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さかのぼること数分前。相変わらずはぐれた恋人を捜していたアキラと夏生は、しかし時間の流れもあっていく分か打ち解けることができていた。
「あのさ……江ノ木くんはつばきと柊くんのこと、どう思う?」
「……どうって、どういう意味?」
「えっと、あのふたりって仲良いじゃん?」
「まあ、そうなのかな」
「うん。……でさーふたりともお似合いっていうかさ――あ、いや、江ノ木くんとつばきが似合ってないとかじゃなくてさ、えっと、ふたりとも美人って言うかね? そんな感じって言いたくて」
「あー、うん。わかるよ」
夏生はアキラから視線を外し、緩慢な動作で曖昧に首肯する。甘くスパイシーなソースのにおいが鼻をかすり、そういえば夏祭りに来ているのだなと今さらなことを考える。
祭りを楽しむどころか辺りが闇に包まれ、ちょうちんの赤い光と白熱球の鋭い明かりが照らす中、夏生は自分の恋人ではなく、幼馴染の恋人といっしょにいる。どうにもあべこべな話であった。屋台の呼び込みがふたりを恋人扱いすることも、肩身が狭くて仕方がなかった。
「だからさ、ちょっと不安になるっていうか。あ、こんなこと言われても困るよねー。あはは、ごめん。なんか今日はおかしいや」
「……いや、わかるよ」
「え?」
「……久木さんって、冨由馬が本当に自分のこと好きなのかってちょっと疑ってるよね」
「え、いや、疑ってるわけでは……」
ふたりのあいだに沈黙が落ちる。それでも周囲は人の声が重なりあった喧騒に満ちていて、それでもふたりは無言のままで――そうして出来上がった奇妙な空間がそこにはあった。
「僕もさ、それは考えてる」
「江ノ木くんも?」
「……まあ新治さんと友達の久木さんに言うのもなんだけど、僕、新治さんのこと好きなのかって言われたらわからない」
「え? でも、ふたりは付き合ってるんでしょ?」
「そうだね」
「……じゃあ、好きなんじゃないの? 嫌いだったら、付き合わないよね」
「そうだね。新治さんのことは嫌いじゃないよ」
夏生は自問自答する。なんでこんなことをつばきの親友である彼女に言っているのかと。それは、「最低だ」と言って欲しいからなのかもしれない。あるいは「間違っている」とか。とにかく、否定の言葉を欲しているかもしれない。
どっちつかずの状況に、夏生はすでに違和を感じずにはいられなかった。そうするとつばきに対して罪悪感も湧く。こんな中途半端な自分に付き合わせてしまっている状況は、申し訳ないとしか言いようがなかった。
けれどもつばきから告白されて、それを一度受けてしまった手前、どうすれば良いのかわからなくなっているのも事実だった。自分からどうやってこの気持ちを伝えれば良いのか――夏生には皆目見当がつかない。
だから卑怯にも、夏生はアキラから後押しが欲しいと、無意識のうちにそう考えていたのである。
けれどもそんな思惑は、往々にして外れるものである。
「――な、ならきっと江ノ木くんはつばきのことが好きなんだよ!」
アキラは身を乗り出してそう言った。その眉はきゅっと寄って険しい表情を作っていたが、瞳は不安げに揺れている。
「今はちょっとよくわからないだけで……たぶんそれは付き合っていくうちにわかるものだと思う。だから今はあせらなくていいと思うよ?」
「……そう、かな」
「そうだよ! だって、つばきのこと嫌いじゃないんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、だいじょうぶだよ」
「……うん」
夏生はアキラの言葉にちっとも心を動かされなかった。その冷めた視線に、夏生自身が驚く。そして感じるのはやはり自分は人付き合いには向いていないのだな、ということであった。
それでも下手は下手なりに口は動く。
