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極冬の国 篇
囚われの異世界の姫を救う者と奪い返す極冬王
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「母様っ! 母様っ……!」
冬子を呼ぶ声がする。
冬子の手を握り締める柔らかな小さな手がある。
「……父様は非道い……か弱き母様に、どうしてこんな惨い事をするの……優しい父様がどうしてー……」
冬子と同じ黒曜石の瞳を湛えるトウカ王女の瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
トウカ王女にとっては、尊敬に値する偉大な父王である極冬王。
我が子であるトウカ王女とトウ王子をこよなく愛し、いつ如何なる時でも我が子には優しく、限りなく甘い父王。
ーそして何よりも伴侶である美しい母には、誰よりも情愛を注いでいる。
常に美しい母をその腕にとじこめては、日がな愛でる姿がしばしば見られる程に、母を宝物のように扱う父がいる。
(その父様がー……こんな、どうして……)
不意に、トウカ王女の双生の片割れであるトウ王子が告げた「愛すればこそー」その言葉が思い出されたトウカ王女。
(わからないよ、トウ。そういうものなの……)
まだ幼い姫であるトウカ王女には、複雑な大人の情愛などはわかるはずもない。
それにー、
(母様には、父様以外の運命の相手がいる。このままでいいはずがないー)
トウカ王女は、己れの本能に従う。
逢えない母を想い、父に囚われた母を助けるべく、トウカ王女なりに考えての行動。
運命の伴侶である一の王子の助けを借り、この場所へと忍び込むに至ったトウカ王女。ようやく隠された王后牢へと辿り付き、堅牢に繋がれた憐れなを母を見つけ出す。
此処は、地下深くに隠された氷華の宮の王后牢。
静寂な牢獄に置かれた寝台の天蓋から掛かる紗の垂れ幕を明け放てば、そこにいたのは紛れもなくトウカ王女の愛する母ー、冬子。
寝台に深く沈み込むように、夢現つに横たわる冬子がいる。
囚われの身とは云え、上質な薄衣を纏い、黒檀色の艶やな髪は少し色褪せてはいるものの、それでも敷布の上一面に広がる様は、やはりー、どうあっても美しい冬子。
「母様……! 母様、しっかりして……!」
冬子は人の呼び声にぴくりと反応する。
少し重い瞼をゆっくりと開けるもー、意識は朧げな様子。
全ては冬子を王后牢へと捉えておく為に、極冬王により齎された媚なる香の仕業。
甘やかに漂う媚なる香は、この堅牢に尽きる事なく焚きしめられ、冬子の意識を混濁させているに他ならない。
朧ろげながらも冬子の黒曜石の瞳が、目の前にいるであろう黄金を纏う人物を捉える。
「……ソウー……?」
「ああっ、やはり思い出されておいでなのですね……」
ソウーと呼ばれた人物は、ゆっくりと冬子を助け起こすなり、「愛しい人ー」と優しく抱き締める。
「ー生憎ですが、私は父ではありません……ですが、貴女が逢いたいと望むお方は、すぐ側まで迎えに来ておりますー」
そして冬子の足に撒かれた枷に手を遣るなり、跡形も無く消失させる。
「……ああっ、可哀想に……この様な牢獄に囚われてー」
黄金を纏う貴人は、冬子に生気を促し、更には混濁した意識を回復させる為に、互いの唇を合わせるなり、すぐさま冬子の口から魔力を流し込む。
「……うぅっ」
突然の強い魔力の受け渡しに、冬子からは呻き声が漏れる。
「申し訳ありません……先を急ぎます故に、少し強めの魔力を流させて頂きました……愛しい人、さぁ、此処から一緒に出ましょう。私が貴女を逃して差し上げますー」
