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番外編:追憶の銀雪
1.悪夢を食べて
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※レウ視点
エディスと初めて会った頃の話が6話続きます
湯気を立てて液体が揺らめいている。ほの暗い室内にすすり泣くような声が漏れてくる。ず……っと味のしない白湯をすすると、切れた口の中が痛んだ。
馬鹿みたいに頑丈な己の体にようやく安堵めいた気持ちが湧いてくる。
今日の作戦はとかく最悪だった。想定していた敵の数が数倍多く、本来なら住んでいるはずのない魔物もいた。軍兵器開発部が言うには、近年魔物の生態系もおかしくなってきているらしい。
そう聞くと、住処を追われて冬場人里に出てくる熊でもあるまいし止めろと苛立ってしまう。
作戦室の横を通った時に見た白板の違和感に気が付くべきだったんだ。この作戦は俺たちが受け持つべきではなかった。最初からどこかの隊と合同で行っていればと、今更後悔しても遅い。
不意をつかれて気を失っていたのが意識を取り戻した時には、もうすでに取り返しのつかない人数の隊員が倒れていた。一面血だらけで、茶色かったはずの地面は赤を通り越して黒いように見えていた。
超音波のような、脳波に異常をきたす声を出す魔物――ソイツのせいで帰ってきた今も意識が戻らなかったり、訳の解らない言葉を話し続けている奴がいる。
「寝れないのか」
寝れるわけがない、いつ魔物が襲ってくるとも分からない現状で。
気遣わしげな声に顔を向けると、片腕に棒を巻いて固定した銀髪の子どもと目が合った。俺以外に五体満足で生き残ったのは、コイツだけだった。
作戦室の白板に書き殴られた数値と、置き忘れられていた地図の丸印。慌てて自分の上官の執務室に駆け戻って調べて……もうその時には遅かった。遅いと気付いても尚、ここまで来てくれた。死ぬかもしれないというのに。
カップを目の前にある丸テーブルに置いて、ソイツに近づく。動く度に体のどこかしこがピリピリと痛んだ。
疲れ果てた足が膝を折って、足元に崩れるように座った。
「お、おいっ……大丈夫か?」
顔を覗き込まれると、ヒクッと自分の喉が鳴るのが分かった。
空のように澄んだ青に、生きていてよかったという気持ちが溢れてきて、膝に頭をのせる。
低い体温だが、死んだ間際のぬるさではない。腰に腕を回して引き寄せて目を閉じる。誰か部隊の者を庇って折れた左腕が頭に当たらないようにしているのを感じて、人目を憚らずに縋ってしまう。
「寝れないんだよ、目を閉じると……死んだ仲間の顔が浮かんでくるような気がして」
お前も来いと呼ばれているような、そんな恐怖さえ感じるとまでは口にしない。
「……そうか」
それなのにソイツはなにか感じ取ったのだろうか、こちらの背中を撫でてきた。
目を閉じると、殺した魔物の姿が浮かんでくる。人間の死体の上に重なるように倒れる姿が、人の赤い血に混じった黒い血が、目にこべり付いていて消えない。
一人で駆け走った戦場は、あまりにも酷い有様だった。そして、思っていた以上に精神を疲弊させた。
絶対に、残った仲間を連れて帰らなくてはいけない。絶対に、自分は負けてはいけない。絶対に、一匹たりとも魔物を連れて街に帰ってはいけない。
その絶対は、誰もの心をジクジクと痛めつけた。
「増援に来たのが俺だけでごめんな」
魔物の肉や臓物が飛んでくる中で、頭をおかしくされた仲間を運び出す作業を子どもにさせて。しかも、自分は防御魔法は得意だが、攻撃魔法は不得手だ。他の者は魔法が使えなかったので、突破口を切り開いたのはこの子どもだった。
「Baku which gives this dream」
寂し気に何度か呟かれた言葉の後に、頭になにかが触れる。
こんな風に誰かと慰め合ったことなどない。戦場から帰れば、とかく一人になりたかった。人と感傷を共有し合うなど矜持が許さなかったのに。
「……今の、どういう意味だ」
「お前を月が苛めたり、朝の光で目を眩ませたりしませんように。どうか、他の奴らも寝れますように……っていう、おまじないかな」
名前は? と訊かれて口にすると、そうかと頭を撫でられる。小さな手を取って、額に押しいだくと、親指が目元を拭っていく。
「レウが温かで柔らかな夢を見れるように……あの人たちが笑ってた頃を、笑って話せるようになりますようにって。獏にみんなの悪夢を食べ尽くしてもらおうぜ」
「獏じゃなくて、アンタがいい」
食べてくれよと口を開くと、ソイツは横髪を耳にかけると顔を近づけてきた。
唇が触れそうで、触れない程の距離で口がすう……っとすぼんで空気を吸っていく。
