【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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北部編

5.花と風の竜騎士のロマンス

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 ドラゴンに騎乗したフェリオネルが銃を発砲して、窓ガラスを破砕する。
 頭を抱えてうつ伏せたシトラスが窓の方に顔を向けると、その足元にもう一発威嚇射撃を撃ち込んだ。
 さらに窓に近づけたドラゴンの顔に驚いたシトラスは、情けない叫び声を上げて腰を抜かす。

 眉を吊り上げ、ライフルを構えたままのフェリオネルが口を大きく開けて言い放つ。

「この下郎が、エドワード様から離れろ!」

 炎のように燃ゆる髪が彼の背で靡く。

 怒りを帯びて金のように輝く黄緑の瞳――太陽の光を背負った騎士を、エドワードは呆然と見た。
 喉を鳴らして唾を飲みこんで、強張りを解くように笑う。

 フェリオネルはドラゴンを近づけさせ、窓から半身を潜らせて手を差し伸べてきた。

「エドワード様、お手を」

 お護りいたしますと真っ直ぐに向けられた忠誠を、しかと握り締める。
 ぐんと引っ張られ、窓から抜け出してフェリオネルに支えられるがままにドラゴンの背へと跳び移った。

「驚いたじゃないか、フェリオネル。ライズも……いつの間に乗り換えたの」

 彼が南部に行く時に乗っていったのはブラックドラゴンのはずなのに、今いるのはライズと名付けられた希少なレッドドラゴンの方だった。
 この子は妹のアーマーが騎乗していったはずなのにと首を傾げる。

「アーマーと会いまして。スーアは休ませています」

 ふふ、と笑って横向きに乗ったエドワードはフェリオネルに正面から腕を回す。
 レウと比べると一見細いようにも見えるのに全く揺らぐことのない、確かな軍人の肉体だ。

「申し訳御座いません。ですが、私はあなたの護衛も兼ねていますので……御身の安全を優先させていただきました」

「レイアーラ様は? 兄さんから頼まれた任務はどうしたの」

「革命軍なら南に逃げ帰りましたよ。それに、たくさんの騎士たちが警護してくれることになったんです」

 経緯を簡単に説明したフェリオネルは「なので抜けさせていただきました」と眉を下げる。
 普段ならするはずがない彼の独断行動に、エドワードは些か目を丸くする。

「一刻も早く、あなたにお会いしたくて」

 常に変わらない柔らかな笑み。
 先程は金のように見えていた瞳は落ち着き、今は淡いヘーゼルの冠を抱いた黄緑に戻っていた。

「……そんな理由でこんな遠くまでドラゴンを走らせてきたの」

 仕方がない子だねと言って胸元に耳を押し当てる。

 薄い生地の下から響いてくる心音は早く、力強く打っている。
 目を閉じてその音に聞き入っている内に氷のように冷え切っていた手も温まってきて、心のさざめきも落ち着いてきた。

 胸に手を突いて体を起こすと、腕を回していてくださいとフェリオネルは眉を下げる。
 けれど、彼の顔を見て言いたくてそのお願いを断った。

「ねえフェリオネル、お願いがあるんだけど聞いてくれないかな」

 そう言うとフェリオネルは視線だけをエドワードに向けたが、すぐに前へと向き直る。

「えぇっと……その、内容によりますが最善は尽くします」

 横顔の凛々しさ、腰を抱く腕の確かさがくすぐったい。

 彼によく似た面差しの少女が、エドワードの頭の中にぽんと現れた。
 時折ぜんまいを巻かれた人形のように喋り始める少女は、エドワードに向かってこう言う。

『エドワード様っ、恋をしましょうよ! アーマーはいつでも、エドワード様を応援しております!』

 あの時と同じように、溌剌とした顔の彼女がくれた言葉が背を押してくれる。
 ともすれば笑ってしまいそうなまでに可笑しなことを言う少女に助けられてきた。

(ねえアーマー、もしお前の兄さんに断られたら……今度はお前の平たい胸を僕に貸しておくれね)

 フェリオネルの胸に頬をつけて、彼に体を預ける。
 たったそれだけのことが、エドワードにとってはドラゴンの背に跳び移るよりも勇気がいった。

「……僕の太陽になってほしいんだ」

「あなた様の太陽にですか?」

 そうだよと言った後も、彼はしばらくなんの反応もせずドラゴンを飛ばし続けた。

 エドワードも景色を見ながら合流地点はどこなのだろうか、他の者の移動手段はなんだろうかと考える。
 フェリオネルが駆るドラゴンに騎乗するのはこれが二回目なので、こんな乗り方でも、例えエドワードが寝てしまったとして落としはしないだろうという信頼があった。

「たいようって? えっ、ええ~~っ!?」

 だから急に大きな叫び声を出したフェリオネルがドラゴンの操縦を誤ったのか、大きく揺らした時には驚いた。
 珍しく声を出し、慌ててフェリオネルにしがみつく。

 彼も片腕でエドワードを抱きこむ余裕はあったのか、胸板にぎゅうぎゅうと顔を押し付けられる。
 フェリオネルは速度を重視したのか鎧を着ていない。余程焦って来たのだろうかと微笑ましくなって笑う。

