嘲るような横顔も、夏生からすれば見慣れたものだった。こうして見下されるのがわかっていても、夏生は冨由馬から離れたことはなかった。きっとそれは他人からすると不思議に映るだろう。夏生自身、どうしてなのか半ば理解していなかった。
――そんなことあるわけがない。
心の中で夏生はひとりごちる。
新治に捨てられても、きっと自分は傷つかない。そんな予感を夏生は抱いていた。こうなると、冨由馬とほとんど変わらないことに気づく。悠然としている冨由馬の横で、夏生は嫌な気持ちになった。
*
「じゃーん、どう? どう?」
「あ……うん、綺麗だと思う」
「もーっ、『思う』じゃなくってそこは『綺麗』って言ってよー」
頬を膨らませながらもつばきの顔は笑みを作っている。白地に赤いツバキ柄が鮮烈な印象を与える浴衣は、ともすれば派手すぎるかもしれないが、目を引く美貌のつばきにはよく似合っていた。対する夏生はごく普通のラフな恰好だ。そもそも夏生は浴衣を持っていない。しかしやはりと言うか、女の子は持っているのだなと、そんな取りとめのないことを考える。
日が落ちたばかりの宵闇の駅前で、夏生とつばきは夏祭りの会場へと向かうために落ちあった。冨由馬とアキラはまた別の場所で待ち合わせをしており、四人は祭りの会場である公園で落ちあうことになっている。
ふたりきりになるのはつばきから告白されたとき以来である。夏生がつばきと会うときは常にアキラが隣にいたし、夏生の隣には冨由馬がいた。それが常となっていたから、こうして改めてふたりきりにされると、どうしていいやらわからなくなる。
「その柄、ツバキだよね」
「うん、よくわかったねー。男の子ってこういうの疎いと思ってた」
「あ、僕風景画とか描くから……」
「あ、そっかー。なるほどなー」
駅前から公園へと続く道のりには、同じく夏祭りへと向かうらしい一行がちらほら見られる。その中には当然恋人同士らしき二人組もいる。
手のひら同士をあわせて指をからめる、いわゆる「恋人つなぎ」をしている姿を見て、夏生はつばきとそうする姿を想像した。が、それは失敗した。それはぼんやりと輪郭を描くのみで、はっきりとした姿を取る前に霧散してしまう。仲睦まじげに体を寄せ合う行為も同様であった。
恋人らしいことをひとつもしてやれていない。こんな自分といて楽しいのか。夏生はつばきに対してそう思わずにはいられなかった。
会話はするすると出て来はしても、道中でふたりが手を繋ぐことはついぞなかった。
「結構ひといるな」
「そういえば江ノ木くんってこの夏祭りには来たことないんだっけ」
「うん、そう」
「ここ駅からのアクセスもいいから結構ひと集まるんだよねー。学校に近いからかはわからないけど、うちの高校の生徒も結構見るよ」
「へー。……あ、そうだ、冨由馬たち見つけないと」
つばきが話を振ってはくれるものの、そろそろ会話を繋げるのがつらくなって来ていた夏生は、冨由馬の名を口にする。外面の良い冨由馬と、つばきと仲の良いアキラが揃えば、夏生はほとんど話さなくてもよくなる。夏生にはそちらのほうが気が楽だった。
そこまで考えたところで、つくづく自分は人付き合いに向いていないなと、密かにため息をつく。
冨由馬にメッセージを送れば、どうやら夏生たちとは正反対の位置にある出入り口から会場である公園に入ったことがわかった。
「池の近くのとこから入ったって」
「私たちがいるところからほぼ逆のところだね~。合流するまで時間かかるかも」
「まあ、屋台見ながら行けばいいんじゃない」
「お祭りの屋台ってわくわくするよねー! 非日常感っていうの? あれがさ……」
そう言いながら夏生はつばきと共に人波の中へと紛れ込んだのだが、一〇分後にはスマートフォンを手に頭を抱えていた。
つばきと見事にはぐれてしまったのである。常々恋人らしくないと思っていたが、これはもうほとんど恋人失格だろう。そう考えると夏生は頭が痛くなった。
