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【あたしは、カルロス様が好きだもん!】
【結ばれるなんて、高望みはしない、だから、好きでいさせて…】
【ただ、見ているだけでいいの…】
【カルロス様は、あたしの運命の人だもの…】

「何でよ!!」

わたしは思わず言っていた。

「どうして、カルロス様が、デイジーの運命の人になっちゃうの??
カルロス様と運命で結ばれているのは、婚約者のわたしよ!!」

わたしは鼻息荒く頁を捲った。
デイジーがカルロスを諦め、他の男に恋をしてくれる事を願ったが、
物語はそんな風には進んでくれなかった。

【どうして泣いているんだい?可愛い君に、涙など似合わない、デイジー】

デイジーが、独り泣いていた所、カルロスがやって来て、彼女を抱きしめた。

「なんで!?」

婚約者がいるのに、他の女が泣いているからと、抱きしめる男なんていない!
少なくとも、わたしの常識では、これは…

【ああ、カルロス様!こんな事をなさってはいけないわ!】
【君を独りで泣かせたくないんだ、可愛いデイジー、さぁ、何があったか、僕に話してごらん】
【駄目です!カルロス様だけには話せません…】
【どうして、僕だけ?】
【それは…】
【デイジー、こっちを見てごらん…】

「止めて!カルロス様!それは不貞行為よ!!」

わたしが幾ら叫び訴えようとも、本の中の二人は止まらない。
見つめ合った二人は、言葉も無く、キスを始めてしまった___

「いやああああああああああああ!!!」

わたしは今度こそ、その本を壁に投げつけ、布団を被ったのだった。


◇◇


本を投げつける事、十二回。
その度に精神を削られたが、三日目にして、何とかわたしはその本を完読したのだった。

「ふうぅぅぅ…疲れたわ…」

読書で、こんなに疲弊したのは初めてだ。
それに、こんなに薄い本で、三日も費やした事も、初めてだ。
わたしは中庭のベンチの背に凭れ、長く息を吐いた。

それにしても、最初から最後まで、酷い話だった。
デイジーはカルロスに恋をして、諦めなければと言いながらも、何かにつけ、彼に付き纏う。

「諦めるなんて、口だけよ!」

カルロスは都合良く現れ、デイジーを甘やかし、溺愛する。
言葉だけではなく、それはもう、色々と…

「婚約者がいるというのに!!」

ヴァイオレットは、傲慢で我儘で皆を見下し、従わせている。
皆からは【悪役令嬢】と呼ばれているが、まぁ、確かに、嫌な女だ。

「勿論、わたしではなく、本の中のヴァイオレットよ!」

ヴァイオレットは学院パーティの折、皆の前でこれまでの行いを断罪され、
カルロスから婚約破棄を言い渡される。良い笑い者だ。
そして、カルロスとデイジーは結ばれる。
それも、不貞、略奪しておいて、皆からは「真実の愛!」と祝福されている。

「こんなのが罷り通って良い筈が無いでしょう!!
断固、著者を訴えてやるわ!!」

わたしは本を、十三回目の遠投の刑に処す事にし、思い切り腕を振り上げた。

「わぁ!驚いたなぁ」

勢い良く飛んで来た本を、さっと避け、呑気な声を上げたのは、
カルロスの二歳下の弟、第三王子ルイスだった。

カルロスはがっしりとした骨太体型だが、ルイスはまだ少年の様な体つきをしている。
身長もわたしと同じ位だし、サラサラの金髪に、明るい緑色の目をしていて、
人懐こく、何処か子犬を思わせる。
初めて会ったのは、カルロスとの婚約式の場だったが、その時から懐いてくれ、
わたしにとっても、《可愛い弟》だった。

「ルイス!ごめんなさい、誰もいないと思ったの…」

「いいよー、だけど、お淑やかなヴァイオレットが物を投げ付けるなんて、珍しいね?」

公爵令嬢のわたしは、普段は上品に振る舞う様に努めている。
それに、どちらかといえば冷静沈着なので、物を投げつけるなんて事は、ほとんど無い。
わたしは急に恥ずかしくなり、「ええ、まぁ…」と言葉を濁した。
尤も、ルイスは気にしておらず、転がった本を拾うと、徐に開いた___

「ああ!見ちゃ駄目よ!!」

慌てて止めようとしたが、ルイスは聞こえていないのか、構わずパラパラと捲っていく。
奪い取りたかったが、逆に変に思われるだけだと気付き、

ああ!もう!!

