【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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凱旋編

10.運命確変④世界が悪夢から目覚めて

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「あのバルコニーのところにおられるの、国王陛下じゃないかしら?」
 城に近づいてきた時、デューが放った一言が周囲に響いた。驚くほどに声の通る女は「ほら、一番上の……あら? でも誰かといるのね」と首を傾げる。
 つられて見たエディスは息を呑んだ。
「あれは……クローレッツ様じゃないか?」
 そこには、ビスナルクが立っていたのだ。彼女は見慣れぬ軍服を纏い、自らに化粧を施していた――ミシアの寝室にあった写真と同じように。
「やめろォッ!! そんなことをして、」
「聞け、民衆よ! 私は<月光王>の騎士、ビスナルク・クローレッツ!」
 立ち上がったキシウが叫んだのを掻き消すように、ビスナルクは大声を出した。普段から訓練場で大勢の新人兵士に師事するビスナルクは、デューと変わらないくらいに声が通った。
「私はキシウ・ティーンスにまどぅ、まぎッ、ぎ、ギギッ、」
 体を捻じ曲げ、海老反りにさせたビスナルクの口から大量の血が吐き出される。
「惑わせの魔法をっ、掛けられている!!」
 息も絶え絶えに宣言したビスナルクに、民衆が揺れる。さざ波は大きな波へと変わっていき――全ての目が、キシウへと向けられた。
 顔を石のように白くさせたキシウは、赤く塗った唇を震わせて目を血走らせる。
「これは謀反よ、あの女は私を陥れようとしているのッ」
 谷間を強調させた胸に手を当て、唾を吐いて主張する女に民衆は冷ややかな視線を送る。
「惑わされるな、皆の者! この女は王宮に――いや、この国に蔓延る闇そのものだ。忘れたか、フィンティアどもと共謀して起こした事件を!」
 ヒッと引き攣った声を出した民衆が、頭を抱えた。
「そうだ……なんで俺はあんなことを忘れていたんだ」
「この女はテロリストじゃないか!!」
 中央を燃やそうとしただろと怒鳴られたキシウは、忌々しそうに舌を打つ。
「憲兵、あの痴れ者を捕らえよ!」
「ああ嫌だ、昔に戻ったようだわ」
「エディス王妃……助けてくださいな」
 子どもを抱き締める母親が、どこに行ってしまわれたのと涙が滲む目を閉じる。
「ああもうッ、あの馬鹿女が余計なことをしてくれたせいだわ! デュー、お前もよ。後で覚えていなさい」
 地団太を踏んだキシウは、デューの淡い金髪を掴んで乱暴に引っ張った。彼女の口からキャーッと大きな悲鳴が上がり、また注目を浴びる。
「デュー様になにをするの、おばさん!」
「しんっじられないぞ、ぼぼぼ僕怒ったからな!」
 キシウはフンと鼻を鳴らすと、腕を横に薙ぎ払ってデューを馬車から落とす。
「おいおいおいッ、結成する前から仲間割れしてんじゃねえって!」
 近くにいたマディが腕を伸ばし、もろとも落ちていく。一連の流れを見守っていたシュウが車を止めて背を伸ばす。しばらくして「……大丈夫そうだな」と言って車をまた動かす。
 そのまま王宮の門を通り、庭を突っ切っていく。ビスナルクたちがいた主館の前に着くと、エディスは飛び降りて走り出す。
 中へ入り、階段を駆けあがる。こみ上げてきそうになる激情を胸の内に抑え込む。
 バルコニーがあった部屋に突入した時、ビスナルクが剣を構えた。
「止めろ――ッ!!」
 彼女は見事な手腕で、王の頭を落とした。そして、飛んだ頭を掴んで「見ろ!」と突き出す。
「これは王ではない、キシウが作らせたアンドロイドだ!」
 そう叫んだ彼女の上半身がこちらを向く。あまりの出来事に腰を抜かしそうになったエディスの背を、後ろから追ってきていたレウが支える。メルサンが指を口元に持ってきて「気付け薬です」と言ったので、白い煙を吸い込むと息が楽になった。
