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リリーと特訓
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粗方地下十二階のマッピングを終わらせた。
シロちゃんが住む億年樹の周りの森や草原は迷宮の広場のようで、特に迷わせる仕掛けは無かった。
問題は迷いの森だったが、影が示す方向に出口があること、影が示す方向と反対に進めば入口へ向かうこと以外分からなかった。
シロちゃんが走るルートを観察すると、それ以外にも法則があるような気がしたが、脱出には関係ないと判断したので考察しないことにした。
そして出口の検討はついた。シロちゃんが住処にしている億年樹のどこかにある。
しかし肝心の出口は分からない。億年樹の大きさは規格外で周囲を回るだけでもシロちゃんの助けが必要だが、シロちゃんにも餌を探すという都合がある。無理に頼めない。
「かなりの長期戦になるな」
できれば早く抜けたい。だが焦りは禁物だ。ゆっくり、確実に、急いで見つけよう。
「無理を言ってすまないな」
リリーと一緒に草原を歩く。草原の草の大きさは文句なしに規格外で、雑木林を歩いている気分になる。
「別にいいさ。それより、特訓って何をすればいいんだ?」
「組み手に付き合ってほしい」
「練習相手が欲しかったのか」
「ああ。ついでにレイにも魔法の基礎を学んで欲しかった。レイは才能がある。鍛えればもっと強くなる」
リリーの表情はどこか自慢げであった。理由は分からないが、期待されているようなので嬉しい。
「事情は分かった。早速やろう」
剣を抜く。さすがに模擬戦だよな?
「慌てるな。その前に、練習だ」
「練習? 何をすればいい?」
「まずは講義、それから実習、仕上げに草原に住む化け物の相手だ」
「まさに勉強だな」
「嫌か?」
「嫌とは言えないでしょ」
「有難い」
嬉しそうなリリーを見ていると、何だか生徒になった気分だ。学校に行っていたら、こんな気分で勉強するのだろう。
「では、まず魔法の基礎を教える」
授業が始まった。
「本で学んだところ、私が使う剣術魔法も、ローズが使う属性別魔術も、チュリップが使う治癒魔法も、原点は同じだ。だから原点の基礎を学べば、剣術魔法も属性別魔術も治癒魔法も使える」
「ほうほう。だけど、ローズが剣を持って戦う姿は想像できないな」
「私も自分が杖を持つ姿は想像できない」
リリーは軽く微笑む。
「原点から先の魔術は応用魔法となる。つまり、剣術魔法も属性別魔術も治癒魔法もすべて高等技術という訳だ。だからどれもこれも極めようと思えば膨大な時間がかかる。得手不得手もあるから、すべて極めるのは不可能かもしれない。だから私は剣術魔法のみ極める」
「そうなると、俺は何を極めればいいんだ?」
「それは私も分からない。だから私は基礎だけ教える。後は自分で何を極めるか決めてくれ」
「分かった。それで、講義はこれで終わりか?」
「終わりではないが、聞くだけでは退屈だろう。今度はやりながら教える」
リリーは剣を抜く。
「魔法の原点は自然との調和。大地の生命力、空の雄大な力、雨の恵み、風の心地よさ、日差しの木漏れ日、火の温かさ、水の冷たさ、滝の力強き流れ。それら自然の力を己の命と同化させてあらゆる力に変換し、操る。それが魔術だ」
「つまり、山とか森とかと友達に成るってことか?」
リリーがクスリと笑う。
「お前らしい理解の仕方だ」
リリーは剣を大木のような雑草に構える。
「本によると、私は自分の力のみで魔術を使っていた。自分の力のみで魔術を使うと……」
リリーは深呼吸し、精神を研ぎ澄ませる。
「剣術魔法! 空一閃!」
剣筋が一本の光を放ち、雑草を両断する。