わたしは歯噛みしつつ、ベンチで貧乏揺すりをしたのだった。

「えー、何、コレー、ヴァイオレットが出て来るよぉ?」

やはり、気付かれてしまった!
わたしは気まずいながらも、素気無く、説明した。

「わたしだけじゃないわよ、国名も、学院名も一緒なの」
「本当だ!兄さんも出て来るじゃん!ねー、ヴァイオレット、僕は僕は?出て来た?」
「出て来なかったわよ」
「ちぇー、残念だなぁ」

残念だなんて、わたしの役回りを知っても言えるかしら?
わたしは、唇を尖らせるルイスから、とうとう本を捥ぎ取った。

「物語だとしても、自分の名が使われるなんて、不愉快だわ!実物とは全く違うもの!
こんな本、読む価値もないわ!」

わたしは厳しめに言ったのだが、ルイスは聞き流し、
わたしの隣に座ると、面白そうに緑色の目を輝かせた。

「ヴァイオレットが、こんな本を読むなんて、意外だなー」

「別に、好きで読んだんじゃないわよ…」

説明しようとしたが、先にルイスが言った。

「これ、《ラブロマンス》でしょう?
淑女には禁止されてるんだよ、『はしたない』ってね。
王族もだけど、貴族も表面上は、聖職者面してないといけないでしょう?
欲望なんてありませーん、ってさ、僕はあっていいと思うんだけどねー。
それに、抑圧されると、逆に暴走するものでしょ?」

よ、欲望??
満面の笑みで言われたが、わたしは頭が理解を拒否し、真っ白になっていた。

「え、ええ!?これ、禁書だったの!?」

わたしはそれに気付き、思わず本を払い落していた。
ルイスは本を拾うと、邪気の無い笑みを見せた。

「禁書って程じゃないよ、暗黙の了解ってヤツ?
ほら、子供には見せない本ってあるでしょう?」

「そ、そうね、小難しい本とか…」

「ふふ、ヴァイオレット、顔が真っ赤!」

ルイスが声を上げて笑う。
わたしは本を捥ぎ取り、頭を叩いた。

「こら!年上をからかうものではありません!」

ルイスはわたしより一年下、一年生だ。

「だってー、ヴァイオレット、可愛いんだもん!」

可愛い?
わたしにしてみれば、いつも能天気で無邪気な、ルイスの方が可愛い。
今も、子供の様に、足をバタバタさせている。

「そういえば、今日ねー」と、ルイスは先の事など忘れた様に、
『今日あった面白い事』を話し出した。
わたしは話が逸れた事に安堵し、相槌を打ちながら、話を聞いた。

ルイスはお喋りで、良く話に来る。
学年も違えば、性別も違う、良い話し相手とも思えなかったのだが、
ルイスは笑って、「ヴァイオレットは聞き上手だからね!」と言っていた。

褒められて悪い気はしないし、婚約者の弟と親しくするのも良い事なので、好きにさせている。
それで、気付けば、昼食を一緒に取る様になっていた。
放課後も、どうやって居場所を知るのか、押しかけて来ては、「お茶しようよー」と強請る。
弟の様に可愛く、わたしが断る事は滅多に無かった。

一方、カルロスは会話を楽しむ方では無く、二言目には「忙しい」と言って、あまり会う事も無い。
「婚約者と一緒では、自分の世界を狭くする」と、昼食も別々だ。
廊下や食堂で会えば、挨拶位はするが…

カルロス様と最後に話したのは、いつだったかしら?

思い出そうとしたが、かなり遡らなければいけなかった。


◇◇


犯人探しをする為にも、本を持ち歩くつもりでいたが、
ルイスから《禁書紛い》と聞き、持ち歩く事は断念した。
落とし物として届け出るのも、何だか恥ずかしい。
それに、届け出て、もし関係無い誰かが読んだら…
きっと、破り捨てなかった事を後悔するだろう___

わたしはどうしたものかと困り果て、結局、寮の部屋に持ち帰っていた。

「それにしても、これが、禁書とはね…」

ある意味、禁書にして貰いたいし、廃棄処分にすべきだと思うが…

「《ラブロマンス》ね…」

確かに、公爵家の図書室には無い本だし、一度も買って貰った事がない。
恐らく、学院の図書室にも置いていないだろう。

「でも、どうして、禁書なのかしら?」

ルイスは『はしたない』と言っていたが、そんな風には思わなかった。
正直、眉を顰めたくなる場面が多く、サラサラっと読んだからかもしれない。
わたしが気になったのは、しつこい描写よりも、物語の展開だった。
それに、自分が出ている以上、デイジーに自己投影するのは無理だった。

「見落としたかしら?」

わたしは怖いもの見たさで、もう一度読んでみる事にした。


最初こそ、眉を顰めていたが、自分を忘れ、物語に入り込むと…
これまで感じた事の無い、エクスタシーがあった。

「ああ、変だわ!カルロス様は不貞をしているというのに、恰好良く思えるなんて!」

ヒロインの危機に、颯爽と駆けつけるカルロスは、正に英雄だ!
それに、ヒロインを抱きしめるカルロスの男らしさには、ぼうっとしてしまう。
物語のカルロスは、優しく甘い…

【君は僕のお姫様だよ…】
【君以上に美しい令嬢はいない…】
【君を片時も離したくないんだ、君の特等席は僕の腕の中だ…】
【泣かないでくれ、キスをしないではいられなくなる…】

現実のカルロスは、物語の様に愛を語り、甘やかしてくれた事は、一度として無い。
もし、こんな風にされたら___

「ああ!頭がおかしくなりそう!!」

わたしはベッドの中で悶えたのだった。

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