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北部編
6.戦況報告
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「どっ……どうしてそんな危ないことをなさったんですか!?」
少女の悲鳴が飛空船の中でこだまする。
叫ばれたエドワードは目を丸くして驚き、口を開きはするものの声が出ない。
なにせ、同好の士として親しくしている護衛が大粒の涙を流して「ご無事でよかった……っ」と顔を握った手で覆い隠したのだから。
「アーマー……」
声を掛けると顔を上げた少女は激したまま己の兄に向かって手を伸ばした。
心得た素振りの兄は腰を落とし、首にしがみつかれてやる。
「お兄様、エドワード様を守ってくださってありがとうございます」
フェリオネルは感激する妹の背をぽんぽんと叩いてやり、宥めた。
そんなに無謀なことをしたはずではと、終始苦笑いをして黙り込むしかないエドワードの首に包帯を巻き付けていた者が離れる。
救急箱を手にして奥へと引っ込んでいくのを見送ってから、エドワードは船長よろしく腕を組んでこちらの様子を見ていた壮年の男を振り返った。
「各地の状況は」
尋ねられた男は、口に咥えていた煙草を指で挟んで煙を吐き出す。
「ルイース少将、エドワード様の前での煙草はお控えください。体に毒です」
途端に叱責されたミシアは苦い顔をして肩を竦めたが、大人しく携帯灰皿に擦り付けて火を消してから捨てる。
「あー……それで、その。レイアーラ様は無事なんだな」
「はい。中央までデュークという神官とレウの兄が送り届けてくださるそうです。二人とも魔物の討伐にも協力的で、信頼に値する人物だと確信しました」
キャンベル家の息子かとミシアが頭を掻く。
「どうにも神殿はきな臭くてなあ。ソイツがこっちに味方してくれるといいんだが」
「そう簡単にはいかないでしょうね……」
「でもハイデはソイツらを騙してるんだろ? 化けの皮が剥がれたら勝手に離れるんじゃないか」
案外簡単かもしれないぞと言うシュウに、フェリオネルはそうでしょうかと不安げな顔を見せる。
だが、すぐに前を向いて中心の大きなテーブルに置かれた地図に手を伸ばす。
「まず、南部ですが革命軍にほとんど支配された状況です」
フェリオネルがそう言うと、アーマーが目を見開く。
「そんな……ッ、それではレイヴェン兄様は」
「兄さんなら大丈夫です。少なくとも今は……そう信じるしか」
「どこも芳しくはないが、南部が一番良くねえな」
中心地が焼け、対抗しているのがリスティーの父が首魁をしているエディスの私兵団とレイヴェン率いる南部軍と、僅かな神官だけだ。
「早々に手を打たないといけないな」
「それともう一つ。南部に所属していたハガイという男が脱走したそうです」
「なら今回襲ってきたのは奴が真似たやつか」
通りで精度が低いと思ったとシュウが吐き捨てる。
「マディ・マーガンか……また厄介な奴を仲間にしたもんだ」
「東部にある監獄の管理人ですからね。そこから革命軍の人員の補充もできるでしょう」
「奴が行っている人体実験の証拠も掴んで、止めさせないと」
苦りきった顔をするフェリオネルに、エドワードが眉根を寄せた。
「あら。なら私が暫く東部に出張に行けばいいんじゃないかしら。牽制になるでしょ」
唇の下に指を当てた地を這う者が許可を求めるようにミシアを見上げる。
ミシアは「ちぃ、頼んだ」と頭を撫でてからエドワードの方へと向き直った。
「エド、人体実験の件は俺も当たってみる」と言う。
「奴ら、学園要塞都市でも随分と暴れたようだ。要塞の領主からも協力してくれると書簡を貰ったよ」
速達で今朝届いたんだとエドワードが口元に笑みを浮かべると、ミシアは肩を竦めた。
「では、エディス様はアンビトン・ネージュの協力を得られたんですね!?」
「電話ではそう言ってたよ。だから心配するなだって」
ふふ、と心配性の騎士たちを案じての言葉を思い返したエドワードが笑い声を零す。