 何度も床で跳ねまわって、壁にぶつかることで止まったビスナルクの元へ走る。
「ビスナルク! おいッ、」
 膝の上に抱き上げると、頬に生温かいものが飛び散った。
 そこに、ビスナルクの大きくて剣だこやマメでぶ厚くなった手が触れる。大きく見開いた目に、苦痛に歪んで――崩れた笑みが映り込む。
「なんで、なんでこんなことしたんだよ!」
「お、まえ……の邪魔者を、私が消しておきたかったんだ」
 ずっと悪いことをしていたと言う女に、エディスは首を何度も振る。そんなことはないと言うのは簡単で、そして彼女を傷つけてしまう。
「君が、私の子どもだったら良かったのにな……」
 びすなるくと、名前が声にならない。彼女を母と呼べれば、どんなにか良かったことだろうかとエディスは嗚咽を漏らす。
「そうすれば、こんなに世界はくずれなかったのに」
 呟いたビスナルクはエディスの胸を押して膝から転げ落ち、血で線を描いていく。手を床に突いて、腕の力だけで這いずっていった彼女は、ガラクタと化したアンドロイドを抱き上げた。
「愛しております、陛下」
 満足そうに微笑んで、バルコニーの向こう側へ消えていく彼女たちを追って、エディスは走った。上がった悲鳴にエディスの心臓がわし掴まれる。握ったバルコニーから覗き込んだ景色に体が震え、片手で口を押さえた。大粒の涙が溢れ、崩れ落ちそうになるが――それでも、大勢の目は彼を見張っていた。
「エディス王子、頑張って!」
「父の敵を取ってください、あの女に粛清を!!」
 打ち付けてくる大波に、エディスは引き攣られるように息を吸う。
「我が父を陥れ、国を混迷させん冷酷非道な者を許してはおけない。俺は――」
 想いを背負うだけで国が変えられるのか、誰かになれば英雄に、王になれるのだろうか。エディスは己に問いて――そして、首を小さく振った。
「俺は、父の手も母の温もりも知らない。奴隷の歌を子守唄代わりに聴いて育った」
 聞け、全ての希望になってやると。這いずってでも生きている奴がいるのだと、知らしめる為に自分の言葉を口にする。
「この国に巣食う闇は晴らす。誰も犠牲にすることのない国に俺がしてみせる!」
 地を這う者が割った火薬玉が、暗くなってきた空に光を作る。祝福するように、輝かしい日であったかのように。
 いつしか人々は我も我よと手を打ち鳴らし、新たな王になりゆく青年を出迎えた。
「エディス、これ貸してやるよ。辛くても見ておいたらいい」
 壁の向こう側に隠れていたシュウが出てきて、双眼鏡を渡してくる。それを覗き込んで辺りを見渡すと、民衆の中で静かに見つめてくる目がいくつかあった。
 オウルに手を貸されてドラゴンから降りたデュークの、「へえ、言うじゃん」とでも言いたげな小憎たらしい笑み。乱れた髪を手で梳かすデューを膝の上から抱き起す、マディの呆けたような顔。
 彼らと手を取れる日は本当に来るのだろうかと揺れそうになった心を、己で奮い立たせる。
「第三歩目、ってとこかしらね」
 隣に来たリスティーが肩にマントを掛けて、エディスの汚れた衣服を隠す。
「そうかもな……」
 今でもあの奴隷用の通路や路地裏で俯いて膝を抱えていたくなる。惨めったらしく生きるのは嫌だと、迷い子の自分が泣きわめいている。
「あの人はとっくの昔に壊れていたんだ」
 悼むように眉を寄せるシュウが慰めるように、慎重に言葉を口にした。
「……ああ」
 エディスは屹然と顔を上げる。遠く棚引いていく白い雲、水色の空はこんなにも清々しく、美しいというのにエディスの心は晴れない。
 振り返ったエディスは、己の信頼に応えてくれた者たちの顔を見渡す。
 なにも言わず歩き出したエディスの背ではためくマントには引かれる袖がなく、それが悲しいように感じられた。
(ごめん、ビスナルク。王様――……)

*** *** *** *** ***

第2部完結です!
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