屋台に目をやって振り向いたときにはすでにつばきの姿はなかったのだ。しばらく周囲を捜したものの、影も形もなかったから、仕方なく公園の縁石に腰かけている次第であった。
そして右手にはスマートフォン。文明の利器であるこれで連絡を取れば良いのだが、夏祭りの会場は思った以上にひとで混雑していた。そのせいで先ほどから電波の立ちが悪く、繋がりにくい状態に陥っている。こうなると、下手に動き回っては余計に時間を消費することになると、夏生は潔く縁石に座り込むことにしたのだ。
――捜しに走り回った方がいいんだろうな。
妙に冷静な部分でそんなことを考えるが、そうしないのはなぜなのか。自分は、つばきが好きではないからなのか。ひとりになるとそんな取りとめのないことを考えてしまう。あまりよくない傾向だとは思いつつも、止められない。
「――江ノ木くん?」
下向きになっていた夏生の思考を止めたのは――
「……久木さん?」
しばらく状況が飲み込めなかった夏生は、つばき同様浴衣姿のアキラを見て周囲に視線をやる。しかしそこに冨由馬の姿は認められなかった。
「冨由馬は?」
夏生が思わずそう問えば、アキラはばつが悪そうに笑った。
「あー……はぐれちゃってさー……。とりあえず人混みから出ようと思ったら江ノ木くんを見つけて……。……江ノ木くんも?」
「ああ、まあ……」
ふたりはしばし無言になった。よくよく考えると夏生とアキラはまともに言葉を交わしたことがなかった。四人で集まるとおおむねアキラは恋人の冨由馬と親友のつばきと話し、夏生は恋人であるつばきと幼馴染の冨由馬と話す。そういうわけだからふたりが会話をする機会というのはこれまでほとんどなかったのである。
「あー……、……捜しに行こうか?」
このままここにいるのは気まずい。ただ、その一心で夏生はその言葉を切り出した。喧騒と人混みを背景に、アキラは神妙な顔をして黙ってうなずいた。
「あのさ……冨由馬とは、どう?」
人波の中でアキラとはぐれないよう注意を払いながら、夏生はそんなことを口にする。
とにかく話題がなかった。根っからのインドア派な夏生と、陸上部に所属するアキラとでは方向性があまりにも違いすぎた。共通の話題と言えば学校の課題か、そうでなければ冨由馬かつばきのことくらいである。その中から夏生は冨由馬のことを口に出した。
単純にアキラが冨由馬のことをどう思っているか気になっていたこともある。たとえば、彼女は冨由馬の本性を知っているか――とか。しかしそれは聞くまでもなく夏生にはわかっていた。アキラは冨由馬の本性を知らない。
「え? ど、どうって」
「いや、言いたくないならいいんだけど……。僕、冨由馬のこと昔から知っているから気になって。冨由馬って今までだれとも付き合ったことがなかったし」
下心を隠すように夏生はいつになく饒舌になった。それを意識しながらも、彼の口は止まらない。
「――だから久木さんと付き合うってなったときに、ちょっとおどろいたんだ。冨由馬はだれとも付き合う気がないのかと思ってたから」
「え? 柊くんって彼女いたことないの?」
幸いにもアキラは夏生の多弁さよりも、冨由馬に恋人がいたことがないという部分に食いついた。
「ええーっ、意外……」
「みんなそう言うけど、事実だよ。よく告白されてたけど」
「あ、やっぱり柊くんもてるんだ」
「……うん」
これはあまり言わないほうが良かったかもしれない。けれども今さら否定するのもおかしくて、夏生はそのままうなずいた。
「でも、そんな冨由馬が付き合うって決めたから……相当久木さんのことが好きなんだろうなーと思って。その、まあ、どんな感じなのかなって」
言葉を重ねるたびに破綻して行くのを意識して、夏生はその場から消え入りたくなった。
だがアキラはと言えば、夏生のそんな言葉を真正面から受け止めたせいで、密かに頬を赤く染めていた。それは夏生には日暮れ後の薄暗さもあって見えなかったが、アキラが冷えた手の先を頬に当てて、顔から熱を逃がそうとしている姿はよく見えた。
そんなアキラを見て、夏生は彼女が少し可哀想になった。
どう考えたって、冨由馬はアキラを愛しているようには見えない。かといって暇つぶしに付き合っているようにも見えない。
真意がうかがえぬ気持ち悪さを抱えたまま、夏生はつばきの姿を捜そうと、アキラから逃げるように周囲へと視線を走らせた。
一方、そんな風にふたりの話題に上がっている当の冨由馬はと言うと――。
「はああ……」
大いにため息をついて傍らにいる浴衣姿の清楚な美少女――つばきを見やった。早々にアキラとはぐれてしまった冨由馬は、どういうめぐりあわせか、よりにもよってつばきと出くわしてしまったのである。そこに夏生がいればまだ良かったが、あいにくと彼女はひとりきりだった。つばきも夏生とはぐれてしまったからだ。
つばきは隣にいる失礼な男に剣呑な視線を送る。
「ちょっとお、こんな超美少女を連れてそんなため息つかないでくれる~?」
「これがため息をつかないでいられるかよ。あとその口調なんとかしろ」
「黙れよクソラギ」
「その呼び方もやめろ」
まったくもって予測が外れてしまったふたりの機嫌は最低もいいところだ。
「あーあ、ほんとあいつのどこに惚れたのかわかんない。口下手すぎだし、話しててつまんないし」
「それはこっちのセリフだ。お前、あいつのどこが好きになったんだよ。バカすぎて嫌になるわ」
売り言葉に買い言葉。ふたりのあいだににわかに穏やかならざる空気が流れる。それも、とびきりの美少女と非の打ち所のない美形のにらみ合い。自然と周囲から人の波が引く。だれかが「痴話げんか?」と言ったが、その言葉は幸いにもふたりの耳には届かなかった。
「趣味悪いのは認めなさいよね」
「お前もたいがいだろ」
「たしかにアキラちゃんはバカかもしれないけど~そこがいいんですー。趣味ならあんたよりはマシな自覚あるから」
「はあ? どこがマシなんだか」
「もー、まじクソラっ……!」
往来で足を止めていたせいでつばきの背中にだれかの肩が当たった。その拍子に小柄なつばきは体勢を崩し、足をもつれさせてしまう。そしてそれは不運なことに冨由馬の胸に飛び込むという形で、つばきが地面に転ぶという事態は回避されたのである。
それは不運なことだった。
「つばき……」
ふたりの前に現れたアキラは、抱き合っているようにしか見えない親友と恋人を前にして立ちすくんだ。
つばきとアキラを駅まで送って行ったあと、夏生は冨由馬に彼の部屋まで連れ戻された。本当はこのまま帰ってしまうつもりだったが、冨由馬が「来い」と言えば夏生は行かざるを得ないのだ。
別に弱みを握られているわけではない。けれども昔からふたりの関係はそうだった。それに夏生は冨由馬の本性を知っている。決して優しくはなく、一度決めたことに対しては異常にしつこいその本性を。
冨由馬はいつだって周囲の人間を見下している。だからこそ、彼はだれかと付き合ったりしようとはしなかった。彼のプライドを満たすだけの女がいなかったというだけの話だが、それのなんと傲慢なことだろうか。
そんな冨由馬が久木アキラを恋人にした、というのは夏生にはにわかに信じがたい出来ごとであった。一瞬、心を入れ替えたのかとも思ったが、すぐにそんなことはないということは明白にわかった。
久木アキラという恋人ができたとて、冨由馬は相変わらず、最低な人間のままだ。
「別に。どうでもいいだろ」
「遊びだったら、久木さんが可哀想だろ」
冨由馬の顔を見ることなく夏生は言う。その言葉に冨由馬は鼻で笑うことで答えた。
「そんなことより自分のことを気にしとけよ」
「僕?」
「……新治はもてるだろ」
「そうだな」
夏生はつばきのことを明確に好きだと意識しているわけではなかった。かといって嫌っているわけでもないから、付き合ってはいる。ひとえにつばきから「お試しに」付き合って欲しいと懇願されたせいでもあった。