「ありがとう久木さん。……あんなこと言ってたけど、久木さんならだいじょうぶだと思うよ」
――本当はそんなこと、毛の先ほども思っていないくせに。
夏生は胸裏で自分自身をせせら笑う。
ただ少なくともこのお人好しな彼女が、出来るだけ傷つかなければいいと、そのくらいのことは願ってしまう。
「――あ、あれって柊くんじゃない?!」
前方に視線をやったアキラが、声を弾ませてそう言った。彼女は言葉を振っておきながら夏生がそちらを見る前に、目的の場所へと人波をかきわけて向かって行ってしまう。夏生はまたはぐれてはたまらないと、必死に彼女の浴衣の柄を追った。
「つばき……」
呆然としたアキラの声が耳に入り、夏生は彼女の横顔を見る。地面に縫い付けられたように立ちすくむアキラの視線の先には、冨由馬とつばきがいた。しかもどういうことなのか、ふたりは抱き合っているように見える。
その姿を見たとき、夏生は傷つくより先に納得してしまった。それがあるべき形のように思えたのだ。嫉妬心はみじんもなく、湧いて来たのは多少の感傷である。それでもそれは、夏生からすればほんのささやかなものにすぎなかった。
「アキラちゃん?! ってク、柊くんちょっと!」
「……ああ、ごめんね。転びそうになったからつい。そういうことだから、悪いね夏生」
「――いや、いいけど。新治さんだいじょうぶ?」
冨由馬の言葉に素早く事態を飲みこんだ夏生は、アキラの横をすり抜けてふたりに近づいた。そうしてつばきに声をかけたものの、その言葉がからっぽなことに夏生は気づいていた。
冨由馬からさっと離れたつばきは、そそくさと夏生のそばへと駆け寄り、すねたように頬を膨らませる。
「もー江ノ木くんどこ行ってたのー?!」
「ごめん、はぐれちゃって……」
「もうっ。今回は許してあげるけど二度目はないんだからね!」
「ごめん。次は気をつける」
「じゃー屋台でおごって?」
「わかった。なにがいい?」
「んーと……なににしようかな~」
そうやってじゃれあっている夏生とつばきの横で、アキラは冨由馬と視線を合わせた。冨由馬はにっこりと、いつもの柔和な笑みを浮かべる。けれども今のアキラは、それを素直に受け止めることができなかった。まるで誤魔化すための笑みに見えて仕方がない。
「はぐれちゃってごめんね? でも夏生といっしょで良かったよ」
「あ、うん、わたしもごめん……」
「いや、俺が悪いから謝らなくていいよ。……今度は手を繋いでおこうか。そうしたらもうはぐれたりしないし」
冨由馬の筋張った男らしい手がアキラの前に出される。アキラの背は冨由馬より数センチ低いだけであったが、それでも体つきはまったく異なっていた。どこまでもアキラは女だし、明らかに冨由馬は男であった。
アキラは思い悩んだ末に、冨由馬の手を遠慮がちに取る。
「嫌だって言われたらどうしようかと思った」
いらずらっぽく笑う冨由馬に、アキラはぎこちなくも笑顔で返す。
「……さっきはびっくりしちゃった」
「浮気してるとでも思った?」
冨由馬の言葉に非難の色はない。けれどもアキラは疑ったのかと言外に責められているような気分になる。
――久木さんって、冨由馬が本当に自分のこと好きなのかってちょっと疑ってるよね。
先ほどの夏生の言葉が脳裏をよぎった。
「あーっと……柊くんってつばきと仲が良いからさー」
「まあね。恋愛相談に乗ってもらってたから、わりと仲は良いかな。でも浮気はないよ。新治さんのことはそういう目で見られないし、なにより彼女は夏生が好きだしね」
冨由馬は横目でつばきと夏生を見やった。
「それは久木さんも知ってるだろ?」
「……うん」
「それじゃ、気を取り直して屋台を回ろうか」
――本当は、「そんなことない」って言って欲しかった。
アキラはその言葉を飲みこみ、冨由馬の手を取る指に少しだけ力を込める。
