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別離編
1.love you to the moon and back
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駅のホームに降り立ったエディスは、頬をくすぐる風の冷たさに微笑む。
立っているだけで汗ばむような空気だった南とは大違いだ。
「おかえり、エディス」
出迎えてくれた者に、エディスは肩を竦める。
「厳つい出迎えだなあ。華もありゃしねえ」
「そう言うなよ、上司自ら来るなんてねえぞ」
ガッチリと筋肉のついた腕で首を絞められたエディスはぐえっと潰れた声を出し、苦しいと腕を叩く。
「まあなんにせよ、よく無事に帰ってきたな。任務達成、でかした! 勲章ものだぞ!」
力を緩ませたミシアの腕に、おう! と満面の笑みを浮かべてぶら下がった。そのまま回るミシアとエディスを、客車から出てきたばかりのジェネアスがなにしてるんスかと呆れた目で見る。
「もー、目立ってますし帰るッスよ」
ほっといて先に帰っちゃうッスよとジェネアスが荷物を持って歩き始めたので、エディスは慌ててミシアの腕から離れて追いかけていく。だが、すぐに戻ってきてミシアの腕を引っ張る。
「ミシア、早く! 車で来てくれたんだろ」
はいはいと言ってついていくミシアに、周りにいた軍人が仰天して目線を交わし合う。それを気にも留めずに突っ切っていく三人は駅から出て行き、随従してきたミシアの部下を捜す。だが見つからない。休日だからか駅前にやたらと人が多いのだ。
「すっごいかっこいー……」
「え、でもさあ巡回中だったりするんじゃない? それか、貴族でお迎えを待ってるとか!」
特に色めき立っている女性が多く、一体なんの騒ぎなんだとエディスは首を傾げる。
「……あれ? てっきりアイザックが来てると思ったんだけど」
「アイツは任務中だ。だからー……おお、いたいた」
あそこの、とミシアが指差す方を目で辿っていくと、軍の車に凭れ掛けている長躯の男がいた。
目にかかりそうな長さの白金の髪が風でふわりと揺れる。遠くを見つめている横顔だけで絵画になりそうな美貌で、なるほど先程から騒いでいる女性たちはこの男を見ていたのかと納得した。
軍属ではなく、舞台俳優みたいな顔とスタイルだな。
そう思って見ていると、切れ長の淡い緑の目がこちらを捉えてき――ふ、っと皮肉めいた笑みを浮かべた。
え? と動揺するエディスの方へと彼は体を向けてくる。歩き方がまた様になっていて、それだけでエディスの周りにいた女性が悲鳴を上げた。
纏わりついてきて邪魔だという意見もある軍服の裾を長い脚でさばき、顎は上げて口元には自信が満ちた笑みを。嫌味なくらい男として洗練された美しさだ。視線が奪い取られていく。
「お待たせしました、ルイース大佐」
向こうから近寄ってきて、「おかえりなさい、軍師准尉。お待ちしていましたよ」と胸元に手を当てて微笑みかけられる。声を掛けられて初めて、エディスは自分が我も忘れてこの男に見入っていたことに気が付いた。
「あ……えっと。待たせた……の、か?」
よく任務を共にしていたアイザックのことはエディスにとっても印象深かったが、この軍人と会ったのは一度きりだ。所属は覚えていても名前は知らなかった。なにせ救援に行った時に出会ったくらいの思い出しかないのだから。
エディスの長い左髪を手にした男に口づけられると、斜め後ろにいた女性が倒れる。見かけ通りキザな奴だなと顔を顰めながら髪を握って奪い返し、ミシアの腕を肘で突く。
「コイツをお前に紹介してほしいって頼まれてたんだよ。これからこういうのも増えるぞー、お前に部下をつけることになったからな」
まあ授与式が終わってからだがなと親指で差された彼は、覚えていますかと期待の目をこちらに向けてくる。
「……えーっと。レリン峡谷の討伐隊にいた奴……だよな?」
「覚えていただいていたようで光栄です」
いや悪い、名前は知らないから名乗ってほしいと言えずに上目がちに見つめていると、後ろからミシアが口出ししてきた。
「デイヴィス准将の隊に所属してる――おい、ニヤついてないでお前が名乗れ」
「はあ? 忘れたのか」
下唇を撫でてくる手を払い落としたエディスは首を振り「悪いが名乗ってもらった覚えがない」と白状した。すると唖然とした顔つきになり、次いで憮然と口を引き結ぶ。
「レウ・バスターグロスだ」
途端に腕を組んで尊大な態度になったレウになんなんだよと噛みつきかけたが、ミシアに肩を叩かれて前につんのめる。よろけたところを抱き留めてくれたレウに礼を言おうと顔を上げると、そっぽを向かれた。
「他の奴はまた今度紹介してやる。ああ、アイザックはお前の部隊に入ることが決まったからな」
「部隊って、なんの話――おい、説明しろよ!」
ほら行くぞと言って歩いていったミシアの後をジェネアスが追いかけ、二人してさっさと軍の車の後部座席に乗り込んでしまう。
またなにかを勝手に決めたらしいミシアに憤慨したエディスは腕を組んで足をタンタンと鳴らしていたが、「なに、彼氏に置いてかれたの? 喧嘩?」と見知らぬ男に声を掛けられるとビクッと肩を跳ねさせた。
「え、や……」
しまった、軍服じゃない。私服で街を歩くといつもいつも絶え間なく男に話しかけられるのだ。話しかけられるだけならまだしも、中には腕や腰を引っ張ろうとする輩もいるので――
「この人に触るな」
だが、レウが間に入ってきて背に庇ってくれた。たじろいだ男がそそくさと退散していくのを見て、エディスはおおと口をすぼめる。ミシアたち治安維持部の知り合いがいる時は寄ってこないので、やはり筋肉の差か……と眉を寄せて己の腕を見つめた。
「目立つ頭だな」
するりと丸い後頭部を撫でられたエディスは(やっぱり帽子被ったままの方がよかったのか)と髪の毛を指の先に巻き付ける。
「車までエスコートしても?」
そう言って差し出された腕を見て瞬く。やっぱりキザな奴、と思いながらも手を添える。何故だか妙に気恥ずかしい。
盗み見たレウの顔はとろけそうな程に優しい目をしていた。今もあんな目で見られているのだろうかと意識しそうになって、歩みが遅くなってしまう。髪で顔が隠れる右側に立てば良かったと口を尖らせる。
「着いたぞ」
髪を耳に掛けられ、驚いて見上げた。やはりそこには先程と同じ、見守るような笑みを浮かべているレウがいて慌てて後部座席のドアに寄る。だが座席が空いていなくて「そっか」と呟いた。
「こっち座ればいいだろ」
そう言って助手席のドアを開いたレウに「ありがとう!」と礼を言って乗り込もうとした時、何故かジェネアスが後部座席からにゅっと上半身を出してきた。きょとんとした目で見ていると、ジェネアスは左手で後ろを指差してからごめん、と鼻の前に立てた手で謝る。
レウは無言で後部座席を開けると「ルイース大佐……信用してくださいよ」と苦い表情で中に声を掛けた。
「信用してるだろ。お前に任せたんだから」
ほらエディス、隣に来いと座席を叩くミシアに言われるがまま車の中に入る。
「嘘くせぇ……」とため息を吐いたレウにエディスが首をかしげていると、気にするなとミシアに頭を撫でられた。
立っているだけで汗ばむような空気だった南とは大違いだ。
「おかえり、エディス」
出迎えてくれた者に、エディスは肩を竦める。
「厳つい出迎えだなあ。華もありゃしねえ」
「そう言うなよ、上司自ら来るなんてねえぞ」
ガッチリと筋肉のついた腕で首を絞められたエディスはぐえっと潰れた声を出し、苦しいと腕を叩く。
「まあなんにせよ、よく無事に帰ってきたな。任務達成、でかした! 勲章ものだぞ!」
力を緩ませたミシアの腕に、おう! と満面の笑みを浮かべてぶら下がった。そのまま回るミシアとエディスを、客車から出てきたばかりのジェネアスがなにしてるんスかと呆れた目で見る。
「もー、目立ってますし帰るッスよ」
ほっといて先に帰っちゃうッスよとジェネアスが荷物を持って歩き始めたので、エディスは慌ててミシアの腕から離れて追いかけていく。だが、すぐに戻ってきてミシアの腕を引っ張る。
「ミシア、早く! 車で来てくれたんだろ」
はいはいと言ってついていくミシアに、周りにいた軍人が仰天して目線を交わし合う。それを気にも留めずに突っ切っていく三人は駅から出て行き、随従してきたミシアの部下を捜す。だが見つからない。休日だからか駅前にやたらと人が多いのだ。
「すっごいかっこいー……」
「え、でもさあ巡回中だったりするんじゃない? それか、貴族でお迎えを待ってるとか!」
特に色めき立っている女性が多く、一体なんの騒ぎなんだとエディスは首を傾げる。
「……あれ? てっきりアイザックが来てると思ったんだけど」
「アイツは任務中だ。だからー……おお、いたいた」
あそこの、とミシアが指差す方を目で辿っていくと、軍の車に凭れ掛けている長躯の男がいた。
目にかかりそうな長さの白金の髪が風でふわりと揺れる。遠くを見つめている横顔だけで絵画になりそうな美貌で、なるほど先程から騒いでいる女性たちはこの男を見ていたのかと納得した。
軍属ではなく、舞台俳優みたいな顔とスタイルだな。
そう思って見ていると、切れ長の淡い緑の目がこちらを捉えてき――ふ、っと皮肉めいた笑みを浮かべた。
え? と動揺するエディスの方へと彼は体を向けてくる。歩き方がまた様になっていて、それだけでエディスの周りにいた女性が悲鳴を上げた。
纏わりついてきて邪魔だという意見もある軍服の裾を長い脚でさばき、顎は上げて口元には自信が満ちた笑みを。嫌味なくらい男として洗練された美しさだ。視線が奪い取られていく。
「お待たせしました、ルイース大佐」
向こうから近寄ってきて、「おかえりなさい、軍師准尉。お待ちしていましたよ」と胸元に手を当てて微笑みかけられる。声を掛けられて初めて、エディスは自分が我も忘れてこの男に見入っていたことに気が付いた。
「あ……えっと。待たせた……の、か?」
よく任務を共にしていたアイザックのことはエディスにとっても印象深かったが、この軍人と会ったのは一度きりだ。所属は覚えていても名前は知らなかった。なにせ救援に行った時に出会ったくらいの思い出しかないのだから。
エディスの長い左髪を手にした男に口づけられると、斜め後ろにいた女性が倒れる。見かけ通りキザな奴だなと顔を顰めながら髪を握って奪い返し、ミシアの腕を肘で突く。
「コイツをお前に紹介してほしいって頼まれてたんだよ。これからこういうのも増えるぞー、お前に部下をつけることになったからな」
まあ授与式が終わってからだがなと親指で差された彼は、覚えていますかと期待の目をこちらに向けてくる。
「……えーっと。レリン峡谷の討伐隊にいた奴……だよな?」
「覚えていただいていたようで光栄です」
いや悪い、名前は知らないから名乗ってほしいと言えずに上目がちに見つめていると、後ろからミシアが口出ししてきた。
「デイヴィス准将の隊に所属してる――おい、ニヤついてないでお前が名乗れ」
「はあ? 忘れたのか」
下唇を撫でてくる手を払い落としたエディスは首を振り「悪いが名乗ってもらった覚えがない」と白状した。すると唖然とした顔つきになり、次いで憮然と口を引き結ぶ。
「レウ・バスターグロスだ」
途端に腕を組んで尊大な態度になったレウになんなんだよと噛みつきかけたが、ミシアに肩を叩かれて前につんのめる。よろけたところを抱き留めてくれたレウに礼を言おうと顔を上げると、そっぽを向かれた。
「他の奴はまた今度紹介してやる。ああ、アイザックはお前の部隊に入ることが決まったからな」
「部隊って、なんの話――おい、説明しろよ!」
ほら行くぞと言って歩いていったミシアの後をジェネアスが追いかけ、二人してさっさと軍の車の後部座席に乗り込んでしまう。
またなにかを勝手に決めたらしいミシアに憤慨したエディスは腕を組んで足をタンタンと鳴らしていたが、「なに、彼氏に置いてかれたの? 喧嘩?」と見知らぬ男に声を掛けられるとビクッと肩を跳ねさせた。
「え、や……」
しまった、軍服じゃない。私服で街を歩くといつもいつも絶え間なく男に話しかけられるのだ。話しかけられるだけならまだしも、中には腕や腰を引っ張ろうとする輩もいるので――
「この人に触るな」
だが、レウが間に入ってきて背に庇ってくれた。たじろいだ男がそそくさと退散していくのを見て、エディスはおおと口をすぼめる。ミシアたち治安維持部の知り合いがいる時は寄ってこないので、やはり筋肉の差か……と眉を寄せて己の腕を見つめた。
「目立つ頭だな」
するりと丸い後頭部を撫でられたエディスは(やっぱり帽子被ったままの方がよかったのか)と髪の毛を指の先に巻き付ける。
「車までエスコートしても?」
そう言って差し出された腕を見て瞬く。やっぱりキザな奴、と思いながらも手を添える。何故だか妙に気恥ずかしい。
盗み見たレウの顔はとろけそうな程に優しい目をしていた。今もあんな目で見られているのだろうかと意識しそうになって、歩みが遅くなってしまう。髪で顔が隠れる右側に立てば良かったと口を尖らせる。
「着いたぞ」
髪を耳に掛けられ、驚いて見上げた。やはりそこには先程と同じ、見守るような笑みを浮かべているレウがいて慌てて後部座席のドアに寄る。だが座席が空いていなくて「そっか」と呟いた。
「こっち座ればいいだろ」
そう言って助手席のドアを開いたレウに「ありがとう!」と礼を言って乗り込もうとした時、何故かジェネアスが後部座席からにゅっと上半身を出してきた。きょとんとした目で見ていると、ジェネアスは左手で後ろを指差してからごめん、と鼻の前に立てた手で謝る。
レウは無言で後部座席を開けると「ルイース大佐……信用してくださいよ」と苦い表情で中に声を掛けた。
「信用してるだろ。お前に任せたんだから」
ほらエディス、隣に来いと座席を叩くミシアに言われるがまま車の中に入る。
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