田舎娘は後宮妃になりました。

ゆきむらさり

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後宮編②

19.めげない田舎娘 宝玉side

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 憤る後宮妃・麗香がいる一方で、墨で汚れた体を清められている宝玉は、最初こそ怒りよりも溜息ばかりが溢れる。

 ーーこれが〈後宮〉なんだね?

 宝玉は侍女に体を清められながらも、なかなか落ちない髪の毛の汚れを見ながらしみじみと思う。

 これまでのところ、人の悪意とは無縁な世界に生きていた宝玉。

 憐れみの目で見られることはあっても、他人からあからさまに悪意を向けられたことはない。

 田舎からの道中、皇帝・王炫の近臣である張武偉からは「後宮妃の皆様方にはお気をつけください」との注言はあったが、ここに来てからの日常があまりにも平穏だったこともあり、注言は頭の隅に追いやられていた宝玉。

 ーー炫様の寵愛を得ることに必死なんだね?

 そう思いながらも「私は下っ端だよ」と溜息。


 ◇


 ただ今は、念入りに体を洗う侍女に身を任せている宝玉。

 松脂まつやに入りの墨の多くは衣装へとかかり、衣装はやむを得ず廃棄されることに。ただ、侍女服とはいえ、貧しい田舎に育つ宝玉が来ていた以前のボロ着に比べたら断然勝る。

 もったいない……と思う。

 それに皇帝・王炫の為に作った棗の蒸し菓子も全部が墨だらけにされ、それも廃棄処分。

 ーー食べ物が……食べ物が、もったいないことに……。

 〈後宮〉へと来る以前。特に大地が枯れる冬場は食べられない日もあった宝玉。木の実の一粒さえ貴重な食事。

 対して、季節に関係なく贅沢な物を食べられる貴人たち。

 ーーだから、平気であんな事が出来るの? あの蒸し菓子だけでも贅沢品だよ? 食べ物を粗末にするなんて許せないよ。

 皇帝・王炫に会えないのも淋しい。

 でも、それ以上に物を粗末にする不届者が許せないとの思いが沸々と湧く宝玉。

 生まれが違うのだから、当たり前と思うことも違う。贅沢に生まれたなら贅沢が当たり前。それは仕方がないことだから文句を言うつもりもない。それに。

 ーー今の私も衣食住に困らない暮らしをさせてもらっているし……。

 元々は、〈後宮〉に上がることも自ら進んでなったのだから、人にどうこう言える立場でもない。

 ーーそれでも、それでも……食べ物を粗末にすることはいけないことだよ。ダメなことはダメなんだよ。

 湯殿に浸かりながらも「うん、謝ってもらおう」と意気込む宝玉。


 ◇


 そこへ侍女から言葉がかけられる。

 墨で汚れた宝玉を丁寧に清めていく侍女は、申し訳なそうに声のトーンを落として告げる。侍女がその手に持つのは、宝玉の美しい濡羽色の髪。

「申し訳ございません、宝玉様。お顔の汚れは落ちましたが、髪へと付着した松脂が……」

 どうにも落とせません……と平謝りの侍女は、額を床へと擦り付けたまま顔を上げようとはしない。

 皇帝の寵愛を競う後宮妃には「美しさ」は何よりも優先される。特に美しい艶髪は、それだけで“美”そのものであり、持ち主を彩る装飾品ともいえる。

 罰せられるのを覚悟している様子の侍女に、「そんなに畏れなくても……」と宝玉はなるべくやんわりと告げる。

「大丈夫です。そんなに謝らないでください」

 宝玉には「そんな事」でしかない。

 ーー髪ならいくらでも生えてくるもの。

 だから、侍女にはさみを持ってこさせる宝玉は、自分の手で自らの髪の毛をバッサリと切り落としてしまう。

 あんぐりと驚嘆する侍女。

「きゃあっ! 宝玉様っー!」

「良いの……髪の毛はまた伸びるし、これであなたが罰せられることもないでしょう?」

「そんなっ、宝玉様……ですが!」

「元々私の髪が長かったのは単純に切る手間も惜しんだから……それに邪魔だから一つで纏めていただけ……私には短い髪のほうがお似合いだと思わない」

 どう? とニッコリと微笑む宝玉。その心遣いに感極まる侍女。

 不手際を起こせば、他の後宮妃であれば容赦なく侍女を打ち据える。あまつさえ、侍女の命を虫ケラのごとく斬り捨てるのが高慢な後宮妃たち。それにもかかわらず、侍女には非がないようにまで振る舞う宝玉の心根の優しさ。

「……なんというお優しい方なのでしょう……」

 侍女は深く深くこうべを垂れ、その瞳には涙さえ浮かべ、感謝の意を表す。

「本当に気にしないでね?」

 宝玉は笑みを絶やさない。

 それでも粗末にされた棗の蒸し菓子は元には戻らない。あの蒸し菓子だけでも貧しい村では、一生にあるかないかの贅沢。

「絶対に許すまじ!」

 意気込む宝玉は、後宮妃・麗香に「もし、食べ物を粗末にした不届者が見つかったら私にも合わせてください」と願い出る。

「宝玉ちゃんが望むなら引き合わせましょう。すでに不届者は面が割れているの。それよりも……宝玉ちゃん、その髪っ?!」

 短い髪となった宝玉に息を呑むのは後宮妃・麗香。

 ーーこれを炫が見たら驚くわね。

 たとえ宝玉が許しても皇帝・王炫が許さないだろう……そう思う後宮妃・麗香だが、意外にも本気で憤ったのは宝玉だったりする。

「食べ物を粗末にする輩は絶対に許しません!」














 






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