なんてことのない夏祭りの一日は、アキラと夏生、ふたりの心に小さな影を残して終わった。
*
「はー、あっつ~」
夏も盛りを迎えた八月。容赦のない日差しが降り注ぐ外から、冷房の利いたコンビニエンスストアの自動ドアをくぐり、四人はひと息ついた。
夏休みも終わりに近づいていたが、夏期講習のために学校へ出向いたため、今の四人は制服姿である。
つばきはしきりにブラウスの襟を扇いで暑さにだらけた顔をしている。
陸上部ということで外の暑さには多少慣れているアキラも、今日ばかりはぐったりとしていて元気がない。それは単純に気温のせいだけではなく、心理的な要因も大いに関わっていた。
夏祭りのあの日から、自らのうちに湧いた疑念に対し気まずい思いを抱えるアキラは、比例して冨由馬とのメッセージのやり取りも滞りがちになっていた。それを秋季競技会に向けた部活動で忙しいからと言い訳をしたが、それがさらに気まずさに拍車をかける。
部活動のことで忙しいのは嘘ではない。けれども疑うこともなく信じてしまう冨由馬を見ると、やはり罪悪感を覚えずにはいられなかった。
一方、あの夏祭りの日に「つばきのことが好きなのかわからない」と言った夏生ではあるが、アキラとは違って付き合いは順調そうである。少なくともアキラは、つばきから愚痴めいた話は聞いたことがない。そうであればやはり、上手く行っていないということはないのだろう。
アキラは冨由馬が好きで、けれども上手く行かない。夏生はつばきが好きかわからないけれど、上手く行っている。この違いはなんなのだろうと、アキラは釈然としない思いを抱えていた。
「そういえばさーアキラちゃんもうすぐ誕生日だよね」
店内にある「ご予約ケーキ」のポスターの前に立つつばきがアキラのほうへと振り返る。
「久木さんって八月生まれなんだ?」
「うん、そう。二四日なんだけど……」
「どうしたの?」
冨由馬の言葉にアキラは恥ずかしげに口ごもりつつ答える。
「いや……『アキ』ラなのに夏生まれだからさー」
「ああ、なるほど」
「あ、笑わないでよー。もー」
くすりと笑った冨由馬にアキラは唇を尖らせる。だから言いたくなかったのだ、と今までに散々からかわれた経験のあるアキラはへそを曲げるのであった。
「ごめんごめん。いや、名前のことじゃなくてさ、ちょっと恥ずかしそうにしてるのが可愛くて」
「えっ……」
「ちょっと~コンビニでいちゃつかないでくださーい」
つばきがふたりを見て茶々を入れる。そんな中にあって、夏生だけはむっつりと黙り込んでいた。それに気づいたアキラは体調が悪いのかと心配になる。夏祭りの日からなんとなく夏生とも話すようになっていたアキラは、少なくとも以前に比べて彼に親しさを持つようになっていたのだ。
「あの……江ノ木くんだいじょうぶ?」
「……え? ああ、なんでもないから」
「久木さん、夏生はちょっとふてくされてるだけだから」
「……冨由馬」
冨由馬の言葉と、とがめるような夏生の声に、アキラは首をかしげる。そんな三者三様の姿を見ていたつばきだけは、なにやら思い当ったらしく、楽しげに三人を見回した。
「もしかして、江ノ木くんの下の名前って……」
「新治さん、鋭いね」
「え? 下の名前?」
「……僕、『夏生』だから」
観念したのか、夏生は嫌そうな顔をしながら話しだす。
「『夏』に『生』まれるって書いて『夏生』。で、誕生日は八月」
「あ、あー……。そうなんだ……」
「夏生、自分の名前気にしてるから……」
「うるせー」
夏生が不機嫌な理由に納得が行ったところで、話はアキラと夏生の誕生日に移った。
「江ノ木くんって八月のいつ生まれ?」
「一九日」
「え?! 今週じゃん」
「わーじゃあちょうどいいしさ、アキラちゃんといっしょに誕生日会やろうよ!」
「いや、僕は……」
「俺はいいと思うよ」
「よーし、じゃあ決まりね!」
「え? わたしの意見は……?」