「すげえな! 雑草とはいえ、これくらい太い茎を切るなら一日がかりだ! それを一撃で倒すだなんて! それに剣が茎に触れてなかった! すげえよ! 達人だよ!」
凄まじい技術に称賛せずにはいられない! リリーも鼻頭を掻いて、珍しく照れる。
「は、はは! そう褒めないでくれ! でも、私もこれでかなり努力したからな! この結果は当然だ! ……じゃなくて! 自分の力だけだとこれくらいしかできないのだ!」
リリーは咳ばらいをする。しかし、謙遜する理由が微妙に納得できない。
「自分の力だけでこれなら十分だろ?」
これだけできるなら国中の騎士の憧れの的になりそうだ。そう思って聞いたが、どうやらリリーの言いたいことはそうではないらしい。
「いや、これは武器が凄いだけだ。説明は省くが、私が持っている武器は魔法石で作られていて、力を増幅させる効果がある。国すら買える宝を持っているからこそできる。つまり、この武器を使えば誰でもこれくらいのことはできてしまう」
リリーは再度、そそり立つ雑草に剣を構える。
「次は、自然の力と命を同化させた場合の魔術だ」
リリーが瞳を閉じる。すると風が止み、魂が引き込まれそうな眩暈を覚える。熱気が奪われ、冷や汗が噴き出る。
「剣術魔法! 空一閃!」
目がくらむほどの閃光が走り、続いて爆音のような風切り音が鳴る!
目を開けると、雑木林のように立っていた雑草が根こそぎ切り倒されていた。その数は、百以上だろう。
「すげえ……まるで更地だ」
寒気を覚えるほどの威力だ。戦争なら、この一振りで百人は死んだだろう。
「これが、自然と調和して力を振るった場合の威力だ。違いは一目瞭然だろ」
リリーは青白い顔で微笑むと、膝から崩れる。
「だ、大丈夫か!」
心配して抱きかかえる。リリーは悔し気な顔が見える。
「ま、まだまだ未熟だ……剣を振ったとき、貯めた力を押さえきれなかった。力が荒れ狂って、体中の筋肉や関節を痛めてしまった」
歯をぎりぎりと食いしばる。よく見ると爪先や目から出血していた。さらに服から血が滲みだす。
「すぐに戻ってチュリップの治療を受けるぞ!」
「大丈夫だ! 自己治癒の魔法くらいは使えるようになった」
リリーは深呼吸して、胸に手を当てる。
「治癒魔法、神よ我を癒したまえ」
出血はすぐに止まった。ただリリーはホッとため息を吐く。
「上手くいった。もしも失敗すれば今度こそ死んでいたかもしれない」
「おいおい! 無茶するなよ!」
心配して背中を摩るが、リリーに睨まれる。
「何を言う! 無茶をしなくては生き残れない!」
リリーはガッツポーズして震える。
「少しずつ強くなっている! 練習すれば反動も無くなる! あれほどできなかった空一閃ができるようになった!」
嬉しさのあまり涙を流す姿は健気で美しく、何も言えなくなった。
「分かった。何も言わない」
リリーはハッとすると罰が悪そうに苦笑い。
「すまないな。心配してくれたのに。ただ、自分が強くなっている。自分に自信がついてきた。うん。それは確かだ」
「分かってる。もう何も言わない。それで? 俺はどうすればいい?」
「少々道が逸れたな。これで自然と調和して魔術を使う利点が分かっただろう」
「十分分かった」
「なら次は、基礎の基礎となる自然と調和する実習に入ろう」
リリーは剣を置くと代わりに石を拾う。
「自然と調和する。言葉にするのは簡単だが、実践するのは非常に難しい」
リリーは瞑想し、ゆっくりと呼吸する。そして石を翳すと、静かに指を解く。
石は見えない手で握られているかのように浮遊した。
「すげえ!」
拍手すると同時に石がポトリと落ちる。リリーがぜいぜいと呼吸を荒げる。
「大丈夫か!」
「だ、大丈夫だ。先ほどのように力を貯めていないから。ただそれでも、凄まじく集中しなくてはならないから疲れた」
リリーは何度も深呼吸して向き直る。
