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41 /エリー

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◆◆

「近い日、白竜の怒りが大地を覆い、世界を崩壊へ導くでしょう。
それを回避する方法を、神が教えて下さいました。
神に選ばれし者を生贄として捧げるのです。
その者の名は、アラベラ・ドレイパー」

「彼女の内なる魔法は、白竜を千年の眠りにつかせる事が出来ます」

「一刻も早く、決行なされますように___」

エリーの予言を受け、王は直に従う様、大司教に命じた。

「ふふ、これで邪魔者は消せた、悪役令嬢退場よ!
そして、この世はあたし、ヒロインのものになるの___」


◆◆


ふわりと視界が揺れ、意識が戻ってきた。
わたしは変わらず、泉の側に立っていた。
白竜も変わらずそこに居る___

わたしの頭に何かをし、見せてくれたのだろうか?

「エリーは偽の聖女だったのね…
でも、だったら、この世界はどうなるの?」

ヒロインは不在で、未来も分からない…
誰がこの世界を守るの?

《おまえはいつもおかしな事を考えるな》

《決まっている未来など、面白くはなかろう》

《世界を守るのは、一人か?》
《人間は愚かだが、大勢いるだろう》
《守りたい者が守れば良い》

「そうよね…」

前世を思い出した事で、その通りになるものと思い込んでしまっていた。
【白竜と予言の乙女】のゲームと世界観は似ているが…
ゲームではない。
ここは、現実だ。

ゲームよりも、もっと、選択肢は多いんだわ!

「これからは、わたしも、現実を生きるわ!」

《盛り上がっている所、悪いが》

ん??

《先程、おまえは我に好きにして良いと言ったな?》

言ったかしら??
覚えてないわ。
でも、言ったにしても、前言撤回よ!!
誤解だもの!そんなの、無効よ!!…と、声に出して言わなかったのは、
『怒らせるかも…』と思ったからだ。

ああ、でも…

「どうか、命だけはお助け下さい…」

無駄死になんてしたくないわ!わたしはまだ生きたいもの!
わたしは手を合わせ、祈った。

《それでは、命だけは許してやろう》

わたしは「ほっ」と息を吐く。
だが、安堵するのは早過ぎた。
次に白竜が言った事はというと…

《その代わりに、おまえを我の花嫁にする》

花嫁?
わたしが、白竜の妻になるの?

《そうだ》

こんな時まで頭の中を読まないでよね!!

「その、とても光栄なのですが、異種間結婚というのは、認められていませんわ」

《我らの間では認められている》
《それに、生贄として来たのだろう?》
《何事も無く戻れば、人間たちがどう思うか、おまえにも想像が付くだろう?》

そうだわ!無事に帰れば、逃げたと思われるわよね…
こんなの、きっと信じて貰えない。
聖女の予言は絶対だもの!

「命が助かっても、わたし、もう、戻れないの?」

ハンナ、クララ、パトリック、ブランドン…
ドロシア、ジャネット、ジェローム、ファンダムの皆も…

学園に帰れない…

黒猫にも…

サイファーにも、もう、会えない…

わたしは手首のミサンガを弄った。
それに気を取られ、気付かなかった。
いつの間にか、泉から白竜の姿が消えていた。

「白竜?」

いきなり消えるなんて、どうしたのかしら?
キョロキョロとするわたしを、誰かが抱きしめた。

「むぐ!?な、な、何するの!?変態―――!!」

慌てて藻掻き、顔を上げると、そこには良く知った顔があり、
わたしは目を見開き、固まった。

「せ、先生!?どうしてここに居るの!?」

それは、サイファーで、いつもの白衣姿で、わたしを抱きしめていた。

「あなたが呼んだので、来ました」

「嘘よ!」

幾ら魔力があるからって、そんな都合の良い事が出来たら、人間ではない!

「はい、実は嘘です」

「先生、どういう事かしら?」

わたしは笑みを引き攣らせ、白衣の胸元を締め上げた。
とっても怒っているのよ!!
だが、サイファーには伝わらず、彼は楽しそうに笑った。

「簡単な事です、恐らくお気づきでしょうが、《白竜》は《私》です」

簡単ですって??
そんなの、どうやって、気付けって言うのよ!!
竜を見たのも初めてなのに!!

「ああ、幻影魔法って事?」

魔法を使って、竜を見せていた?

「いえ、《白竜》が私の本当の姿で、《人型》は変化した姿です」

ああ、そういう事…

「わたしを脅かして楽しんでたの?随分、悪趣味だわ!」

「楽しんでいた訳ではありませんが、確かに、少々楽しみました」

悪びれずに飄々と言うので、わたしは口をポカンと開けてしまった。
そんなわたしに構わず、サイファーの長い指が、わたしの顎を掴んだ。

「私が相手では、あなたは素直になれないでしょう?
いつも本心を見せない、それがあなたです___」

サイファーが意味あり気な目で見る。
確かに、それは白竜の目と似ていた。

「…これまでは、そうね、でも、これからは隠し事なんてしないわ。
もう、未来は分からないもの」

わたしは肩を竦めた。

「それでは、これからどうしますか?あなたが望む事は?」

わたしが望む事…

「エリーを止めなきゃ…」

これ以上、エリーの好きにさせる訳にはいかない。
この世界は、エリーのものでは無い。
誰のものであってもいけないのだから…
これは、同じ転生者としての、わたしの責任、義務だろう。

そして…

「わたしは、わたしの人生を取り戻すわ!」



◆◆ エリー・ハート ◆◆

「聖女様、お耳に入れたい事がございます…」

エリーに声を掛けて来たのは、貴族出身で整った顔をした、三十代の男…
大司教の片腕とも言われる、司教バートだった。

「許します、話してみなさい」
「ここでは少し…聖女様と二人の方がよろしいかと…」

エリーは不穏なものを感じながらも、バートを部屋に招き入れ、人払いをした。
バートは人の好い顔をしていたが、二人きりになると、何処か怪し気な笑みを浮かべた。

「聖女様は、王都に広まりつつある噂をご存じでしょうか?
聖女暗殺未遂騒ぎを起こした娘は、実は冤罪で、毒など盛ってはいなかったと…」

「《王子》と《聖女》に反感を持つ者たちの戯言でしょう。
その様な事に惑わされませぬように」

エリーは動じる事無く、澄まして返した。
だが、バートの笑みは一段と深まった。

「それでは、実際にこの目で見た話はいかがでしょうか?
私は大司教の助手をしている身ですので、偶然、目にしてしまったのですが…
数ヶ月前、大司教は儀式の際、段差を踏み外し、転倒し、頭を強く打たれました。
大司教は大丈夫と言われ、そのまま儀式を遂行し、水晶球を覗かれました。
そこに、《聖女の兆し》を見られたのです___」

エリーは内心で息を詰めていたが、表情には出さなかった。

「《聖女の兆し》を疑っておいでなのね?」

「そこまでは…ただ、《聖女の兆し》を見た者は、未だ大司教だけです。
《聖女の兆し》が現れれば、少なからず、現象を申し出て来る者がいるものです」

「他の者の力不足、又は、申し出ないだけでしょう」

「それにしても、誰も見ておらず…申し出ず、大司教の言葉だけですので、
今はまだ疑う者は居ない様ですが、この先はどうなるか…
あなたの聖女鑑定をもう一度と、申す者も出て来るのではないかと…」

バートが自分を疑っている事は見て取れた。

「あたしは世界を救う予言をし、見事に果たしたのよ?
疑う方がどうかしているわ」

「ならば、もう一度、鑑定を受けられるのですね?」

バートが水晶球を取り出すのを見て、エリーは咄嗟に後退った。
それを見たバートは、ニヤリと笑った。

「何も、あなたを訴える気はありませんよ、聖女様。
どうですか、私と手を組みませんか?
私と信頼出来る何人かが、《聖女の兆し》を見たと証言しましょう。
そして、大司教には安らかに眠って頂きます。
その後、あなたが、私を大司教に推挙するのです。
これで、あなたの秘密は、永久に守られますよ、聖女様」

この男の望みは、大司教になる事ね…

「いいでしょう、あなたに任せるわ、バート」

エリーは愛想良く返事をした。
そして、引き出しから紙幣を取り出し、バートに渡した。

「必要でしょう、好きにお使いになって」
「ありがとうございます、聖女様」

バートは機嫌良く部屋を出て行った。
エリーは打って変わり、顔を顰めると、舌打ちした。

「フン!あの小者!司教所か、汚い鼠じゃないの!
バートも、司教たちも邪魔ね…
《聖女の兆し》を見たと証言した後、大司教と一緒に消えて貰おうかしら」

エリーはそれを想像し、ニヤリと笑った。



夜になり、エリーは寝支度をし、ベッドに入った。
目を閉じてから、幾らもしない内だった。

風を感じ、エリーは目を覚ました。
起き上がり、魔法で灯りを点けたエリーは、それを目にし、愕然とした。

大きく開いた窓の側に、一人の娘が立っていた。
白い飾り気の無いドレス、金色の髪が風に靡いている。

アラベラの幽霊!?

エリーは思わず、「ひっ」と声を上げていた。

『エリー、あなたがした事、みんな知っているわよ』

闇から響く声に、エリーは身を震わせ、上掛けを抱きしめていた。

『あなたは、聖女などではないわ』
『ヒロインでもない』
『ただの、エリー・ハート』

『皆に真実を話し、身を引きなさい』

「お、お黙りなさい!あたしは聖女よ!ヒロインよ!悪霊よ、去りなさい!!」

エリーは、その辺にある物を手に取り、《彼女》に向けて投げた。

ガシャン!ガシャン!!

それらは、《彼女》に当たる前に弾かれ、大きな音を立て壊れた。
騒ぎを聞きつけ、扉が叩かれる。

「聖女様!?どうなさったのですか!?」
「ここを、お開け下さい!」
「聖女様!!」

それらに、「煩い!!黙れ!!」と、叫んだのは、エリーだった。
いつの間にか、《彼女》の姿は消えていた。
だが、代わりに、外が騒がしくなった。

「竜だ!!竜が飛んでいるぞ!!」

竜ですって!?
エリーは驚き、窓辺からベランダに出て、空を見上げた。

尽きの光を受け、飛んでいるのは、正に、白竜___

「どうして、白竜が…?
アラベラを喰らい、千年の眠りについている筈なのに…」

アラベラの幽霊に加え、白竜の出現で、エリーは酷く動揺していた。

「聖女様!竜です!大神殿の上を飛んでいます!」
「ああ!竜が王宮の方へ行きます!」
「聖女様!早く王宮へ!!」

皆が無条件に《聖女》に助けを求める。

「竜を相手に、《聖女》に何が出来るっていうのよ!
竜が出たなら、騎士団が仕留めればいいじゃない!」

エリーは苛立ち、逃げ道を探したが、扉が開けられる方が早かった。

「聖女様、早く御支度を___」

◆◆◆
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