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学園要塞ー後編ー
8.色づいた花のファンタジア
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乳母の腕に抱かれて散歩をしていたのだろうと、ネージュさんが語ったことがある。
巻かれたおくるみを大きな魔鳥のクチバシで挟まれた俺が、ボステルクの空中を偶然通ったのだと。
たったその一瞬が、俺の人生を定めた。
その日にボステルクの前領主が亡くなり、規則どおりに新しい領主を決める魔法が執行された。
それに選ばれたのが、首も座っていない赤子の俺だった。
乳母が散歩に連れていかなければ、魔鳥の巣に帰るルートが違えば、前領主が亡くならなければ。
なにか一つでもズレていれば俺がボステルクの地に、彼のパートナーとして立つことはなかったろう。
親しき友は、手紙にこう書いた。
これは運命なのだと。なんと甘美な定めがあるのだろうか。
魔法書の魔人が暮らす地――学園要塞ボステルク。
この土地において、俺という存在の使い勝手がいいと気づいたのは五才の頃。
アンビトン・ネージュ著『範囲攻撃魔法による環境汚染はあるのか』の草案を代筆していた時だった。
「レイケネス、君はこの世界において唯一の存在のようだ」
目を覗きこんできたネージュさんは、そう言って瞼に口づけを落としてくれた。
魔法学の権威、ボステルクの要、多くの人の憧憬を集めるべき人の祝福によって、俺は自身というものを確立させた。
「君のこの目は、魔法を解析し……驚くべきことに保管することができる」
世に出回る魔眼は一週間前後の未来視や数キロ先を見通したり、催眠などの単純なものしかない。
だが、ネージュさんは俺が母親の胎内にいた頃に繰り返しなんらかの実験を受けた影響で、この世に生み落とされた時から頭脳が成人と変わらないのだと教えてくれた。
この目もその実験の一環なのだろうと――。
「今日から私の家で暮らしなさい」
ネージュさんは、俺がそんな親元に帰らなくていいように計らってくれた。
それまでにも彼から貰ったプレゼントはたくさんあった。
まずは名前だろう。俺の本名はおくるみに書いてあるらしいが、見たことはないしネージュさんに訊いたこともない。
俺はレイケネス・エクセリオという名前を気に入っているし、馴染んでいるからね。
だけど、六歳の誕生日に貰ったプレゼントは特別だった。
本がたくさんある家、広いお庭に犬。
なによりも優しいネージュさんとドーリーたち……俺の家族が毎日「おかえり」と言って出迎えて、走っていくと抱きしめてもらえるんだ。嬉しかったなあ。
だけど、いつか本物の家族だとか言う人に連れ戻されるんじゃないかと思って怖かった。
毎晩本を読んで寝かしつけてくれていたドーリーが、俺が夜に泣いていることをネージュさんに告げ口してしまったんだ。
だけど、その日から眠たくもなさそうな顔のネージュさんが俺の部屋に来てくれるようになった。
彼は掛け布団を捲ってベッドの中に誘ってくれるんだ。時には甘い蜂蜜入りのミルクだって出たさ。
湯たんぽ代わりだと言って俺を抱き締めて寝るネージュさんの腕の中は温かくて、ここ以上に安心できるところなんてないと思う。
あんなに優しい人を、他に知らない。
俺は、いつしかネージュさんに崇敬ではない感情を抱くようになった。
仕方がないだろう、あんなに素敵な人がすぐ隣にいたら誰だって好きになってしまうさ。
図書館で少女向けの小説を読み、それが恋心であると知ってからは同じベッドで眠れなくなって彼を度々困らせている。
けれど、どういうわけか俺の下半身は女で、時にしくしく泣く。あの高潔な人に、それを知られたくはなかったというのに。
ずっとボステルクの領主でありたかった。
ここに閉じこもっていれさえすれば、ネージュさんの傍にはいられる。
想いが届かなくても、それでよかった。ボステルクにいる毎日が、俺にとっては幸せでかけがいのないものだったんだ。
大切な家族に、領内を散歩して回る時に見る子どもたちの笑顔。
北の山岳から差す朝日、崖下に見える白亜の王宮の美しさ――広がる森に、東に走るユゥラ川ののどかさ。
