1 / 1
僕は最弱だけど千里眼は便利です
しおりを挟む
「お兄ちゃん、起きて」
庭の木陰で昼寝していると、九歳の妹のリリスに起こされる。
「ご飯の時間か」
ググッと背骨を伸ばして起きる。
「お客さんが来てるよ」
「お客さん?」
家を見てみると、玄関に一人の騎士が立っていた。
「どうしました」
こんな山奥に、騎士が何の用だろ?
「ご両親が亡くなりました」
顔から血の気が引く。
「父さんたちがなぜ?」
「王都で発生した地震災害です。家屋の下敷きになってしまいました」
「そう言えば、今朝方に大きな地震があった」
あの時は大したことないと思っていたが……。
「ご両親はとても勇敢な方です。私を守るために……」
騎士は深々と頭を下げる。
涙がぽつぽつ地面に落ちる。
「謝らないでください。誰も悪くありませんから」
玄関の戸を開ける。
「良かったらお茶を入れます。疲れているでしょ」
「ありがたいですが、次の家があるので」
「そうですか。頑張ってください」
騎士はもう一度頭を下げると、早馬に乗って山道を下った。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
椅子で項垂れていると、リリスが不安そうな顔で近づく。
「大丈夫大丈夫」
心配させまいと笑顔を作る。
「お兄ちゃん、お父さんはどこ? お母さんはどこ?」
「お父さんとお母さんか」
「お外が暗いのに帰ってこないよ」
リリスを抱きしめる。
「父さんたちは、遠くに行っちゃったんだ」
「遠く?」
「だから、しばらく帰ってこない」
リリスの頭を撫でる。
「しばらくお兄ちゃんと二人っきりだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ! お兄ちゃん好きだもん!」
「良い子だ」
僕はリリスの温かさに慰められた。
夜、ベッドの中でリリスを抱きしめながら考える。
両親が死んだからと途方に暮れている暇はない。
リリスを食べさせるための金が必要だ。
「王都に行くしかない」
山の中で暮らす選択肢もある。
だけど僕は弱いから、獣を狩ることができない。農作物を育てる時間もない。
リリスを食べさせることができない。
「泣き言は言えない。やるしかない」
幸い、蓄えはある。これを使えば王都まで行ける。
わずかな期間だが滞在することもできる。
「リリスはもうすぐ十歳になる。それまで頑張らないと」
十歳になれば神々からスキルをもらえる。
そうすれば仕事にありつける。強力なスキルなら無料で学校に入ることもできる。
リリスは僕と違って、絶対に強いスキルをもらえる。
ならばそれまで、何とか食べさせよう。
■■■
王都に来てから三日が経った。
「スキルのねえ奴なんざ雇えるか!」
王都で見つけた安酒屋の店主に怒鳴られる。
「そこをなんとか!」
地面に額をこすりつける。
「スキルは神々からの贈り物! それがねえってことは、お前は根っからの悪党ってことだ!」
バタンと扉を閉められた。
「今日もダメか」
起き上がると額と膝についた砂埃を払う。
「最弱でも良いからスキルがあれば、皿洗いくらいできたのに」
やれやれと肩を落として宿屋に戻る。
「そろそろお金が尽きてきた」
途方に暮れてもお金は降ってこない。
あと一週間以内に探さないと、路頭に迷う。
「お帰り」
宿屋に戻ると女将さんが笑顔で迎えてくれた。
「戻りました。リリスはどうですか?」
「子供たちと一緒に遊んでるわ」
それを聞いて安心した。
「あの、お金のことで相談がありまして」
言い出しづらい。
「一か月は宿代を取らない。約束は守るわ」
「ついでに僕も働かせてくれませんか?」
「残念だけどそれは無理。私はリリスちゃんに同情したから、お金を取らないだけ」
やっぱり変わらないか。
「最悪、リリスを引き取ってくれませんか?」
「リリスちゃんなら良いわよ。ただし、今度は使用人。今までのように優しくできないわよ」
目が鋭い。
金にうるさい商売人の目だ。
「分かりました。万が一のことがあったらリリスをよろしくお願いします」
「分かったわ」
女将さんは冷たい顔で頷いた。
「どうしようかな……」
宿で一番安い部屋のベッドに寝転ぶ。
「なんで僕はスキルが無いんだろ?」
やることが無いので、実家から持ってきた書物を読む。
