【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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別離編

3.暁の乙女は突然に

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 細い手が茎をそっと穏やかに摘まんで持ち上げ、鼻先まで寄せて香りを嗅ぐ。ぱっと華やいだ笑顔に変わると、その隣に立つ美青年が少年の手を上から握って持ち上げていく。青年が薄い唇を開いて少年の耳元で何事か囁くーーあまりに甘美な様子を店員ですら作業の手を止めて見入っていた。

「……あ」

 自分が見られていることに気づいたのか、二人は顔を上げる。その女性店員と目が合うと、少年が照れ混じりの微笑みを浮かべた。繊細なガラス細工のような清廉な容姿の彼が笑うと、腰が砕けてしまいそうだった。

「いい匂いの花ですね」

「は、はい!」

 背を伸ばし、我も我もと女性店員が押しかけてくる。潰れてしまいそうな少年の肩を抱いて自分の懐へと庇う青年に、声出ぬ悲鳴が店内に響いた。

 これもあれもと勧められる花々をエディスはひとつひとつ手にとっては見ていく。その中でもフリルがふんだんに使われたドレスのように華美な花を指差し「これで花束を作って欲しいんだけど」と頼んだ。

「はい、すぐに!」

 香り高く豪奢な白い花は、二人をそのまま表したかのように見える。頬を紅潮させた女性は、満面の笑みで頷く。

「メリンアレットの学生さんですか?」

「えっ? ……いや、そんなんじゃ」

 貴族の子どもがこぞって通う中央一の進学校の名前を出された少年は、顔に苦味を走らせた。青年の方がふっと吹き出して笑うと「おいっ」と抗議の声が上がる。

(ったく、コイツは――……)

 部下たちへの挨拶が済んですぐシュウたちの部屋へ向かったのだが、二人とも審査会や会議で不在。なら先にフィンティア家の跡地を訪ねてみようと思って軍を出ようとしたところ、先日部下になったばかりのレウが「アンタ一人で買い物できるのか」と失礼千万なことを口にして後ろからついてきたのだ。

「どこかで見たことあるなーって思ってたんですけどぉ」

 曖昧な笑みで相手が話す言葉を聞き流していたが、不意に不快な気配を感じ取ったエディスは、店の外に体を向けた。そのまま通りを凝視していると、後ろからレウが扉に手を突いてくる。どう思う? という視線に、レウは十中八九と頷いた。

 二人の様子を不思議がった店員も外に目を向け、不安に口を開く。その声で背を押されたわけではないが、エディスは店の外へと一歩進んだ。

【護り神よ 我が後ろへ】

 そして、店の前にシールドを出し、店員を振り返る。

「危ないからシールドの中にいろよ。花束ができたら取りに来るから!」

 微笑みを浮かべて言うと、店員は何度も首を頷かせた。レウが念押ししてから走り出し、エディスの横に並ぶ。
 二人を胸の前で手を握って見送った店員たちの中の一人が、大声を出した。

「ちょっと、なに? 驚かせないで!」

「あの小さい子の方、エディス少尉だわ!」

「えぇ~? あの、反軍を従属させたとかいう?」

 その声に、女性店員はもう一目見ようと出入り口の前に詰め寄る。

「反軍の活動拠点を買えるくらい、大金持ちってことですよねぇ?」

「あんなに綺麗な顔だったんだ~。いいなあ、私も美少年に仕えた~い」

「なに言ってんの、アンタじゃ無理よ」

 夢見がちなのもいい加減にして仕事なさい、と一番年上の女性に頬を突かれた女性は「はあい」と返して奥に戻っていく。

*** *** *** *** ***

「軍だ、前を開けてくれ!」

 通りの良い声で叫びながら走るエディスは、近くに感じる魔物の気配に眉を顰める。黒い制服を着た者を一人も見かけないことから、軍が動いていないことだけが分かる。僅かに血の臭いがしてきたこともあり、エディスは舌打ちをした。

「待て、魔狼!」

 その時、少女の声と共に、目先の路地から黒い大きな犬のような生物が飛び出してきた。思わず足を止めたエディスの目の前に、別の者が割って入ってくる。

 真っ赤な髪を首の後ろで切り揃えた、小柄な少女だ。
 少女は手に握った太いナイフを左手から右手に持ち替え、腰を落とす。

「お、おい!」

 エディスが制止させようとしたが、その前に少女は魔狼に向かっていった。裂帛の気合を混めてナイフで切りつけようとしたが、魔物に体当たりをされ、後ろに吹き飛ばされる。

 小さな悲鳴を上げた少女の体を、エディスは着地点まで走って受け止めた。少女は衝撃を耐えようと目を閉じていたが、地面の硬さではなく、人の柔らかさに抱きとめられたことに気がつくと、恐る恐る目を開いた。

「大丈夫か?」

 至近距離にあるエディスの顔を見上げた少女の顔が、ぱっと赤くなる。

「は、はい……っ。大丈夫です」

 両手を頬に当てた少女を体格の優れているレウに渡し、魔物との距離を確かめながら横に移動する。少女が取り落としたナイフを足で上に蹴り、手に取って、魔物に向かって放った。

 ナイフは魔物の右目に突き刺さり、

【極西の主よ その刃に宿れ!】

 金色の光を放って魔物を二つに切り裂いた。

 エディスは魔物に近寄り、黒い体液に濡れたナイフを取り上げる。

「あのっ、ありがとうございました!」

 どうしようかと悩んでいるエディスに、少女は駆け寄って頭を下げた。

「いいよ。それよりごめん、ナイフ壊しちゃったんだけど……」

「いえっ! い、いいんです!」

「悪いし、弁償するよ」

 ナイフはエディスの魔力に耐えられなかったのか、ヒビが入ってしまっていた。戦闘用に仕上げてある大ぶりのナイフはどう見ても高価な物だ。簡単に壊してしまって申し訳ない、弁償したいとエディスは真摯に伝えた。

「い、いいです! そんなっ」

「いや、俺がしたいんだ」

 レウに魔物の処理班を呼んでくるように頼んでその場を離れると、エディスは少女を連れて歩きだす。先程の花屋まで戻ると、残念そうに眉を下げる店員はなにを思ったのか、少女に花束を渡してしまった。エディスは複雑な気持ちになりながらも代金を支払い、同僚に抱き付く店員に頭を下げて店を出る。

 白く可憐な花は小柄な少女にとてもよく似合っていたので、まあいいかと思って近くの武器屋まで少女と共だって歩いていく。

 凛々しい顔つきの少女は控えめにいっても美少女の部類だ。ただ、エディスの気を引いたのは美醜の部分ではなく、誰かに顔立ちが似ているという点だけだ。

「もしかして、軍人に親戚でもいたりする? なんか、どっかで見たことあるんだよな……」

 だが、それが誰かは分からない。似ているがそっくりというわけではなく、具体的な部位もない。

「あ、でしたら兄だと思います! 私は東部の出身なんですが、兄は中央に勤めているので」

「へ~……なんて名前なんだ?」

 東部出身者なんて相当真面目な人なんだろうなと思いながら聞いたエディスに、少女はにこやかに微笑みながら己の胸に手を当てる。

「兄はレイヴェン・バスティスグラン。私はその妹で、アーマーと申します」
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