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本編

最終話

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「ユーグが僕と君の結婚を催促してきたよ、困ったな、僕はそんな気無いのにさ」

この頃のジョルジュは、意識的にわたしを傷つけようとしていた。
ユーグはわたしの事を何とも思っていないのだと、しつこく念を押してくる。

そんな事、わたしだって、良く分かっているわ…

だが、わたしはジョルジュの言葉の数々に、簡単に傷付けられた。
痛む胸を押さえると、ジョルジュがわたしを優しく抱きしめて来て、
わたしは咄嗟に彼を突き飛ばした。

「慰めてやってるのに、君は何て冷たい女なんだ!
この事、ユーグに話してやるからな!」

ジョルジュはわたしが恐れる事を良く知っていた。
だが、わたしはジョルジュに触れられる事が、堪らなく嫌になっていた。
彼の悪意に満ちた感情が、生理的に受け付けないのだ___

「ジョルジュ、ごめんなさい…でも、あなたとは無理なの…」

その言葉がどれ程ジョルジュを傷つけるか、わたしには分かっていなかったのだ。
ジョルジュの顔が怒りに染まり、わたしは怯えた。
この緊迫した空気を破ったのは、誰でも無い、ピエールだった。

「よお、男爵子息様、その女、エルフなんだってな?」

わたしは安堵したが、それは、間違いだった___
ピエールはわたしが妖精である事を嗅ぎ付けていたのだ!

「あの後、オロールがおまえらの話を聞いたんだよ、
おまえら、俺が逃げたと思って油断したんだろう?へっ、甘いぜ!
痛い目見たくなければ、エルフ女を渡して貰おうか」

「エリーズは渡せない!帰ってくれ!」

「ふーん、なら、勝手にさせて貰うぜ、男爵子息様、
ここはおまえの所有地じゃねーよな?狩りをするのは自由だろう?
さぁ、今日はエルフ狩りだぜ!」

ピエールが短銃を見せて脅し、女性たちは縄を構えた。
そこに、ユーグが駆けつけてくれた。

「止めろ!!」

ユーグがピエールを羽交い絞めにする。

「ユーグ!!」
「くそ!!離せよ!!」
「ジョルジュ!エリーズを連れて逃げろ!森林だ!!」

森林は人を寄せ付けない、それをユーグにも話していた。
ジョルジュが「エリーズ、行こう!」とわたしの手を掴む。

「でも、ユーグが…!」
「いいから、早く行け!!」

ジョルジュに手を引かれながらも、ピエールと揉み合っているユーグが気になり、
わたしはその手を振り切った。
だが…

パーーーン!!

鋭い音がし、ユーグの胸が赤く染まった。
そして、彼は膝を着き、地に倒れたのだった___

「ユーグ!!」

わたしはユーグに駆け寄り、彼に縋った。

「ユーグ!!ユーグ、死んじゃ駄目よ!!ユーグ!!」

死なないで!!
わたしを置いて、死んでしまわないで!!

