迷宮サバイバル! 地下9999階まで生き残れ!

ねこねこ大好き

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ルシーのうっかり

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「良く寝た」
 目を開けると久々の快眠で体が軽い。ベッドから下りて体を解すと全身がバキバキ鳴る。

「おはよう。随分疲れてたんだね」
 ルシーの声が聞こえたので辺りを見渡す。
 照りつける太陽と程よい長さの草に覆われた草原が彼方まで見える。すぐ後ろには木々が青々とした葉を力いっぱい伸ばしている。ローズたちは天幕付きのベッドの上で安らかな顔で寝ている。涎を拭いてやろう。
 
 ローズとチュリップ、リリーの顔を拭く。俺も皆も汗だくの土埃塗れだ。ところどころ化け物が垂らした液体が付着している。久々にお湯を沸かして体を洗いたい。

「おーい。呼んでるんだから無視しないで」

 声の方向に顔を向ける。
 ルシーたちは草原のど真ん中で場違いなほど真っ白なテーブルの前にこれまた場違いなほど真っ白な椅子に座っている。

 久々にリラックスしたためか、三人の座り方が非常に個性的なことに気づく。

 ルシーは椅子の上で胡坐をかいている。そしてグラグラと退屈そうに体を揺らしている。実家の弟たちが楽しい祭りに行こうと急かす姿と重なる。外見と同じく、子供っぽい。
 アスは背筋を伸ばし、じっと目を瞑っている。微動だにせず、足もピシッと揃えている。両手は膝の上だ。礼儀正しく、武人というに相応しい。
 ベルは足と腕を組んで、のんびりと背もたれに背中を預けている。風が吹くと気持ちよさそうに太陽に向かって微笑む。大人っぽく、落ち着いた雰囲気だ。何となく女にモテそうなので、ローズたちを取られないように気合を入れよう。

「無視したわけじゃないさ」
 ルシーたちの横に座って笑いかける。アスとベルが目を開いてこちらを見る。両者とも警戒心も何もない。
 良い友人に成れると確信する。

「あのベッド、お前が用意してくれたのか?」
「特別サービス」
「ありがとよ! すっげえ良く寝られた!」
「敵の前で爆睡するのはどうかと思うんだけどね」
「お前たちは友達だろ?」
「はは! まあ良いけどね」
 ルシーはパチンと指を鳴らして飲み物を出す。どうぞと渡されたので遠慮なくいただく。冷たく甘いジュースだ! 力が漲る!

「お前らは何してんだ? 日光浴か?」
 ジュースを一気飲みすると、手ぶらな理由を聞いてみる。

「特に何も。君たちが起きるのを待ってただけ」
 ルシーはゆらゆらと落ち着かず、貧乏ゆすりを繰り返す。本当に弟たちに似ている。

「昼寝とかしないのか?」
「僕たちは寝る必要ないからね」
 ルシーは詰まらなそうにキョロキョロと意味もなく視線を動かす。ガキの頃はよくやった。

「欠伸をするから寝るのかと思ってた」
「人間の姿をした時の癖だよ」
 変な癖だが、止めさせたほうが良いかもしれない。人前で欠伸をするのは礼儀正しくないと思われる。せめて手で隠すようにしないと。

 とはいえ、今はそんなうるさいお小言を言うつもりはない。なぜならこいつらは退屈している。そんなときに詰まらない説教などされたら馬の耳に念仏という奴だ。

「退屈って感じか?」
「まあね。正直やることが無いんだ」
「なら面白い話をしよう!」
「どんな?」
「俺たちの冒険物語だ!」

 ルシーが貧乏ゆすりを止める。アスとベルは特に変わりはない。

「君たちの冒険か……そういえば、地下3000階を過ぎた辺りから見なくなったね」
 ルシーはパチンと指を鳴らす。ジュースのおかわりが出現した。

「ありがとう!」
「どういたしまして。それで、どんな感じだった? 楽しかった!」
「落ち着け! その前に、お前たちはジュースを飲まなくて良いのか?」
「僕たちは食事をしなくていい体なんだ」
「そうなのか?」
「そうなのよ」
「でも食うことはできるんだろ? 何か食おうぜ。何か飲もうぜ」
 ルシーはアスとベルに目配せする。

「郷に入っては郷に従え。付き合うと決めたのなら、最後まで貫くのが筋だろう」
「ルシー様とベル様がよろしければ、私は大丈夫です」
 ベルは説教するように慇懃に、アスは緊張したように強張った調子で言う。

「そうだね。レイと友達なら、レイと同じ人間になるのが筋だろう」
 ルシーはベルとアスに手を向ける。

「天魔法、第666式封印結界作動」
 光の鎖が三人を包む! それは三人の服に絡みつくと、服の模倣となって三人を縛った。

「これでとりあえず、ローズたちと同じ強さだ」
 ルシーは拳を閉じたり開いたりして感触を確かめる。
 そして鼻をつまむ。

「この姿になるのは初めてだが、とりあえず一言。君たち臭いから体を洗え。鼻が曲がる」
 ベルが美形に似合わないほど顔をしかめる。

「こ、これはきついですね」
 アスが見えない攻撃を受けたかのように驚愕している。
 お願いだから三人にその顔は止めてくれよ。凄く傷つくから。

「体を洗ってくるから待ってろ」

 仕方がないので三人を起こして体を洗う。

「ローズ! 自分で体を洗え! 寝るな! 襲うぞ!」
「……おそっていいからあらって」
「ダメだろ」
 ごしごしとローズの体を洗う。凄まじい汚れで布が真っ黒になった。

