203 / 274
聖女編
1.守勢の刻
しおりを挟む
パチパチと木が爆ぜる。
薪の前で明日の行程を練っていたフェリオネルの前に、ステンレスのカップが出された。振り返ると、リスティーが立っていた。
「リスティー嬢、ありがとうございます」
「こちらこそ」
そう言ってフェリオネルの隣に座ったリスティーは苦笑いを浮かべ、膝を抱く。
「ごめんなさい、負担を増やしてしまって」
「そんなことはないので、気になさらないでください」
食べますかとチョコレートを差し出すと、リスティーは礼を言って受け取る。
「長引きそうね……」
「中央に入ってもついてきそうですよね」
執拗な相手に辟易したリスティーたちは、どうにか撒けないかと地図を広げ見た。
フェリオネルは東部の出身で、中央にもエディスの騎士として来たばかりなので南の地理に明るくない。
薪の光に照らされたリスティーの、真剣な表情に眉を下げる。土地勘のあるリスティーがいて本当に助かった。
「ここは避けたいんだけど、このままじゃ難しいわよね」
誘導されてる気がするのと言って、リスティーが指差した地点を見る。
「ですが、この渓谷を越えるにはここを通るしかないのでは……」
「ここだけは駄目なの、絶対に通れない」
長年住んでいる彼女が言うのだから、余程狙いやすい地形なのだろうと理解を示した。
「違うの、この先の開けた所にね……魔物が住んでいるのよ」
ソイツが厄介でと手を握るリスティーの祖父が、軍人として働いていた頃からいるのだという。
ティーンス大聖堂くらいの巨体を持つミミズや芋虫に似た、この土地特有の魔物なのだと教えてもらったフェリオネルは頷く。
「では、どうやって抜けますか」
「船があれば川から行きたいけど、こっちの山を周回するのがいいと思うわ。道が広いから馬車が通りやすいの」
だけど狙われやすいのが問題だし、どう考えても魔物がいる方に進まされる気がするとリスティーは頭を抱えて膝に顔を伏せる。
「……エディスがいればなあ。アイツなら作戦考えてくれるのに」
あたし、こういうの苦手なのと弱音を零したリスティーに、フェリオネルはどう声を掛けたらいいのかと言いよどむ。
フェリオネルとて作戦の立案などしたことがない。
なのに、全てを筆頭騎士で地元民であるという理由で彼女任せにしてしまっていた。その気まずさから手をもぞもぞと動かすが、噤んでいた口を開ける。
「あのっ……その魔物、僕たちで討伐できませんか?」
「あたしとフェリオネルさんが頑張れば。でも、そしたらレイアーラ様の護衛が手薄になっちゃう」
革命軍に後ろから追いかけられているから安全が保障できないのだと言われると、そうですよねと肩を落とすしかない。
「レウさんだったら、レイアーラ様を上手に守りながら撤退できるのに」
「防御魔法をずっと使ってくれていたではないですか」
「そうだけど、でも……あたし、実は魔法そんなに得意じゃないの。精密性を必要な防御魔法が一番苦手なんだ」
僕なんて使えませんよという言葉が出そうになった口に指を当てて、フェリオネルもため息を吐いたしまった。
――せめて、兄も一緒であればと思っても仕方がない。
「なんで来たらもう革命軍が神殿を襲ってんのよ」
フェリオネルさんのお兄さんがいなかったらと背筋が凍りそうなことを言うリスティーに、フェリオネルはぶるりと体を震わせる。
南部の主要都市・ガンガルダに着いた時には神殿が炎で包まれていて、驚いたことにレイアーラが市民を避難誘導している有様だったのだ。
キシウが向かわせた私兵と革命軍から、兄のレイヴェンとエディスの私兵の援護を受けてガンガルダをようやく抜けられた。
「一番頼りたいはずの恋人と離れたのに……レイアーラ様、文句の一つも言わない。それどころか、あたしたちを励ましてくれたり、能力で援護までしてくれて」
不安じゃないはずないのにと苦悩するリスティーの優しさに、フェリオネルは「お義姉さんなら大丈夫ですよ」と首を振る。
「フェリオネルさんも、ずっと戦ってもらっててごめんなさい」
革命軍の狙いがレイアーラである以上、敵にとって最大の脅威であるリスティーが傍を離れるわけにはいかない。
他に女性の兵士もいないので、今回は彼女がレイアーラや神官の護衛と世話役だ。