傍らのフェリオネルににこにこと微笑ましげに見つめられ、その視線に気がついたエドワードはどうしたのかと首を傾げた。
「ごめんね、お前への言伝は預かってないんだ」
手を伸ばして頬を撫でると、フェリオネルは目を細める。エドワードの上に手を重ねて視線を合わせた。
「いえ、嬉しそうだったもので。お可愛らしいなと」
そう思うのはいけませんかと腰を曲げて顔を近づいてくるフェリオネルに、エドワードは言葉を失う。
だが、すぐに人形のように笑顔を顔に貼り付けた。
「……構わないよ」
「余所行きの顔ではなく、私だけのお顔を見せていただきたいのですが……公私混同はされない方だと理解しておりますので」
我慢いたしますと言って離れていき、背筋を伸ばしたフェリオネルにエドワードは「偉いね」と言いながらも、肩から垂らした髪を指でいじった。
前を向くと、手を口の前で握ってキラキラとした顔をするアーマーと目が合う。彼女の物言いたげな目から、恐る恐る視線を逸らした。
「それ以外にはなにも言ってなかったのか」
シュウがそう問うと、エドワードは西部へ行くと言っていたことを告げた。
「トリエランディア大将にでも呼び出されたのか?」
「アイツが? 違うだろ、今更中央に用なんかねえだろ」
なんで西部にと疑問を感じたのは皆同じだ。
「俺も駅で今から西部に行くっていうジェネアスと会ったが、アイツもなにも言ってなかったしな」
ミシアは顎に生えた無精髭を撫でながら視線を上向けて言う。
「ならアイツの今のパートナーか?」
周りの顔を見比べていたシュウが、隣に座っているエドワードの方へと体を傾ける。
「……トリエランディア大将って奥さんいたのか」
耳打ちされたエドワードは些か目を驚きに見開き、聞いたことがないよとため息をつく。
「西部は能力者が多いから、また適合したのかな。フェルやアーマーはなにか聞いていないの?」
「ヒョウさんのことですか? 私はまだ会ったことがないので……アーマーは」
「私、実は秘密裏にお会いしました! それはもう、」
活き活きと話し出すアーマーに、藪蛇をつついたことを悟ったエドワードはフェリオネルにもう一杯お茶を淹れるよう頼んだのだった。
少女の悲鳴が飛空船の中でこだまする。
叫ばれたエドワードは目を丸くして驚き、口を開きはするものの声が出ない。
なにせ、同好の士として親しくしている護衛が大粒の涙を流して「ご無事でよかった……っ」と顔を握った手で覆い隠したのだから。
「アーマー……」
声を掛けると顔を上げた少女は激したまま己の兄に向かって手を伸ばした。
心得た素振りの兄は腰を落とし、首にしがみつかれてやる。
「お兄様、エドワード様を守ってくださってありがとうございます」
フェリオネルは感激する妹の背をぽんぽんと叩いてやり、宥めた。
そんなに無謀なことをしたはずではと、終始苦笑いをして黙り込むしかないエドワードの首に包帯を巻き付けていた者が離れる。
救急箱を手にして奥へと引っ込んでいくのを見送ってから、エドワードは船長よろしく腕を組んでこちらの様子を見ていた壮年の男を振り返った。
「各地の状況は」
尋ねられた男は、口に咥えていた煙草を指で挟んで煙を吐き出す。
「ルイース少将、エドワード様の前での煙草はお控えください。体に毒です」
途端に叱責されたミシアは苦い顔をして肩を竦めたが、大人しく携帯灰皿に擦り付けて火を消してから捨てる。
「あー……それで、その。レイアーラ様は無事なんだな」
「はい。中央までデュークという神官とレウの兄が送り届けてくださるそうです。二人とも魔物の討伐にも協力的で、信頼に値する人物だと確信しました」
キャンベル家の息子かとミシアが頭を掻く。
「どうにも神殿はきな臭くてなあ。ソイツがこっちに味方してくれるといいんだが」
「そう簡単にはいかないでしょうね……」
「でもハイデはソイツらを騙してるんだろ? 化けの皮が剥がれたら勝手に離れるんじゃないか」
案外簡単かもしれないぞと言うシュウに、フェリオネルはそうでしょうかと不安げな顔を見せる。
