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1章
4-2. ゴブさんたちとの生活 アルカ
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……といった感じで、わたしはゴブリンたち(彼らのことを義兄さんがそう呼んでいました)と、すっかり打ち解けていました。人間以外の生き物が相手でも、お風呂の法則は有効だったみたいです。裸の付き合い最強説です。
まあ、一番の理由は、体力の限界までエッチして目が覚めたら、彼らの言葉が分かるようになっていたからですが。
一方で義兄さんのほうは、ゴブリンたちの中で一番わたしとセックスしていない神官ゴブリン(これも義兄さんがそう呼んでいたので)と仲良くなっているご様子でした。
わたしは常々、義兄さんはわりとわたしに興味ないなぁと思ってましたけど、まさか女性より男性のほうに興味ある派だったのでしょうか?
……という疑問をうっかり直接、義兄さんに言ってしまったら、ものすごく渋い顔で睨まれました。
「俺が神官とよく話すのは、あいつが一番物知りだからだ」
「へー、そうなんですねー」
「何その棒読み」
「そんなことないですよー」
「……勝手に言ってろ」
「はーい。勝手にヤってまーす」
「……」
義兄さんはこれ見よがしな溜め息を置き土産に、出ていきました。
さて、ここでちょっと、ゴブリンたちのことをお話しようと思います。
あの日、わたしと義兄さんが現れたのは、ゴブリンたちが「祭壇」と呼んでいる洞窟の最深部でした。といっても、ゴブリンたちが祭壇を作ったわけではありません。彼らはもともと他所の土地で暮らしていたのですが、色々あってこの地に流れてきたのだそうです。
そして、雨風を凌ぐのに丁度良い洞窟を見つけました。その頃は怪我や病気で弱り切ったゴブリンばかりで、せっかく落ち延びてきたけれど、全滅は時間の問題でした。
そこに現れたのが謎の救世主でした。
救世主はゴブリンたちを魔術でたちまち癒してみせました。そして、すっかり心服したゴブリンたちに、洞窟の奥に埋もれた祭壇があることを伝えました。
「おまえたちを癒したのは、女神の御業だ。その女神を祀る祭壇が、この洞窟の奥に埋もれている。そこへの道を掘り出して、女神の巫女を呼び寄せる儀式を行え」
救世主はその後すぐに姿を消してしまいましたが、ゴブリンたちは彼の言いつけに従って、祭壇への道を開通させました。そして、祭儀のやり方を一番詳しく教わった神官の音頭で、百日に渡って断続的に行われる祭儀を執り行いました。
そうして、祭儀の終わりに現れたのが、わたしと義兄さんだったのです。
「……わたしたちって、ストーカーのせいでこっちに飛ばされたんじゃなかったんでしょうか?」
あるとき、その疑問を義兄さんに尋ねてみると、答えはこうでした。
「たぶん、どっちもなんだろうな。ストーカーが押して、ゴブリンたちが引っ張った……ってとこ」
「ああ、なるほどです……ということは、ゴブリンさんたちに、元の世界に返す儀式をしてもらえば帰れるんですかね」
「それも聞いてみたけど、救世主とやらからは召喚の儀式しか教わらなかったみたいだ。それに、かりに俺たちを帰す方法を知っていたとして、それを素直に教えてくれると思うか?」
「え、教えてくれないんです?」
わたしが首を傾げると、義兄さんはなぜか溜め息です。
「はぁ……おまえ、もうちょっと考えて発言しろよな」
「失礼な。考えてますよぅ!」
「だったら、分かるだろ。もし帰す方法を知っていたとしても、せっかく本当に召喚できた女神の巫女とその付き人だぞ。何もさせないで帰すと思うか?」
「うぅん……じゃあ、何かしたら帰してくれるんですかね?」
「そうかもな。もっとも、あいつらが帰す方法をじつは知っていたら、の話だけど」
「わたしは正直、ゴブさんたちが隠し事してるとは思ってないですけどね」
「俺もそう思う。あいつらに腹芸ができるとは思えない」
わたしと義兄さん、そこは同意見でした。
ゴブさんたちは素朴で不器用な性格をしています。誤解を恐れず言うと、田舎者、です。
さっきもお話しした通り、ゴブリン同士の縄張り争いに負けてこの洞窟まで落ち延びてきた彼らを救ったのは、彼らが救世主様と呼ぶ人物ですが、なんとこの救世主様、フードとローブで顔も身体もすっぽり隠していたというのです。
いくら自分たちを救ってくれた相手の言葉だからって、そんなあからさまに怪しい服装の相手が言ったことを盲信して洞窟を掘り進み、さらには救世主さんがいなくなった後も百日間、真面目に儀式を続けたなんて……ゴブさんたち、純粋すぎます。
そんなゴブさんたちですから、誰かに騙されることはあっても、誰かを騙すことはないと確信しています。
彼らは本当にわたしと義兄さんのことを、女神が使わした巫女さんとその付き人だと信じていてるのです。帰り方を知っていますかと尋ねたときの申し訳なさそうな顔は、演技なんかじゃないのです。
