田舎娘は後宮妃になりました。

ゆきむらさり

文字の大きさ
27 / 50
後宮妃・三の妃編

25.墨事件と田舎娘の気持ち 宝玉side

しおりを挟む
 今回の「墨事件」。

 蓋を開けてみれば、“三の妃”の幼稚な嫌がらせ。

 そうは言っても、原因は彼女の生まれにまで遡るのだから、根っこの部分は意外と深い。それで「なんだかなぁ~」の宝玉は「これって……とばっちり?」と思わなくもない。

 だが、宝玉は元来お人よし。

「人の不幸は蜜の味」とは、決して思わないところが彼女の持ち味でもある。それも優しい母の教えが利いている。


 ◇


 遡れば、貧しくても父も母もいる幸せな日々。

 宝玉の優しい母は諭すように言葉を紡ぐ。

『宝玉……これだけは覚えておいてね?』

 うんうん、とうなずく幼い宝玉。

『もしも人を貶めるような行為をしたら……その行為はね、いつか必ず自分に跳ね返ってくるものよ。でもね、どうしても理不尽な扱いを受けた時は……」

『……受けた時は?』

『その時は怒っても良いのよ』

『うん……わかった』

『それでもね……どんなに辛くても人に優しくすれば、いつかはその優しさが返ってくる時があるわ。だからね、もし恩義を受けたなら恩に報いなければだめよ。人には優しく……そうすればきっと幸せになれるわ。お父様と出会ったお母様が幸せなようにね。おかげであなたという宝まで授かったのよ』