この目に見える景色だけが、十代の俺のすべてだった。
けれど、ある頃から俺宛てに手紙が届くようになった。
俺よりもずっと年下の男の子――女の子によくつける名前だから、俺も勘違いしていたんだが――からだ。
最初はネージュさんが出した魔法書に関する感想だった。
あの人は出した魔法書に対してすぐ興味を失ってしまうんだが、事細かく書かれた彼の素晴らしさや考察や自分でもやってみたという実験結果の数値が面白くて手紙が来る度に嬉しくなった。
なにせ、最近ではアンビトン・ネージュなんて古いだなんて言う奴もいるからね。
ネージュさんは未だに現役だし魔法学界を牽引している人だから、どういう浅慮で口を開いているのか俺には理解し難いんだが。
そんなわけで、ネージュさんに代わって返事を送っている内に『友だちになってほしいんだ』という手紙が届いた。
年下ではあったが話は合うし、なにより彼は俺に匹敵するくらいのネージュさんのファンだ。歓迎したよ。
ひと月かふた月か、彼からくる手紙は外の世界を知らない俺には物語のようだった。
だが、彼はミステリーや軍事小説ばかり読む人だった。
恋愛はよく分からないといって恋の話ひとつできなかったんだが、そんな彼にも好きな人ができたという報告が届いた時は嬉しさのあまりドーリーの手を握って踊ってしまったな。
彼の綴る想い人は、読めば読む程に素晴らしく格好良かった。
俺は彼からの手紙を開く時、新しく手に入れた恋愛小説の表紙を捲るような心地になった。
胸が高鳴って、ネージュさんに会いたくなって。彼の隣に座っては、素敵な恋をしている友だちなんだと語った。
『アンビトン・ネージュの髪色って、これに似てるか? いつか、二人に会いたいな』
封筒からひらひらと落ちた、橙色の花びら。
ピンクがかった色で、夕焼けのような色合いのネージュさんの髪とはほんの少し色味が違ったんだが妙に気になってしまう。
この花の樹木の前で立つネージュさんが見られたらと――胸の中で膨らんだ想像が、その日から俺の中から消えなくなった。
だからペンを執った。ネージュさんとの未来を望んでしまった。
――愛されたいと、望んで。彼の縛りを解いて。傲慢にも導きたいと願った。
ってるんだからねやって
巻かれたおくるみを大きな魔鳥のクチバシで挟まれた俺が、ボステルクの空中を偶然通ったのだと。
たったその一瞬が、俺の人生を定めた。
その日にボステルクの前領主が亡くなり、規則どおりに新しい領主を決める魔法が執行された。
それに選ばれたのが、首も座っていない赤子の俺だった。
乳母が散歩に連れていかなければ、魔鳥の巣に帰るルートが違えば、前領主が亡くならなければ。
なにか一つでもズレていれば俺がボステルクの地に、彼のパートナーとして立つことはなかったろう。
親しき友は、手紙にこう書いた。
これは運命なのだと。なんと甘美な定めがあるのだろうか。
魔法書の魔人が暮らす地――学園要塞ボステルク。
この土地において、俺という存在の使い勝手がいいと気づいたのは五才の頃。
アンビトン・ネージュ著『範囲攻撃魔法による環境汚染はあるのか』の草案を代筆していた時だった。
「レイケネス、君はこの世界において唯一の存在のようだ」
目を覗きこんできたネージュさんは、そう言って瞼に口づけを落としてくれた。
魔法学の権威、ボステルクの要、多くの人の憧憬を集めるべき人の祝福によって、俺は自身というものを確立させた。
「君のこの目は、魔法を解析し……驚くべきことに保管することができる」
世に出回る魔眼は一週間前後の未来視や数キロ先を見通したり、催眠などの単純なものしかない。
だが、ネージュさんは俺が母親の胎内にいた頃に繰り返しなんらかの実験を受けた影響で、この世に生み落とされた時から頭脳が成人と変わらないのだと教えてくれた。
この目もその実験の一環なのだろうと――。
「今日から私の家で暮らしなさい」
ネージュさんは、俺がそんな親元に帰らなくていいように計らってくれた。
それまでにも彼から貰ったプレゼントはたくさんあった。
まずは名前だろう。俺の本名はおくるみに書いてあるらしいが、見たことはないしネージュさんに訊いたこともない。
俺はレイケネス・エクセリオという名前を気に入っているし、馴染んでいるからね。
だけど、六歳の誕生日に貰ったプレゼントは特別だった。
本がたくさんある家、広いお庭に犬。
なによりも優しいネージュさんとドーリーたち……俺の家族が毎日「おかえり」と言って出迎えて、走っていくと抱きしめてもらえるんだ。嬉しかったなあ。
だけど、いつか本物の家族だとか言う人に連れ戻されるんじゃないかと思って怖かった。
毎晩本を読んで寝かしつけてくれていたドーリーが、俺が夜に泣いていることをネージュさんに告げ口してしまったんだ。
だけど、その日から眠たくもなさそうな顔のネージュさんが俺の部屋に来てくれるようになった。
彼は掛け布団を捲ってベッドの中に誘ってくれるんだ。時には甘い蜂蜜入りのミルクだって出たさ。
湯たんぽ代わりだと言って俺を抱き締めて寝るネージュさんの腕の中は温かくて、ここ以上に安心できるところなんてないと思う。
あんなに優しい人を、他に知らない。
俺は、いつしかネージュさんに崇敬ではない感情を抱くようになった。
仕方がないだろう、あんなに素敵な人がすぐ隣にいたら誰だって好きになってしまうさ。
図書館で少女向けの小説を読み、それが恋心であると知ってからは同じベッドで眠れなくなって彼を度々困らせている。
けれど、どういうわけか俺の下半身は女で、時にしくしく泣く。あの高潔な人に、それを知られたくはなかったというのに。
ずっとボステルクの領主でありたかった。
ここに閉じこもっていれさえすれば、ネージュさんの傍にはいられる。
想いが届かなくても、それでよかった。ボステルクにいる毎日が、俺にとっては幸せでかけがいのないものだったんだ。
大切な家族に、領内を散歩して回る時に見る子どもたちの笑顔。
北の山岳から差す朝日、崖下に見える白亜の王宮の美しさ――広がる森に、東に走るユゥラ川ののどかさ。
この目に見える景色だけが、十代の俺のすべてだった。
けれど、ある頃から俺宛てに手紙が届くようになった。
俺よりもずっと年下の男の子――女の子によくつける名前だから、俺も勘違いしていたんだが――からだ。
最初はネージュさんが出した魔法書に関する感想だった。
あの人は出した魔法書に対してすぐ興味を失ってしまうんだが、事細かく書かれた彼の素晴らしさや考察や自分でもやってみたという実験結果の数値が面白くて手紙が来る度に嬉しくなった。
なにせ、最近ではアンビトン・ネージュなんて古いだなんて言う奴もいるからね。
ネージュさんは未だに現役だし魔法学界を牽引している人だから、どういう浅慮で口を開いているのか俺には理解し難いんだが。
そんなわけで、ネージュさんに代わって返事を送っている内に『友だちになってほしいんだ』という手紙が届いた。
年下ではあったが話は合うし、なにより彼は俺に匹敵するくらいのネージュさんのファンだ。歓迎したよ。
ひと月かふた月か、彼からくる手紙は外の世界を知らない俺には物語のようだった。
だが、彼はミステリーや軍事小説ばかり読む人だった。
恋愛はよく分からないといって恋の話ひとつできなかったんだが、そんな彼にも好きな人ができたという報告が届いた時は嬉しさのあまりドーリーの手を握って踊ってしまったな。
彼の綴る想い人は、読めば読む程に素晴らしく格好良かった。
俺は彼からの手紙を開く時、新しく手に入れた恋愛小説の表紙を捲るような心地になった。
胸が高鳴って、ネージュさんに会いたくなって。彼の隣に座っては、素敵な恋をしている友だちなんだと語った。
『アンビトン・ネージュの髪色って、これに似てるか? いつか、二人に会いたいな』
封筒からひらひらと落ちた、橙色の花びら。
ピンクがかった色で、夕焼けのような色合いのネージュさんの髪とはほんの少し色味が違ったんだが妙に気になってしまう。
この花の樹木の前で立つネージュさんが見られたらと――胸の中で膨らんだ想像が、その日から俺の中から消えなくなった。
だからペンを執った。ネージュさんとの未来を望んでしまった。
――愛されたいと、望んで。彼の縛りを解いて。傲慢にも導きたいと願った。
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