「これが自然と調和し、力を使用する練習だ。本によると丸一日これができて、ようやく基礎の基礎は終了だ」
「難しそうだな」
「難しいぞ。まず自然と調和することが難しい。私などそのイメージを掴むのに五日間もかかった」
リリーがしかめっ面をする。その顔が難易度を物語る。
「とはいえ、練習しないと意味がないな」
石を拾い、笑って見せる。リリーも笑う。
「助言だが、自然と調和せずに石を浮かばせないように。自分の力だけで浮かばせると疲労で倒れる」
「魔術なんて使えないから、自分の力だけで浮かばせるなんて想像もできないよ」
「そうだったな。ではイメージだ。自然の力を両手に集める。それが第一歩だ」
「やってみる」
目を閉じる。そして耳、鼻、肌の感覚を研ぎ澄ませる。
風の力、大地の心強さ、日差しの熱さ、揺れる雑草の青臭さ、すべてが己の糧となる。
この世界はとても広く、厳しい。無慈悲な自然の掟に潜む、慈悲にあふれた恵みの海。俺はその中で一つの生物として漂う。一人で生きているのではない。空気、水、虫、動物、そして親父、母さん、弟、妹、リリー、ローズ、チュリップのおかげで生きている。皆の力で生きている。
少しずつ、両手が温かくなる。力が集まる。その力で石を包む。そして手を放す。
石が浮いた。
「意外と簡単だ!」
「は?」
リリーがぴくぴくと頬を引きつらせる。
「な、何でできる! 私は石を浮かばせるのに十日間もかかった! その間お前は練習していないだろ!」
「ああ、マッピングで忙しかったからな」
石を浮かばせながらもう一つの腕を作るようにイメージする。右肩からもう一つ腕を生やす。それで地面に転がっている石を拾う。
二つの石が浮かんだ!
「楽しいな!」
村の祭りで見た手品のようだ! 帰ったら弟たちに見せてやろう!
「ぐ、ぐ! ぐ!」
なぜかリリーが拳を握りしめている。そして不敵に笑う。
「ふん! 中中やるな! 私の見込んだ男だけのことはある! だが油断するな! 日々精進が必要だ!」
「分かってるよ」
五本ほど見えない腕を生やしてお手玉をしてみる。他人から見れば石が独りでに宙で舞っているように見えるだろう。
「ふん! もう実習は必要ないな! 次は草原に潜む化け物の相手! それが終わったら組み手だ!」
「おい待て!」
ぷんぷんと肩を怒らせるリリーを追いかける。
薄っすら汗が出るころ、ようやく自分の身長より大きなネズミを見つける。こいつが練習相手とは、中中にハードだ。下手すると殺される。しかしリリーは怖気づいた様子はない。俺がマッピングしている間、特訓で何匹も倒してきたのだろう。その姿勢に尊敬する。
「次に、先ほど手に入れた力を使って戦う練習だ」
リリーはネズミから目を離さずに言う。もちろん俺も目を離さない。
「自然と調和して得た力を体内に貯めて戦う。これだけで身体能力が非常に高くなる」
「分かった。やってみる」
先ほどの要領で力を体に纏わせて、一気に巨大ネズミまで走る! 気づいたネズミが長い前歯を向けて戦闘態勢に入る!
ネズミの鋭い前足の振り下ろしを受け止める! 熊のような一撃で背骨にずしりと衝撃が走る! だが痛くない! リリーの言ったとおりだ!
持っていた剣を振り上げると、ネズミは真っ二つに両断され、息絶えた。
「ありがとう。お前の命は無駄にしない」
夕食の材料が取れた。美味しくいただこう。
「な! ぜ! 簡単にできる!」
リリーが後ろで怒っていた。
「私が手本を見せようとしたのに! ぶっつけ本番で何で上手くいく!」
「そんなこと言われても」
「ええい! もういい! 最後は組み手だ! 構えろ!」
「おい? 寸止めだよな? なんか殺されそうなんだけど」
「問答無用!」
「何でだよ!」
リリーの突撃を剣で受け流す! イノシシの突進より重い!
