【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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北部編

7.この人魚姫は歌わない

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「……ぅ」

 白く泡立つ波打ち際で流木のように横たわる者が一人。
 北部の土地をほとんどを手中に治めた公爵――ギジア・トリドットその人だった。

 領主は扉の機嫌次第だなんだと言っていたが、己を許す気は毛頭なかったのだろう。送り出された先は海の上だった。
 おかげで半日ほどもがき苦しむ羽目になり、ついに動けなくなって海面を漂ってようやくここに辿り着いたのだろうか。

 体力を大幅に奪われ、意識も長時間失っていた今、己が辿り着いた先がどこか考える気力すら残っていなかった。魔力も底を着いていて、体の熱が冷えては熱する。
 手足も荒れ狂う海の中で錐揉みになり、このまま千切れるのではないかと疑うほどに痛みを発していた。

(俺は死ぬのか……)

 得体のしれない能力で腹に開けられた大穴は治癒魔法程度では修復しきれなかった。
 それに、領主に破壊された禁術・バンドゥアの反動で体が体が衰弱しきっており、指一本動かすことすら出来そうにない。

 これが代償かと笑う気力もなかったギジアは口の端をひくつかせる。
 恨みも愛も理解されないまま終えるのは嫌だと、身の内から叫ぶ声が聞こえるような気がした。

「あなた、しぬの?」

 目の前に突然顔が出てきて、ヒュッと息を呑む。

 白い手が額を覆い、ギジアの熱を奪っていく。
 ふわふわとレースが重なった黒のワンピースドレスが汚れることも躊躇わずに砂浜に座っている女は、ギジアの額にへばりつく濡れた髪を貝のような爪がついた指先ではらう。

 星空を背にして、少女めいた愛らしい顔がこちらを覗きこんでいる。
 二つに結った紫色の髪の先はゆるやかに巻かれていて、額の生え際が見えた。
 切れ長の瞳は己の一族と同じ、金色。だが、紫色の頭髪の貴族など記憶にない。

「あなたは、誰だ……」

「覚えてない? 君が溺れていたのを助けたの。うふふっ! まるでおとぎ話みたいね、私たち」

 赤い唇が開く度、鋭い犬歯が垣間見える。
 愛らしさとはかけ離れたそれに、ギジアは食らうならば食らえばいいと自棄を起こした。

 だが、口元に笑みを湛えたままギジアの頭を撫でるだけの女に、癒しの吸血鬼ではないかと心臓が跳ねる。
 そんな都合のいいことがあるかと戸惑い、けれど悔しさから滲んだ涙になりふり構っていられるのかと悪魔が囁く。

「――あなたの命をくれないか」

 呟いた声はひどく枯れていて、ギジアは自嘲した。
 こんな図々しい願いを誰が聞くのだと。

「大丈夫よ、私があなたの神様になってあげる」

 瑞々しい声は心に沁み渡るようだった。
 神様になると女はいう。まるで本当におとぎ話のようではないか。

「面白い」と哄笑したギジアに、女は背を曲げて近づいてくる。
 白い牙を剥き出しにした女に首に噛み付かれた。残り僅かな血を吸われた途端、身体が燃えるように熱くなる。

 命の奔流。
 生と死がせめぎ合い、食らい合う。命の循環が入れ替わっていく様をまざまざと感じさせられる。
 身体がバラバラに千切れ、折りたたまれ、やがて放り出された頃、ようやく息を吐くことができるようになった。

「あなたもようやく、彼のところへ到達したわ。ギジアくん。それでね、~~~~~~~……だけれど、分かるかしら。だからね、」

 白い光に包まれた女が何事かを言うが、耳から音が遠ざかっていく。潮騒にかき消されるそれに、ギジアは異なこともあると笑う。
 それは、彼が久しくしていなかった穏やかな笑みであった。

「なるほど、古代言語か。それは俺にも理解できないよ」

 そう言うと、彼女はこちらに対して慈しむような、それでいて蔑むような不可思議な目を向けてくる。

 そっと両頬に手を当てられ、額を押し付けて視線を合わせ――。

「あなたの憎しみと愛を私に見せて」

 瞳孔が細まった目に心臓を杭のように打たれる。
 頬を両側から押さえられて視線を外すことすらできない。

「それを糧として、私たちは生きるから」
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