田舎娘は後宮妃になりました。

ゆきむらさり

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後宮編②

17.宝玉の蒸し菓子と嫌がらせ

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 当面の間、後宮妃・麗香付きの専属侍女として仕えることになった宝玉。だが、蓋を開けてみると、一日の大半がゆっくりと食事をすることやお茶を楽しむことに費やされている。

 そうした中で、実は貴人としての所作も自然と学ばされている。後宮妃・麗香の所作全てが手本そのものだからだ。

 元々、何事にも好奇心旺盛で学びの心を忘れない宝玉。見よう見まねでも毎日毎日積み重ねれば、やがて自分のものとなる。

 勉学に関して言えば、「さほど問題ない」と言われた宝玉。

「宝玉ちゃんは聡明だから物覚えも良いし、自分でも書庫へと通い、熱心に勉強に励んでいるから、私から敢えて言うことはないわ。それに宝玉ちゃんより劣る後宮妃もいるのよ」

 ふふふっ、と笑う後宮妃・麗香。

「美しく着飾ることしか頭にない輩は意外と多いのよ。ふふっ、愚かね」

 やんわりと毒を吐きながらも嫌味がない。

 人柄の成せる技だろうか? 

 「それに比べたら宝玉ちゃんの頑張りは称賛ものよ」

 田舎娘の宝玉にも優しい後宮妃・麗香。気さくな性格も好ましい。それでも元は帝家の公主ひめ。実弟は今代の皇帝。

 ーー凄いお方なのに……。

 だから、宝玉は聞かずにはいられない。

「あのー……麗香公主様……」

「あらっ? 宝玉ちゃん。その呼び方は正しくはないわ。あなたは私の家族も同然の存在なのよ。だからね、『麗香お姉様』と呼んでくれたら嬉しいわ。妹のような可愛い存在の宝玉ちゃんだから、私は姉として頼られたいの。宝玉ちゃん……はい、あーん?」

 宝玉の口元へと棗の蒸し菓子を入れる後宮妃・麗香。

「わぁ! これっ……凄く美味しいです!」

「でしょう! 私が作ったのよ。炫もね、この棗のお菓子が大好きなのよ。よく私が作ってあげたのよ。ああっ、そうだ!」

 ぽんっと手を叩く後宮妃・麗香が提案する。

「そうよ、宝玉ちゃん! 今度作り方を教えてあげるから一緒に作りましょう。炫に届けてあげたらきっと喜ぶわ。このところ会えていないでしょう? 淋しいのでは?」

「そっ……そんなことは……」

 もじもじする宝玉に「ふふっ、可愛い」と頭をポンポンする後宮妃・麗香。

 ――あっ、この感じは炫様みたい。

 安心感を覚える宝玉。

 皇帝・王炫も、よく宝玉の頭をポンポンと撫でてくれていた。

 ーー淋しいか、淋しくないか……。

 そう聞かれたら「ちょっと淋しいかも……」な宝玉。

 後宮妃として入宮した宝玉だが、他の後宮妃よろしく伽に呼ばれることもなく、忙しい皇帝・王炫とはなかなか会えていない。

 ――会いにも来てくださらない。

 小さく吐息をつく宝玉は知らない。

 実は皇帝・王炫が、宝玉の寝顔を毎晩こっそりと見に来ていることや、後宮妃・麗香が「宝玉の痩せた体が丸みを帯びるまでは……」と皇帝・王炫に“待った”をかけていること。

 当然、宝玉は知らない。

 帝家の姉弟二人ともに互いに宝玉を慮り、大切に思っているのが今の状態。

 そして皇帝・王炫も知らない。

 宝玉が忙しい皇帝を想い、棗の蒸し菓子作りを懸命に練習していることを……。


 ◇


 宝玉には光王城に来てからの平穏で楽しい日々。そんな日々をくれた皇帝・王炫に感謝も伝えたい宝玉がいる。

 そんなある日。

 後宮妃・麗香に教わった棗の蒸し菓子が、あまりにも上手く出来た宝玉。皇帝・王炫への感謝の気持ちが込められているせいかもしれない。

「麗香お姉様……実は炫様の為に作ってみました。炫様は喜んでくれるでしょうか?」

 おずおずと聞いてみる。それでも真心だけは負けないと自負できる宝玉。それを後押しするかのように後宮妃・麗香は告げる。

「まぁ! 素晴らしい棗の蒸し菓子ができたわね! こっそり届けてあげれば喜ぶわ!」

 嬉しそうな後宮妃・麗香。

 宝玉の気持ちを察し、皇帝・王炫へと届けることを提案する。さらには宝玉の手にある物を持たせる後宮妃・麗香。

「これを持っていきなさい。私の玉佩を持っていれば〈帝宮〉への出入りは自由よ。私の側仕えも連れて行きなさい」

「ありがとうございます、麗香お姉様ー!」

 久しぶりに皇帝・王炫に会えると思うと、自然と心が弾む宝玉。

 そんな宝玉は気付いていないが、田舎の村から道中をともにした時から自然と気を許し、気兼ねなく接することができる存在として在るのが皇帝・王炫。

 宝玉には大切な存在になりつつある。

 それが友愛か愛情かはわからない。それでも嬉しいのか気持ちは弾む。

 側仕えに先導され、美しい菓子箱へと納めた棗の蒸し菓子を届けようと長い回廊を進む宝玉。

 そこへまさかの災難。まさかの嫌がらせ。

「……侍女の分際で生意気なのよ!」

「宝玉様っー!」

 側仕えが叫ぶ。

 突如、回廊の柱の物陰から大量の墨を浴びせられた宝玉。手に持つ菓子箱を落としてしまう。しかも、蒔かれた墨の中には、ご丁寧にも松脂まつやにまで混ぜられている。

「……せっかく作った炫様へのお菓子がっ……」

 床へと落ちた菓子箱から零れ落ちた棗の蒸し菓子。多量の墨に染まっている。

 呆然と立ち尽くす宝玉。言葉も出ない。

 「……嗚呼っ、なんということに……」

 青ざめる側仕え。

 「いい気味だことー!」と逃げ去る不届者。

 そして宝玉は落ちた棗の蒸し菓子を無言で拾い集め、押し潰されそうな胸の痛みを感じながらも、いそいそと菓子箱へと戻す。

 ーー炫様……ごめんなさい。お菓子が駄目になりました。ごめんなさい、炫様……。

 宥める側仕えに伴われ、元来た道を戻る宝玉。

 頭から松脂入りの墨を被る自分の身よりも、皇帝・王炫の為に作った棗の蒸し菓子が無駄になったことのほうが切ない。

 彼女の美しい黒曜石の瞳が揺らぐ。

 結局、その日は皇帝・王炫には会えないまま終わる。


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