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10章 ガリ地蔵

10-1 ガリ総長の最後の講義【㊵「最強のテクニックとは声をかけることなんだ」】

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「この前の大祭でガリはぶっ倒れたみてぇだな。二日連続で徹マンしてたらしいし、おっさんなのにペースを無視して飲み過ぎるからわりぃんだよ。ほんと、お騒がせな奴だな」
 いやいや乳ローの泥酔の方がもっとお騒がせだったよ。っていうか、お前も口元に大根サラダのゲロをつけてポール君を抱きしめながらぶっ倒れていたじゃねぇか、という思いは心の奥にひっそりとしまっておいて、「ふーん」と答えてやった。
 渋谷のスクランブル交差点では、『今日もお祭が開催されているのでは?』というくらい多くの人でごった返している。
 なぜだか、乳ローが溜息を吐いてしょんぼりしている。
「どうしたんですか。乳ローさんにしては珍しく元気がなさそうですが」
「さっき、数年ぶりにガンシカされた」
「はぁ」
「この俺様がだぞ。テンション下がるわぁ。っていうか、これは不治の病であるナンパ鬱病だな」
「はいはい」といなしたが、俺もいまいちテンションが上がらない。ガリさんから色々なアドバイスを受けたが全く払拭できず、自分の迷路の中でもがき続けていた。 
 右手にガリ棒を持ったガリさんが、呆れた表情を見せながらこちらにやってきた。
「おいおい、そこの地蔵コンビ。地蔵がうつるから巡回でもしてこいや。ったく……。街に出るならちゃんとナンパをしろ」
「こ、この俺様が……」
 まだ、言ってる。どれだけ自信過剰なんだか。
 その時、とぼとぼとまあさとグースがやってきた。
「俺もダメっす。この頃いくら面白おかしく踊っても笑いが取れなくて地蔵っす……」
 超絶イケメンのグースも口を開いた。
「湿気が多くて髪型が決まらず地蔵です。ハハン……」
 ひょっこり十太もやってきた。
「俺はアルコールがなきゃ地蔵は当たり前……」
 と言うと下を向いて凹んでいる。
「おいおい、お前らもか……。ええ加減にしろや」
 腕組みをして鼻から息を吐くと、再び口を開いた。
「お前ら、全員一列に並べ! 鉄拳制裁を加える。歯を食いしばれ!」
「うそーん」と呟くと「冗談や冗談」と言われ、すぐさま諭すような顔つきに変わった。
「ま、ナンパっちゅうのはメンタルコントロールが極めて重要やからな。その調節がうまくいかないと、全ての歯車が狂い悪循環に陥ってしまうねん。ナンパにおけるメンタルというものは、わりと繊細な歯車で作られてるんやで」
「なるほど」
「とにかく自信を失ってしまったら、ナンパなんて絶対成功しない。せやから、絶好調のときの状態やナンパで成功したときのことを心に刻みつけて、自信満々で臨むことが大切なんやで」
「俺様がガンシカとは……」
 まだそんなことを言ってる乳ローは放っておこうとしたが、一言毒を吐くことにした。
「復讐のためのナンパをやめれば乗り越えられるんじゃないですか」
「てめぇ。この俺様に随分生意気な口を叩くじゃねぇか」
 と予想通り顔を覗き込んで凄んできたが、意外にもそれ以上攻めてこなかった。
「もう、復讐のためのナンパは卒業したんだよ。俺の未来のためにならないからな。しかし、復讐心を無くしたら調子が狂っちまったんだ。だから、この病根は結構深い……。やべぇ、声をかけることが半端なく怖くなってきた……。俺は難病であるこのナンパ鬱病に絶対負けねぇ」
 と言うと、拳を固く握り締めてぎしりをしている。
「ガリさん、自分はまだ迷路から抜け出せません」
「街に出て声をかけ続ければいずれ解決する。そこにしか答えはないんやで」
「ですよね」
「せやけど、テクニックや情報ばかりが先行し過ぎて、頭でっかちになっちゃあかんで」
「と言いますと?」
「うん。テクニックなんていうものは、ほんの些細なことやねん。一番大事なことは声をかけることなんや。声をかけることそのものに大きな力が宿ってるんや。言い換えるならば、最良のテクニックとは声をかけることなんやで」
「声を掛けるか掛けないか。それが全てなんですね」
「せや。声をかけることは人の心から求められているからこそ、それだけで意義があんねん」
 人の心か……。
「スマートに声をかけることができなくても、うまく喋れずしどろもどろになろうとも構わない。せやけど、地蔵だけはしちゃあかんで。地蔵という状態は人という生き物にとって、負の要素以外に何も生み出さないねん。せやから、あれだけ一番ダメなのは地蔵心だと言うたやろ。もう、忘れちゃったのか?」
 そう言うと、再びガリ棒を美味しそうに頬張った。
「ほんで、声をかけ続ければ、それぞれの人の道が自然とひらけていくんやで」
「なぜですか?」
「出会いが生まれるからや。出会いが生まれることによって人はつくられ、人生がつくられんねん。出会いがない人生は人生ではないんやで」
「ナンパだけに限る話だとは思いませんでした」
「そういうこった。人生の、いや、この世の中の全方位的にいえる話しなんやで」
 俺は、深く頷いた。
「せやから、『地蔵するんじゃねぇぞ!』。わかったか?」
「わかりました。ありがとうございます」と言いながら深くお辞儀をした。
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