「こら、僕を落とす気なの?」

「もっ申し訳御座いません! ですが、その……おっしゃったことに、驚いて」

 エドワードの言う”太陽”が婚約者のシルク・ティーンスを示すことは周知の事実だろう。
 だが――最近は頓に思うのだ。
 この胸の内に空いた空虚が埋められるとは今でも思ってはいないが、そんな自分ごと慈しんでくれる人を傍に求めてもいいのではないだろうかと。

「エッ、エディス様や……それこそ、アーマーではなくてですかっ? どうして、私で」

「僕が男を囲う貴族に良い顔をしたことがあるかい? これが冗談だとお前は思うの」

「それは……申し訳御座いません。失言でした」

 許すと言うと、フェリオネルはふうと息を吐く。

 そうは言えども、彼の苦悩はエドワードとてよく理解している。
 一時期、彼が義理の兄であるエディスに心酔していたのも知っていた。その感情が恋ではなく、憧れという名のつく種類であることも。

 けれど、彼も自分を想ってくれていなければ南から北になど来ないだろう。
 レイアーラの新聞記事を中央で読んでから転移魔法で来たエドワードとは違い、相当な酷道だったはずのだから。

「お前の傍にいたり、笑顔を見ると……小さい頃によく遊んだ庭園を思い出すんだ」

「シルク様と遊ばれた?」

「そう。ビスナルク教官や……時々、陛下も見に来られた。父様と母様だって、あの時は遠くから僕たちを見守ってくれていたんだ」

 僕の中の優しい記憶だよと言うと、フェリオネルはそうですかと微笑む。
 長い暁の髪が風に揺れ、陽光が柔らかく彼の頬を照らす。

 花と風を想わせる竜騎士など、この男以外にはいないだろう。
 柔和な物腰に甘やかな顔立ち、忠実な騎士としての佇まいと志しは人の目を惹き付ける。
 名家の婿に迎え入れられるようにしてやるのが正しい貴族としての在り方だろう。

「ちゃんと私に掴まっていてくださいね」

 驚いて落ちてしまわれては困りますからと言う彼に、何故そのようなことを言うのか問おうとした口を塞がれる。

「ふふ、やっぱり驚いてしまわれた」

 お可愛らしい、と笑う彼に視線が定まらなくて俯く。

「どうしよう……兄さん、アーマー」

「エディス様はおられませんよ。妹も、ルイース少将が持ってこられた飛空船に乗っています」

「あのおじさん、そんな物を持ってきたの」

 エドワードは連絡を待っていたのに、急に任地から向かって今着いたぞ! という一報があり慌てて転移してきたのだ。
 現場主義の軍人は体が先走るから、こちらばかり困らされる。そんな不服をフェリオネルは宥めながら聞いてくれた。

「それで、二人になにが言いたかったんです? 私が代わりに聞きますよ」

 追及されたエドワードは言えるわけがないと額をフェリオネルの胸に押し当てる。体が発熱してきて、暑いような気分にすらなってきた。

「エドワード様、意地悪なさらないでください。そうされるとお顔が見れません」

「お前が今、僕に意地悪をしているの間違いだね」

 そんなことを言われて顔を上げられる者がいるのかと問いただしたくなる。

『恋愛だって報連相が大事なんですよ、エドワード様! お兄様だって言われないと分かりません』

 けれど、頭の中に住むアーマーがなどと言って走り回るせいで考えがまとまらなくなっていく。

「恋って、恥ずかしいことだったんだね……」

 とうとう口にしたというのに、告白した時と同じように間が空く。
 エドワードがなにか言ったらどうなんだい!? と顔を上げると、フェリオネルの目には涙が滲んでいた。

「なっ……なんで、泣くのさ……」

「あなたに恋をしてもらえる幸運と、栄誉に感謝をしなくてはなりませんね」

 後ろに春の花畑でも見えそうな様子で微笑むフェリオネルに嬉しいと伝えられ、今度はエドワードが黙り込んでしまう。

 敬愛するエディスのように「おう、感謝しろよ!」などと虚勢を張れれば良かったのかもしれない。
 だが、ほとんどを人形のようにお決まりの笑顔で交わすか皮肉で言い返すか、脅しのような言葉を口にする人生ばかり送ってきたエドワードには難しかった。
 結果、頷くだけに留まってしまう。

「ですが……単なる一騎士の成り上がりなど、許されません。キリガネさんに怒られてしまいます」

「おや、お前は僕の為にキリガネに怒られてくれないの?」

「私をアーマーと一緒にされては困ります!」

 エドワード様はご存知ないかもしれませんが怒ったキリガネさんは怖いんですよとフェリオネルは泣きそうな声を出す。
 それに、ようやく普段の調子を取り戻したエドワードは仕方ないねと言って、あははっと声を出して笑う。

「僕も一緒に怒られてあげる」
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