ゆっくりと冬子を抱き上げる黄金を纏う青年。
冬子の記憶を呼び戻す紅い粒を与えた張本人。
ーしかし実際は、常春の王が自らの血と魔力で練り込んでは、冬子へと与え続けた貴重な代物。
おかげで冬子の血脈へとじわりと混じり、全身に行き渡っては、冬子に同化していく常春の王の魔力。
冬子には懐かしく感じる常春の王の魔力。
黄金を纏う極上の美貌を纏う貴人に抱き抱えられる冬子は、その懐かしい香りに、心が締め付けられては涙が溢れ出す。
「……ソウ、ソウ……貴方に逢いたいー」
冬子は黄金を纏うその青年の首へと手を絡ませては、咽び泣く。
「……心配しないで、愛しい人。すぐに逢えます」
「そうだよ、母様! ああっ、母様、泣かないでー」
トウカ王女は、その泣き濡れた相貌すら美しい母を思い遣る。
「さぁ、私の幼な姫、此処から出ようー」
一の王子は冬子を抱きかかえ、セツカ王女を連れて、王宮の外れの森へと飛ぶ。
王后牢から、無事に脱出する三人。
「愛しい人、間もなく貴女の大切な方が迎えに参ります。ー共に国へと帰りましょう。幼な姫、君も来るんだ……良いね?」
「もちろん、貴方と行く……!」
トウカ王女は頷く。
涙に濡れる冬子の美しい相貌にも安堵の様子が伺える。
「ーそれは困る。我の宝をー……我の氷華の姫を返してもらおうかー、忌々しい常春の一の王子」
そう告げた瞬間ー、
冬子の身体は、一の王子と呼ばれた青年の腕の中から、一瞬にして奪い去られる。
「ちっ! やはり御出でかー……」
舌打ちする一の王子。
突如、そこに現れた二人の行手を阻む者。
毅然と立ちはだかるこの国の絶大なる君主。
「父様ー……!」
悲鳴混じりの叫びが上がる。
「トウカー、愛しい我が娘……いけない子だ。さぁ、父様の元へとおいでー」
極上の微笑みを湛えて宣う極冬王。
その美しい微笑みとは裏腹に、極冬王は酷く機嫌を損ねていたと云える。
冬子を呼ぶ声がする。
冬子の手を握り締める柔らかな小さな手がある。
「……父様は非道い……か弱き母様に、どうしてこんな惨い事をするの……優しい父様がどうしてー……」
冬子と同じ黒曜石の瞳を湛えるトウカ王女の瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
トウカ王女にとっては、尊敬に値する偉大な父王である極冬王。
我が子であるトウカ王女とトウ王子をこよなく愛し、いつ如何なる時でも我が子には優しく、限りなく甘い父王。
ーそして何よりも伴侶である美しい母には、誰よりも情愛を注いでいる。
常に美しい母をその腕にとじこめては、日がな愛でる姿がしばしば見られる程に、母を宝物のように扱う父がいる。
(その父様がー……こんな、どうして……)
不意に、トウカ王女の双生の片割れであるトウ王子が告げた「愛すればこそー」その言葉が思い出されたトウカ王女。
(わからないよ、トウ。そういうものなの……)
まだ幼い姫であるトウカ王女には、複雑な大人の情愛などはわかるはずもない。
それにー、
(母様には、父様以外の運命の相手がいる。このままでいいはずがないー)
トウカ王女は、己れの本能に従う。
逢えない母を想い、父に囚われた母を助けるべく、トウカ王女なりに考えての行動。
運命の伴侶である一の王子の助けを借り、この場所へと忍び込むに至ったトウカ王女。ようやく隠された王后牢へと辿り付き、堅牢に繋がれた憐れなを母を見つけ出す。
此処は、地下深くに隠された氷華の宮の王后牢。
静寂な牢獄に置かれた寝台の天蓋から掛かる紗の垂れ幕を明け放てば、そこにいたのは紛れもなくトウカ王女の愛する母ー、冬子。
寝台に深く沈み込むように、夢現つに横たわる冬子がいる。
囚われの身とは云え、上質な薄衣を纏い、黒檀色の艶やな髪は少し色褪せてはいるものの、それでも敷布の上一面に広がる様は、やはりー、どうあっても美しい冬子。
「母様……! 母様、しっかりして……!」
冬子は人の呼び声にぴくりと反応する。
少し重い瞼をゆっくりと開けるもー、意識は朧げな様子。
全ては冬子を王后牢へと捉えておく為に、極冬王により齎された媚なる香の仕業。
甘やかに漂う媚なる香は、この堅牢に尽きる事なく焚きしめられ、冬子の意識を混濁させているに他ならない。
朧ろげながらも冬子の黒曜石の瞳が、目の前にいるであろう黄金を纏う人物を捉える。
「……ソウー……?」
「ああっ、やはり思い出されておいでなのですね……」
ソウーと呼ばれた人物は、ゆっくりと冬子を助け起こすなり、「愛しい人ー」と優しく抱き締める。
「ー生憎ですが、私は父ではありません……ですが、貴女が逢いたいと望むお方は、すぐ側まで迎えに来ておりますー」
そして冬子の足に撒かれた枷に手を遣るなり、跡形も無く消失させる。
「……ああっ、可哀想に……この様な牢獄に囚われてー」
黄金を纏う貴人は、冬子に生気を促し、更には混濁した意識を回復させる為に、互いの唇を合わせるなり、すぐさま冬子の口から魔力を流し込む。
「……うぅっ」
突然の強い魔力の受け渡しに、冬子からは呻き声が漏れる。
「申し訳ありません……先を急ぎます故に、少し強めの魔力を流させて頂きました……愛しい人、さぁ、此処から一緒に出ましょう。私が貴女を逃して差し上げますー」
ゆっくりと冬子を抱き上げる黄金を纏う青年。
冬子の記憶を呼び戻す紅い粒を与えた張本人。
ーしかし実際は、常春の王が自らの血と魔力で練り込んでは、冬子へと与え続けた貴重な代物。
おかげで冬子の血脈へとじわりと混じり、全身に行き渡っては、冬子に同化していく常春の王の魔力。
冬子には懐かしく感じる常春の王の魔力。
黄金を纏う極上の美貌を纏う貴人に抱き抱えられる冬子は、その懐かしい香りに、心が締め付けられては涙が溢れ出す。
「……ソウ、ソウ……貴方に逢いたいー」
冬子は黄金を纏うその青年の首へと手を絡ませては、咽び泣く。
「……心配しないで、愛しい人。すぐに逢えます」
「そうだよ、母様! ああっ、母様、泣かないでー」
トウカ王女は、その泣き濡れた相貌すら美しい母を思い遣る。
「さぁ、私の幼な姫、此処から出ようー」
一の王子は冬子を抱きかかえ、セツカ王女を連れて、王宮の外れの森へと飛ぶ。
王后牢から、無事に脱出する三人。
「愛しい人、間もなく貴女の大切な方が迎えに参ります。ー共に国へと帰りましょう。幼な姫、君も来るんだ……良いね?」
「もちろん、貴方と行く……!」
トウカ王女は頷く。
涙に濡れる冬子の美しい相貌にも安堵の様子が伺える。
「ーそれは困る。我の宝をー……我の氷華の姫を返してもらおうかー、忌々しい常春の一の王子」
そう告げた瞬間ー、
冬子の身体は、一の王子と呼ばれた青年の腕の中から、一瞬にして奪い去られる。
「ちっ! やはり御出でかー……」
舌打ちする一の王子。
突如、そこに現れた二人の行手を阻む者。
毅然と立ちはだかるこの国の絶大なる君主。
「父様ー……!」
悲鳴混じりの叫びが上がる。
「トウカー、愛しい我が娘……いけない子だ。さぁ、父様の元へとおいでー」
極上の微笑みを湛えて宣う極冬王。
その美しい微笑みとは裏腹に、極冬王は酷く機嫌を損ねていたと云える。
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