それに何より、その男が隠し事をしているかどうかなんて、女には肌を合わせてみれば一発で分かるものなのです。
――というわけで、わたしと義兄さんはこの場所に飛ばされてから今日までずっと、ゴブさんたちと暮らしています。
わたしは毎日、お昼近くに目を覚まします。朝食兼昼食は、ゴブさんたちが洞窟の外で採ってきた果実や山菜、川で獲った魚や、カブトムシの幼虫っぽいものが主です。獣肉がないのは、弓や罠といった発想を持たない彼らには兎を狩るのも一苦労だからのようでした。
川魚は、石と石をぶつけるガチコン漁とかいう漁法で獲るみたいです。ただ、あまり上手くいかない漁法のようで、食事に魚が出てくることは稀でした。基本のメインディッシュは幼虫でした。
そう……幼虫です……。
正直に言って、最初に彼らが食べているのを見たときはドン引きでした。しかも、彼らは獲ってきた食材をなんでも生で食べるので、ドン引き中のドン引きでした。
白くてむちむちの幼虫がうねうね動いているのを、スナック菓子を摘んで食べるみたいに口へひょいっと……うぅ……思い出しちゃった……。
ま、まあ、いまではわたしと義兄さんで、焼いたり蒸したりする料理法を頑張って布教したので、大分マシになりました。火を通すって素晴しいです。
躍り食いは無理すぎる幼虫でも、直火で炙ると表面がカリッ、中がトロッの「白子のパイ包み」に大変身するのです。これでもっと塩味が効いていたら最高だったのですけど、ただ焼いただけでこんなに美味しくなるとは驚きでした。焼いても幼虫の形は変わらないわけですけど、空腹に負けて一回食べたら、もう気にならなくなりました。タンパク質には勝てなかったよ……。
ちなみに、義兄さんが試していた蒸し焼きは、わたし的にはイマイチでした。表面がぷよぷよしていて白さも際立ち、虫っぽさが残るのです。それに蒸し焼きは時間がかかるし……やっぱりわたしは焼いたもののほうが好きです。
これで塩や胡椒があれば、言うことないんですけどね。
食べ物の次はトイレの話です。あまり楽しい話題ではないんですけど……。
ゴブリンはトイレに行きません。と言うと、アイドルみたいに排泄しないのか、と言われそうですけど、そういう意味じゃありません。
トイレがないのです。寝起きしている洞窟からちょっと離れたところにある茂みで致すのです。ウォシュレットがないのは百歩譲って我慢するとしても、トイレットペーパー代わりに葉っぱを使わないといけないのには参りました。
不幸中の幸いは、近くに綺麗な川が流れていることと、不思議な岩があることです。その岩は、拾った石ころでちょっと叩くと、岩肌がぽろっと削れます。その切片を手の中で擦ると、すぐにぽろぽろ崩れて粉になるのですが、この粉には汚れ落としや匂い消しの作用があるのです。たぶん消毒作用もあります……たぶん。
水に溶ける性質もあるので、川で手や身体を洗うとき、石鹸代わりに使っています。シャワーと温水器付きのお風呂には負けますけど、いつでも好きに手洗いや水浴びができることは神に感謝しています。
あと、いまが夏だということもにも感謝です。冬だったら、水浴びが命懸けになっていたかもしれませんし。
さてさて――食事とトイレの話をしたら、次は住んでいる場所の話といきたいところですが……これは正直、「洞窟です」としか言えません。
強いて言うなら、シーツ代わりに葦みたいな河原の草を敷き詰めた寝床は、寝心地があんまり良くないですね。それでも、最近は普通に寝られちゃってる自分がいるから、慣れってすごいです。時の流れは偉大です。
でも、時が経てば経つほど問題になってくる事柄もありました。
それは衣服です。着るものの問題です。
わたしも義兄さんも、学校帰りの制服姿で祭壇に飛ばされました。当然、着替えなんか持ってきていません。運良くタオルは持っていたのですが、タオルでは下着代わりにもなりません。服は着ていれば汚れるし、洗うにしても、乾くまでの間に着る服がありません。
これは本当に困りました。ゴブさんたちに服を借りようにも、彼らは基本、腰布です。それも、洗濯なんてしたことがないような襤褸です。いちおう、余っている布も洞窟に置いてあったのですが、それも汚れていて、着替えにする気にはなれませんでした。
結局、制服と下着を川で手洗いした後は、服が乾くまでの間、全裸で過ごすことになるのでした。本当、夏で良かったです。
慣れと我慢を要求される生活ですが、ひとつだけ、それがないことにいつまでも堪えられる自信がない、というものがあります。
それはケーキです。シュークリームです。クリームです。カスタードです。パフェです。チョコです。アイスです。マカロンです。タルトです。モンブランです。
とにかくスイーツです。スイーツが足りないのです。果物はあるけれど、果物だけじゃ違うんです!
