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凱旋編
5.慕情に服す
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行く手を拒む魔物を、全身に武器を仕込まれたメルサンが撃ち倒していく。エディスたちは彼女から逃れた魔物を倒すだけでいい。それでも汗が噴き出すくらいだった。
前を走っていたシュウが急に立ち止まり、エディスは彼の背中に鼻をぶつけた。ぅ゙っと言ってよろめいたエディスの両肩を、レウが掴む。
どうしたんだと言おうとしたら、シュウが一歩前に進んだ。
「……親父」
驚きに満ちた声に、エディスもえっ!? と肩を跳ねさせる。
そこにいたのは、黒衣の男だった。緑がかった黒髪が風に吹かれてサラリと横に流れる。見ているだけで体が震えそうになるほど色気のある男は、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「顔を見せるのは何年ぶりだ。ん?」
艶めく革靴を履いた足で、歩いてきた男が片腕を伸ばしてシュウを抱く。
「元気そうだな。北部の気候が合っていたか」
「全然、向こう寒すぎ」
「レストリエッジの息子に迷惑かけていたんじゃないだろうな」
軽口を言い合う様子は、普通の親子のようだ。シュウが安心したように笑っている様子を、エディスは小さく口を開けて見入る。
「それより……親父、紹介したい奴がいるんだけど」
名前を呼ばれて肩が跳ねる。ドクドクと緊張する心臓を布の上から押さえて、口を開く。
「は、はじめまして」
黒々とした目がこちらを見――僅かに瞠った。形の良い口が「殿下……」と呟く。
上質な外套の裾をはためかせて近づいてきた黒衣の男は、エディスの目の前で跪いた。
「ご無事でなによりです」
白い瞼を伏せ、片腕を前にやり静々と言葉を口にする――王家への忠誠を感じる素振りに、エディスは困惑した。
「親父、エディスが驚いてるから」
シュウが肩を叩くと、シュトーは口の片端をひくつかせる。
「お前、殿下のことを呼び捨てにしているのか」
その低い声に血の気が引いたのはシュウだけじゃなかった。ゆらりと煙のように立ち上がったシュトーが、下から突き上げた拳で息子の顎を殴った。
慌ててエディスがシュウを受け止めて「親父さん!」と叫ぶ。
「殿下に親父と呼ばれる謂れはないな。シルベリアくんくらいだ」
(あっ……認めてるんだ)と思いはしたが、とてもじゃないが口にはできない。
「そこらのガキじゃないと何度言ったら分かるんだ。殿下、愚息の無礼を許していただきたい」
「おや……シュトーさん、俺はシュウのことを兄貴みたいだって思ってるから……!」
そんなに怒らないでほしいと手を握ると、シュトーはふっと息を零して笑った。
「殿下の温情に感謝します。殿下に助けられたな、シュウ」
「思いっきりぶん殴っといてそりゃねえだろ、親父……」
いってえよと顎を擦るシュウを、父はフンと鼻で嗤う。「これくらいで」と罵る声が小さくとだが、しっかりと聞こえてエディスはとんでもねえ親父だなと顔を引き攣らせる。
リスティーの父親であるドールもある意味面倒臭い男だが、シュトーはその上をいっているように思えた。
「殿下。私は長居していられませんので、失礼いたします」
ですが、と僅かに頭を下げたシュトーがエディスの手を取る。
指先に触れるか触れないかの距離にある唇から、驚くべきほどの言葉が出てくる。
「王たるべき、あなたの吹き込む風があれば民衆も元に戻りましょう。あの女狐の煙など、いずれ晴れます。民衆の目が腐っていなければ」
シュトーは手を離してまた頭を下げる。
スーツの胸ポケットから煙草を取り出すと、おもむろに口にくわえて吸い込む。離して、すぼめた口から煙を吐き出した。
【悪垂れのレディウスよ】
シュトーが腕を前に出して唱えると、煙は大きな烏に姿を変えた。その背に足を組んで乗ると、エディスの方へと顔を向ける。
「あなたに数多の幸せがありますよう、遠くから想っております」
似ている父子だが、笑顔は息子よりも柔らかい。ほんの少しだけ口角を上げ、鋭い眼光を和らげた笑い方だった。
エディスは去っていく大烏に見惚れていたが、強い力でレウに引っ張られる。覆い被さるように抱き締めてきた彼の手と腕に耳を塞がれる。破砕音が近くからして、風に服がバタバタとはためく。
「エディス、また魔物が集まってくるぞ!」
シュウが叫び、エディスは頷く。だが、どうしても聞いておきたいことがあり、唾をのみ込んでから口を開いた。
「親父さんと仲良かったんだな」
「は? そんなこと、今気にすることじゃ」
「俺はシュトー・ブラッドはキシウと組んでいるんだと思っていた。でも、違うのか?」
ぎゅうっと手を握る。唇を噛み締めて俯いて、違うと言ってくれと目を閉じた。信じていた足場が割れていく音が聞こえてくるようで、耳の内で心臓が立てるドクドクという音が大きいように錯覚する。
