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商人と仲良く成ろう!

騒動の原因と解決案

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 家の床に座る。椅子もベッドも壊れていて、座る場所がない。
「何があったのか、順を追って話す」
 バードさんは血だらけの服を着たままため息を吐く。

「なぜお前に無茶な要求をしたか? 森の秘薬のために、命をかける奴が出ちまった」
「命をかける?」

「森の秘薬を買うために、家財道具を売り払う奴が大勢出た」
「家財道具を! それって生活できないんじゃ?」

「紛れもなくその通りだ。でも、森の秘薬のためなら承知の上。考えるとおかしな話だが」
「じゃあ、あの時怒ったのは、その人たちのため?」

「違う。期待を裏切るのが怖かった。怒られるのが嫌だったのさ」
 力なく、自虐的に笑う。



「森の秘薬は俺の手に負えない代物だった。最初は、ポーションの代わりか、調味料くらいになればいいと思った。ところが実態は奇跡の塊だった」
「奇跡?」

「傷や病気を治すどころじゃない。若返らせる」
「若返る? それって不老?」

「紛れもなく不老の薬。どんな人間も魅了する悪魔の薬だ」
「でも副作用とか?」

「ある意味、たちが悪かった。副作用が現れなかった。考えられるか? どんな傷も病気も癒し、若返らせてくれる力が何のリスクも無く手に入る魅力に?」
「ちょっと、ピンときません」

「お前は若いからな。しかし歳を食うと違う。その魅力は強烈だ。ここで命と引き換えと言われれば、躊躇う。しかし実際は、ありませんよ、だ。なら夢中になる! 若さや健康ってのは値段が付けられない価値がある」
「それだけの効果が副作用も無しで手に入るなら、皆が熱中するのも分かります」

「そうだ。だが、個人個人が飲むだけなら、まだ良かった。ところが人間の欲望には際限がない。今度は牛や豚に与えたら? 小麦の肥料にしたら? 体を洗うのに使ったら? そんなことを考えた瞬間、いくらあっても足らなくなる」
「不老なら飲むだけでいいんじゃ?」

「そこが今回の騒動の原因だ。俺たちは不老じゃ満足できなかった。人間の悲願、不幸の根絶。森の秘薬ならそれができると思ってしまった」
「本当にそんなことができるんですか?」

「可能性はあると思う。しかし実態は調べないと分からない」
「なぜ調べなかったんですか? 計画する前に確かめないと危ないと思います」

「皆、浮かれていた。神の奇跡が金で買えると思い込んでしまった。神の奇跡なら、試すまでもなくできると信じてしまった」
 バードさんは大きくため息をして、息を整える。



「俺たちは森の秘薬を手に入る前提で動いていた。お前の苦労も考えず、能天気なことだけ考えていた。そしてお前が怒った瞬間、前提が狂った。その瞬間、俺たちは発狂した」
「ぼ、僕のせいですか?」

「言葉が悪かったな。お前は悪くない。お前の苦労も考えなかった俺たちが悪い。お前に説明を怠った俺が悪い」
 バードさんはごくりと唾を飲んで喉を潤す。

「皆、神の奇跡を手元に置いておきたかった。神様に傍に居て欲しかった。だから森の秘薬を求めた」
「よく、分かりません」

「馬鹿だったってことだ」
 何度目かのため息を吐く。



「俺たちは狂っていた。その結果、手に入らないなら、勇者に森の秘薬の材料を取ってきてもらおうと考えた」
「僕の代わりに!」
 突然来たから、てっきり僕を殺しに来たのかと思った。まさかバードさんたちの依頼だったとは。

「そうだ! 今考えると馬鹿だ! あんな奴らに頼むなんて! そのせいでアマンダが犯されて動けない体になった! 交渉に自分の体も差し出した結果、嬲られた!」
 そんなことするのはミサカズか! 取り巻きか! 誰にせよ酷すぎる! 何があったんだ! いくらいじめっ子でも見も知らない他人を嬲るなんて!

「幸い、森の秘薬は残っていたから大丈夫だった。だが一歩間違えれば殺されていた」
 バードさんは突然涙を浮かべながら引きつった笑いをする。

「雑談だけどな! アマンダが動けない体にされたのに、勇者たちが万年樹の森へ行くと言ったら、皆喜んだ! 犯されたアマンダさえも喜んだ! これで大丈夫だと! 仲間が傷つけられたのに! 狂人だ!」
 拳を床に叩きつける。

 赤子さんとスラ子が興奮したので、バードさんに見えないように宥める。

 バードさんは深呼吸して、荒い息を整える。



「話を戻す。勇者たちが森へ入った。その日のうちに、オオカミの森の主の咆哮が聞こえた。皆、震えあがった。神の逆鱗に触れたと!」
「どうしてですか?」
 あの優しくて可愛いきな子が吼えたくらいで震える? イメージできなかった。

「オオカミの森の主が吠えて少しすると、大木が町に降り注いだ! 結果多くの建物が全壊した! 死者も出た!」
「死人が出たんですか!」

「オオカミの森の主を怒らせたから、当然だ。あんな屑勇者たちを歓迎する奴は居ない」
 力のない声だ。今にも死にそうだ。

「咆哮と、建物が壊れたこと、死人が出たこと、勇者が戻ってこないこと。それらが合わさり、今度は皆、こう言った。森の秘薬に手を出したのは間違いだった! オオカミの森の主に殺される! バード! お前のせいだ!」
「その……突然どうしたんですか?」
 理解が追いつかない。

「簡単に言えば、責任逃れだ。今回の被害は勇者たちを送り込んだ俺たちに非がある。そしてオオカミの森の主が攻めて来る危険も生み出してしまった。でももう取り返しがつかない。でも俺たちは悪くない。森の秘薬なんて作ったバードが悪い。責めるなら奴だと」
「でも、依頼したのは全員の総意じゃ?」

「恐怖で頭がおかしくなっているのさ。いや、前からおかしいけど」
 バードさんは寂しく笑う。

「さっき、俺が倒れていたのは、仲間たちと喧嘩したからだ。お前の軽率な行動が世界を破滅させたって言われた。それは違うだろ、お前たちのせいだと反論した。先に手を出したのはどっちだったかな?」
「そんな……喧嘩でも、一歩間違えれば死んでいた」

 バードさんの話は、信じがたいことであった。
 だけど、バードさんの痛々しい傷が事実と告げていた。

「じゃあ、この家が荒れているのは、喧嘩のせいですか?」
 てっきり強盗かと思った。
 バードさんは頷く。
「正しくその通りだ。奴ら派手にやりやがって。まあ、俺も椅子を振り回したりしたけど」

「薬が無くなっていたのは?」
「全部売り払っただけだ。一個だけ売り忘れていたようだが、逆に助かった」
 バードさんは薄く笑った。



「はっきりと伝えておく。これは俺の責任で、お前の責任じゃない」
「でも……僕も材料を取ってきたし」

「それを売ったのは間違いなく俺だ」
 バードさんはなぜか晴れやかな顔になる。

「もっとよく考えるべきだった。そもそも、未知の領域から取ってきた素材だ。その時点で俺の手に負える代物じゃなかった。それなのに、それに気づこうともしなかった。気づいたときは遅かった。この傷は、俺の責任だ」
 血の付いた服を撫で、次に血だまりを撫でる。
 ねちゃりと固まりかけの血が手に着く。

「バードさんだけの責任じゃないと思います。バードさんの仲間も悪いと思います」
「そうだな。だから、あいつらにはこの傷で許して欲しい」
 グッと拳を握りしめる。

「殺されかけたのに、優しいんですね」
「事故だ事故」
 バードさんは明るく、曇りのない笑顔を浮かべる。

「事故ですか?」
「俺が倒れた時、死んじゃうって声が聞こえた。そしたら皆逃げた。皆怖かっただけ。恨む訳がない」
「でも、治療くらいしたほうが良かった」
「混乱していただけだ。俺もそうだったからよく分かる」
 バードさんの声は迷いがないと分かるほどはっきりしていた。

「俺が引き起こした事態だ。俺が止めなくちゃいけない」
 すっと僕の目を見る。

「だけど、悔しいが、俺一人じゃもう止められない。だから、力を貸して欲しい」
 頭を下げる。
 その姿は誠意が籠っていた。



「その、また僕が素材を取ってきますか?」
 少し考えて答える。正直嫌な展開だけど、それで争いが止まるなら仕方がない。

「それは違う! それじゃあ地獄行きを先延ばしにしているだけだ!」
 バードさんははっきりと拒絶すると、涙を堪えるように顔をしかめる。

「まずは問題の一つである、俺が作り出した森の秘薬の混乱を止める。森の秘薬の使用を禁止するか、制限するしかない。でも俺にはそんな権限がない。だから俺の師匠、商人ギルドの長に相談する。あの人はそれだけの権力を持っている!」
 拳も目も震えている。
 悔しいのか、怖いのか分からない。
 勇気を振り絞っていることだけは分かる。

「俺は師匠に事情を説明する。その時師匠は必ず、誰が取ってきたのか聞く。その時、俺の横に居て欲しい」
「僕が!」

「分かる。オオカミの森で暮らすくらいだから訳ありなんだろ。でも、お願いだ! 一緒に来てくれ!」
 涙をボロボロ流す。

 僕は隠れるスラ子と赤子さんにお願いする。

「何かあったら、僕を守ってください」
「今殺す」
「殺す」
 頼もしく、怖い答えが返ってきた。

「僕がお願いしたら、その時に」
「今殺したいが、仕方がない」
「分かった。我慢する」
 二人の返事を聞いて、バードさんの目を見る。

「分かりました。一緒に行きます」
 バードさんは目を逸らさずに、見つめ返す。

「ありがとう」
 少しの沈黙の後、バードさんは床に額をこすり付けた。



 町は死んだように静かだった。家には明かりもついていない。
 道路や建物には大木が突き刺さっていた。
 おそらく、きな子が勇者たちを殺した余波で飛んできてしまった。
「きな子は悪くない。きな子は僕のためにやったのだから」
 痛む胸を押さえる。

 バードさんの後を歩くと立派な建物の前に着く。鍵は開いていた。
「そう言えば、さっき問題の一つって言いましたよね? まだあるんですか?」
 建物に入ると、ふいに気になったので聞いてみる。

「オオカミの森の主を鎮めなくちゃいけない」
 バードさんはグッと拳を震わす。
「ま、それは俺の問題だから、気にしなくていい」

 バードさんは奥の扉まで進むと、咳ばらいをしてからノックし、勢いよく扉を開ける。
「やっと来たな。馬鹿野郎」
 中年の男性が椅子に座っていた。彼の手には森の秘薬が握られていた。

「座れ。話を聞いてやる」
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