食べたのかと訊くと、ほんのり微笑って頷かれる。唇に手を当てて恥じらうように視線が斜めに逸れた。
「優しくて、甘かったよ」
エディスと初めて会った頃の話が6話続きます
湯気を立てて液体が揺らめいている。ほの暗い室内にすすり泣くような声が漏れてくる。ず……っと味のしない白湯をすすると、切れた口の中が痛んだ。
馬鹿みたいに頑丈な己の体にようやく安堵めいた気持ちが湧いてくる。
今日の作戦はとかく最悪だった。想定していた敵の数が数倍多く、本来なら住んでいるはずのない魔物もいた。軍兵器開発部が言うには、近年魔物の生態系もおかしくなってきているらしい。
そう聞くと、住処を追われて冬場人里に出てくる熊でもあるまいし止めろと苛立ってしまう。
作戦室の横を通った時に見た白板の違和感に気が付くべきだったんだ。この作戦は俺たちが受け持つべきではなかった。最初からどこかの隊と合同で行っていればと、今更後悔しても遅い。
不意をつかれて気を失っていたのが意識を取り戻した時には、もうすでに取り返しのつかない人数の隊員が倒れていた。一面血だらけで、茶色かったはずの地面は赤を通り越して黒いように見えていた。
超音波のような、脳波に異常をきたす声を出す魔物――ソイツのせいで帰ってきた今も意識が戻らなかったり、訳の解らない言葉を話し続けている奴がいる。
「寝れないのか」
寝れるわけがない、いつ魔物が襲ってくるとも分からない現状で。
気遣わしげな声に顔を向けると、片腕に棒を巻いて固定した銀髪の子どもと目が合った。俺以外に五体満足で生き残ったのは、コイツだけだった。
作戦室の白板に書き殴られた数値と、置き忘れられていた地図の丸印。慌てて自分の上官の執務室に駆け戻って調べて……もうその時には遅かった。遅いと気付いても尚、ここまで来てくれた。死ぬかもしれないというのに。
カップを目の前にある丸テーブルに置いて、ソイツに近づく。動く度に体のどこかしこがピリピリと痛んだ。
疲れ果てた足が膝を折って、足元に崩れるように座った。
「お、おいっ……大丈夫か?」
顔を覗き込まれると、ヒクッと自分の喉が鳴るのが分かった。
空のように澄んだ青に、生きていてよかったという気持ちが溢れてきて、膝に頭をのせる。
低い体温だが、死んだ間際のぬるさではない。腰に腕を回して引き寄せて目を閉じる。誰か部隊の者を庇って折れた左腕が頭に当たらないようにしているのを感じて、人目を憚らずに縋ってしまう。
「寝れないんだよ、目を閉じると……死んだ仲間の顔が浮かんでくるような気がして」
お前も来いと呼ばれているような、そんな恐怖さえ感じるとまでは口にしない。
「……そうか」
それなのにソイツはなにか感じ取ったのだろうか、こちらの背中を撫でてきた。
目を閉じると、殺した魔物の姿が浮かんでくる。人間の死体の上に重なるように倒れる姿が、人の赤い血に混じった黒い血が、目にこべり付いていて消えない。
一人で駆け走った戦場は、あまりにも酷い有様だった。そして、思っていた以上に精神を疲弊させた。
絶対に、残った仲間を連れて帰らなくてはいけない。絶対に、自分は負けてはいけない。絶対に、一匹たりとも魔物を連れて街に帰ってはいけない。
その絶対は、誰もの心をジクジクと痛めつけた。
「増援に来たのが俺だけでごめんな」
魔物の肉や臓物が飛んでくる中で、頭をおかしくされた仲間を運び出す作業を子どもにさせて。しかも、自分は防御魔法は得意だが、攻撃魔法は不得手だ。他の者は魔法が使えなかったので、突破口を切り開いたのはこの子どもだった。
「Baku which gives this dream」
寂し気に何度か呟かれた言葉の後に、頭になにかが触れる。
こんな風に誰かと慰め合ったことなどない。戦場から帰れば、とかく一人になりたかった。人と感傷を共有し合うなど矜持が許さなかったのに。
「……今の、どういう意味だ」
「お前を月が苛めたり、朝の光で目を眩ませたりしませんように。どうか、他の奴らも寝れますように……っていう、おまじないかな」
名前は? と訊かれて口にすると、そうかと頭を撫でられる。小さな手を取って、額に押しいだくと、親指が目元を拭っていく。
「レウが温かで柔らかな夢を見れるように……あの人たちが笑ってた頃を、笑って話せるようになりますようにって。獏にみんなの悪夢を食べ尽くしてもらおうぜ」
「獏じゃなくて、アンタがいい」
食べてくれよと口を開くと、ソイツは横髪を耳にかけると顔を近づけてきた。
唇が触れそうで、触れない程の距離で口がすう……っとすぼんで空気を吸っていく。
食べたのかと訊くと、ほんのり微笑って頷かれる。唇に手を当てて恥じらうように視線が斜めに逸れた。
「優しくて、甘かったよ」
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