わたしはユーグに口付けた。

《エリーズ!駄目よ!その人間を助けては駄目!》

ミーファの忠告を無視し、わたしは自分の命を使い、ユーグを助けた。
だが、それは、決して許される事では無かった。
わたしは体を保つ事が出来なくなってきた。

『ユーグ!目を開けて!』

必死に叫ぶと、ユーグの目がゆっくりと開いた。
わたしは安堵する。

『良かった!あなたはもう大丈夫よ、ユーグ』

「君が、助けてくれたのか?」

ユーグには分かったのだ。
死に掛けていた事、そして、何故助かったのか…
わたしは微笑んだ。

『人間の命を助ける事は、禁忌とされているの』
『禁忌を犯した者は、罰を受けなければならないの』

「罰?エリーズ、君はどうなるんだ!?」

ユーグが動揺を見せる。
わたしはこんな時だが、彼に心配され、うれしさが込み上げた。

『わたしはこれから、生まれ変わる事になる、人間として』

「死ぬのか…そんな!俺を助けたばかりに…!
何故、俺なんかを助けたんだ!!エリーズ!!」

ユーグから強い悲しみを感じ、わたしは満足していた。
ユーグはわたしを愛してはいないかもしれない。
だけど、これ程強く、わたしを想ってくれている…

『わたしを探して、ユーグ』
『見つけ出してくれたら、その答えを教えてあげる』

ユーグがわたしを探してくれると思った訳では無い。
これは、ただ、わたしの望み。
人間として生まれ変わり、もう一度、あなたに会いたいと…

「エリーズ、行かないでくれ!!」

『待ってるわ、ユーグ』

わたしは光となり、飛んで行った。
生まれ変わる為に___


◆◆◆


「アリシア!死なないでくれ!アリシア!!」

名を呼ばれ、わたしは過去の記憶から意識を戻した。
瞼を開けると、ユーグの怖い程に真剣な顔があり、わたしは微笑んだ。

「ユーグ、わたしは大丈夫よ…」

「アリシア!ああ、良かった…また、君を失うかと思った…!」

ユーグは縋る様に、強くわたしを抱きしめた。
わたしも彼を抱きしめ返した。

「アリシア、エリーズの記憶が無い君には、エリーズの自覚が無いと気付くべきだった。
俺には君がエリーズだと分かる、それは確かなんだ」

ええ、そうね…
わたしの欠片があなたの内にはあるのだもの…
記憶が戻ったわたしには、ユーグの思い込みでは無いと分かった。

「結婚したのは、確かに、君がエリーズだったからだ。
だが、エリーズと一緒に過ごした時間よりも、今は遥かに、君と過ごした時間の方が長くなっている。
エリーズとの思い出よりも、初めて知る事の方が多い、そして、そのどれもが、俺には愛おしい…
これでは、君には不服だろうか?君が嫌なら、エリーズの事は二度と話さない、
君を愛して行くよ、アリシア」

ユーグが強くわたしを抱きしめる。
彼を傷つけ、追い詰めてしまった…
ユーグはこれ程に、《わたし》を愛してくれていたのに…

「ユーグ、あなたがわたしの絵を描いてくれたら、許してあげるわ。
ピンクのガーベラを髪に挿した、わたしの絵よ」

わたしが小さく笑うと、ユーグが顔を起こした。
信じられないという表情でわたしを見ている。

「アリシア?思い出したのか?」

わたしは頷いた。

「ユーグ、あなたに散々我儘を言って、傷つけてごめんなさい。
あなたはわたしを探してくれたのに、見つけ出し、結婚までしてくれたのに…
わたしはあなたの愛を独り占めしようとして…わたしって馬鹿ね…
あなたに愛されているなんて、エリーズは知らなかったのにね!」

想いが溢れ、涙が零れた。

「泣かないでくれ…俺は君を奪っても良かったのか?」

ユーグが不安に揺らぐ。
わたしは彼に唇を寄せた。

「ユーグ、わたしはずっと、あなたに奪われたかったわ!
わたしを探してくれてありがとう!わたしを見つけくれてありがとう!
あなたに見つけて欲しかった、だって、わたしはあなたを愛していたから___」

『愛する者にみつけて欲しい』
わたしはそれを願ったのだ___

ユーグが熱く口付ける。
わたしもそれに熱く応えた。

「わたしがピンクのガーベラを好きな理由を思い出したわ、
あなたから貰ったからよ、ユーグ」

「君が、ピンクのガーベラを好きだと言った時、実は少し期待したんだ」

わたしたちは顔を寄せ、くすくすと笑い合う。

「あなたを助けた理由も、もう、分かったでしょう?」

「ああ、だけど、もう二度と、あんな事はしないでくれ…
君を失った後の時間が、どれ程辛かったか…」

「ごめんなさい、ユーグ…」

熱く、視線が絡み合う。
心が共鳴するのを感じた。

だが、それを破る者が現れた___

「エリーズ!」

ジョルジュの声に、わたしたちは名残惜しく顔を離した。
ジョルジュが険悪な顔をし、わたしたちを見ていた。
話を聞いていたのかもしれない。
ユーグがわたしを起こし、立たせてくれた。

「怪我はしていないか?」
「ええ、大丈夫よ、守られたみたい」

風も樹も、妖精の味方だ。
記憶を取り戻したわたしの魂は、許されたのだ___

「エリーズ、思い出したなら、僕の元へ帰って来るだろう?
僕こそ、君の恋人じゃないか!」

わたしは、堂々と言い放つジョルジュに狂気を感じた。
わたしは頭を振った。

「ジョルジュ、あなたには何度も話したでしょう?
あなたには申し訳無い事をしたと思っているわ。
わたしは子供で、恋も愛も、何も分かっていなかったの。
あなたから告白された時、好きになって貰えた事がうれしかったし、
恋をしてみたかった、あなたと恋をするつもりだったわ…
だけど、違っていたの…ユーグと出会い、それが分かったの」

真実の愛を___

「わたしが愛した人は、ユーグだけなの」

わたしは誠心誠意伝えたが、ジョルジュは顔を歪め皮肉に言った。

「僕と結婚の約束までしておいてか?」

ジョルジュは変わっていない。
彼は決して認めようとせず、言葉巧みにエリーズを責め立て、傷つけていた。
エリーズは妖精で、人間の事を知らなかった、だから、簡単に傷つき、自分を責めていた。
だが、生まれ変わり、人間の中で生きて来たアリシアには、彼の残忍さがはっきりと見えた。
わたしははっきりと言った。

「あなたと結婚の約束はしていません」

「何を言うんだよ、エリーズ!」

「結婚の約束というのは、《婚約》の事よね、ジョルジュ。
エリーズはあなたと婚約を交わしていないわ。
あなたはエリーズが『夫として妖精の国に迎える』と言った時、怯んだでしょう?
両親を説得するだの、説得しただのと話していたけど、具体的な事は何も無かったわね?
それとも、書面があるの?指輪は何処?」

「そんな冷たい事を言うなよ、エリーズ…」

ジョルジュが嫌な笑みを浮かべ、わたしを執り成しに来るのを、わたしは鼻であしらった。

「その手はもう通じないわよ、ジョルジュ!
わたしは世間知らずで子供だったエリーズとは違うの!
十八年間、人間に揉まれて生きて来た、アリシアよ!
あなたは結婚する気など無かった癖に、ユーグに心を移したエリーズを、
尻軽女と責め立てて、罪悪感を植え付けたのよ!
そんな淫らな女はユーグに嫌われると脅して、無理矢理恋人の振りをさせた!
それが、どれ程エリーズに苦痛を与えたか、あなたに分かるの!?」

ジョルジュの顔色が悪くなる。
何やら早口に言い訳をしていたが、わたしは聞かなかった。

「出会った頃、あなたの事は素敵な人だと思ったわ。
でも、アリシアとして出会った時には、素敵だなんて思えなかった。
あなたは変わってしまったわ。
これ以上、あなたの事を嫌いにさせないで、出会った頃のあなたに戻って。
そして、わたしの事は忘れて、奥さんと子供を大切にして、ジョルジュ」

「嫌だ!君は僕のものなんだ!」

ジョルジュが懐からナイフを取り出し、わたしに向かって振り下ろした。

「!??」

ガツ!!!

次の瞬間、ジョルジュは吹っ飛んでいた。
ユーグがジョルジュを殴ったのだ。

「ジョルジュ、ここへは二度と来ないでくれ、妻に関わる事は許さない!」

ジョルジュは頬を押さえ、地面の上で蹲っていたが、
「ひいい」と声を上げて逃げて行った。

わたしは腕組をし、ユーグを見上げた。

「頼りになる方ね、あなたは正に聖騎士だわ、ユーグ」

「アリシア、大声では言わないでくれ、俺は君だけの聖騎士だから…」

ユーグはニヤリと笑い、わたしにキスをした。


◇◇


二階の角部屋には、ユーグの描いた絵が、大量に保管されていた。
ユーグは絵を止めた訳では無かったのだ。
夏にこの館に来ては、絵を描いていた。
そして、そのほとんどが、《エリーズ》だった。

「素敵な絵だわ…
これを見せてくれていたら、直ぐにでも思い出せたかもしれないのに!
何故、秘密にしていたの?」

「記憶の無い君に話せば、今まで以上に狂気を疑われただろう?」

そう言われると、確かにそうかもしれないわ…
一夏を過ごしただけの片恋の相手を、これ程沢山、描いているなんて…
事情を知らなければ、引いていただろう。
わたしは口には出さずに、小さく頷いた。

「それに、伯爵でいる間は、周囲に秘密にする必要があった。
伯爵として務めを果たす事を優先したんだ。
その代わりに、君を見つけた後は、好きにするつもりだった。
君が絵を描くと知って、うれしかった…」

「絵を描くあなたが好きだったからだわ」

夢に見る程にね。

「可愛い事を言わないでくれ…」

ユーグがわたしから顔を背け、手で口元を覆った。
ふふ、可愛い人!

「これからは、隠さず、好きに描いてね、ユーグ!」

「ああ、だが、君の絵は誰にも見せられない、俺だけのものだ」

だから、部屋に鍵まで掛けて隠していたのね!

「あなたって、嫉妬深かい人ね?知らなかったわ!」

「後悔しても、もう遅い、俺たちは結婚し、証明書もある、指輪もだ」

ユーグがわたしの手を取り、指輪に口付けた。
わたしは笑みを深くする。

「ねぇ、ユーグ、もう一つ、足りないものがあるって、気付いてる?」

「それはいけない、おいで、アリシア___」

ユーグがわたしを抱き上げ、部屋を出る。
寝室までの時間さえ待ちきれず、わたしは彼の顎や頬にキスをする。

「バウバウ!」

アミが尻尾を振って付いて来た。
わたしは指を一本唇に当て、「しぃっ」と合図した。



ユーグ、あなたは、妖精の国まで付いて来てくれる?

君の居る処なら、何処だって付いていくよ


《完》
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