赤い花

音織かなで

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有屋

第1話 忘れ物

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  苑町そのまち線の終着駅―― 永美川えみかわ駅。

 昇降客数のごく控えめなこの駅では、ここ最近毎日午後三時になると
駅務室に電話がかかってくる。

 現在時刻は14時50分。 

 今日もまたかかってくるのだろうかとドキドキしながら、駅員の 有屋ありや
駅務室で書類仕事をしていた。もともと新米の有屋にとって客対応は好んで
やりたい部類の仕事ではないうえに、あの電話は少々不気味なところがある
から苦手なのだ。
 
 だがこの時間に駅務室にいるのは、有屋と先輩の 諫松いさまつの二人きり。

 (諌松さんの方がコミュ力高いから、出てほしいところだけど……)

 先輩の諌松は入社10年の中堅で経験もあり、もちまえの世話好きな性格も
あって客対応の評価も高い。

 実際、入社2年で経験の浅い有屋とは違い、例の電話も「問い合わせに
答えるだけなんだから、大したことないじゃない!」と笑っている。今は
高齢の観光客3人に乗換案内をしているから、それが早く終われば――。

 ルルルル……。

 有屋の期待は裏切られ、諌松の客対応が終わる前に時計は午後3時を指し、
それと同時に電話のコール音が鳴り響いた。
 
(ああ、やっぱり、間に合わなかったか)

 もはや恒例となった電話の着信音を聞くと、有屋は急いで受話器を取った。

「はい。こちら永美川駅、駅係員の有屋です」

「すみません。そちらの駅に忘れ物が届いていないか確認をしてほしいの
ですが……」

 やはり一言一句変わらない。
 声を聴く限り、いつも同じ女性がかけてきている。 覇気がまるでない、
ボソボソとした静かな声で話す若い女性の声だ。
 
「わかりました。忘れた物がどんなものか教えていただけますか?」

「黒の折り畳み財布で、鳥をモチーフにした金色の 刺繍ししゅうが入って
います」

 これも毎回同じフレーズだ。
 彼女は、いつもこの特徴のある黒い財布を探している。

「確認いたしますので、少々お待ちください」

 毎日のことなので午後2時半までには確認を終えているのだが、午後3時
までの30分の間に新たに発見される可能性もあるので、念のため電話を
保留にして、保管所に登録されていないかをチェックする。
 もちろん鉄道会社共通のオンライン上で忘れ物をチェックできるシステムも
使って、他の駅に届いている可能性も視野に入れて確認するが、やはり今日も
女性の探している財布は届いていなかった。

「……確認しましたところ、残念ながら届いておりません」
「そうですか……。9月10日までに必要なのですが……」
「申し訳ありません」
「わかりました。ありがとうございます」

 いつも通り、今日もここで電話が切れた。
 ようやく今日一日のミッションが終わり、有屋はホッと一息をつく。
 
 レアケースではあるが、たまたま女性の問い合わせに応じている間に、自分の
対応をしてくれないことに腹を立てた客が文句を言って電話を切らせようとして
きたり、酷いときには怒鳴ってくる客もいた。
 そしてそんな客たちは、次に見かけたときには決まって松葉杖をついていたり、
眼帯をしていたりと、どこか怪我をしていた。

 偶然だろうが……タイミングが妙に合っているので、有屋は不気味に思っていた。
 先輩の諌松は楽観的で「偶々じゃないの?」とまるで気にしていないが。

 そういう経緯もあって、今日の問い合わせ電話が無事に対応終了まで持ち込めた
ことに、有屋はホッとしていた。

 これで他の業務に集中できる。あと2時間もすれば帰宅ラッシュが始まる。この
小さな駅でもそれなりに混雑する時間帯に入るのだ。

 ホームでの業務のため、駅務室を出ようとすると、先輩の諌松に呼び止められた。
観光客への乗り換え案内は無事に終わったらしく、お礼のつもりなのか押し付けられ
たらしき小さなお菓子を手にしていた。

「またあのお客? そんなにその財布が大事なら、もう買っちゃえばいいのにね!」

「ちょっと、諌松さん! お客様に聞こえたらクレーム入れられますよ!」

 慌てて有屋は周囲をうかがう。駅員の態度いかんも細かくチェックして、クレーム
を入れてくる客も存在するのだ。最悪SNSに、駅員の名前付きで晒されてしまうこと
もある。

「誰かの形見とかじゃないんですか。相当大事なものなんだと思いますよ」
「そんな大事なものを失くすかなあ……? ん、でもさ、その10日って明日でしょ? 
明日までに間に合うのかねえ?」
「そうですね。でも逆に、間に合わなかったら、もうかかってこないんじゃないです
か?」

 そんな軽口を叩き合うと、有屋は今度こそホームへ向かった。
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