「アキラちゃんは強制参加! 主役がいないんじゃ意味ないでしょー」
こうしてそれぞれアイスを選びつつ、成り行きでアキラと夏生の誕生日会を開くことになったのであった。
「あのさ……江ノ木くんはつばきと柊くんのこと、どう思う?」
「……どうって、どういう意味?」
「えっと、あのふたりって仲良いじゃん?」
「まあ、そうなのかな」
「うん。……でさーふたりともお似合いっていうかさ――あ、いや、江ノ木くんとつばきが似合ってないとかじゃなくてさ、えっと、ふたりとも美人って言うかね? そんな感じって言いたくて」
「あー、うん。わかるよ」
夏生はアキラから視線を外し、緩慢な動作で曖昧に首肯する。甘くスパイシーなソースのにおいが鼻をかすり、そういえば夏祭りに来ているのだなと今さらなことを考える。
祭りを楽しむどころか辺りが闇に包まれ、ちょうちんの赤い光と白熱球の鋭い明かりが照らす中、夏生は自分の恋人ではなく、幼馴染の恋人といっしょにいる。どうにもあべこべな話であった。屋台の呼び込みがふたりを恋人扱いすることも、肩身が狭くて仕方がなかった。
「だからさ、ちょっと不安になるっていうか。あ、こんなこと言われても困るよねー。あはは、ごめん。なんか今日はおかしいや」
「……いや、わかるよ」
「え?」
「……久木さんって、冨由馬が本当に自分のこと好きなのかってちょっと疑ってるよね」
「え、いや、疑ってるわけでは……」
ふたりのあいだに沈黙が落ちる。それでも周囲は人の声が重なりあった喧騒に満ちていて、それでもふたりは無言のままで――そうして出来上がった奇妙な空間がそこにはあった。
「僕もさ、それは考えてる」
「江ノ木くんも?」
「……まあ新治さんと友達の久木さんに言うのもなんだけど、僕、新治さんのこと好きなのかって言われたらわからない」
「え? でも、ふたりは付き合ってるんでしょ?」
「そうだね」
「……じゃあ、好きなんじゃないの? 嫌いだったら、付き合わないよね」
「そうだね。新治さんのことは嫌いじゃないよ」
夏生は自問自答する。なんでこんなことをつばきの親友である彼女に言っているのかと。それは、「最低だ」と言って欲しいからなのかもしれない。あるいは「間違っている」とか。とにかく、否定の言葉を欲しているかもしれない。
どっちつかずの状況に、夏生はすでに違和を感じずにはいられなかった。そうするとつばきに対して罪悪感も湧く。こんな中途半端な自分に付き合わせてしまっている状況は、申し訳ないとしか言いようがなかった。
けれどもつばきから告白されて、それを一度受けてしまった手前、どうすれば良いのかわからなくなっているのも事実だった。自分からどうやってこの気持ちを伝えれば良いのか――夏生には皆目見当がつかない。
だから卑怯にも、夏生はアキラから後押しが欲しいと、無意識のうちにそう考えていたのである。
けれどもそんな思惑は、往々にして外れるものである。
「――な、ならきっと江ノ木くんはつばきのことが好きなんだよ!」
アキラは身を乗り出してそう言った。その眉はきゅっと寄って険しい表情を作っていたが、瞳は不安げに揺れている。
「今はちょっとよくわからないだけで……たぶんそれは付き合っていくうちにわかるものだと思う。だから今はあせらなくていいと思うよ?」
「……そう、かな」
「そうだよ! だって、つばきのこと嫌いじゃないんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、だいじょうぶだよ」
「……うん」
夏生はアキラの言葉にちっとも心を動かされなかった。その冷めた視線に、夏生自身が驚く。そして感じるのはやはり自分は人付き合いには向いていないのだな、ということであった。
それでも下手は下手なりに口は動く。
「ありがとう久木さん。……あんなこと言ってたけど、久木さんならだいじょうぶだと思うよ」