必然的にフェリオネルが攻撃の要になるしかないので、連れて来たドラゴンを毎日乗り換えて戦っている。
「ドゥルース・フィンティアが前線に出てこないのでどうにかなっています」
「アイツの付き人っぽい奴も警戒しないとよね」
「例の禁魔術使いですか」
うん、と頷くリスティーにフェリオネルも頭を抱えたくなる。
そんなのに出て来られては隊を大幅に削られてしまうだろう。
隣に座っている年下の女の子に、役割を変えませんか? と。
僕が防御に当たるので、あなたが攻撃に出てもらえないかと提案してはいいのかと悪魔の囁きが聞こえてくる。
優秀な兄でも妹ではなく、凡才の自分しかいないのだ。
――それに、彼女は王子が選んだ筆頭騎士だ。
「なんて、あたしたちが心に隙を作ったままじゃね」
あ~あと言って後ろにひっくり返ったリスティーは、両手指を開いた状態で上へもっていく。
親指にはめ込まれた一対の指輪を見て「不安じゃないはずないわよね」と言って、握った。
これは彼女の気持ちではなく、義理の姉の心情を慮っての発言だろう。
目を閉じたリスティーは重ねた手を口に押し当てる。
「……お祈りですか?」
「うん。力を貸してもらおうかなって」
アイツに、という囁きにフェリオネルは顔を背けた。
地面に視線を落として、不必要に彼女の心に寄り添おうとしてはいないだろうかと考えてしまう。勝手に気持ちを決めつけてはいないだろうかと。
「どうにもならない状況になっても、あたしが絶対に突破してみせる」
腹筋の力で起き上ったリスティーが自分の拳を軽く当て、前に向かって片腕を突き出す。
「山に大穴開けてやるわ!」
ふふっと笑われ、冗談として受け取ったフェリオネルは「頼もしいです」と笑い声を転がした。
薪の前で明日の行程を練っていたフェリオネルの前に、ステンレスのカップが出された。振り返ると、リスティーが立っていた。
「リスティー嬢、ありがとうございます」
「こちらこそ」
そう言ってフェリオネルの隣に座ったリスティーは苦笑いを浮かべ、膝を抱く。
「ごめんなさい、負担を増やしてしまって」
「そんなことはないので、気になさらないでください」
食べますかとチョコレートを差し出すと、リスティーは礼を言って受け取る。
「長引きそうね……」
「中央に入ってもついてきそうですよね」
執拗な相手に辟易したリスティーたちは、どうにか撒けないかと地図を広げ見た。
フェリオネルは東部の出身で、中央にもエディスの騎士として来たばかりなので南の地理に明るくない。
薪の光に照らされたリスティーの、真剣な表情に眉を下げる。土地勘のあるリスティーがいて本当に助かった。
「ここは避けたいんだけど、このままじゃ難しいわよね」
誘導されてる気がするのと言って、リスティーが指差した地点を見る。
「ですが、この渓谷を越えるにはここを通るしかないのでは……」
「ここだけは駄目なの、絶対に通れない」
長年住んでいる彼女が言うのだから、余程狙いやすい地形なのだろうと理解を示した。
「違うの、この先の開けた所にね……魔物が住んでいるのよ」
ソイツが厄介でと手を握るリスティーの祖父が、軍人として働いていた頃からいるのだという。
ティーンス大聖堂くらいの巨体を持つミミズや芋虫に似た、この土地特有の魔物なのだと教えてもらったフェリオネルは頷く。
「では、どうやって抜けますか」
「船があれば川から行きたいけど、こっちの山を周回するのがいいと思うわ。道が広いから馬車が通りやすいの」
だけど狙われやすいのが問題だし、どう考えても魔物がいる方に進まされる気がするとリスティーは頭を抱えて膝に顔を伏せる。
「……エディスがいればなあ。アイツなら作戦考えてくれるのに」
あたし、こういうの苦手なのと弱音を零したリスティーに、フェリオネルはどう声を掛けたらいいのかと言いよどむ。
フェリオネルとて作戦の立案などしたことがない。
なのに、全てを筆頭騎士で地元民であるという理由で彼女任せにしてしまっていた。その気まずさから手をもぞもぞと動かすが、噤んでいた口を開ける。
「あのっ……その魔物、僕たちで討伐できませんか?」
「あたしとフェリオネルさんが頑張れば。でも、そしたらレイアーラ様の護衛が手薄になっちゃう」
革命軍に後ろから追いかけられているから安全が保障できないのだと言われると、そうですよねと肩を落とすしかない。