「殺す気か!」
「本気にならないと実践にならないだろ!」
二度三度と閃光のように走る連撃を受け止める! 腕がずしりと痛む! 踏ん張る足がズリズリと押し出される! 本気だ!
「まさか防がれるとは!」
「防がなかったら殺されるだろ!」
ギリギリと鍔迫り合いをする! 足がリリーの圧力で地面にめり込む! このままだと体がめり込んで動けなくなる!
「負けるか!」
その前に腕をかちあげて、がら空きの腹に蹴りをぶち込んで転ばせる! そして喉元に剣を突きつける!
「俺の勝ちだな!」
リリーは悔しそうに歯ぎしりする。
「まだだ!」
そして卑怯にも砂で目つぶしをしてきた!
「お前卑怯すぎるでしょ!」
「戦いに卑怯も何もない!」
「騎士道に反するだろ!」
「騎士道など必要ない!」
騎士見習いがそれ言ったらお終いでしょ?
「行くぞ! 勝負はこれからだ!」
「全く! 困った奴だ!」
結局、リリーは日が沈むまで諦めなかった。そして日が沈むと舌打ちして偉そうに言った。
「今日は油断したが、次は本気で戦う! それまで練習を怠るな!」
言い終わるとばたりとぶっ倒れた。
結局俺は、リリーと夕食のネズミの肉という大荷物を背負って帰ることになった。
勘弁してほしいと思うが、嬉しくもあった。
「負けず嫌いは嫌いじゃないぜ」
諦める奴よりずっと心強い。それは確かだ。
そう考えると、非常に心強い仲間だ。
「生きて帰れる」
生きて帰るではない。生きて帰れる。そう断言できるほど、リリーは強かった。
「でもこれが続くのは嫌だな」
次は適当に負けようか? おそらくリリーは怒るだろう。
「めんどくせえ仲間だな」
今日は疲れた。それしか言えない一日だった。
シロちゃんが住む億年樹の周りの森や草原は迷宮の広場のようで、特に迷わせる仕掛けは無かった。
問題は迷いの森だったが、影が示す方向に出口があること、影が示す方向と反対に進めば入口へ向かうこと以外分からなかった。
シロちゃんが走るルートを観察すると、それ以外にも法則があるような気がしたが、脱出には関係ないと判断したので考察しないことにした。
そして出口の検討はついた。シロちゃんが住処にしている億年樹のどこかにある。
しかし肝心の出口は分からない。億年樹の大きさは規格外で周囲を回るだけでもシロちゃんの助けが必要だが、シロちゃんにも餌を探すという都合がある。無理に頼めない。
「かなりの長期戦になるな」
できれば早く抜けたい。だが焦りは禁物だ。ゆっくり、確実に、急いで見つけよう。
「無理を言ってすまないな」
リリーと一緒に草原を歩く。草原の草の大きさは文句なしに規格外で、雑木林を歩いている気分になる。
「別にいいさ。それより、特訓って何をすればいいんだ?」
「組み手に付き合ってほしい」
「練習相手が欲しかったのか」
「ああ。ついでにレイにも魔法の基礎を学んで欲しかった。レイは才能がある。鍛えればもっと強くなる」
リリーの表情はどこか自慢げであった。理由は分からないが、期待されているようなので嬉しい。
「事情は分かった。早速やろう」
剣を抜く。さすがに模擬戦だよな?