「スイーツ食べたいです……」
ゴブさんたちにそう言ってみたことはあるんですけど、
「すいぃつ、ちゅうのは何だべか?」
と聞き返されてしまいました。
「スイーツというのは、お砂糖と小麦粉とバターをたっぷり使った甘い食べ物のことですよ」
「ばたぁ……さとう……?」
「そこから説明しないといけない感じでしたか……」
スイーツやその材料について頑張って説明してみた結果、ゴブさんたちは小麦粉以外まったく知らないようでした。
小麦粉についても、
「人間がそっただもん食べとるっちゅう話だべ」
「おらも知っとっぞ。畑ぇ言う茂みば生えとる黄色い草んこったろ」
「なんであんな生で食えねぇもんば育ててんだぁ思っとったが、あれも火ぃ使って料理ばすっと美味くなんのかね?」
「かもすんね」
「んだな」
……という感じで、人間がよく食べている粉のことらしい、としか知らないようでした。一番肝心な砂糖については、果物以外に甘い食べ物があることさえ知らないようでした。
……それともまさか、この世界には砂糖がなかったりするのでしょうか? あっ、でも果物が甘かったんですから、糖分が存在するわけで、だから……どこかに砂糖があるはず? ですよね? お砂糖、ありますよね?
この件は後で義兄さんにも確かめてみようと思います。
まあ、一番の理由は、体力の限界までエッチして目が覚めたら、彼らの言葉が分かるようになっていたからですが。
一方で義兄さんのほうは、ゴブリンたちの中で一番わたしとセックスしていない神官ゴブリン(これも義兄さんがそう呼んでいたので)と仲良くなっているご様子でした。
わたしは常々、義兄さんはわりとわたしに興味ないなぁと思ってましたけど、まさか女性より男性のほうに興味ある派だったのでしょうか?
……という疑問をうっかり直接、義兄さんに言ってしまったら、ものすごく渋い顔で睨まれました。
「俺が神官とよく話すのは、あいつが一番物知りだからだ」
「へー、そうなんですねー」
「何その棒読み」
「そんなことないですよー」
「……勝手に言ってろ」
「はーい。勝手にヤってまーす」
「……」
義兄さんはこれ見よがしな溜め息を置き土産に、出ていきました。
さて、ここでちょっと、ゴブリンたちのことをお話しようと思います。
あの日、わたしと義兄さんが現れたのは、ゴブリンたちが「祭壇」と呼んでいる洞窟の最深部でした。といっても、ゴブリンたちが祭壇を作ったわけではありません。彼らはもともと他所の土地で暮らしていたのですが、色々あってこの地に流れてきたのだそうです。
そして、雨風を凌ぐのに丁度良い洞窟を見つけました。その頃は怪我や病気で弱り切ったゴブリンばかりで、せっかく落ち延びてきたけれど、全滅は時間の問題でした。
そこに現れたのが謎の救世主でした。
救世主はゴブリンたちを魔術でたちまち癒してみせました。そして、すっかり心服したゴブリンたちに、洞窟の奥に埋もれた祭壇があることを伝えました。
「おまえたちを癒したのは、女神の御業だ。その女神を祀る祭壇が、この洞窟の奥に埋もれている。そこへの道を掘り出して、女神の巫女を呼び寄せる儀式を行え」
救世主はその後すぐに姿を消してしまいましたが、ゴブリンたちは彼の言いつけに従って、祭壇への道を開通させました。そして、祭儀のやり方を一番詳しく教わった神官の音頭で、百日に渡って断続的に行われる祭儀を執り行いました。
そうして、祭儀の終わりに現れたのが、わたしと義兄さんだったのです。
「……わたしたちって、ストーカーのせいでこっちに飛ばされたんじゃなかったんでしょうか?」
あるとき、その疑問を義兄さんに尋ねてみると、答えはこうでした。
「たぶん、どっちもなんだろうな。ストーカーが押して、ゴブリンたちが引っ張った……ってとこ」
「ああ、なるほどです……ということは、ゴブリンさんたちに、元の世界に返す儀式をしてもらえば帰れるんですかね」
「それも聞いてみたけど、救世主とやらからは召喚の儀式しか教わらなかったみたいだ。それに、かりに俺たちを帰す方法を知っていたとして、それを素直に教えてくれると思うか?」