「レウさんだったら、レイアーラ様を上手に守りながら撤退できるのに」
「防御魔法をずっと使ってくれていたではないですか」
「そうだけど、でも……あたし、実は魔法そんなに得意じゃないの。精密性を必要な防御魔法が一番苦手なんだ」
僕なんて使えませんよという言葉が出そうになった口に指を当てて、フェリオネルもため息を吐いたしまった。
――せめて、兄も一緒であればと思っても仕方がない。
「なんで来たらもう革命軍が神殿を襲ってんのよ」
フェリオネルさんのお兄さんがいなかったらと背筋が凍りそうなことを言うリスティーに、フェリオネルはぶるりと体を震わせる。
南部の主要都市・ガンガルダに着いた時には神殿が炎で包まれていて、驚いたことにレイアーラが市民を避難誘導している有様だったのだ。
キシウが向かわせた私兵と革命軍から、兄のレイヴェンとエディスの私兵の援護を受けてガンガルダをようやく抜けられた。
「一番頼りたいはずの恋人と離れたのに……レイアーラ様、文句の一つも言わない。それどころか、あたしたちを励ましてくれたり、能力で援護までしてくれて」
不安じゃないはずないのにと苦悩するリスティーの優しさに、フェリオネルは「お義姉さんなら大丈夫ですよ」と首を振る。
「フェリオネルさんも、ずっと戦ってもらっててごめんなさい」
革命軍の狙いがレイアーラである以上、敵にとって最大の脅威であるリスティーが傍を離れるわけにはいかない。
他に女性の兵士もいないので、今回は彼女がレイアーラや神官の護衛と世話役だ。
必然的にフェリオネルが攻撃の要になるしかないので、連れて来たドラゴンを毎日乗り換えて戦っている。
「ドゥルース・フィンティアが前線に出てこないのでどうにかなっています」
「アイツの付き人っぽい奴も警戒しないとよね」
「例の禁魔術使いですか」
うん、と頷くリスティーにフェリオネルも頭を抱えたくなる。
そんなのに出て来られては隊を大幅に削られてしまうだろう。
隣に座っている年下の女の子に、役割を変えませんか? と。
僕が防御に当たるので、あなたが攻撃に出てもらえないかと提案してはいいのかと悪魔の囁きが聞こえてくる。
優秀な兄でも妹ではなく、凡才の自分しかいないのだ。
――それに、彼女は王子が選んだ筆頭騎士だ。
「なんて、あたしたちが心に隙を作ったままじゃね」
あ~あと言って後ろにひっくり返ったリスティーは、両手指を開いた状態で上へもっていく。
親指にはめ込まれた一対の指輪を見て「不安じゃないはずないわよね」と言って、握った。
これは彼女の気持ちではなく、義理の姉の心情を慮っての発言だろう。
目を閉じたリスティーは重ねた手を口に押し当てる。
「……お祈りですか?」
「うん。力を貸してもらおうかなって」
アイツに、という囁きにフェリオネルは顔を背けた。
地面に視線を落として、不必要に彼女の心に寄り添おうとしてはいないだろうかと考えてしまう。勝手に気持ちを決めつけてはいないだろうかと。
「どうにもならない状況になっても、あたしが絶対に突破してみせる」
腹筋の力で起き上ったリスティーが自分の拳を軽く当て、前に向かって片腕を突き出す。
「山に大穴開けてやるわ!」
ふふっと笑われ、冗談として受け取ったフェリオネルは「頼もしいです」と笑い声を転がした。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
腐男子♥異世界転生
よしの こひな
BL
ある日、腐男子で新卒サラリーマン・伊丹トキヤの自室にトラックが突っ込む。
目覚めたトキヤがそこで目にしたのは、彼が長年追い続けていたBL小説の世界――。しかも、なんとトキヤは彼が最推しするスパダリ攻め『黒の騎士』ことアルチュール・ド・シルエットの文武のライバルであり、恋のライバルでもあるサブキャラの「当て馬」セレスタン・ギレヌ・コルベールに転生してしまっていた。
トキヤは、「すぐそばで推しの2人を愛でられる!」と思っていたのに、次々と原作とは異なる展開が……。 ※なろうさん、Caitaさん、PIXIVさんでも掲載しています。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる