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24 /レオナール

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「急に押しかけてしまって、すみません…」

「それはいいのよ、只事じゃないのは分かるわ、気になるから、早く教えて頂戴」

「はい…」

わたしは膝に置いた手をギュっと握った。

「レオナールに、離縁を言い渡されました…」

「何ですって!?」

ディアナが声を上げ、立ち上がった。

「あなたと離縁するなんて、あり得ないわ!
私なら、いつ離縁されていてもおかしくは無かったけど、あなたは何処も悪い所は無いもの、
あなたみたいに献身的な妻はいないわよ、あの人、どうかしちゃったんじゃないの!?」

「いえ、違うんです…最初からお話します…ですが、これは誰にも話さないで下さい」

「秘密の話ね?」

ディアナは扉に向かうと、「皆!良いというまで、入って来ないでね」と
使用人たちに声を掛け、その扉を閉めた。

わたしは力なく項垂れ、わたしたちに起きた事を話した。


「契約結婚だなんて…
あなたたちがそういう関係だったなんて、全く気付かなかったわ…」

ディアナは驚いていた。

「私の目からは、二人共、愛し合っている様に見えたわよ。
レオナールだって、私との時とはまるで違っていたもの…」

ディアナにそんな事を言われても、虚しいだけだった。

「全て、お芝居です…」

「でも、あなたの方は違うわ、レオナールを愛しているんだから」

ディアナの言葉に、想いが込み上げ、涙が零れた。
ディアナが「使って」と、ハンカチを渡してくれた。

「わたし、レオナールの傍から離れたくないんです!
でも、このままでは、もう、会う事も、顔を見る事も出来なくなってしまう___!」

「ここまで想われて、どうしてレオナールはあなたを遠避けようとするのかしら?」

「わたしの気持ちが迷惑なんです…
結婚は疎ましいと言っていましたし、愛を信じられないのでしょう。
それに、わたしは彼の好みでは無いのかもしれません…」

「そんな事無いわよ!例えお芝居であっても、好意の無い相手となら、
苦痛でしょう?それは自然と周囲にも分かるものよ。
断言してあげる、あなたを離せば、彼は一生独りよ、間違いないわ」

ディアナの言葉に励まされ、わたしは違う涙を零した。

「レオナールには、あなたの価値を分からせてやらなきゃいけないわね…
セリア、暫くここに居るといいわ、行く当てなんてないでしょう?」

「はい…すみません、なるべく早く、仕事と住む場所を見つけますので…」

「急ぐ必要は無いわ、それに、変な仕事はさせられないわ。
私が探してあげるから、それまでは、ここで手伝いをして頂戴。
料理の下拵えとか、アンナの手伝い、掃除とかね…それでどう?」

「はい!ありがとうございます!」

「レオナールには伝えておくわ、きっと心配しているわよ」

「でも、レオナールには…」と、わたしは頭を振った。

「会いたくないのね?それも伝えておくわ」

ディアナの言葉に安堵した。

レオナールには会えない。
彼を前にしてしまうと、わたしは逆らう事が出来ないから___



◇◇ レオナール ◇◇

唇を啄む…
それは、思った以上に柔らかく、甘美だ。

「ん…」

彼女が漏らす甘い声は、レオナールの頭を痺れさせた。
レオナールは抑えていたものを投げ捨て、その唇を貪った___

ゴトン

奇妙な音に、レオナールは「はっ」とした。
手に持っていた筈のカップが、足元に落ちたのだ。
レオナールは唖然とし、内心で舌打ちしていた。

また、やってしまった…


レオナールは二十歳の年若い妻を前にすると、自身も青年に戻ったかの様に、
我を忘れる事があった。

彼女に触れ、キスを貪る。
そして、無意識に、その先も求めてしまう___

夫婦であれば何も不思議は無く、仲が良い事は寧ろ喜ばしい事だろう。
だが、ラックローレン伯爵夫妻には、違っていた。

『恋愛結婚』と公言している彼等の結婚は、契約結婚で、
その契約には、しっかり、《白い結婚》と記されていた。


「すまない…」

レオナールは自分を抑え、抱き寄せていたその細い体を離した。
途端に感じる空虚感にも、レオナールは気付かない振りをする。
足元のカップを拾うと、彼女の方は見ずに、その細い腰を叩いた。

「ピアノをお願い出来るかな?」

「はい…」

耳心地の良い、優しい声に、レオナールはうっとりとする。

彼女は椅子代わりにしていたベッドから降り、ピアノへ向かった。
彼女は夜着の上にガウンを羽織っていたが、
ほっそりとした白い肢体が目に浮かんできて、レオナールはベッドに入り、目を閉じた。

考えるな…
意識してはいけない…
彼女は確かに妻だが、本当の意味での妻ではない…

それを望んだのは、レオナール自身であり、そして、彼にとっては、そうでなくてはいけなかった。
他でもない、彼自身を守る為に___


悶々としている内に、ピアノは終わっていた。
彼女は慎重に足音を忍ばせているが、静寂が満たすこの場では、然程効果はない。
彼女が動くと、衣擦れの音がし、近付くと気配でも分かった。

近付く…?

「おやすみなさい、良い夢を」

不意に、額に触れたものに驚く。

彼女が立ち去っても、レオナールは暫く動けなかった。

「いけない、このままでは___!」


◇◇


レオナールの母親は、彼が9歳の秋に亡くなった。

その日、使用人たちの半数以上は休暇で、館には居なかった。
父は仕事で朝から出掛けていて、レオナールは家庭教師と共に美術館へ行った。
それは、珍しい事ではなかった。

美術館から帰ったレオナールは、母に会いに行ったが、部屋にはおらず、
使用人たちに聞いても、誰も知らなかった。
馬車に乗って出かけた様子も無く、部屋中を探してもその姿は無い。
レオナールの不安を掻き立てた。
次第に、皆もおかしいと思い始めたのか、大々的に捜索が始まった。

そして、幾らかして、館の裏にある池で発見された。
レオナールが駆けつけた時、母は池の真中でうつ伏せになり、浮かんでいた。

池から引き上げたが、既に息は無かった。

遺書は無く、事故と思われていたが、その池は足を滑らせたとしても、
溺れる程には深くも無かった為、《自害》と判断された。

母は何故、死んでしまったのか。
母は何故、自分たちを置いて死んでしまったのか___

「小さな子が居るというのにね…」
「子を置いて死ぬなんて、信じられませんよ…」
「何て冷たい母親なんでしょう…」

そんな声が耳に入り、レオナールを更に苦しめた。

自分は捨てられたのか___


この事は、レオナールを深く苛んだ。
それは、大人になっても変わらずに…


◇◇


レオナールが三十歳の時、伯爵だった父が亡くなり、後を継ぐ事になった。
子供は自分一人だった為、それは以前より決まっていた事だったし、
伯爵の仕事は既に受け継いでいた。
だが、爵位を継ぐ条件に、《結婚》が含まれている事は、当事者ながら知らずにいた。

それを知らされたレオナールは困った。

レオナールの女性関係は希薄だった。
軽い付き合いならば良かったが、深く突き合うとなると、踏み出せなかった。
それ以前に、気持ちが冷めてしまうのだ。

結婚など考えただけでも気が重くなる___
レオナールは、自分が結婚出来るとは、到底思えなかった。
だが、結婚しなければ、爵位を継ぐ事は出来ない。
そこで、検討した末に目を付けたのが、ゲーリン男爵家の娘、ディアナだった。

ディアナは従兄妹関係に当たり、知らぬ仲という訳でも無かった。
何より都合が良かったのは、彼女は若い頃に駆け落ちし、
結婚生活が上手く行かず、家に戻って来ている身だった事だ。

ディアナは二十七歳になるが、未だ再婚先が決まっていない。
世間体が悪いと、ゲーリン男爵家でも彼女の事は持て余していた。

自分も相手も大人で、ロマンスなど必要としない、割り切った関係を築ける気がした。

結婚の打診をしてみると、良い返事を貰え、直ぐに婚約に至った。
そして、結婚までは、三月程度だった。
レオナールは結婚まで、なるべく時間を掛けたく無かった。
長く掛ける程、迷いが出て来てしまう気がしたからだ。


結婚した当初は、順調に思えた。

結婚に向け、レオナールは母の事を忘れ様と努めた。
結婚が、必ずしも不幸を呼ぶとは限らない。
両親は無理だったが、自分は幸せな家庭を築いてみせる___
これまでの事は忘れ、《妻》を大切にしようと、心を入れ替えたのだ。

だが、次第に、暗雲が立ち込め始めた。

切っ掛けは、ディアナの使用人たちへの態度を目にした事だったか?
それとも、レオナールが「寝室を別にする」と話した事だったか?

二人は顔を合わせる度に、互いに対し、不満を抱く様になっていった。


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