「え、教えてくれないんです?」
わたしが首を傾げると、義兄さんはなぜか溜め息です。
「はぁ……おまえ、もうちょっと考えて発言しろよな」
「失礼な。考えてますよぅ!」
「だったら、分かるだろ。もし帰す方法を知っていたとしても、せっかく本当に召喚できた女神の巫女とその付き人だぞ。何もさせないで帰すと思うか?」
「うぅん……じゃあ、何かしたら帰してくれるんですかね?」
「そうかもな。もっとも、あいつらが帰す方法をじつは知っていたら、の話だけど」
「わたしは正直、ゴブさんたちが隠し事してるとは思ってないですけどね」
「俺もそう思う。あいつらに腹芸ができるとは思えない」
わたしと義兄さん、そこは同意見でした。
ゴブさんたちは素朴で不器用な性格をしています。誤解を恐れず言うと、田舎者、です。
さっきもお話しした通り、ゴブリン同士の縄張り争いに負けてこの洞窟まで落ち延びてきた彼らを救ったのは、彼らが救世主様と呼ぶ人物ですが、なんとこの救世主様、フードとローブで顔も身体もすっぽり隠していたというのです。
いくら自分たちを救ってくれた相手の言葉だからって、そんなあからさまに怪しい服装の相手が言ったことを盲信して洞窟を掘り進み、さらには救世主さんがいなくなった後も百日間、真面目に儀式を続けたなんて……ゴブさんたち、純粋すぎます。
そんなゴブさんたちですから、誰かに騙されることはあっても、誰かを騙すことはないと確信しています。
彼らは本当にわたしと義兄さんのことを、女神が使わした巫女さんとその付き人だと信じていてるのです。帰り方を知っていますかと尋ねたときの申し訳なさそうな顔は、演技なんかじゃないのです。
それに何より、その男が隠し事をしているかどうかなんて、女には肌を合わせてみれば一発で分かるものなのです。
――というわけで、わたしと義兄さんはこの場所に飛ばされてから今日までずっと、ゴブさんたちと暮らしています。
わたしは毎日、お昼近くに目を覚まします。朝食兼昼食は、ゴブさんたちが洞窟の外で採ってきた果実や山菜、川で獲った魚や、カブトムシの幼虫っぽいものが主です。獣肉がないのは、弓や罠といった発想を持たない彼らには兎を狩るのも一苦労だからのようでした。
川魚は、石と石をぶつけるガチコン漁とかいう漁法で獲るみたいです。ただ、あまり上手くいかない漁法のようで、食事に魚が出てくることは稀でした。基本のメインディッシュは幼虫でした。
そう……幼虫です……。
正直に言って、最初に彼らが食べているのを見たときはドン引きでした。しかも、彼らは獲ってきた食材をなんでも生で食べるので、ドン引き中のドン引きでした。
白くてむちむちの幼虫がうねうね動いているのを、スナック菓子を摘んで食べるみたいに口へひょいっと……うぅ……思い出しちゃった……。
ま、まあ、いまではわたしと義兄さんで、焼いたり蒸したりする料理法を頑張って布教したので、大分マシになりました。火を通すって素晴しいです。
躍り食いは無理すぎる幼虫でも、直火で炙ると表面がカリッ、中がトロッの「白子のパイ包み」に大変身するのです。これでもっと塩味が効いていたら最高だったのですけど、ただ焼いただけでこんなに美味しくなるとは驚きでした。焼いても幼虫の形は変わらないわけですけど、空腹に負けて一回食べたら、もう気にならなくなりました。タンパク質には勝てなかったよ……。
ちなみに、義兄さんが試していた蒸し焼きは、わたし的にはイマイチでした。表面がぷよぷよしていて白さも際立ち、虫っぽさが残るのです。それに蒸し焼きは時間がかかるし……やっぱりわたしは焼いたもののほうが好きです。
これで塩や胡椒があれば、言うことないんですけどね。
食べ物の次はトイレの話です。あまり楽しい話題ではないんですけど……。
ゴブリンはトイレに行きません。と言うと、アイドルみたいに排泄しないのか、と言われそうですけど、そういう意味じゃありません。