平素の夏生ならばそんなことは時間の無駄だと切り捨てていたかもしれない。けれどもつばきの必死な様子にほだされた部分もあったし、もうひとつ、ものは試しに女の子と付き合ってみようかという心境になったこともあって、夏生は彼女の提案を受け入れたのである。
だから夏生は未だにつばきに対する自身の感情を図りかねていた。
その証左とでも言うように、中間考査から夏休みに入るまで一ヶ月近く間があったが、ふたりは一度としてデートの類いはしていない。夏生が塾に通っていることもあったが、積極的にそういうことをしてやろうという気にならなかったことも、また事実である。
つばきは可愛いと思う。それはだれもが認めるところだろう。見た目だけではなく、中身も可愛らしいと思う。主観的にも客観的にもそう言えた。
けれども夏生はそれをどこか他人ごとのように感じているのである。
理由は薄々気づいていた。けれども、どうしても認めたくない。だから、夏生はつばきと付き合うことを決めたのだし、彼女を愛せるかもという期待を抱き続けているのである。
「お前こそ新治のどこが好きになったわけ」
「どこって……まあ、可愛いところとか」
「抽象的だな」
「ほっとけ」
「まあそんなんじゃすぐ捨てられるな。夏生だし」
嘲るような横顔も、夏生からすれば見慣れたものだった。こうして見下されるのがわかっていても、夏生は冨由馬から離れたことはなかった。きっとそれは他人からすると不思議に映るだろう。夏生自身、どうしてなのか半ば理解していなかった。
――そんなことあるわけがない。
心の中で夏生はひとりごちる。
新治に捨てられても、きっと自分は傷つかない。そんな予感を夏生は抱いていた。こうなると、冨由馬とほとんど変わらないことに気づく。悠然としている冨由馬の横で、夏生は嫌な気持ちになった。
*
「じゃーん、どう? どう?」
「あ……うん、綺麗だと思う」
「もーっ、『思う』じゃなくってそこは『綺麗』って言ってよー」
頬を膨らませながらもつばきの顔は笑みを作っている。白地に赤いツバキ柄が鮮烈な印象を与える浴衣は、ともすれば派手すぎるかもしれないが、目を引く美貌のつばきにはよく似合っていた。対する夏生はごく普通のラフな恰好だ。そもそも夏生は浴衣を持っていない。しかしやはりと言うか、女の子は持っているのだなと、そんな取りとめのないことを考える。
日が落ちたばかりの宵闇の駅前で、夏生とつばきは夏祭りの会場へと向かうために落ちあった。冨由馬とアキラはまた別の場所で待ち合わせをしており、四人は祭りの会場である公園で落ちあうことになっている。
ふたりきりになるのはつばきから告白されたとき以来である。夏生がつばきと会うときは常にアキラが隣にいたし、夏生の隣には冨由馬がいた。それが常となっていたから、こうして改めてふたりきりにされると、どうしていいやらわからなくなる。
「その柄、ツバキだよね」
「うん、よくわかったねー。男の子ってこういうの疎いと思ってた」
「あ、僕風景画とか描くから……」
「あ、そっかー。なるほどなー」
駅前から公園へと続く道のりには、同じく夏祭りへと向かうらしい一行がちらほら見られる。その中には当然恋人同士らしき二人組もいる。
手のひら同士をあわせて指をからめる、いわゆる「恋人つなぎ」をしている姿を見て、夏生はつばきとそうする姿を想像した。が、それは失敗した。それはぼんやりと輪郭を描くのみで、はっきりとした姿を取る前に霧散してしまう。仲睦まじげに体を寄せ合う行為も同様であった。
恋人らしいことをひとつもしてやれていない。こんな自分といて楽しいのか。夏生はつばきに対してそう思わずにはいられなかった。
会話はするすると出て来はしても、道中でふたりが手を繋ぐことはついぞなかった。
「結構ひといるな」
「そういえば江ノ木くんってこの夏祭りには来たことないんだっけ」
「うん、そう」
