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本編

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その日、わたしが勤める仕立て屋に、家からの使いで馬車が着いた。
何事かと馬車に乗り家に戻ってみると、にこやかな両親といつも以上に着飾った姉が、
わたしを待ち構えていた。

「クリスティナが正式に王妃として王城に迎えられる事は、おまえも知っているな?ソフィ」

今更だわ…
その話が決まった時、家族はわたしへの連絡をすっかり忘れてしまっていたが、
町を挙げての大騒ぎとなったので、わたしの耳にも入って来た。

それにしても、わたしはその時まで、美貌だけで碌に教育も無い平民の娘が
王妃になれるなど、欠片も思っていなかったので、大変に驚き、感心し、
それと共に、諦めの境地に至ったのだった。

世の中、容姿が全てなのね…

いや、全てでは無いだろうが、重要である事は確かだ。
もし、クリスティナがわたし程度の容姿だったならば、こうはならなかっただろう。
そもそも、王が興味を持つ事すら無く、出会う事も無い…

やっぱり、容姿が全てだわ。

「それでだ、クリスティナがおまえを侍女にと、王様に頼んでくれたのだ、ソフィ!」

は??
侍女??

わたしは父の言葉が信じられず、思わず聞き返しそうになった。
目を見開き、問う様に見るだけに止めたのを褒めて欲しい。
そして、気を落ち着かせ、淡々と申し上げた。

「お父様、わたしには仕立て屋の仕事があります」
「それならば問題は無い、仕立て屋の方には辞めると伝えてある、荷物も後日送ってくれるだろう」

そんな!勝手だわ!!
今に始まった事では無いが、それでもわたしの内に不満が沸き上がった。
わたしは言葉を選び、何とか反撃を試みた。

「わたしは然るべき相手と結婚し、この家を継ぐのですから、侍女になるつもりはありません」

「その事だが、話し合った結果、この家はゆくゆくは、
甥のフレデリク夫妻に任せようという話になった。
おまえは家を継ぐのを嫌がっていただろう?
それに、王城へ上がれば、良い結婚相手がみつかるかもしれんしな!」

「そうよ、ソフィ、良い話だわ、例え結婚出来なくても、王城の侍女なら、
体裁も良いでしょう?」

結婚出来ない前提で話さないでよ!!
わたしの内心の叫びなど気付きもせず、両親は愉快に笑っている。
そして、クリスティナといえば、深い青色の目を半目にし、薄ら笑っていた。

絶世の美女か何か知らないけど、この表情は悪女か魔女よ!!
王様もこれを見て、結婚を考え直すべきだわ!!

「わたし仕立て屋の仕事が好きなの!お願い、このまま続けさせて!」

わたしは形振り構わず、両親に取り縋った。
だが、そんなわたしなど、クリスティナにとって敵では無かった。
彼女はニヤリと笑うと、急に弱弱しい表情になり、両親に訴えた。

「お父様、お母様、私、ソフィが一緒に来てくれなきゃ、不安で仕方ないわ!
城で虐められるかもしれないもの…ああ、王様と結婚なんて止めてしまおうかしら…」

泣き崩れるクリスティナに、両親は顔色を変えた。

「可哀想なクリスティナ!」
「ソフィ、姉さんが可哀想だと思わないのか!」
「何て冷たい子なの!あなたは、クリスティナが王妃になるのが羨ましいのね!」
「だからといって、意地悪をするのは止めなさい!」

両親はわたしを散々に責めた。
今までであれば、わたしは簡単に折れただろう。
だけど、ここで折れてしまえば、
わたしの夢…いや、わたしの人生そのものが壊されてしまう!

二年間、わたしはただ漠然と、与えられた仕事をこなしてきたのではない。
独立を目指し、必死に技術を身に付け、鍛錬してきたのだ。
この経験があれば、他の町へ行き、仕立て屋の仕事に就く事も出来るだろう___

そうよ!このまま、今後の人生まで、クリスティナに支配されたくない!!

直ぐに宿舎に戻り、今まで貯めた賃金と必要な物を持ち、町を出るのだ!
後は、風の吹くまま、気の向くままに…
両親の責めを流し聞き、考えていたのだが、相手の方が一枚上手だった。

「お父様、お母様、私、ソフィが来てくれないのであれば、城には参りません。
王様にお断りの手紙を書きますわ、王様は怒るかもしれませんわね…
この家はお取り潰しになるかしら…
こんな事になってしまって、ごめんなさい、お父様、お母様…」

「待ちなさい!ソフィ、城に行ってくれるな?
クリスティナがここまで言っているんだぞ?おまえは、この家がどうなっても良いのか!」

「勝手な条件を付けたのはお姉様です!わたしに責任転嫁しないで下さい!
お姉様さえ城へ上がれば、王様も怒る事はありません。
わたしを説得するよりも、お姉様を説得なさって下さい___」

あまりに頭にきていて、自分でも言い過ぎてしまった事に気付いた。
目の前の父は顔を真っ赤にし、その太い手を振り上げた。
その向こうで、クリスティナがニタリと笑うのが見えた。

ああ、最悪だわ___

クリスティナが王妃になるなど、国の滅びの前兆に違いない。
そんな事を考えながら、わたしは目を閉じ、身を固くし、父に殴られるのを待った。
だが、父は何とか思い止まった様だ。
薄く目を開け、様子を伺うと、父はまだ真っ赤な顔で、振り上げた手を震わせていた。

「親や姉さんに向かって、何という言い草だ!
クリスティナは王妃になるんだぞ!クリスティナの言う事は、王命だと思え!
王に刃向かうというなら、私がおまえを殺してやる!!誰か剣を持って来い!!」

父が完全に錯乱を始め、母は泣き出し、「お願いだから、言う通りにして!」と喚き出したので、
わたしはいつもの如く、折れるより仕方無かった。
だが、一応、わたしも条件を付けさせて貰った。

「仕事を辞めるのだから、城勤めの侍女と同じだけの給金は頂きます。
それから、勤めるのは一年間だけです、わたしにもやりたい事があるの」

両親は「図々しい!」と言い放ったが、クリスティナは意外にも、あっさりと条件を飲んだ。

「ええ、いいわ、ソフィが来てくれるなら、私、何でもするわ!」

そんな天使の様なクリスティナに、両親は益々傾倒していた。

「ああ、クリスティナ!おまえは何て良い娘なんだ!」
「ええ、ソフィ、あなたも姉さんを見習いなさい!」
「そうだぞ!城に行くんだ、それでは姉さんが恥を掻く!」

わたしは悲しいよりも呆れ果て、諦めが勝っていた。
自分が不幸だと思うのは、こんな時だ。
家族でさえ、わたしの味方ではない、わたしの理解者ではない、わたしを愛してくれない…

「わたしは、きっと、このまま、ずっと独りなんだわ…」


◇◇◇


わたしはクリスティナ付きの侍女として、一緒の馬車に乗り、王城へと向かった。
クリスティナが何故、我儘を言ってまでわたしを侍女にしたのか…
それは、引き立て役にする事、そして、捌け口にする為だった。

王城までの道中は地獄だった。
クリスティナは高飛車に振る舞い、我儘放題だった。
普通の侍女ならば、クリスティナを酷い女だと思い、悪口を言って周っただろう。
だが、わたしは彼女の妹だ。
姉に不利になる様な事は出来ない、悪くすると、家にも影響を及ぼす事になるだろう。
あんな両親、少しは痛い目に遭えばいいのよ!と思いながらも、そうは出来ない。
恩もあるし、何より家族だ、不幸にはなって欲しく無い。
わたしが耐えるしかない事を、クリスティナは良く知っていたのだ。

だが、一年耐えれば、解放される___!

わたしはそれに望みを持ち、只管、耐える事を決めたのだった。


幸いにも、結婚式だけでなく、様々な行事が怒涛の様に押し寄せて来た事で、
クリスティナは意地悪をする暇も無く、振り回される日々を送り、わたしには安穏が訪れた。

その騒ぎが落ち着いたのは、一月が経っての事だった。

その日、漸く、わたしは王に引き合わされた。

「なんと!そなたがクリスティナの妹だと!?信じられん!全く似ておらんではないか!」

王はわたしを見て、毛虫を見る様な表情をした。
何て失礼なのだろう!だが、流石はクリスティナの夫だとも思える。
似た者夫婦に違いない。
尤も、王自身は美しさとは無縁で、醜いとまではいかないものの、
顔に肉付きが良いので、顔が大きく浮腫んで見え、その目は小さく見える。
背が低く、小太りだ。
クリスティナが喜んでこの王の傍に居るのは、きっと、自分の美貌が引き立つからだろう。

「ソフィがどうしても付いて来たいというので連れて来ましたが、ご迷惑でしょう?
妹は我儘で手が付けられませんの、どうかお許し下さい、オーレリアン様」

「構わぬ、そなたの妹ならば、面倒見てやろう」

「いいえ、その様な必要はございませんわ、妹は城に居られるなら、喜んで何でもする、
休みも給金も必要ないと申していますの。暫くは私の身の回りの事をさせるつもりですわ」

「ああ、それがいい、しっかり仕事を習うのだぞ!」

わたしには大いに不満があったが、わたしの話題はそれで終わってしまった。
恐らく、王の頭には、わたしの名すら残っていないだろう。
王とクリスティナは楽しく談笑し、王が部屋を出てから、わたしは漸く口を開いた。

「お姉様、話が違うわ!わたし、休みも給金も頂きます、そういう約束だったでしょう?」

クリスティナの顔には、先程まで王に見せていた愛想は無く、冷やかさが浮かんでいた。
彼女は鼻で笑った。

「約束では無く、契約よ、契約はね、雇い主の都合により、変わるものなの。
それに、今、あなた反論しなかったでしょう?
反論があるなら、私ではなく、王様に言うのね。
どちらにしても、給金を払うのは私では無く、王様ですもの」

「!!」

甘かった!!
わたしは自分の甘さに腹が立った。
だが、あの時は断る選択肢など残されていなかった。
でも、今ならば___

そんな考えを読む様に、クリスティナは畳み掛けた。

「ソフィ、教えておいてあげるわ、もし逃げる様な事があれば、
王妃の権限を使って、兎を狩る様にあなたを狩ってやるから!
でも、それも楽しいかもしれないわね…ふふふ」

クリスティナは残酷な事を口にしながら、恍惚な表情で笑う。
狂気を感じ、ぞっとした。
冗談だと思いたいが、そんな風にも見えない。

「どうして?」

どうして、そこまでして、わたしを側に置きたいのか…

「私はね、自分が神から選ばれ、祝福された者である事、
一番の幸せ者である事を、一部始終、誰かに側で見ていて欲しいの!
そして、自分が如何に恵まれていないかを思い知って欲しいのよ!
あなたは神の祝福を受けられなかったけど、その役目を果たせるのよ?
幸せじゃない!」

クリスティナの高笑いが響き渡る。


ああ…わたしは何て不幸なのだろう…
クリスティナを姉に持つという事は、最大の不幸に違いないわ___


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