トイレがないのです。寝起きしている洞窟からちょっと離れたところにある茂みで致すのです。ウォシュレットがないのは百歩譲って我慢するとしても、トイレットペーパー代わりに葉っぱを使わないといけないのには参りました。
不幸中の幸いは、近くに綺麗な川が流れていることと、不思議な岩があることです。その岩は、拾った石ころでちょっと叩くと、岩肌がぽろっと削れます。その切片を手の中で擦ると、すぐにぽろぽろ崩れて粉になるのですが、この粉には汚れ落としや匂い消しの作用があるのです。たぶん消毒作用もあります……たぶん。
水に溶ける性質もあるので、川で手や身体を洗うとき、石鹸代わりに使っています。シャワーと温水器付きのお風呂には負けますけど、いつでも好きに手洗いや水浴びができることは神に感謝しています。
あと、いまが夏だということもにも感謝です。冬だったら、水浴びが命懸けになっていたかもしれませんし。
さてさて――食事とトイレの話をしたら、次は住んでいる場所の話といきたいところですが……これは正直、「洞窟です」としか言えません。
強いて言うなら、シーツ代わりに葦みたいな河原の草を敷き詰めた寝床は、寝心地があんまり良くないですね。それでも、最近は普通に寝られちゃってる自分がいるから、慣れってすごいです。時の流れは偉大です。
でも、時が経てば経つほど問題になってくる事柄もありました。
それは衣服です。着るものの問題です。
わたしも義兄さんも、学校帰りの制服姿で祭壇に飛ばされました。当然、着替えなんか持ってきていません。運良くタオルは持っていたのですが、タオルでは下着代わりにもなりません。服は着ていれば汚れるし、洗うにしても、乾くまでの間に着る服がありません。
これは本当に困りました。ゴブさんたちに服を借りようにも、彼らは基本、腰布です。それも、洗濯なんてしたことがないような襤褸です。いちおう、余っている布も洞窟に置いてあったのですが、それも汚れていて、着替えにする気にはなれませんでした。
結局、制服と下着を川で手洗いした後は、服が乾くまでの間、全裸で過ごすことになるのでした。本当、夏で良かったです。
慣れと我慢を要求される生活ですが、ひとつだけ、それがないことにいつまでも堪えられる自信がない、というものがあります。
それはケーキです。シュークリームです。クリームです。カスタードです。パフェです。チョコです。アイスです。マカロンです。タルトです。モンブランです。
とにかくスイーツです。スイーツが足りないのです。果物はあるけれど、果物だけじゃ違うんです!
「スイーツ食べたいです……」
ゴブさんたちにそう言ってみたことはあるんですけど、
「すいぃつ、ちゅうのは何だべか?」
と聞き返されてしまいました。
「スイーツというのは、お砂糖と小麦粉とバターをたっぷり使った甘い食べ物のことですよ」
「ばたぁ……さとう……?」
「そこから説明しないといけない感じでしたか……」
スイーツやその材料について頑張って説明してみた結果、ゴブさんたちは小麦粉以外まったく知らないようでした。
小麦粉についても、
「人間がそっただもん食べとるっちゅう話だべ」
「おらも知っとっぞ。畑ぇ言う茂みば生えとる黄色い草んこったろ」
「なんであんな生で食えねぇもんば育ててんだぁ思っとったが、あれも火ぃ使って料理ばすっと美味くなんのかね?」
「かもすんね」
「んだな」
……という感じで、人間がよく食べている粉のことらしい、としか知らないようでした。一番肝心な砂糖については、果物以外に甘い食べ物があることさえ知らないようでした。
……それともまさか、この世界には砂糖がなかったりするのでしょうか? あっ、でも果物が甘かったんですから、糖分が存在するわけで、だから……どこかに砂糖があるはず? ですよね? お砂糖、ありますよね?
この件は後で義兄さんにも確かめてみようと思います。
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