「ここ駅からのアクセスもいいから結構ひと集まるんだよねー。学校に近いからかはわからないけど、うちの高校の生徒も結構見るよ」
「へー。……あ、そうだ、冨由馬たち見つけないと」
つばきが話を振ってはくれるものの、そろそろ会話を繋げるのがつらくなって来ていた夏生は、冨由馬の名を口にする。外面の良い冨由馬と、つばきと仲の良いアキラが揃えば、夏生はほとんど話さなくてもよくなる。夏生にはそちらのほうが気が楽だった。
そこまで考えたところで、つくづく自分は人付き合いに向いていないなと、密かにため息をつく。
冨由馬にメッセージを送れば、どうやら夏生たちとは正反対の位置にある出入り口から会場である公園に入ったことがわかった。
「池の近くのとこから入ったって」
「私たちがいるところからほぼ逆のところだね~。合流するまで時間かかるかも」
「まあ、屋台見ながら行けばいいんじゃない」
「お祭りの屋台ってわくわくするよねー! 非日常感っていうの? あれがさ……」
そう言いながら夏生はつばきと共に人波の中へと紛れ込んだのだが、一〇分後にはスマートフォンを手に頭を抱えていた。
つばきと見事にはぐれてしまったのである。常々恋人らしくないと思っていたが、これはもうほとんど恋人失格だろう。そう考えると夏生は頭が痛くなった。
屋台に目をやって振り向いたときにはすでにつばきの姿はなかったのだ。しばらく周囲を捜したものの、影も形もなかったから、仕方なく公園の縁石に腰かけている次第であった。
そして右手にはスマートフォン。文明の利器であるこれで連絡を取れば良いのだが、夏祭りの会場は思った以上にひとで混雑していた。そのせいで先ほどから電波の立ちが悪く、繋がりにくい状態に陥っている。こうなると、下手に動き回っては余計に時間を消費することになると、夏生は潔く縁石に座り込むことにしたのだ。
――捜しに走り回った方がいいんだろうな。
妙に冷静な部分でそんなことを考えるが、そうしないのはなぜなのか。自分は、つばきが好きではないからなのか。ひとりになるとそんな取りとめのないことを考えてしまう。あまりよくない傾向だとは思いつつも、止められない。
「――江ノ木くん?」
下向きになっていた夏生の思考を止めたのは――
「……久木さん?」
しばらく状況が飲み込めなかった夏生は、つばき同様浴衣姿のアキラを見て周囲に視線をやる。しかしそこに冨由馬の姿は認められなかった。
「冨由馬は?」
夏生が思わずそう問えば、アキラはばつが悪そうに笑った。
「あー……はぐれちゃってさー……。とりあえず人混みから出ようと思ったら江ノ木くんを見つけて……。……江ノ木くんも?」
「ああ、まあ……」
ふたりはしばし無言になった。よくよく考えると夏生とアキラはまともに言葉を交わしたことがなかった。四人で集まるとおおむねアキラは恋人の冨由馬と親友のつばきと話し、夏生は恋人であるつばきと幼馴染の冨由馬と話す。そういうわけだからふたりが会話をする機会というのはこれまでほとんどなかったのである。
「あー……、……捜しに行こうか?」
このままここにいるのは気まずい。ただ、その一心で夏生はその言葉を切り出した。喧騒と人混みを背景に、アキラは神妙な顔をして黙ってうなずいた。
「あのさ……冨由馬とは、どう?」
人波の中でアキラとはぐれないよう注意を払いながら、夏生はそんなことを口にする。
とにかく話題がなかった。根っからのインドア派な夏生と、陸上部に所属するアキラとでは方向性があまりにも違いすぎた。共通の話題と言えば学校の課題か、そうでなければ冨由馬かつばきのことくらいである。その中から夏生は冨由馬のことを口に出した。
単純にアキラが冨由馬のことをどう思っているか気になっていたこともある。たとえば、彼女は冨由馬の本性を知っているか――とか。しかしそれは聞くまでもなく夏生にはわかっていた。アキラは冨由馬の本性を知らない。
「え? ど、どうって」
