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一:此れはこの世のことならず

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「蓮珠、上に不動明王を探しに行ってはきてもらえぬか」
「不動……って、泰広王のとこの暴れん坊?」
「そうじゃ」
 杓で自分の肩をトントンと叩く閻魔王の前にだらしなく座り込んだ蓮珠が首を振る。
「なんで俺が別の庁の奴の面倒見なきゃいけないんだよ」
 そんなの嫌だね、とパタパタと手を振ると閻魔王はわざとらしくため息を吐き、肩をすぼめた。
「そう言われてものう。わしや他の王は亡者の相手をせねばならんのじゃ。元々の仕事はこちらじゃろうに……引き受けてくれぬのか?」
「うん!」
 深く深く頷いたら、閻魔王は苦笑した。
「……俺がさ、全部面倒見るわけにはいかないんだよ。俺には何も出来ない、何も……」
「しかし、蓮珠が向こうてくれねばわしだけではなく、その人間もさらに苦しむことになるのじゃよ。蓮珠が上で人の罪を見ていてくれるからこそ、わしは迷わずに自分の子孫を裁くことができるのじゃ」
「俺だって、それは一緒だ。お前が此処にいてくれるから、俺はまた人に出逢える」
 ほうと微笑むと、閻魔王が手を伸ばしてくる。髪を撫でる手が優しくて、あんまりにも心地良いものだから、そのままされるがままにされておく。
「わしと其方は、同じじゃ。……たとえ誰かが傷つけたとて、わしは永遠に此処におる。苦しくなればいつでもわしが傍におる」
人間は二つの心を持っている。それは、簡単に言うと、善と悪の心だ。だけど、俺や閻魔王はそうとはいかない。俺は存在が存在だから悪の心を持っていてはいけないし、閻魔王は善の心を持っているが、持ちすぎてはいけない。なぜなら、人を裁くという仕事をする閻魔王がその心を持ちすぎると、優しさ故に自分を殺してしまう可能性が出てくるからだ。
「解っている。俺が帰ってくるのはいつだってお前のところだ」
 最初に死んだ人間、それが俺の目の前にいる大きな子ども。俺が、一番最初に胸の内に抱いた愛しい子ども。
「じゃったら、行ってくれんかの。上に行く力を持った者は少ないのじゃ。わしには蓮珠しかおらんのじゃよ」
 短く息を吐き出すと、蓮珠は体勢を正した。
「よく言うよ。確かに上に上がれる奴は少ないけど、俺以外にもいるじゃないか」
「例えば、篁」
「は?」
「篁などに行かせれば良い、ということかの?」
 ピクリと体を震わせた蓮珠が見ると、閻魔王はにまりと笑った。人の反応を楽しんでいる顔だ、これは。
「そこで何故あれを出す。あれはすでにこちらの者だろ。上に行くにはあれの体に負担が掛かる」
 ふん、と蓮珠がそっぽを向くと閻魔王はくふくふと笑い声を立てる。
「随分と気に入っておるのだな」
「あれは俺を他と同じように扱うし、気を使わなくてもいいから楽なだけだ」
 ふむ、と閻魔王が息に似た声を出した。
「人を信じることはまだ出来んか?」
「そんな簡単に出来たらとっくの昔に治っているさ」
 蓮珠がそう言うと、閻魔王は苦笑して、
「ここは居心地が良いか?」
 と訊いた。
「ああ、いいよ! ありがとうなっ」
 笑って返すと、閻魔王も微笑む。
「そうか、それは良かった」
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