――本当はそんなこと、毛の先ほども思っていないくせに。
夏生は胸裏で自分自身をせせら笑う。
ただ少なくともこのお人好しな彼女が、出来るだけ傷つかなければいいと、そのくらいのことは願ってしまう。
「――あ、あれって柊くんじゃない?!」
前方に視線をやったアキラが、声を弾ませてそう言った。彼女は言葉を振っておきながら夏生がそちらを見る前に、目的の場所へと人波をかきわけて向かって行ってしまう。夏生はまたはぐれてはたまらないと、必死に彼女の浴衣の柄を追った。
「つばき……」
呆然としたアキラの声が耳に入り、夏生は彼女の横顔を見る。地面に縫い付けられたように立ちすくむアキラの視線の先には、冨由馬とつばきがいた。しかもどういうことなのか、ふたりは抱き合っているように見える。
その姿を見たとき、夏生は傷つくより先に納得してしまった。それがあるべき形のように思えたのだ。嫉妬心はみじんもなく、湧いて来たのは多少の感傷である。それでもそれは、夏生からすればほんのささやかなものにすぎなかった。
「アキラちゃん?! ってク、柊くんちょっと!」
「……ああ、ごめんね。転びそうになったからつい。そういうことだから、悪いね夏生」
「――いや、いいけど。新治さんだいじょうぶ?」
冨由馬の言葉に素早く事態を飲みこんだ夏生は、アキラの横をすり抜けてふたりに近づいた。そうしてつばきに声をかけたものの、その言葉がからっぽなことに夏生は気づいていた。
冨由馬からさっと離れたつばきは、そそくさと夏生のそばへと駆け寄り、すねたように頬を膨らませる。
「もー江ノ木くんどこ行ってたのー?!」
「ごめん、はぐれちゃって……」
「もうっ。今回は許してあげるけど二度目はないんだからね!」
「ごめん。次は気をつける」
「じゃー屋台でおごって?」
「わかった。なにがいい?」
「んーと……なににしようかな~」
そうやってじゃれあっている夏生とつばきの横で、アキラは冨由馬と視線を合わせた。冨由馬はにっこりと、いつもの柔和な笑みを浮かべる。けれども今のアキラは、それを素直に受け止めることができなかった。まるで誤魔化すための笑みに見えて仕方がない。
「はぐれちゃってごめんね? でも夏生といっしょで良かったよ」
「あ、うん、わたしもごめん……」
「いや、俺が悪いから謝らなくていいよ。……今度は手を繋いでおこうか。そうしたらもうはぐれたりしないし」
冨由馬の筋張った男らしい手がアキラの前に出される。アキラの背は冨由馬より数センチ低いだけであったが、それでも体つきはまったく異なっていた。どこまでもアキラは女だし、明らかに冨由馬は男であった。
アキラは思い悩んだ末に、冨由馬の手を遠慮がちに取る。
「嫌だって言われたらどうしようかと思った」
いらずらっぽく笑う冨由馬に、アキラはぎこちなくも笑顔で返す。
「……さっきはびっくりしちゃった」
「浮気してるとでも思った?」
冨由馬の言葉に非難の色はない。けれどもアキラは疑ったのかと言外に責められているような気分になる。
――久木さんって、冨由馬が本当に自分のこと好きなのかってちょっと疑ってるよね。
先ほどの夏生の言葉が脳裏をよぎった。
「あーっと……柊くんってつばきと仲が良いからさー」
「まあね。恋愛相談に乗ってもらってたから、わりと仲は良いかな。でも浮気はないよ。新治さんのことはそういう目で見られないし、なにより彼女は夏生が好きだしね」
冨由馬は横目でつばきと夏生を見やった。
「それは久木さんも知ってるだろ?」
「……うん」
「それじゃ、気を取り直して屋台を回ろうか」
――本当は、「そんなことない」って言って欲しかった。
アキラはその言葉を飲みこみ、冨由馬の手を取る指に少しだけ力を込める。
なんてことのない夏祭りの一日は、アキラと夏生、ふたりの心に小さな影を残して終わった。
*