「いや、言いたくないならいいんだけど……。僕、冨由馬のこと昔から知っているから気になって。冨由馬って今までだれとも付き合ったことがなかったし」
下心を隠すように夏生はいつになく饒舌になった。それを意識しながらも、彼の口は止まらない。
「――だから久木さんと付き合うってなったときに、ちょっとおどろいたんだ。冨由馬はだれとも付き合う気がないのかと思ってたから」
「え? 柊くんって彼女いたことないの?」
幸いにもアキラは夏生の多弁さよりも、冨由馬に恋人がいたことがないという部分に食いついた。
「ええーっ、意外……」
「みんなそう言うけど、事実だよ。よく告白されてたけど」
「あ、やっぱり柊くんもてるんだ」
「……うん」
これはあまり言わないほうが良かったかもしれない。けれども今さら否定するのもおかしくて、夏生はそのままうなずいた。
「でも、そんな冨由馬が付き合うって決めたから……相当久木さんのことが好きなんだろうなーと思って。その、まあ、どんな感じなのかなって」
言葉を重ねるたびに破綻して行くのを意識して、夏生はその場から消え入りたくなった。
だがアキラはと言えば、夏生のそんな言葉を真正面から受け止めたせいで、密かに頬を赤く染めていた。それは夏生には日暮れ後の薄暗さもあって見えなかったが、アキラが冷えた手の先を頬に当てて、顔から熱を逃がそうとしている姿はよく見えた。
そんなアキラを見て、夏生は彼女が少し可哀想になった。
どう考えたって、冨由馬はアキラを愛しているようには見えない。かといって暇つぶしに付き合っているようにも見えない。
真意がうかがえぬ気持ち悪さを抱えたまま、夏生はつばきの姿を捜そうと、アキラから逃げるように周囲へと視線を走らせた。
一方、そんな風にふたりの話題に上がっている当の冨由馬はと言うと――。
「はああ……」
大いにため息をついて傍らにいる浴衣姿の清楚な美少女――つばきを見やった。早々にアキラとはぐれてしまった冨由馬は、どういうめぐりあわせか、よりにもよってつばきと出くわしてしまったのである。そこに夏生がいればまだ良かったが、あいにくと彼女はひとりきりだった。つばきも夏生とはぐれてしまったからだ。
つばきは隣にいる失礼な男に剣呑な視線を送る。
「ちょっとお、こんな超美少女を連れてそんなため息つかないでくれる~?」
「これがため息をつかないでいられるかよ。あとその口調なんとかしろ」
「黙れよクソラギ」
「その呼び方もやめろ」
まったくもって予測が外れてしまったふたりの機嫌は最低もいいところだ。
「あーあ、ほんとあいつのどこに惚れたのかわかんない。口下手すぎだし、話しててつまんないし」
「それはこっちのセリフだ。お前、あいつのどこが好きになったんだよ。バカすぎて嫌になるわ」
売り言葉に買い言葉。ふたりのあいだににわかに穏やかならざる空気が流れる。それも、とびきりの美少女と非の打ち所のない美形のにらみ合い。自然と周囲から人の波が引く。だれかが「痴話げんか?」と言ったが、その言葉は幸いにもふたりの耳には届かなかった。
「趣味悪いのは認めなさいよね」
「お前もたいがいだろ」
「たしかにアキラちゃんはバカかもしれないけど~そこがいいんですー。趣味ならあんたよりはマシな自覚あるから」
「はあ? どこがマシなんだか」
「もー、まじクソラっ……!」
往来で足を止めていたせいでつばきの背中にだれかの肩が当たった。その拍子に小柄なつばきは体勢を崩し、足をもつれさせてしまう。そしてそれは不運なことに冨由馬の胸に飛び込むという形で、つばきが地面に転ぶという事態は回避されたのである。
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一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
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