父さんは錬金術師、母さんは魔術師だった。だからそれに関係する書物はたくさんある。
しかし、どれもこれも専門知識が必要で、あまり理解できない。
「金稼ぎのヒントになるかと持ってきたんだけどなぁ……」
ため息を吐く。
父さんたちが死んでから、ため息を吐く回数が極端に増えた。
「日記に何か書いてないかな」
ふと、父さんと母さんが書いていた日記を思い出す。
何かヒントがあるかも。
試しに父さんの日記を読んでみる。
そこには、我が子の成長を喜ぶ父親の姿が記されていた。
「父さんはリリスに甘々だったからな」
今度は母さんの日記に目を通す。
「今度は僕のことばっかり」
楽しかった日々を思い出すと涙が出る。
二人は、僕がスキルを授かっていないと分かっても、普通に接してくれた。
他の家なら追い出されていただろう。
「千里眼?」
時間を忘れるために読み進めていくと、気になるページがあった。
それは、僕が十歳の誕生日に、スキルを持っていないと判明した日のことだ。
「千里眼は悪魔の目。だから神々の祝福が得られなかった?」
そのページは、僕に対する懺悔で埋め尽くされていた。
どうやら父さんと母さんは、その昔、悪魔と契約して、膨大なる知識を得たらしい。
悪魔はその代わりとして、僕の目を奪った。
「奪ったって……僕の目はここにある」
両手で目を押さえる。
確かにここにある。
「悪魔ね。もしもいるなら、何を持って行ったのか聞きたいな」
瞬間、景色が一変する。
僕は暗黒の世界に立っていた。
「え?」
何が起きたのか理解できない。
瞼を開けると、部屋の景色が見える。
「気のせいか」
再び目を瞑る。
僕は暗黒の世界に立っていた。
「これはなんだ?」
いつものように目を瞑った感覚と違う。
まるで別世界の風景を見ているようだった。
『待っていたぞ、セリム』
暗黒の世界に声が響く。
「誰だ!」
身も凍る圧迫感に圧倒される。
『お前の両目を奪った男だ』
「僕の両目を?」
意味が分からない。
『俺はお前の両親と契約した』
「契約? 知識を与えた?」
『そうだ。その代わりお前の両目を頂いた』
「なぜそんなことを?」
良く分からないが、話を聞くしかない。
『俺は神々に封印された。だから封印を解く使者が必要だった』
「神々……おとぎ話の悪魔って奴か」
『そうだ』
「そう……悪魔ははるか昔、地獄に封印されたって聞いたけど」
『その通りだ。だから封印を解いてもらう』
本来なら眉唾と笑うところだが、この圧迫感だと信じるしかない。
「どうやって封印を解く?」
『その目は世界の理も見通す力がある。世界の理から、俺の封印を解く方法を探し、実行しろ』
「つまり、あなたは僕が実行しないと何もできないってこと?」
『そうだ』
「ならどうやって世界の理を見ればいいんですか?」
『念じればいい。それだけで済む』
「断ったら僕にデメリットありますか? 失明とか」
『お前の目は俺の目だ。そんなもの無い』
「ならさようなら」
『は?』
圧迫感が一気に無くなる。
「あなたは封印を解いたら世界を支配するつもりだろ」
『当然だ!』
「僕に何のメリットもないでしょ」
『め、メリット?』
「僕は得しない」
『ならば世界の半分を与えよう!』
「要りません」
瞼を開ける。
再び部屋の景色が現れた。
「ドジな悪魔」
あんなこと言われてハイと言う奴は居ない。
「でも、僕がスキルを持っていない理由は分かった」
僕は悪魔に祝福されてしまった。だから神々はスキルを与えなかった。
「世界の理ね」
そんなものに興味はない。
「お金がある場所なら良いんだけど」
そんなことを思いながら瞬きする。
一瞬、山のような金貨が見えた。
「え!」
再び目を瞑ると確かに金貨の山が見える。
「ここは……王宮の宝物庫」
頭の中に王都の地図が現れる。
そこに宝物庫の場所が記される。
「じゃあ……ダンジョンはどこにある?」
今度はダンジョンを探したいと願う。
今度は世界全体の地図が頭に思い浮かぶ。そこには無数の印がついている。
「世界って丸いんだ」
ダンジョンよりもそっちに感動してしまった。
「リリスはどこに居る?」
今度はリリスが居る場所を捜す。
リリスは宿屋の外で元気よく、子供たちと遊んでいた。
「これって……お金になるんじゃ!」
お金稼ぎのやり方が見つかった!
■
それから十か月後、僕はいつも通り、道端の出店で、人々の捜し物を見つける。
「お婆ちゃんの財布は冒険者ギルドにあるよ。親切な人に拾われてよかったね」
「そうかそうか! 安心したよ」
一枚の銅貨を受け取る。
「財布は落とさないようにね」
「次から気を付けるよ」
お婆ちゃんは笑いながら店を去る。
「次の人どうぞ」
今度は貴族風の人だ。
「家出した娘がどこに居るか分かりませんか」
ハンカチで汗を拭いている。相当切羽詰まってるんだな。
「娘さんの名前は?」
「ソマリ・マリエットと言います」
「分かりました」
ソマリ・マリエットの居場所を捜す。
「王都から三十キロ離れた山奥に居ます」
「どうしてそんなところに!」
「どうやら山賊に捕らえられ、奴隷になってしまったようです」
「大変だ! すぐに助け出さないと!」
貴族風の男性はどさりと銀貨の入った袋を置いて、店を飛び出した。
「こんなに要らないのに」
次に会ったら返しておこう。
「次の人どうぞ」
次は冒険者だ。かなり強そうだ。
「新種のモンスターが出た」
「どんなモンスターですか」
「俺たちはメタルゴーレムって呼んでいる。硬くて魔法や剣が効かない強敵だ」
「それは大変だ」
「お前さんはモンスターの弱点も見つけられると聞いた。教えてくれ」
「分かりました」
目を瞑ってメタルゴーレムの弱点を捜す。
「額に宝石があります。それを弓矢で射抜いてください」
「宝石? 確かにそんなものがあったような」
「動きは遅いですから、簡単に射抜けるはずですよ」
「分かった。信じよう」
銅貨を十枚置いて立ち去る。
「次の人どうぞ」
それからも次々と捜し物を見つける。
夜になったら宿屋で一休み。リリスの帰りを待つ。
今日はリリスの十歳の誕生日。神々からスキルを授かるため教会に行っている。
「リリスはどんなスキルを持っているのかな」
分かり切った答えだ。千里眼は未来すら見通せる。
それでも、妹の喜ぶ顔が見たい。
「お兄ちゃん!」
リリスが部屋に飛び込んできた。
「お帰り! どうだった!」
「聖女様だって!」
「聖女様! それは凄い!」
リリスはこれから教会に住む。
最初の一年は修行。
次の二年はシスター。
三年後には司教。
五年後には大司教となる。
十年後は、良い人と結婚して、子供を授かる。
とても幸せな人生が待っている。
「これからリリスは教会で修行だ。頑張れよ」
「私、お兄ちゃんと一緒に居たい」
リリスは途端に泣き出す。
「全く、泣き虫だな」
「だって……」
グスグス泣く妹を抱きしめる。
「聖女様は人々を幸せにする偉い人だ。だから、我がまま言っちゃダメだよ」
「でも……」
「ずっと一人じゃない。時々様子を見に行くから」
「うぅ……」
「頑張って。お前は強いんだから」
「うん……」
リリスは泣き止むと、チュッとキスする。
「今日は一緒に寝て」
「良いよ」
食事が終わったらリリスと一緒に布団に入る。
「悪魔の目でも、使い方を間違えなければ、人々の役に立てる」
眠るリリスの頭を撫でる。
「これはこれで、良い人生なのかもしれないな」
僕は神々の祝福を得られなかった。
代わりに悪魔の祝福を受けた。
それでも十分幸せだ。
「お休み」
瞼を閉じる。
そして、悪魔を思い浮かべる。
『来たか……』
悪魔はすっかり落ち込んでいた。
「元気がないね」
『だって……封印解いてくれない……』
グズグズに不貞腐れている。
「あなたが改心したら封印を解きます」
『悪魔が改心してどうする』
確かにと笑ってしまう。
「改心するその時まで、僕は諦めませんよ」
悪魔に微笑みかける。
『奇妙な奴だ。俺を改心させるために、こうして会いに来るなんて』
「なんだかんだ、助かってますから」
悪魔の頭を撫でる。
「また、面白い話をします。退屈でしょ」
『勝手にしてくれ』
「勝手にします」
僕はいつも通り、悪魔に物語を聞かせる。
『少し、面白いな』
悪魔が微笑むと、僕も微笑む。
「世界を破滅させるより、ずっとずっと、楽しそうでしょ」
僕は千里眼を使って人々の役に立つ。
今はそれが誇らしい。
庭の木陰で昼寝していると、九歳の妹のリリスに起こされる。
「ご飯の時間か」
ググッと背骨を伸ばして起きる。
「お客さんが来てるよ」
「お客さん?」
家を見てみると、玄関に一人の騎士が立っていた。
「どうしました」
こんな山奥に、騎士が何の用だろ?
「ご両親が亡くなりました」
顔から血の気が引く。
「父さんたちがなぜ?」
「王都で発生した地震災害です。家屋の下敷きになってしまいました」
「そう言えば、今朝方に大きな地震があった」
あの時は大したことないと思っていたが……。
「ご両親はとても勇敢な方です。私を守るために……」
騎士は深々と頭を下げる。
涙がぽつぽつ地面に落ちる。
「謝らないでください。誰も悪くありませんから」
玄関の戸を開ける。
「良かったらお茶を入れます。疲れているでしょ」
「ありがたいですが、次の家があるので」
「そうですか。頑張ってください」
騎士はもう一度頭を下げると、早馬に乗って山道を下った。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
椅子で項垂れていると、リリスが不安そうな顔で近づく。
「大丈夫大丈夫」
心配させまいと笑顔を作る。
「お兄ちゃん、お父さんはどこ? お母さんはどこ?」
「お父さんとお母さんか」
「お外が暗いのに帰ってこないよ」
リリスを抱きしめる。
「父さんたちは、遠くに行っちゃったんだ」
「遠く?」
「だから、しばらく帰ってこない」
リリスの頭を撫でる。
「しばらくお兄ちゃんと二人っきりだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ! お兄ちゃん好きだもん!」
「良い子だ」
僕はリリスの温かさに慰められた。
夜、ベッドの中でリリスを抱きしめながら考える。
両親が死んだからと途方に暮れている暇はない。
リリスを食べさせるための金が必要だ。
「王都に行くしかない」
山の中で暮らす選択肢もある。
だけど僕は弱いから、獣を狩ることができない。農作物を育てる時間もない。
リリスを食べさせることができない。
「泣き言は言えない。やるしかない」
幸い、蓄えはある。これを使えば王都まで行ける。
わずかな期間だが滞在することもできる。
「リリスはもうすぐ十歳になる。それまで頑張らないと」
十歳になれば神々からスキルをもらえる。
そうすれば仕事にありつける。強力なスキルなら無料で学校に入ることもできる。
リリスは僕と違って、絶対に強いスキルをもらえる。
ならばそれまで、何とか食べさせよう。
■■■
王都に来てから三日が経った。
「スキルのねえ奴なんざ雇えるか!」
王都で見つけた安酒屋の店主に怒鳴られる。
「そこをなんとか!」
地面に額をこすりつける。
「スキルは神々からの贈り物! それがねえってことは、お前は根っからの悪党ってことだ!」
バタンと扉を閉められた。
「今日もダメか」
起き上がると額と膝についた砂埃を払う。
「最弱でも良いからスキルがあれば、皿洗いくらいできたのに」
やれやれと肩を落として宿屋に戻る。
「そろそろお金が尽きてきた」
途方に暮れてもお金は降ってこない。
あと一週間以内に探さないと、路頭に迷う。
「お帰り」
宿屋に戻ると女将さんが笑顔で迎えてくれた。
「戻りました。リリスはどうですか?」
「子供たちと一緒に遊んでるわ」
それを聞いて安心した。
「あの、お金のことで相談がありまして」
言い出しづらい。
「一か月は宿代を取らない。約束は守るわ」
「ついでに僕も働かせてくれませんか?」
「残念だけどそれは無理。私はリリスちゃんに同情したから、お金を取らないだけ」
やっぱり変わらないか。
「最悪、リリスを引き取ってくれませんか?」
「リリスちゃんなら良いわよ。ただし、今度は使用人。今までのように優しくできないわよ」
目が鋭い。
金にうるさい商売人の目だ。
「分かりました。万が一のことがあったらリリスをよろしくお願いします」
「分かったわ」
女将さんは冷たい顔で頷いた。
「どうしようかな……」
宿で一番安い部屋のベッドに寝転ぶ。
「なんで僕はスキルが無いんだろ?」
やることが無いので、実家から持ってきた書物を読む。
父さんは錬金術師、母さんは魔術師だった。だからそれに関係する書物はたくさんある。
しかし、どれもこれも専門知識が必要で、あまり理解できない。
「金稼ぎのヒントになるかと持ってきたんだけどなぁ……」
ため息を吐く。
父さんたちが死んでから、ため息を吐く回数が極端に増えた。
「日記に何か書いてないかな」
ふと、父さんと母さんが書いていた日記を思い出す。
何かヒントがあるかも。
試しに父さんの日記を読んでみる。
そこには、我が子の成長を喜ぶ父親の姿が記されていた。
「父さんはリリスに甘々だったからな」
今度は母さんの日記に目を通す。
「今度は僕のことばっかり」
楽しかった日々を思い出すと涙が出る。
二人は、僕がスキルを授かっていないと分かっても、普通に接してくれた。
他の家なら追い出されていただろう。
「千里眼?」
時間を忘れるために読み進めていくと、気になるページがあった。
それは、僕が十歳の誕生日に、スキルを持っていないと判明した日のことだ。
「千里眼は悪魔の目。だから神々の祝福が得られなかった?」
そのページは、僕に対する懺悔で埋め尽くされていた。
どうやら父さんと母さんは、その昔、悪魔と契約して、膨大なる知識を得たらしい。
悪魔はその代わりとして、僕の目を奪った。
「奪ったって……僕の目はここにある」
両手で目を押さえる。
確かにここにある。
「悪魔ね。もしもいるなら、何を持って行ったのか聞きたいな」
瞬間、景色が一変する。
僕は暗黒の世界に立っていた。
「え?」
何が起きたのか理解できない。
瞼を開けると、部屋の景色が見える。
「気のせいか」
再び目を瞑る。
僕は暗黒の世界に立っていた。
「これはなんだ?」
いつものように目を瞑った感覚と違う。
まるで別世界の風景を見ているようだった。
『待っていたぞ、セリム』
暗黒の世界に声が響く。
「誰だ!」
身も凍る圧迫感に圧倒される。
『お前の両目を奪った男だ』
「僕の両目を?」
意味が分からない。
『俺はお前の両親と契約した』
「契約? 知識を与えた?」
『そうだ。その代わりお前の両目を頂いた』
「なぜそんなことを?」
良く分からないが、話を聞くしかない。
『俺は神々に封印された。だから封印を解く使者が必要だった』
「神々……おとぎ話の悪魔って奴か」
『そうだ』
「そう……悪魔ははるか昔、地獄に封印されたって聞いたけど」
『その通りだ。だから封印を解いてもらう』
本来なら眉唾と笑うところだが、この圧迫感だと信じるしかない。
「どうやって封印を解く?」
『その目は世界の理も見通す力がある。世界の理から、俺の封印を解く方法を探し、実行しろ』
「つまり、あなたは僕が実行しないと何もできないってこと?」
『そうだ』
「ならどうやって世界の理を見ればいいんですか?」
『念じればいい。それだけで済む』
「断ったら僕にデメリットありますか? 失明とか」
『お前の目は俺の目だ。そんなもの無い』
「ならさようなら」
『は?』
圧迫感が一気に無くなる。
「あなたは封印を解いたら世界を支配するつもりだろ」
『当然だ!』
「僕に何のメリットもないでしょ」
『め、メリット?』
「僕は得しない」
『ならば世界の半分を与えよう!』
「要りません」
瞼を開ける。
再び部屋の景色が現れた。
「ドジな悪魔」
あんなこと言われてハイと言う奴は居ない。
「でも、僕がスキルを持っていない理由は分かった」
僕は悪魔に祝福されてしまった。だから神々はスキルを与えなかった。
「世界の理ね」
そんなものに興味はない。
「お金がある場所なら良いんだけど」
そんなことを思いながら瞬きする。
一瞬、山のような金貨が見えた。
「え!」
再び目を瞑ると確かに金貨の山が見える。
「ここは……王宮の宝物庫」
頭の中に王都の地図が現れる。
そこに宝物庫の場所が記される。
「じゃあ……ダンジョンはどこにある?」
今度はダンジョンを探したいと願う。
今度は世界全体の地図が頭に思い浮かぶ。そこには無数の印がついている。
「世界って丸いんだ」
ダンジョンよりもそっちに感動してしまった。
「リリスはどこに居る?」
今度はリリスが居る場所を捜す。
リリスは宿屋の外で元気よく、子供たちと遊んでいた。
「これって……お金になるんじゃ!」
お金稼ぎのやり方が見つかった!
■
それから十か月後、僕はいつも通り、道端の出店で、人々の捜し物を見つける。
「お婆ちゃんの財布は冒険者ギルドにあるよ。親切な人に拾われてよかったね」
「そうかそうか! 安心したよ」
一枚の銅貨を受け取る。
「財布は落とさないようにね」
「次から気を付けるよ」
お婆ちゃんは笑いながら店を去る。
「次の人どうぞ」
今度は貴族風の人だ。
「家出した娘がどこに居るか分かりませんか」
ハンカチで汗を拭いている。相当切羽詰まってるんだな。
「娘さんの名前は?」
「ソマリ・マリエットと言います」
「分かりました」
ソマリ・マリエットの居場所を捜す。
「王都から三十キロ離れた山奥に居ます」
「どうしてそんなところに!」
「どうやら山賊に捕らえられ、奴隷になってしまったようです」
「大変だ! すぐに助け出さないと!」
貴族風の男性はどさりと銀貨の入った袋を置いて、店を飛び出した。
「こんなに要らないのに」
次に会ったら返しておこう。
「次の人どうぞ」
次は冒険者だ。かなり強そうだ。
「新種のモンスターが出た」
「どんなモンスターですか」
「俺たちはメタルゴーレムって呼んでいる。硬くて魔法や剣が効かない強敵だ」
「それは大変だ」
「お前さんはモンスターの弱点も見つけられると聞いた。教えてくれ」
「分かりました」
目を瞑ってメタルゴーレムの弱点を捜す。
「額に宝石があります。それを弓矢で射抜いてください」
「宝石? 確かにそんなものがあったような」
「動きは遅いですから、簡単に射抜けるはずですよ」
「分かった。信じよう」
銅貨を十枚置いて立ち去る。
「次の人どうぞ」
それからも次々と捜し物を見つける。
夜になったら宿屋で一休み。リリスの帰りを待つ。
今日はリリスの十歳の誕生日。神々からスキルを授かるため教会に行っている。
「リリスはどんなスキルを持っているのかな」
分かり切った答えだ。千里眼は未来すら見通せる。
それでも、妹の喜ぶ顔が見たい。
「お兄ちゃん!」
リリスが部屋に飛び込んできた。
「お帰り! どうだった!」
「聖女様だって!」
「聖女様! それは凄い!」
リリスはこれから教会に住む。
最初の一年は修行。
次の二年はシスター。
三年後には司教。
五年後には大司教となる。
十年後は、良い人と結婚して、子供を授かる。
とても幸せな人生が待っている。
「これからリリスは教会で修行だ。頑張れよ」
「私、お兄ちゃんと一緒に居たい」
リリスは途端に泣き出す。
「全く、泣き虫だな」
「だって……」
グスグス泣く妹を抱きしめる。
「聖女様は人々を幸せにする偉い人だ。だから、我がまま言っちゃダメだよ」
「でも……」
「ずっと一人じゃない。時々様子を見に行くから」
「うぅ……」
「頑張って。お前は強いんだから」
「うん……」
リリスは泣き止むと、チュッとキスする。
「今日は一緒に寝て」
「良いよ」
食事が終わったらリリスと一緒に布団に入る。
「悪魔の目でも、使い方を間違えなければ、人々の役に立てる」
眠るリリスの頭を撫でる。
「これはこれで、良い人生なのかもしれないな」
僕は神々の祝福を得られなかった。
代わりに悪魔の祝福を受けた。
それでも十分幸せだ。
「お休み」
瞼を閉じる。
そして、悪魔を思い浮かべる。
『来たか……』
悪魔はすっかり落ち込んでいた。
「元気がないね」
『だって……封印解いてくれない……』
グズグズに不貞腐れている。
「あなたが改心したら封印を解きます」
『悪魔が改心してどうする』
確かにと笑ってしまう。
「改心するその時まで、僕は諦めませんよ」
悪魔に微笑みかける。
『奇妙な奴だ。俺を改心させるために、こうして会いに来るなんて』
「なんだかんだ、助かってますから」
悪魔の頭を撫でる。
「また、面白い話をします。退屈でしょ」
『勝手にしてくれ』
「勝手にします」
僕はいつも通り、悪魔に物語を聞かせる。
『少し、面白いな』
悪魔が微笑むと、僕も微笑む。
「世界を破滅させるより、ずっとずっと、楽しそうでしょ」
僕は千里眼を使って人々の役に立つ。
今はそれが誇らしい。
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。
下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。
豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。
小説家になろう様でも投稿しています。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる