【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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凱旋編

6.無意識のピースは手のひらの上

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「親父が敵って、なんでそんな勘違いが」
「継承戦の近臣は終われば記録に残されないだろ。重用されてなかったら知らねえよ」
 困惑を隠せない様子のシュウに見られ、エディスは「あ……」と呟く。
(嘘だろ、じゃあ、なんでアイツは……)
 膝から崩れ落ちたエディスの肩をレウが支える。駆け寄ったシュウにもどうしたと尋ねられるが、エディスは首を振って返すのが精一杯だった。
 レウに顔を覗かれても、下を見て考えこんだままだ。揺らぐ視線は、彼の心の迷いをそのまま表していた。
 両手で口を覆っていたエディスが「惑わせの魔法か……」と呻くような声を絞り出す。その顔色は真っ白で、今にも倒れそうだった。
「キシウがビスナルクに惑わせの魔法を掛けたんだ」
「ビスナルク教官!?」
 エディスの言葉をシュウは驚いたが、額に手を当てて目を閉じて――「クソババアのやりそうなことだ」と声を低めた。
「……あの人なら流言を広めやすい」
「中央の教練場にいる女教官だよな? それこそおかしいだろ、彼女は陛下の元騎士だぞ」
 教官と訓練生以外に接点のないレウが訊くと、エディスが頭を振って肯定した。
「教官なら新人隊員に”ブラッド家は悪”だと印象付けやすいからな……」
「味方が言うならって思う奴もいるだろうし、親父を独占する為なら、あの女は確実にやる」
 なんでもかんでも自分の意のままになると思っていやがると、渋面を崩さないシュウが親指の爪を齧る。誰も注意をする者がいないのをいいことに、ガリガリと短い爪に苛立ちをぶつけた。
 エディスは立ち上がって、「クソッ」と叫んで自分のこめかみを殴る。
「エディス様!?」
 ビスナルクに惑わせの魔法が掛かっていたことを知っていた。それなのに、掛けたのが誰かまでは考えていなかった――いや、考えたくなかったのだ。
「なんで……なんで俺は、今までこんな簡単なことにも気が付かなかったんだ!」
 馬鹿じゃねえかと再度自分を殴ろうと振りかぶった手をシュウが掴む。歯噛みして、自分の失態を悔いるエディスに向かって首を振る。エディスも唇を噛むことで気持ちを抑え、顔を上げた。
 エディスがその腕を掴み、口から離させる。シルベリアに怒られるぞと言うと、シュウはようやく気付いたらしく気まずそうに手を下ろした。
「親父が”あの成金”って言ってて。俺がエディスって名乗った途端、命令されていたみたいにベラベラ喋り始めたんだ。王妃が魔物……ギールと情を交わし合っていたとか、キシウがブラッド家に無理矢理連れていかれたとか。そんなことをさ」
「なんだそれ。陛下は本当に魔法が効かない状態なのか?」
「俺だって、そんなの分からねえよ!」
 聞かれても、エディスにだって分かりやしない。
 父親と思わしき人物と直接対面したのは、軍に入る前に会ったきりだ。シュウのように気安く話しかけられるような間柄ではない。
 今とて、同じ城内に住んでいて、顔を会わせたことが一度もなかった。エディスが暮らしているのがキシウが用意したおんぼろの離宮なのも影響しているのだろうが。
(待てよ、だとしたら――アイツも、シュアラロが言っていたことも本当かどうか、怪しいんじゃないのか)
 あまりに異様だったので、エディスは王が惑わせの魔法に掛かっていると予測したのだ。それが本当だとしたら。
「エドに確かめてみないと分からないけど、暁の舞台に現れたのは俺の親父じゃないと思う」
「親父じゃないって、替え玉だっていうのか?」
「精巧に作ったアンドロイドってことか?」
 レウとシュウの声が重なって、二人は互いがいる方の眉をひそめる。互いにそんなことできるわけねえだろという風だ。エディスは「替え玉もありえるけど」と否定はせず、シュウに顔を向ける。
「そんなアンドロイドを作れる人がいるのか?」
「親父の秘書だったサーチェスなら」
 どこかで聞いた名前だ。どこでだったかと思い出して、ああそうだと納得した。レイアーラが能力者になった時、シュウを軍まで迎えに来た男だ。
「シルベリアが陛下の部屋に出入りしていたって言ってたからな。結局、キシウに操られているのが分かって親父がクビにした」