「はぁ……おせんたくしないと……」
「俺がやるから! 早く洗え! あと前を隠せ!」
「さんざんみられたからどうでもいいです」
「良くねえだろ」
 仕方がないのでチュリップの体を洗う。こちらも布が真っ黒になった。

「ぐぅ……」
「リリー起きろ! 裸だと風邪ひくぞ!」
「ぐぅ……」
「お前そんなに寝る子だったっけ?」
 結局リリーの体も洗う。

 皆美しい体をしているのだが、全く欲情できない。
 清潔な男はモテると前に聞いたが、その通りだと実感した。

 最後に自分の体を洗うと、問題が発生した。

「服がない!」

 最後の最後で気づいた! 服は全部汚れているため洗濯しないといけない! 先にやるべきだった!
 だが後悔しても遅い! さっさと服を洗わないと風邪をひく!

「きたねえ! おちねえ!」
 ちょっと洗って分かった。何百年ぶりに洗濯するため、汚れが服と同化していやがる!

「お前らちょっと手伝って! 洗うだけでいいから!」
 暇そうなルシーたちに声をかける!

「何! 僕たちが洗うの!」
「友達だろ! 良いじゃないか!」
「嫌だよ! 人間になって分かったけど、君たちの服は汚物だ!」
「だから一緒に洗えよ!」
「うるさいな! 代わりの服を作ってあげるから黙ってて!」
 ルシーがパチンと指を鳴らす。

「あれ?」
 何も起こらない。ルシーは腕を組んで貧乏ゆすりをする。

「そっか! ローズたちと同じレベルになった! ということは今までの術は使えないんだった!」
「ははは! 私もうっかりしていた! 今レイに襲われたら死ぬな!」
「し、心配いりません! 私が命をかけてお二人を守ります!」
 なぜかルシーたちは涼しい風が吹いているのに汗を滲ませる。

「どうでもいいからさっさと手伝え! 俺もこいつらも風邪を引いちまう!」
 怒鳴るとルシーたちは互いの顔を見合わせる。

「手伝おうっか」
「人間になったんだ。人間の生活を堪能してみようじゃないか」
「はい! 勉強させていただきます!」

 何であいつら死地に向かう兵隊みたいな顔してんだ?



「くっさ! これが生命の神秘か!」
「ベルうるせえよ! もっとゴシゴシ擦るんだよ!」

「手が痛い! 皮むけた!」
「ルシー様! 私が変わりますので休んでいてください!」
「こらこら! ルシーを甘やかすな! それにまだまだ洗濯物はあるんだよ!」

「まだあるの! もうやだー!」
「ルシー様! お任せください! ……ぐぇ!」

 女たちはベッドでお休み、男たちは悲鳴をあげて洗濯する!

「お湯無いの!」
「ねえよ!」
「蛇口は無いの!」
「知らねえよ!」
「洗濯機は無いの!」
「何だよそれは!」
「タライとか無いの!」
「無いよ! 手揉みだ手揉み!」
「効率悪い!」
 ルシーは子供のように文句を言う。

「ふむ……これが発酵か。生命の神秘だな!」
「ブツブツ言う前に手を動かせ。さっきからルシーよりも動いてないぞ」
「人間になって分かったが、私は実は女性だと思う。だから彼女たちと同じくベッドで休憩することにする」
「逃げるな馬鹿野郎! 洗濯物はまだあるんだよ!」
「ああ神よ! 私を救いたまえ!」
 ベルは屁理屈で逃げようとする。

「レイ殿! これでいかがでしょうか!」
「良い感じだ! ありがとよ!」
「確認ありがとうございます! こちらの武器も掃除したいのですが、よろしいですか?」
「じゃんじゃんやってくれ!」
「ありがとうございます!」
 アスはテキパキと仕事をこなす。痒い所に手が届くほどの仕事ぶりだ。ぜひ一緒に冒険したい。

「腹減ったな! これが終わったら飯を取りに行くから付き合えよ!」
「ご飯無いの!」
 ルシーが白目を向く。

「当たり前だろ! 飯は現地調達が基本だ! 幸いここは森だ! 美味い飯は必ずある!」
「もしかして化け物と戦う?」
「そりゃ当然だ」

 ルシーとベル、アスが顔を見合わせる。

「地下5000階の化け物の強さってどれくらいだっけ?」
「少なくともローズたちでは瞬殺されるな。つまり私たちも瞬殺されるな! まさか生み出した化け物に殺されるとは!」
「私が命に代えてもお守りします!」

 ルシーたちは大騒ぎする。

「何でお前らそんなに慌ててんだ?」

 ルシーが腕を組んで空を見上げる。

「いやー! 実はうっかりで僕たちの命が危険なんだ! 人間って弱いんだね!」
 笑っているが何となく泣きそうな気配がする。

「お前らは俺が守る。だから安心しろ」
 元気付けるためにルシーの背中を叩く。

「君……僕たちが敵だって忘れてない?」
 ゲホゲホとルシーが咳払いする。

「敵の前に友達だろ」
 ルシーたちが少しだけ固まると、クスリと笑う。

「そうだね」
 その笑みは、とても綺麗だった。



「終わり! 今度は飯だ! ついてこい!」
 濡れたズボンを履いて森に挑む!

「いやはや! 楽しいね!」
 ルシーは満面の笑みで言った。
 ベルとアスも、同じく笑ってくれた。

 自然と笑みが溢れる。

「俺も楽しいよ」
 できれば、ずっと仲良くしたい。
 心の底からそう願う。
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