「なに言ってんだ、お前」と放心した様子のシュウが呟く。
「俺の親父は、陛下の協力者だぞ」
前を走っていたシュウが急に立ち止まり、エディスは彼の背中に鼻をぶつけた。ぅ゙っと言ってよろめいたエディスの両肩を、レウが掴む。
どうしたんだと言おうとしたら、シュウが一歩前に進んだ。
「……親父」
驚きに満ちた声に、エディスもえっ!? と肩を跳ねさせる。
そこにいたのは、黒衣の男だった。緑がかった黒髪が風に吹かれてサラリと横に流れる。見ているだけで体が震えそうになるほど色気のある男は、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「顔を見せるのは何年ぶりだ。ん?」
艶めく革靴を履いた足で、歩いてきた男が片腕を伸ばしてシュウを抱く。
「元気そうだな。北部の気候が合っていたか」
「全然、向こう寒すぎ」
「レストリエッジの息子に迷惑かけていたんじゃないだろうな」
軽口を言い合う様子は、普通の親子のようだ。シュウが安心したように笑っている様子を、エディスは小さく口を開けて見入る。
「それより……親父、紹介したい奴がいるんだけど」
名前を呼ばれて肩が跳ねる。ドクドクと緊張する心臓を布の上から押さえて、口を開く。
「は、はじめまして」
黒々とした目がこちらを見――僅かに瞠った。形の良い口が「殿下……」と呟く。
上質な外套の裾をはためかせて近づいてきた黒衣の男は、エディスの目の前で跪いた。
「ご無事でなによりです」
白い瞼を伏せ、片腕を前にやり静々と言葉を口にする――王家への忠誠を感じる素振りに、エディスは困惑した。
「親父、エディスが驚いてるから」
シュウが肩を叩くと、シュトーは口の片端をひくつかせる。
「お前、殿下のことを呼び捨てにしているのか」
その低い声に血の気が引いたのはシュウだけじゃなかった。ゆらりと煙のように立ち上がったシュトーが、下から突き上げた拳で息子の顎を殴った。
慌ててエディスがシュウを受け止めて「親父さん!」と叫ぶ。
「殿下に親父と呼ばれる謂れはないな。シルベリアくんくらいだ」
(あっ……認めてるんだ)と思いはしたが、とてもじゃないが口にはできない。
「そこらのガキじゃないと何度言ったら分かるんだ。殿下、愚息の無礼を許していただきたい」
「おや……シュトーさん、俺はシュウのことを兄貴みたいだって思ってるから……!」
そんなに怒らないでほしいと手を握ると、シュトーはふっと息を零して笑った。
「殿下の温情に感謝します。殿下に助けられたな、シュウ」
「思いっきりぶん殴っといてそりゃねえだろ、親父……」
いってえよと顎を擦るシュウを、父はフンと鼻で嗤う。「これくらいで」と罵る声が小さくとだが、しっかりと聞こえてエディスはとんでもねえ親父だなと顔を引き攣らせる。
リスティーの父親であるドールもある意味面倒臭い男だが、シュトーはその上をいっているように思えた。
「殿下。私は長居していられませんので、失礼いたします」
ですが、と僅かに頭を下げたシュトーがエディスの手を取る。
指先に触れるか触れないかの距離にある唇から、驚くべきほどの言葉が出てくる。
「王たるべき、あなたの吹き込む風があれば民衆も元に戻りましょう。あの女狐の煙など、いずれ晴れます。民衆の目が腐っていなければ」
シュトーは手を離してまた頭を下げる。
スーツの胸ポケットから煙草を取り出すと、おもむろに口にくわえて吸い込む。離して、すぼめた口から煙を吐き出した。
【悪垂れのレディウスよ】
シュトーが腕を前に出して唱えると、煙は大きな烏に姿を変えた。その背に足を組んで乗ると、エディスの方へと顔を向ける。
「あなたに数多の幸せがありますよう、遠くから想っております」
似ている父子だが、笑顔は息子よりも柔らかい。ほんの少しだけ口角を上げ、鋭い眼光を和らげた笑い方だった。
エディスは去っていく大烏に見惚れていたが、強い力でレウに引っ張られる。覆い被さるように抱き締めてきた彼の手と腕に耳を塞がれる。破砕音が近くからして、風に服がバタバタとはためく。
「エディス、また魔物が集まってくるぞ!」
シュウが叫び、エディスは頷く。だが、どうしても聞いておきたいことがあり、唾をのみ込んでから口を開いた。
「親父さんと仲良かったんだな」
「は? そんなこと、今気にすることじゃ」
「俺はシュトー・ブラッドはキシウと組んでいるんだと思っていた。でも、違うのか?」
ぎゅうっと手を握る。唇を噛み締めて俯いて、違うと言ってくれと目を閉じた。信じていた足場が割れていく音が聞こえてくるようで、耳の内で心臓が立てるドクドクという音が大きいように錯覚する。
「なに言ってんだ、お前」と放心した様子のシュウが呟く。
「俺の親父は、陛下の協力者だぞ」
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