だが、すぐに前を向いて中心の大きなテーブルに置かれた地図に手を伸ばす。
「まず、南部ですが革命軍にほとんど支配された状況です」
フェリオネルがそう言うと、アーマーが目を見開く。
「そんな……ッ、それではレイヴェン兄様は」
「兄さんなら大丈夫です。少なくとも今は……そう信じるしか」
「どこも芳しくはないが、南部が一番良くねえな」
中心地が焼け、対抗しているのがリスティーの父が首魁をしているエディスの私兵団とレイヴェン率いる南部軍と、僅かな神官だけだ。
「早々に手を打たないといけないな」
「それともう一つ。南部に所属していたハガイという男が脱走したそうです」
「なら今回襲ってきたのは奴が真似たやつか」
通りで精度が低いと思ったとシュウが吐き捨てる。
「マディ・マーガンか……また厄介な奴を仲間にしたもんだ」
「東部にある監獄の管理人ですからね。そこから革命軍の人員の補充もできるでしょう」
「奴が行っている人体実験の証拠も掴んで、止めさせないと」
苦りきった顔をするフェリオネルに、エドワードが眉根を寄せた。
「あら。なら私が暫く東部に出張に行けばいいんじゃないかしら。牽制になるでしょ」
唇の下に指を当てた地を這う者が許可を求めるようにミシアを見上げる。
ミシアは「ちぃ、頼んだ」と頭を撫でてからエドワードの方へと向き直った。
「エド、人体実験の件は俺も当たってみる」と言う。
「奴ら、学園要塞都市でも随分と暴れたようだ。要塞の領主からも協力してくれると書簡を貰ったよ」
速達で今朝届いたんだとエドワードが口元に笑みを浮かべると、ミシアは肩を竦めた。
「では、エディス様はアンビトン・ネージュの協力を得られたんですね!?」
「電話ではそう言ってたよ。だから心配するなだって」
ふふ、と心配性の騎士たちを案じての言葉を思い返したエドワードが笑い声を零す。
傍らのフェリオネルににこにこと微笑ましげに見つめられ、その視線に気がついたエドワードはどうしたのかと首を傾げた。
「ごめんね、お前への言伝は預かってないんだ」
手を伸ばして頬を撫でると、フェリオネルは目を細める。エドワードの上に手を重ねて視線を合わせた。
「いえ、嬉しそうだったもので。お可愛らしいなと」
そう思うのはいけませんかと腰を曲げて顔を近づいてくるフェリオネルに、エドワードは言葉を失う。
だが、すぐに人形のように笑顔を顔に貼り付けた。
「……構わないよ」
「余所行きの顔ではなく、私だけのお顔を見せていただきたいのですが……公私混同はされない方だと理解しておりますので」
我慢いたしますと言って離れていき、背筋を伸ばしたフェリオネルにエドワードは「偉いね」と言いながらも、肩から垂らした髪を指でいじった。
前を向くと、手を口の前で握ってキラキラとした顔をするアーマーと目が合う。彼女の物言いたげな目から、恐る恐る視線を逸らした。
「それ以外にはなにも言ってなかったのか」
シュウがそう問うと、エドワードは西部へ行くと言っていたことを告げた。
「トリエランディア大将にでも呼び出されたのか?」
「アイツが? 違うだろ、今更中央に用なんかねえだろ」
なんで西部にと疑問を感じたのは皆同じだ。
「俺も駅で今から西部に行くっていうジェネアスと会ったが、アイツもなにも言ってなかったしな」
ミシアは顎に生えた無精髭を撫でながら視線を上向けて言う。
「ならアイツの今のパートナーか?」
周りの顔を見比べていたシュウが、隣に座っているエドワードの方へと体を傾ける。
「……トリエランディア大将って奥さんいたのか」
耳打ちされたエドワードは些か目を驚きに見開き、聞いたことがないよとため息をつく。
「西部は能力者が多いから、また適合したのかな。フェルやアーマーはなにか聞いていないの?」
「ヒョウさんのことですか? 私はまだ会ったことがないので……アーマーは」
「私、実は秘密裏にお会いしました! それはもう、」
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