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ざんねんながら、どうしても、運命です

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 あずさつかさは二卵性双生児だ。しかし見た目は一卵性と間違えられるくらいには、似ている。目の形、鼻の形、唇の形、それらの位置。似ている箇所は挙げればキリがない。

 同じ日に生まれて、同じ男で、双子で……。だから、梓はなんとなく宰と自分は同じモノのような気がしていた。

 思っていること、やりたいこと。そういうことをすんなりと共有できる相手。唯一無二の兄弟で、友人。梓と宰はそういうモノだった。

 けれども、どこまでも同一の存在だと思い込んでいたのは梓だけだった。

 ある日連れて行かれた病院で、梓は自分と宰は違うモノなのだという決定的な証拠を突きつけられた。

 梓はアルファで、宰はオメガ。

 それが示す事実と現実の深い部分など知らずとも、梓は直感的に宰と自分とのあいだには深い溝があるのだと知った。

 困惑する母親と、ただ緊張しているだけなのか、無表情の宰。そしてぽかんとマヌケ面を晒す梓。

 梓は表情のない宰を見て、彼がどこか遠いところへ行ってしまったような気になった。


 宰は、オメガらしくないオメガだった。

「オメガらしい」とは、すなわち小柄でアルファの庇護欲をそそるような愛らしさを持ち合わせているということを指していたが、宰は違った。

 まるで梓と離れがたいとでも言うように、宰の体は弟と同じように成長した。一八〇を超える身長、適度についた筋肉、精悍な顔立ち……。勉学の面でも宰と梓はほとんど差が出なかった。

 だからなのか、周囲の事情を知らない者はみな、宰はアルファなのだと思い込んでいたようだ。

 例外はオメガ性を持つ者くらいだった。彼ら彼女らは梓には惹かれても、宰には惹かれなかった。見た目がそっくりなのにも関わらず、オメガは軒並み梓には気を引かれても、宰にはなびかなかった。

「なんで俺に発情期なんてあるんだろう」

 同じように成長しても、梓は梓で、宰は宰だった。

 宰が初めて発情した日に、梓はまたしてもその違いを突きつけられた。

 同じ学校に進学して、同じ制服に身を包んで、同じように日々を過ごして……。

 でも、ふたりはどこまでも、どうしても、別個の存在だった。

「俺に発情期なんてあっても、無意味なのに」

 梓は宰のなにもかもを知っている気になっていた。それはそういう気になっていただけで、現実は違った。

 宰の子宮はどういうわけか未成熟なままで、もはやどれだけ時間をかけても、治療をしても、それは成長しないのだと言う。

 つまり、宰はオメガであるが、子供を産むことができないのであった。

 ベッドで布団にくるまってすすり泣く宰を見て――梓は欲情した。

 本来であれば、近親のフェロモンに対しては反応が鈍くなる。だから抑制剤を服用していれば「間違い」はほぼ起きない。梓はそう聞いていた。

 そしてこのとき梓はオメガのフェロモンに反応しないよう抑制剤を飲み、宰はフェロモンを抑えるための薬を服用していた。

「間違い」は“ほぼ”起きない。はずだった。

 けれども現実に梓は宰に対して明確な性欲を抱いた。

「オメガの発情期なんて、俺には必要ないのに」
「……必要、あるよ」
「……なんだよ」

 泣きながらも自分の体に対して腹を立てているらしい宰の声は、明らかに気が立っていた。

 好戦的な色の言葉。いつもだったら、梓が宰をたしなめてそれで終わるような言葉だった。

 梓の背はじっとりと汗をかいているようだった。熱くて、肌の表面が粟立っているような、感覚。

 この感覚はきっと――

「必要あるよ。だって宰に発情期がなかったら、つがいになれないじゃん」

 オメガは発情期にアルファにうなじを噛まれるという過程を経て、正式なつがい同士となる。

 だから、宰には発情期が必要なのだ。梓は、そう思った。そう思って、思ったことをそのまま言った。

「は?」

 涙が止まったらしい宰は、まなじりをこすりつつ気の抜けた返事をする。

 梓は宰が寝そべっているベッドに近づいて、そのフチに腰を下ろした。

「たぶんだけど、おれたち、運命なんだと思う」


 初めて体を重ねたのは、わりとすぐ。家からも学校からも遠く離れたラブホテル。ビジネスホテルのような利用も想定しているような、そんな場所だったが、宰はマスクで顔を隠していた。理由は「なんとなく」と宰は答えた。