 ふふっ……と美しい笑みを浮かべる母。

『うん! 宝玉は恩に報いるー!』

 そんな過去があったよね……と懐かしむ宝玉。

 だからかもしれない。

 後宮妃・麗香から事情を聞かされた宝玉は、“三の妃”の生家での辛い立場には同情している。

 おまけに子供を無下に扱う“三の妃”の実父や義母にさえ「どのような子でも子供は宝だよ! 親の資格なし!」と腹を立てる。

「でも、食べ物を粗末にしたことは許せません! 食べられることは当たり前ではないんだよ。食べられる物がなくて亡くなる子もいるんだよ……死んだら終わりなんだよ……」

 しまいには「わぁ~ん!」と大声で泣く宝玉。

 他のたおやかな後宮妃のように、はらはらと静かに涙を流さないあたり、宝玉らしい。

「あらあら、宝玉ちゃんたら泣かないで……」

 後宮妃・麗香が宝玉を「いい子、いい子」と優しく抱きしめると、「姉上、余が慰めます」と即座に奪い返す皇帝・王炫。

 他人事にも真剣に憤る宝玉に「やっぱり宝玉ちゃんは良い子ね。炫にお似合いだわ」と微笑する後宮妃・麗香。

「……だから、余は宝玉が愛おしいのだ。これは余が見つけた一輪の野の花。いずれは美しく咲き誇るだろう、余のために……」

 端然と言い切る皇帝・王炫。意外と惚気ている。そして宝玉の短くなった濡羽色の髪へと視線を移す。

「短い髪の宝玉も幼な子のように可愛いが……」

 ポンポンと宝玉の頭を撫でる皇帝・王炫は、彼女の短い髪の先をもてあそびながらも名残惜しげに呟く。

「早く伸びれば良い……」

 宝玉は濡羽色の美しい髪を持つ。

 おかげで他の後宮妃のように多くの髪飾りを付けなくても、それだけでも美しいのだ。

 髪は女の命とはよく言ったもの。

 「……やはり、長い髪の美しい宝玉を愛でたい」

 そう零す皇帝・王炫は愛おしそうに腕の中の宝玉を見つめる。


 ◇

 
 少々、話が横道に逸れてしまったが、実は今回のことを大事おおごとにも公にする必要性も特に感じない宝玉。

 皇帝・王炫にも後宮妃・麗香にも、そのように伝えている。

 命の危険を感じたのなら別だが、そういうわけでもない。

 ーーでも、墨に落としにくい松脂まつやにを入れるのはやり過ぎだよね? 大変なんだよ、落ちないから……。

 それでも侍女たちが頑張って落としてくれたのだ。

 宝玉の肌を痛めつけないように、丁寧に何度も洗い流してくれた侍女たちの根気には感謝しかない。それでも髪の毛はどうにもならず、宝玉が自分で切り落としたのだ。

 皇帝・王炫も好きだという宝玉の濡羽色の長い髪。

 ーー髪は女の命というなら彼女の罰は……。

 良いことを思いついた宝玉。

 可愛い小鈴と一緒に棗の蒸し菓子を作りながら、宝玉なりに何が一番最善かを考える。


 ◇


 狭い世界に暮らす後宮妃たち。

 女ばかりが集まれば、妬みや嫉みの応酬なのは仕方がない。それに彼女たちは皇帝の寵愛を競うのが仕事のようなもの。だから、余計にヒートアップする。

 ただ、当の皇帝自身が〈後宮〉を訪れないという不測の事態。

 ーー後宮妃の皆様は美しい人ばかりだと聞くのに、炫様は『後宮には行かない』と言っている。もしかしたら……炫様は自分が美しいから後宮妃には興味がないのかなぁ。

 などなど、宝玉は後宮妃の「本来の務め」ともいえる夜伽自体を理解してはいないせいで、少しばかり考えが明後日あさっての方向へとずれている。

 おまけに、「自分も後宮妃の一人」であるということをすっかり忘れている宝玉。それもこれも体を動かす侍女の勤めのほうが、彼女の性分に合っているからだ。

 宝玉には、共寝は単純に「一緒のふとんに入って眠ること」だと思っているせいで「共寝イコール伽」とは思っていない。

 さすがは純朴な田舎娘。

 ーー温かい布団で眠れるだけでも幸せなことだよね?

 特に両親が亡き後、貧しい村での暮らしは、一人で寒さに膝を抱えて眠る日が多い。宝玉には人肌ですら贅沢な湯たんぽ。

 また話は逸れたが、皇帝・王炫が後宮妃を召し上げないのが、まさか自分がいるからだとは考えもしない宝玉。

「えーっ! だって田舎娘の私だよ? あははっ、ないない」

 方や、「共寝をしたいのは後にも先にも宝玉だけ」の皇帝・王炫の思いもブレない。

 おかげで、後宮妃たちは皇帝の寵愛を競う以上に、同じ妃同士での優劣を競い、〈後宮〉で誰がトップか、誰が一番の大華であるかを争う始末。

 ーーだったら、後宮が存在しなければ良いのでは? 

 不意に、そんな考えも浮かぶ宝玉。

 できれば、揉め事はないに越したことはない。不要な労力を使うのは疲れるだけの行為。
 
 ーー争うぐらいなら“争いの元後宮”はいらないよ。どうせなら穏やかに生きていきたい。

 それに皇帝・王炫に多くの妃がいることが何となく嫌かも……な宝玉がいたり。

 皇帝・王炫も同じ考えを持っているとは知らない。

 
 色々と考え悩む宝玉。
 
 田舎娘でも日々勉学に励めば、知識も知恵もついてくる。それに生来より努力家で意外と聡い。それは宝玉の生まれが関係するのかもしれないが、それはおいおい。

 自分に懐いてくれる可愛い小鈴ちゃんの為にも、そうせざるを得なかった妹想いの侍女青鈴の為にも、宝玉は皇帝・王炫に「或る事」を願い出る。
しおりを挟む
感想 217

あなたにおすすめの小説

愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?

四折 柊
恋愛
公爵令嬢ジョゼフィーヌには好きな人がいた。その人は隣国の王子様リック。ジョゼフィーヌはリックと結婚したくて努力をしてきた。そして十六歳になり立派な淑女になれたと自信を得たジョゼフィーヌは、リックにプロポーズをしようとした。ところが彼に婚約者がいたことが発覚し悲しみに暮れる。今まで確認しなかった自分も悪いが、なぜかリックも家族もそのことを教えてくれなかった。そんなときジョゼフィーヌに婚約の打診が来た。その相手は自国のアルバン王太子殿下。断りたいが王命が下り仕方なく受け入れた。それなのに、ある日夜会でアルバンが可憐な令嬢に一目惚れをした。その後、アルバンはその令嬢を側室にしたいと望んだので、お互いのために婚約を解消したいと申し出たが拒絶されて……。ジョゼフィーヌの未来はどうなるのか?!

子供のままの婚約者が子供を作ったようです

夏見颯一
恋愛
公爵令嬢であるヒルダの婚約者であるエリックは、ヒルダに嫌がらせばかりしている。 嫌がらせには悪意しか感じられないのだが、年下のヒルダの方がずっと我慢を強いられていた。 「エリックは子供だから」 成人済みのエリックに、ヒルダの両親もエリックの両親もとても甘かった。 昔からエリックのやんちゃな所が親達には微笑ましかったらしい。 でも、エリックは成人済みです。 いつまで子供扱いするつもりですか? 一方の私は嫌がらせで寒い中長時間待たされたり、ご飯を食べられなかったり……。 本当にどうしたものかと悩ませていると友人が、 「あいつはきっと何かやらかすだろうね」 その言葉を胸に、私が我慢し続けた結果。 エリックは子供を作りました。 流石に目が覚めた両親とヒルダは、エリックと婚約破棄するも、今まで甘やかされたエリックは本当にしつこい。 ねえエリック、知ってる? 「私にはもっと相応しい人がいるのよ?」 非常識な婚約者に悩まされていたヒルダが、穏やかな結婚をするまでの物語。

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。 アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。 全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...