「慌てるな。その前に、練習だ」
「練習? 何をすればいい?」
「まずは講義、それから実習、仕上げに草原に住む化け物の相手だ」
「まさに勉強だな」
「嫌か?」
「嫌とは言えないでしょ」
「有難い」
嬉しそうなリリーを見ていると、何だか生徒になった気分だ。学校に行っていたら、こんな気分で勉強するのだろう。
「では、まず魔法の基礎を教える」
授業が始まった。
「本で学んだところ、私が使う剣術魔法も、ローズが使う属性別魔術も、チュリップが使う治癒魔法も、原点は同じだ。だから原点の基礎を学べば、剣術魔法も属性別魔術も治癒魔法も使える」
「ほうほう。だけど、ローズが剣を持って戦う姿は想像できないな」
「私も自分が杖を持つ姿は想像できない」
リリーは軽く微笑む。
「原点から先の魔術は応用魔法となる。つまり、剣術魔法も属性別魔術も治癒魔法もすべて高等技術という訳だ。だからどれもこれも極めようと思えば膨大な時間がかかる。得手不得手もあるから、すべて極めるのは不可能かもしれない。だから私は剣術魔法のみ極める」
「そうなると、俺は何を極めればいいんだ?」
「それは私も分からない。だから私は基礎だけ教える。後は自分で何を極めるか決めてくれ」
「分かった。それで、講義はこれで終わりか?」
「終わりではないが、聞くだけでは退屈だろう。今度はやりながら教える」
リリーは剣を抜く。
「魔法の原点は自然との調和。大地の生命力、空の雄大な力、雨の恵み、風の心地よさ、日差しの木漏れ日、火の温かさ、水の冷たさ、滝の力強き流れ。それら自然の力を己の命と同化させてあらゆる力に変換し、操る。それが魔術だ」
「つまり、山とか森とかと友達に成るってことか?」
リリーがクスリと笑う。
「お前らしい理解の仕方だ」
リリーは剣を大木のような雑草に構える。
「本によると、私は自分の力のみで魔術を使っていた。自分の力のみで魔術を使うと……」
リリーは深呼吸し、精神を研ぎ澄ませる。
「剣術魔法! 空一閃!」
剣筋が一本の光を放ち、雑草を両断する。
「すげえな! 雑草とはいえ、これくらい太い茎を切るなら一日がかりだ! それを一撃で倒すだなんて! それに剣が茎に触れてなかった! すげえよ! 達人だよ!」
凄まじい技術に称賛せずにはいられない! リリーも鼻頭を掻いて、珍しく照れる。
「は、はは! そう褒めないでくれ! でも、私もこれでかなり努力したからな! この結果は当然だ! ……じゃなくて! 自分の力だけだとこれくらいしかできないのだ!」
リリーは咳ばらいをする。しかし、謙遜する理由が微妙に納得できない。
「自分の力だけでこれなら十分だろ?」
これだけできるなら国中の騎士の憧れの的になりそうだ。そう思って聞いたが、どうやらリリーの言いたいことはそうではないらしい。
「いや、これは武器が凄いだけだ。説明は省くが、私が持っている武器は魔法石で作られていて、力を増幅させる効果がある。国すら買える宝を持っているからこそできる。つまり、この武器を使えば誰でもこれくらいのことはできてしまう」
リリーは再度、そそり立つ雑草に剣を構える。
「次は、自然の力と命を同化させた場合の魔術だ」
リリーが瞳を閉じる。すると風が止み、魂が引き込まれそうな眩暈を覚える。熱気が奪われ、冷や汗が噴き出る。
「剣術魔法! 空一閃!」
目がくらむほどの閃光が走り、続いて爆音のような風切り音が鳴る!
目を開けると、雑木林のように立っていた雑草が根こそぎ切り倒されていた。その数は、百以上だろう。
「すげえ……まるで更地だ」
寒気を覚えるほどの威力だ。戦争なら、この一振りで百人は死んだだろう。
「これが、自然と調和して力を振るった場合の威力だ。違いは一目瞭然だろ」
リリーは青白い顔で微笑むと、膝から崩れる。
「だ、大丈夫か!」
心配して抱きかかえる。リリーは悔し気な顔が見える。
「ま、まだまだ未熟だ……剣を振ったとき、貯めた力を押さえきれなかった。力が荒れ狂って、体中の筋肉や関節を痛めてしまった」
歯をぎりぎりと食いしばる。よく見ると爪先や目から出血していた。さらに服から血が滲みだす。
「すぐに戻ってチュリップの治療を受けるぞ!」
「大丈夫だ! 自己治癒の魔法くらいは使えるようになった」
リリーは深呼吸して、胸に手を当てる。
「治癒魔法、神よ我を癒したまえ」
出血はすぐに止まった。ただリリーはホッとため息を吐く。
「上手くいった。もしも失敗すれば今度こそ死んでいたかもしれない」
「おいおい! 無茶するなよ!」
心配して背中を摩るが、リリーに睨まれる。
「何を言う! 無茶をしなくては生き残れない!」
リリーはガッツポーズして震える。
「少しずつ強くなっている! 練習すれば反動も無くなる! あれほどできなかった空一閃ができるようになった!」
嬉しさのあまり涙を流す姿は健気で美しく、何も言えなくなった。
「分かった。何も言わない」
リリーはハッとすると罰が悪そうに苦笑い。
「すまないな。心配してくれたのに。ただ、自分が強くなっている。自分に自信がついてきた。うん。それは確かだ」
「分かってる。もう何も言わない。それで? 俺はどうすればいい?」
「少々道が逸れたな。これで自然と調和して魔術を使う利点が分かっただろう」
「十分分かった」
「なら次は、基礎の基礎となる自然と調和する実習に入ろう」
リリーは剣を置くと代わりに石を拾う。
「自然と調和する。言葉にするのは簡単だが、実践するのは非常に難しい」
リリーは瞑想し、ゆっくりと呼吸する。そして石を翳すと、静かに指を解く。
石は見えない手で握られているかのように浮遊した。
「すげえ!」
拍手すると同時に石がポトリと落ちる。リリーがぜいぜいと呼吸を荒げる。
「大丈夫か!」
「だ、大丈夫だ。先ほどのように力を貯めていないから。ただそれでも、凄まじく集中しなくてはならないから疲れた」
リリーは何度も深呼吸して向き直る。
「これが自然と調和し、力を使用する練習だ。本によると丸一日これができて、ようやく基礎の基礎は終了だ」
「難しそうだな」
「難しいぞ。まず自然と調和することが難しい。私などそのイメージを掴むのに五日間もかかった」
リリーがしかめっ面をする。その顔が難易度を物語る。
「とはいえ、練習しないと意味がないな」
石を拾い、笑って見せる。リリーも笑う。
「助言だが、自然と調和せずに石を浮かばせないように。自分の力だけで浮かばせると疲労で倒れる」
「魔術なんて使えないから、自分の力だけで浮かばせるなんて想像もできないよ」
「そうだったな。ではイメージだ。自然の力を両手に集める。それが第一歩だ」
「やってみる」
目を閉じる。そして耳、鼻、肌の感覚を研ぎ澄ませる。
風の力、大地の心強さ、日差しの熱さ、揺れる雑草の青臭さ、すべてが己の糧となる。
この世界はとても広く、厳しい。無慈悲な自然の掟に潜む、慈悲にあふれた恵みの海。俺はその中で一つの生物として漂う。一人で生きているのではない。空気、水、虫、動物、そして親父、母さん、弟、妹、リリー、ローズ、チュリップのおかげで生きている。皆の力で生きている。
少しずつ、両手が温かくなる。力が集まる。その力で石を包む。そして手を放す。
石が浮いた。
「意外と簡単だ!」
「は?」
リリーがぴくぴくと頬を引きつらせる。
「な、何でできる! 私は石を浮かばせるのに十日間もかかった! その間お前は練習していないだろ!」
「ああ、マッピングで忙しかったからな」
石を浮かばせながらもう一つの腕を作るようにイメージする。右肩からもう一つ腕を生やす。それで地面に転がっている石を拾う。
二つの石が浮かんだ!
「楽しいな!」
村の祭りで見た手品のようだ! 帰ったら弟たちに見せてやろう!
「ぐ、ぐ! ぐ!」
なぜかリリーが拳を握りしめている。そして不敵に笑う。
「ふん! 中中やるな! 私の見込んだ男だけのことはある! だが油断するな! 日々精進が必要だ!」
「分かってるよ」
五本ほど見えない腕を生やしてお手玉をしてみる。他人から見れば石が独りでに宙で舞っているように見えるだろう。
「ふん! もう実習は必要ないな! 次は草原に潜む化け物の相手! それが終わったら組み手だ!」
「おい待て!」
ぷんぷんと肩を怒らせるリリーを追いかける。
薄っすら汗が出るころ、ようやく自分の身長より大きなネズミを見つける。こいつが練習相手とは、中中にハードだ。下手すると殺される。しかしリリーは怖気づいた様子はない。俺がマッピングしている間、特訓で何匹も倒してきたのだろう。その姿勢に尊敬する。
「次に、先ほど手に入れた力を使って戦う練習だ」
リリーはネズミから目を離さずに言う。もちろん俺も目を離さない。
「自然と調和して得た力を体内に貯めて戦う。これだけで身体能力が非常に高くなる」
「分かった。やってみる」
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ネズミの鋭い前足の振り下ろしを受け止める! 熊のような一撃で背骨にずしりと衝撃が走る! だが痛くない! リリーの言ったとおりだ!
持っていた剣を振り上げると、ネズミは真っ二つに両断され、息絶えた。
「ありがとう。お前の命は無駄にしない」
夕食の材料が取れた。美味しくいただこう。
「な! ぜ! 簡単にできる!」
リリーが後ろで怒っていた。
「私が手本を見せようとしたのに! ぶっつけ本番で何で上手くいく!」
「そんなこと言われても」
「ええい! もういい! 最後は組み手だ! 構えろ!」
「おい? 寸止めだよな? なんか殺されそうなんだけど」
「問答無用!」
「何でだよ!」
リリーの突撃を剣で受け流す! イノシシの突進より重い!
「殺す気か!」
「本気にならないと実践にならないだろ!」
二度三度と閃光のように走る連撃を受け止める! 腕がずしりと痛む! 踏ん張る足がズリズリと押し出される! 本気だ!
「まさか防がれるとは!」
「防がなかったら殺されるだろ!」
ギリギリと鍔迫り合いをする! 足がリリーの圧力で地面にめり込む! このままだと体がめり込んで動けなくなる!
「負けるか!」
その前に腕をかちあげて、がら空きの腹に蹴りをぶち込んで転ばせる! そして喉元に剣を突きつける!
「俺の勝ちだな!」
リリーは悔しそうに歯ぎしりする。
「まだだ!」
そして卑怯にも砂で目つぶしをしてきた!
「お前卑怯すぎるでしょ!」
「戦いに卑怯も何もない!」
「騎士道に反するだろ!」
「騎士道など必要ない!」
騎士見習いがそれ言ったらお終いでしょ?
「行くぞ! 勝負はこれからだ!」
「全く! 困った奴だ!」
結局、リリーは日が沈むまで諦めなかった。そして日が沈むと舌打ちして偉そうに言った。
「今日は油断したが、次は本気で戦う! それまで練習を怠るな!」
言い終わるとばたりとぶっ倒れた。
結局俺は、リリーと夕食のネズミの肉という大荷物を背負って帰ることになった。
勘弁してほしいと思うが、嬉しくもあった。
「負けず嫌いは嫌いじゃないぜ」
諦める奴よりずっと心強い。それは確かだ。
そう考えると、非常に心強い仲間だ。
「生きて帰れる」
生きて帰るではない。生きて帰れる。そう断言できるほど、リリーは強かった。
「でもこれが続くのは嫌だな」
次は適当に負けようか? おそらくリリーは怒るだろう。
「めんどくせえ仲間だな」
今日は疲れた。それしか言えない一日だった。
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評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
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