田舎娘は後宮妃になりました。

ゆきむらさり

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後宮妃・二の妃の裁き編

41.〈天牢〉の罪人の後悔と懺悔

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 王族や身分の高い罪人たちの牢獄である〈天牢〉。

 投獄されているのは“後宮の三妃”の一人。

 かつては後宮妃・“二の妃”と呼ばれ、他の後宮妃とは別格の存在としてあった美姫だが、今では身分を剥奪されている。

 ただの罪人・林氷翠。

 彼女が投獄されている〈天牢〉は、元は身分の高い者が入る牢獄だけあり、牢内は比較的小綺麗にされ、床には藺草で編んだござが敷かれ、簡易な寝台や小さな座卓までもが用意されている。


 ◇


 罪人・林氷翠は牢獄の中へと敷かれたござの上へと鎮座し、静寂の中、裁きを待つだけの身のせいか、目の前に置かれた水や食事には、いっさい手をつけることもない。

 今の彼女の心中は複雑そのもの。

 食べ物を口にする気にもならないのだ。

 自らの告発で母・氷華の過去の悪行を公にしたことが大きいといえる。心は重く、気持ちは沈む。

「……どうか、どうか、お赦しください、お母様」

 何度も平伏を繰り返し、慈悲を乞う。

「今さら請うても赦されないでしょう。それでも……どうしても私には美玲様のお優しさが忘れられないのです」

 側女・美玲を憎む母・氷華の心が分からないわけではない。

 一度芽生えた妬みや嫉みは、人の心を黒く濁し、貶める。凶行へと駆り立てる要因にもなり得てしまう。

 ーーそれでも……。

 まさに、今さらかもしれない。

「……慈悲深いあの方こそ生きるべき人でした」

 ーーそれを見殺しにした私……。

 地面へと頭をすり付け、何度も詫びる罪人・氷翠。その姿からは、かつての高慢さはうかがえない。

 今は亡き実母・氷華と義理の母・美玲への罪悪感に心が締め付けられるせいだ。


 ◇


 元々は優しい娘であった氷翠。

 それを変えたのは実母である氷華。

 母・氷華の陰惨な心が、優しい娘だった氷翠を高慢な娘へと変えてしまった。それでも氷翠の心の内には、僅かながらも良心のカケラが存在していたのかもしれない。

 何より、幼い頃からずっと手放すことができなかった物が氷翠にはあるのだ。肌身離さず持ち歩く行為こそ彼女の良心。

 それは一枚の色褪せた手巾。それを固く握り締める氷翠がいる。

 側女・美玲からの心のこもった贈り物だ。

 仲睦じい鴛鴦おしどりの刺繍が見事なまでに施されている。

「美しく賢明な氷翠様なら……きっと素晴らしい殿方に出会えるわ」

 そう言いながら、こっそりと贈ってくれたのだ。

 いつか自分もそうなりたい……と、“鴛鴦えんおうの契り”を結びたいと、そう願った過去があったからだ。

 今思えば、側女・美玲は氷翠が林家に出入りする商家の三男に、密かに恋心を抱いていたことを知っていたのかもしれない。

 ーー優しい人だったから……。

 だが、欲深い林家の当主が許すはずもない。

 ほどなく、出入り禁止となった商家の三男だが、のちに彼の商家は火災に見舞われ、店仕舞いに追い込まれたと聞く。

 ーーおそらく、お父様が関わっている。

 林家は悪行の巣窟かもしれない……と今さらながらに思う氷翠の心は、やはり重く、深いため息ばかりが漏れる。


 ◇


 過去において、見て見ぬ振りをして見殺しにしたともいえる義妹・美玉の母美玲。

 彼女への罪悪感が、実はずっと心の奥底に棘となり、刺さったままの状態でこれまで生きてきた氷翠。

 母・氷華を選んだのは間違いなく氷翠自身。

 それでも本音を明かせば、優しい側女・美玲も、その娘である美玉とも、同じ屋根の下で暮らす家族として接したかったのも事実だ。

 仲違いするよりも、笑って暮らせる……そんな家族の方が良いに決まっている。

 後悔ばかりが波のように押し寄せる。

 義妹・美玉に対してもそうだ。

 母・氷華の言うがままに粗雑に扱い、義姉として優しく接することもしなかった。おかげで、誰からも見向きもされない義妹・美玉の心も歪んだ。

 ――今の私の想いとは矛盾しているわね。

 そして、もしも……を考えてもしまう愚かな自分がいることにも気づく。

「もう一度……やり直せるとしたら、お母様を諫め、美玲様や美玉とも仲良く過ごし、そしてお母様たちを無能者呼ばわりしたお父様には対抗してみせるわ。好きな人にも想いを告げ……幸せな人生をやり直すの。もう叶わない望みだけど……そうね、私には過ぎたる望みだわ」

 いつの間にか想いが口に出ていた罪人・氷翠。静かな〈天牢〉なだけに、呟き交じりの言葉さえ響く。

 そこへ。

「やり直すことはできます、“二の妃”様」

「……そうですわ、氷翠お義姉様」

 牢獄の鉄格子前へと静かに歩み寄る宝玉と宮女・美玉。

 驚きのまなこで二人を見つめる罪人・氷翠。

 向かい合って対面する三人の姿がある。







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