 改めて梓は宰を見た。自分と寸分たがわず同じ顔をした人間がいる。……今は、白いマスクをしているけれど。

 そして改めて不思議だなと思った。双子として生まれて、鏡合わせのような容姿の兄に欲情しているなんて、と。

 部屋は極力シンプルなものを選んだ。広すぎず、狭すぎず、ちょうどよい感じのもの。

「なあ、イヤ?」

 梓の問いに宰はイヤそうな顔をした。

「そういうこと聞くなよ」
「いや、だって合意は必要だろ?」
「もうラブホ入ってるし……」
「でも聞いておかないと」

 丸いベッドに並んで腰かけて、梓は宰に顔を近づける。ふわりと甘い香りが漂った。濃いミルクティーの入ったカップに鼻を近づけたような気になる。

「……抵抗しないなら、共犯ってことで」

 それが梓の最後通牒だった。

 宰は梓と視線を合わせてくれなかった。

 しかし代わりとでも言うように、耳から首筋にかけてが赤く染まっている。

 白い肌、首筋、それからうなじ。

 触った感覚はたぶん自分の首に触れたときと変わらないんだろうとはわかっていたが、それでも梓は確認するように手を伸ばす。

「――んっ、あっ、あぅっ、ああっ」
「宰のナカ、すごい、熱い……うねうねして、ちんこ溶けそう……」
「うぅっ、あぅっ、そんなこと、いちいち言うなっ……!」

 裸になって気づいたが、オメガのペニスはあまり大きくは成長しないと聞いていたのに、宰のそれは梓と同じサイズだった。

 そういう、細かな場所まで同じように成長しているのだと思うと、梓はなんだか宰のことが無性に愛おしく感じた。

 ベッドに並んで寝そべって、互いのペニスを刺激し合って、宰の肛門が愛液で濡れ始めた頃合いを見計らい、梓は兄の上にのしかかった。

 宰の肛門は梓のペニスを難なく飲み込んだ。

 腸内は熱く、腸壁は愛液に濡れてぬるっという感覚と共に、あっという間に梓のペニスを根元までくわえ込む。

 性交の経験がなかった梓は、挿入しただけで装着したコンドームの中にどろっとした先走りがこぼれるのを感じた。

 びくりびくりと動く腸壁の中で、梓は探るように腰を動かす。幸いにも宰が苦しんでいる様子はなく、その内にふたりともが快楽を追求するように腰を揺らし始めた。

 宰のすぼまりは梓に媚びるように幾度となく蠕動を繰り返す。オメガの体は、明らかにアルファの精子を欲していた。

 先に射精したのは宰だった。高い嬌声を上げながら、汗にまみれた体をくねらせて鈴口から白濁をほとばしらせる。

 それを追いかけるように梓は宰の腰をつかんで、ぐいと自らの腰に擦りつけるように引き寄せる。

 梓の亀頭はぐいぐいと宰の粘膜をかき割って、奥にある子宮の入り口に鈴口を擦りつけた。

「あっ、あぅ……あ、出てる……?」
「うん……今めっちゃ射精した」

 びゅっびゅっと飛び出た精子は、コンドームに邪魔されてもちろん宰の子宮には届かない。

 届いたとしても、そこでは子供は育まれない。

 そうとはわかっていても、梓は宰の子宮口に精子を思い切りぶっかけてやりたかった。そこはおれのものだとでも言いたげに。

 そして宰もそれを望んでいた。宰の中にあるオメガ性はアルファ性を求め、そして宰自身も梓を求めていた。

 体を重ねて初めて、ふたりはひとつの存在になれたような気がした。

 それはふたりがずっと求めていたものだった、ということも、体を重ねて初めて知れた。

「お母さんのお腹の中でもこうやっていっしょにいたのかな」

 熱が移ったシーツを体に巻き込んで、梓と宰は並んでベッドに寝そべる。最大限、互いの体を近づけて、手を取り合って額をくっつけた。そうしていると、なんだか安心できた。そして絶対の自信が湧いて来る。相手が自分のことを思っているだろうこと、愛しているのだということ。

「生まれる前からずっといっしょにいたんだから、これからもずっといっしょにいたい」

 梓が大学を卒業して就職して引っ越すと、宰もそれについて行き、家事を一手に担うようになった。梓は一般的に「いい会社」と呼ばれるようなところに就職したものの、まだふたりでの生活は苦しい。それでも、ふたりはいっしょにいられるだけで満足だった。

 両親はそれを心配していた。宰には政府が主催するマッチングイベント――要は婚活パーティー――を勧めたし、梓に対しても似たような反応だった。

 だからふたりは言った。一生、ふたりで暮らすつもりなのだと。年末を前にして帰省したさなかのことだった。

 両親は一拍置いてから、ふたりの言葉の意味するところに気づいたようだった。けれども彼らは怒ることも嘆くこともなく、ただただ困惑していた。痛々しいほどに。

「もう帰るの?」

 帰り支度を始めた梓の背に向かって、母親が声をかける。それに梓は「うん」と答えた。言いたいことは言い切ってしまったので、それ以上は会話にならなかった。

「雪だ」

 乗用車に乗り込むときに宰が空を見上げて言った。「じゃあ早く帰らないと」そう言いながら暖房をつける。

 走り出した車内は、しばらく沈黙に包まれていた。

「帰ったらホットココアが飲みたいなー。うんと甘くしたやつ」
「いいね。おれもそうしよ」

 それを皮切りに他愛のない会話が車内を飛び交う。

 車は帰路を進む。運命のふたりを乗せて、ふたりが帰るべき場所へと進む。

 次第に大降りの牡丹雪がフロントガラスに降りつけて、貼りつく。梓はふとそれが、ふたりの行く末を暗示しているような気になった。

 それでも車は進んでいく。降り始めた雪なんて、なんとでもなかったから。

「今日は寒くなりそうだから一緒に寝よう?」
「……エロいことする気だ」
「しないって。……でも、今日は一緒に寝たい気分だからさあ」
「……仕方ないなあ」

 信号待ちのさなかに見た宰の顔は、ほがらかに緩んでいた。
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