「はー、あっつ~」
夏も盛りを迎えた八月。容赦のない日差しが降り注ぐ外から、冷房の利いたコンビニエンスストアの自動ドアをくぐり、四人はひと息ついた。
夏休みも終わりに近づいていたが、夏期講習のために学校へ出向いたため、今の四人は制服姿である。
つばきはしきりにブラウスの襟を扇いで暑さにだらけた顔をしている。
陸上部ということで外の暑さには多少慣れているアキラも、今日ばかりはぐったりとしていて元気がない。それは単純に気温のせいだけではなく、心理的な要因も大いに関わっていた。
夏祭りのあの日から、自らのうちに湧いた疑念に対し気まずい思いを抱えるアキラは、比例して冨由馬とのメッセージのやり取りも滞りがちになっていた。それを秋季競技会に向けた部活動で忙しいからと言い訳をしたが、それがさらに気まずさに拍車をかける。
部活動のことで忙しいのは嘘ではない。けれども疑うこともなく信じてしまう冨由馬を見ると、やはり罪悪感を覚えずにはいられなかった。
一方、あの夏祭りの日に「つばきのことが好きなのかわからない」と言った夏生ではあるが、アキラとは違って付き合いは順調そうである。少なくともアキラは、つばきから愚痴めいた話は聞いたことがない。そうであればやはり、上手く行っていないということはないのだろう。
アキラは冨由馬が好きで、けれども上手く行かない。夏生はつばきが好きかわからないけれど、上手く行っている。この違いはなんなのだろうと、アキラは釈然としない思いを抱えていた。
「そういえばさーアキラちゃんもうすぐ誕生日だよね」
店内にある「ご予約ケーキ」のポスターの前に立つつばきがアキラのほうへと振り返る。
「久木さんって八月生まれなんだ?」
「うん、そう。二四日なんだけど……」
「どうしたの?」
冨由馬の言葉にアキラは恥ずかしげに口ごもりつつ答える。
「いや……『アキ』ラなのに夏生まれだからさー」
「ああ、なるほど」
「あ、笑わないでよー。もー」
くすりと笑った冨由馬にアキラは唇を尖らせる。だから言いたくなかったのだ、と今までに散々からかわれた経験のあるアキラはへそを曲げるのであった。
「ごめんごめん。いや、名前のことじゃなくてさ、ちょっと恥ずかしそうにしてるのが可愛くて」
「えっ……」
「ちょっと~コンビニでいちゃつかないでくださーい」
つばきがふたりを見て茶々を入れる。そんな中にあって、夏生だけはむっつりと黙り込んでいた。それに気づいたアキラは体調が悪いのかと心配になる。夏祭りの日からなんとなく夏生とも話すようになっていたアキラは、少なくとも以前に比べて彼に親しさを持つようになっていたのだ。
「あの……江ノ木くんだいじょうぶ?」
「……え? ああ、なんでもないから」
「久木さん、夏生はちょっとふてくされてるだけだから」
「……冨由馬」
冨由馬の言葉と、とがめるような夏生の声に、アキラは首をかしげる。そんな三者三様の姿を見ていたつばきだけは、なにやら思い当ったらしく、楽しげに三人を見回した。
「もしかして、江ノ木くんの下の名前って……」
「新治さん、鋭いね」
「え? 下の名前?」
「……僕、『夏生』だから」
観念したのか、夏生は嫌そうな顔をしながら話しだす。
「『夏』に『生』まれるって書いて『夏生』。で、誕生日は八月」
「あ、あー……。そうなんだ……」
「夏生、自分の名前気にしてるから……」
「うるせー」
夏生が不機嫌な理由に納得が行ったところで、話はアキラと夏生の誕生日に移った。
「江ノ木くんって八月のいつ生まれ?」
「一九日」
「え?! 今週じゃん」
「わーじゃあちょうどいいしさ、アキラちゃんといっしょに誕生日会やろうよ!」
「いや、僕は……」
「俺はいいと思うよ」
「よーし、じゃあ決まりね!」
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