 ありえるのでは? あれは自分の血の繋がった父親ではなかったのではという期待が膨らんでくる。
「シュウ。俺、トリエランディア大将から親父たちの継承戦の記憶媒体を貰ったんだ」
「あの人そんな物を持ってたのか」
 シュウが苦い顔をなり、食えないオッサンだなと肩を竦めてライフルを抱え直す。
「俺、ちゃんと知らないと……って、なんか来るな」
 エディスは顔を横に向け、剣に手を触れて警戒体勢になる。
 何事かと他の者も同じ方向を見ると、空間に切れ込みが入る。浮かび上がった白いドアが開かれ、中からレイケネスが顔を出した。
「ああ良かった、あんまり遅いから心配したんだよ」
 堂々とやって来たレイケネスはシュウを見て、おやと目を瞬かせる。
「君はシュウくんだね! レストリエッジくんから噂はかねがね」
「……シルベリアから?」
 レイケネスに手を差し出されたシュウの頬がひくりと引き攣った。
「ああ。引く手数多の彼には魅了してやまない幼なじみがいる、というのは有名な噂でね。いやあ、一度会ってみたかったんだ」
「はあ……!?」
 アイツは一体なにを言ったんだという顔が怒りで赤くなるのは一瞬だった。後ろを振り返ってコイツは誰だという顔をしてくるシュウに、エディスはため息をついて手で指し示す。
「こちら、ボステルクの領主だ」
「は……ボステルク!? はあッ? じゃあアイツ、勉強もしないで……っ」
「いやいや、成績は上も上だよ、アリステラの次席なんてなかなか取れるものじゃないさ」
 懐かしむレイケネスに、シュウは唖然として口を半開きにしたまま突っ立つ。
「ああ、俺は直接話したことはないよ。ただ、休暇届にシュウと会うから、シュウが面白い機械を作ったから、シュウが寂しがるから……って、シュウくんってどんな子なんだろうって想像が膨らんだよ」
「あ~……まあ確かにレストリエッジはうるさかったな」
 だが、レウにそう言うとシュウの肩が小さく跳ねた。そして、ギロリと睨み付ける。
「お前は人のこと言えないだろ。エディス、こんな女たらしを愛人にするなんて、なに考えてんだ!」
 いきなり怒鳴られたエディスが驚いて目を大きく開くと、レウが腰に手を当てて引っ張ってきた。
「今はもう遊んでねえよ。言っておくけど、レストリエッジは協力してくれたぞ」
「はあ!? アイツなに考えてんだ!」
 俺にアイツは遊び人だからって言ったの自分だろと拳を握ったシュウが急に無表情になったので、エディスはレウの胴にぎゅうっと抱き付く。シュウが本当に怒った時の顔だと知っているからだ。
「別れる」
「え……」とエディスは青ざめたが、シュウは背中を向けるし隣のレウはため息をつくので余計に慌ててしまう。
「さっさと合流するぞ。この茶番を終わらせて、アイツに電話で別れるって言ってやる」
「や、やだ! やだ、そんなこと言うなよ!」
 レウから体を離し、腰に当てられた手も振りほどいて、歩き出したシュウを追いかける。レイケネスも後を追い、恋愛は当人たちの自由だとフォローに回った。
 手を握って引き留めようとすると、肩を掴んで引っ張られる。
「フレイアムならともかく。変態と年上の男には気を付けろって言っただろ」
「な……なんで駄目なんだよ。俺だって、もう大人に」
「お前が”大人”になるのを待ってただけだろ、ソイツは! 仔羊のまま食うのも自分で熟成させるのも変わらないぞ」
 指で示されたレウは目を丸くしたが、すぐに憮然とした顔になった。
「人を変態扱いしやがって……だからアンタの兄貴は面倒だって言ったんだよ」
「へえ~~、帰ってきたからな、これからは邪魔してやる」
 エディスは思わず「えっ……」と声を出してしまった口を、ぱたりと手で塞ぐ。それを上から見ていたレウは満足そうに微笑んだが、シュウはお前な~~と握った拳をエディスのこめかみに当ててぐりぐりと押し込む。
「そんな風に育てた覚えはないぞー……」
「いたたっ、育てられてねえって」
 後ろからその様子を見ていたレイケネスは「兄弟仲がいいねえ」と微笑まし気にしていたが、不意にレウの方に顔を向けてにこりと笑った。
「これは前途多難だね」
「アンタ、どこまで知ってるんだか」
 指で腕を突いてきたレイケネスの目は、なにもかもを見透かしているようでレウは敵わないなとため息をついた。
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