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心得9「心得を全部忘れるときは」

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「いい感じ。やっぱりリナは赤よりこっちね」

薄桃色の口紅とチーク。
リナはお姐さんたちに化粧をしてもらっていた。

服は白で、たくさんの色紐で飾られている。お姐さんから譲られたものたちだ。
髪飾りや耳飾り、何か身に付けるもの一つをリナに譲る。
幸運を祈って贈る者がリナを飾っていく。

この館に伝わる特別な餞の装いだ。
今日は女将が決めた、リナを披露する日。
鏡の中の自分は華やかで、大人っぽく見えた。この姿で出会っていたなら一人前の娼婦だと『あの人』にも思ってもらえたんだろうか。

「リナ、唇を噛んじゃダメ。あんたは綺麗よ。自信を持ってお客様の前に出なさい。」

櫛を挿しながらお姐さんが囁く。
「じゃあ、私たちは女将さんを手伝ってくるから。あとでね」

部屋に残された。
続きの間には誓いのための道具と書類などが置いてある机。
あとは寝台。

疲れと緊張がじわじわと出てきた。
女将さんは、リナを娼婦として置いておくより別の選択肢を与えてくれた。

何が正しいのかわからない。
選ばれることを目標とするこの街に居て、未来を選ぶことなんて考えもしなかった。

呼ばれて広間に出ていく。
集まったお客様に女将がまず述べてからリナも型どおりの口上を終えた。
そのままリナは部屋に戻る。

お客様たちをお姐さんがもてなして、リナの披露は終わる。

部屋に戻り、水を飲む。
窓の外から星が見えた。眠らない街は明るくて、星がよく見えるのは天窓だけ。
リナは明星が好きだった。
誰よりも早起きなリナを見下ろすような強い光。

流されてばかりいる自分とは違うと思っていた。

部屋の隅から、声がした。

「リナ」

身体が強ばって、振り向けなかった。

だって、
そんな、
なんで今夜

選択肢のなかで、あり得ないと一番先に塗りつぶした。

もう一度だけ会いたいと思っていた。

「リナ」

今度は、耳元で。

聞きたかった。
あの声で、あの日みたいに。
名前を呼んで欲しかった。
呼ばれたことはないのに、想像していた。
その何倍も、甘い少し掠れた

振り向いたら全部許してしまう。
『なぜ、今になって』
『私は、もうお相手できません』
拒否の言葉が浮かんで、口から出そうとすると身体が震える。
「遅くなってごめん。
顔を見せてくれないか」

身体の向きを変えさせるくらい一瞬でできるくせに、リナに選ばせるのが残酷だ。

頭の隅でこれからのことや決断したことが霧散する。

「カイさ、」

振り返ったら、抱き締められた。
子供のようにしゃくりあげて泣いてしまう。
「泣かせにきた訳じゃない」

「ごめんなさい、私も、泣くつもりは」

顎を持ち上げられる。
ほのかな月明かりの差す部屋で、ずっと焦がれていた人が目を細めて笑った。

「お前を奪いに来たんだ。俺を選べ、リナ」


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